42.合成の魔法、大洪水、一斉退社
天然色撮影によるテスト撮影、それを予告編風にまとめた映像は喝采を浴びた。
遥々東国から来た使節団にも喜んでもらえた。
この後使節団はグランテラ各国を巡り、国交、通称の回復を持ち掛けに行く。
再度キリエリアに通商条約の締結に戻るのは来年。
「1年ありゃ、今の俺達なら何とかできるかあ」
「え、映画なら、1年かからなくても、できそ~よ~?」
「今回の条約の要は、両国の往復手段だよ。映画製作が終わり次第、ボウ帝国まで鉄道を敷くぞ!」
「「「な、何だってー???」」」
「使節団のお帰りの時は、2週間の列車旅をお楽しみ頂きましょう、かな?」
この計画は社長経由国王へ打診され、王国首脳部は頭を抱えた。
「できるって言うならそれに越したことは無い!
リック君の負担を減らすため鉄道の資材を用意しよう」
「各国との分担は?」
「後回しだ。我が国が持つ分各国への関税は頂く旨通知するのだ!」
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本編の撮影は、リック監督を交えて考証された東国のセットの中で開始された。
幽玄の美しさを湛える湖の、船着き場のセット。
白蛇姫が魔法で生み出した、牡丹の花が咲き、中央に泉を持った邸宅の庭。
幻想的なセットの中で、コーラン演じる白蛇姫と、センベリ演じる誠実ながらどこかちょっと弱い若者の恋が綴られ、二人は結ばれる。
だが白蛇姫は世情に疎く、役所の財宝を奪って若者に施すも役人に捕らえられてしまったり、若者の稼業である薬屋の為に疫病を流行らせてしまう。
見かねた侍女の青蛇娘が諫めるが聞く耳を持たない。
祭りの日に酒を飲んだ白蛇姫は、若者の前で正体を現してしまう。
怯えた若者は高名な寺院に助けを求める。
このドラマの中で、コーランは文字通り「恋は盲目」を演じる。
美しくもどこか恐ろしく、しかし間が抜けていて放っておけない。
「これは例え正体が蛇でも、男だったら惚れるよねえ」
とウッカリ口にしたリック監督、「イテッ!!」二人の妻につねられた。
このドラマの中で、特撮チームは白蛇姫の正体を暴こうとする魔導士によって蛇の正体に変化する姿や、死の病に侵された若者を救うため天界に飛び、万病に効く薬を求め、仙人に縋って体を縮めたり飛び跳ねたりする姿を描いた。
小さくなる場面ではコーランからカメラを徐々に遠ざけ、小さく映っていく姿を合成する。
蛇に変わる場面では、苦しむコーランの姿を途中でアニメーションに切り替え、徐々に蛇の姿に変えて行き、最後は本物の蛇に切り替える。
天界も極彩色のミニチュアで全景を再現。
次々に仕上がるフィルムに、本編班も特撮班も手ごたえを感じていた。
ただ、ナヨナヨしていて、白蛇姫に惚れたと思えば役人に捕らえられて姫を恨み、そでも美しさと献身に惚れて結ばれたかと思えば正体を知って逃げ隠れる若者に、コーランは疑問を感じた。
「これはリッちゃんと決めたんですよ」
と、ハッさん監督が言う。
「現実の男なんて、ナヨナヨして自分と恋人や妻の間でフラフラしているものです。
だからこそ、最後の彼の決意が響くんです」
コーランは、なんとなく腑に落ちた。
何故、悲恋に終わった結末をハッピーエンドに変えたのか。
それをリック監督に聞いた時の答えを思い出した。
同時に彼女は、センベリ、ユーちゃんの最後の演技に期待した。
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いよいよクライマックス、若者が逃げた寺院、山の斜面にいくつもの黄色い屋根と赤い柱の楼閣が並び、その中央に石段が伸びる大伽藍を白蛇姫が魔術で襲う場面。
照明、高速撮影の速度、崩れる模型の構造はテスト撮影であたりが付いている。
しかし、唯一違ったのは、魔導士がいない事。
水魔導士も風魔導士も、ほとんどセプタニマ組、「勇敢なる七騎士」のラスト、土砂降りの雨と泥の中、最終決戦の場面に駆り出されていた。
その為、照明用の発電機を増やし、電気で動く揚水ポンプと風送り機、扇風機を作って撮影に臨んだのだ。
これらの発明は後々人々の暮らしを楽に、快適にするものでありリック家にまたしても富を齎す事になる。
それはさておき。
テスト撮影同様、激しい水が寺院の模型を打ち壊した。
合成場面も、神官たちが石段を駆け上って逃げるその下で、山麓を水が覆い尽くす様を本編セットとミニチュアの合成で見せた。
水が竜巻となる様は作画合成で、またはホリゾントの上から叩き落された膨大な水がセットのプールに落ちる様を逆転させて表現した。
テスト撮影で実感を得ていたとはいえ、この大スペクタクルの撮影が終わり、美術班は山を越えた、そう実感した。
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書き起こされた合成用のマスク、感光する部分以外を黒で覆う動画が上がってくる都度、合成班は合成場面を作る。
しかし仕上がりは遅い。待ち時間が発生する。
50人近い作画班が頑張っているが、リック監督が夜には作画スタジオの照明を消してしまう。
「これじゃあ時間の無駄です!俺達はまだやれます!」
「死ぬよ?
