4.映画会社、ヨーホー映画王立公社
この当時の映画とはすなわち、大劇場で公演される有名な演劇を撮影し、最低限の霧繋ぎのみを行って上映するものだった。
後に「演劇中継」と呼ばれる様になる、原始的な映画だ。
そもそも映画という物は、他国で異世界から召喚された元勇者が残した異世界の技術で、酢の様な薬品から透明な紙、フィルムを作り、それを何百mと長く作り、その上に光に当たると黒く焼けるという薬を塗り、白と黒が反転した原盤に光を当て白黒が実際の映像と同じになるフィルムを多数複製して各地で上映できるという物だった。
その異世界の元勇者は「アニメファン」だったと伝えられるが、「アニメ」とは何で、彼の目指した作品は何だったのかは今や不明である。
当時は彼の目指した「アニメ」が上手く行かず、高位貴族が自分や家族を記録するため、そして高名だったり人気があったりする演劇を記録するだけの贅沢品に留まり、それ以上の存在にはならなかった。
そして、そのフィルムでは音まで再生できない。
そのため、演劇は別途音盤を使って音を添えた。
この音盤も異世界の技術だが、固めの蝋の様な薬品で作られた円盤に、音を細かい左右の振動に変えた