大丈夫だ大丈夫だって言って、人間働き過ぎると自殺するんだ」
リック監督に食って掛かるウッコ技師。
「俺達の描くマスクの出来をポンさんたちが待ってるんでしょう?
そこで上手く行ってなかったら描き直さなきゃいけない。
多少無理したって…」
「無理するのはアラさんだけじゃない、作画班皆に無理を強いる事になるんだ。
そんな状態が2ケ月も3ケ月も続いたら体調もおかしくなる。頭もおかしくなる。
それも目に見えない状態で、段々悪くなる。
ここは人殺しの集団になっちゃいけない!」
「でも調子が乗った時だからいい出来栄えになる事だってあるんです!
監督だってわかるでしょ?」
「だからって他人にそれを強制したら、万一何かあったらどう責任取るって言うんだ?」
「結婚が控えてる奴だって、式直前まで働きたいって言ってるんだ」
「ふざけんな!絶対前日から休み取らせろ!最低1週間は帰ってこさせるな!!」
リック監督は本気で怒った。
「…ヨーホーを辞めます!」
「俺は長時間労働禁止を、映画業界全体に命令する」
「そんな資格あるんですか?」
「王様に頼んででも禁止させてやる!」
「じゃあ、他国でアニメ会社を立ち上げますよ!」
リック監督はしばらく考えた。
「解りました。今までありがとうございます。
でも、この映画の完成まではやり通して下さい」
「約束します」
去っていくウッコ技師を、周囲は呆然と見送った。
「まずいな。せっかく育った作画陣だぞ?」
アックスが心配そうに声をかけた。
「彼の言う事はわかるんだ。でもここでそんなの認めたら、業界は死人で溢れる。
働く者の安全と健康、これだけは譲っちゃいけない、上に立つ者の義務なんだ。
それより求人をもっとかけなきゃ。
それと」
「それと?」
「さっき話に出た、近々結婚するメンバーに御祝い金を出そう。
新婚旅行を希望するなら鉄道切符もつけてもいいかもね」
「お前は…ホントにもう…」
「それがリックさんなんですよ」
アイラ夫人は夫が誇らしかった。
結局本作完成後、アラク・ウッコ技師以下20人がヨーホーを去った。
結婚式直前まで働くと言い出した者もその一人だ。
しかし彼らは独立してアニメ会社を立ち上げた。
ヨーホーはこれを祝って事務所の世話や開業の準備金を贈った。
ヨーホー社は独立祝賀会まで開いた。
「人を育てて人を増やしなさい。
人体は無理がきかない様に出来ているのです。
人に投資を惜しまないで。
惜しむくらいなら仕事なんて辞めちゃえばいいのよ」
セシリア社長はそう言って彼等の独立を祝福した。
「俺達の特撮とは違う、新しい夢の世界を実現して下さい。
それはきっと俺達にも帰って来る。
いつかウチのライバルになって、国中を夢中にさせるんだ!」
リック監督はそう励ました。
この会自体、リック監督の発案だった。最初は自費で賄うつもりだった。
「あいつら裏切り者じゃねえか!何でそこまで肩を持つんだよ?」
撮影の合間に様子を見に来たセプタニマ監督が怒鳴り込んで来た。
「今回のは切っ掛けですよ。
いつか彼らは出ていったでしょう。
彼らはアニメーションという別の夢を追って、実現するんです。
子供達の夢のブン獲り合戦の始まりです!」
それに加えて彼等が失業したとあれば折角の技術が埋もれてしまう。
世間には発展的に独立した、ヨーホーとの関係は悪い物ではない、そうアピールする為であった。
「リッちゃんは優しいなあ」
「アラさんのアニメが見たいだけですよ」
リック監督が言った通り、王国では労働法が定められた。
過重労働・奴隷労働の禁止、最低賃金、労働環境の保全、女性については産休・育児休の厳守等を、更には違反企業の営業停止等罰則が定められ、王国中の商会や貴族が猛反対した。
しかし国王カンゲース5世、財務卿ダニエル・ザナクの固い意志の下法が定められ、早速ヨーホー運輸公社と傘下企業がこれを遵守する事を宣言した。
しかし王国中でこの法律が厳しく守られる様になるには、長い時間が必要だった。




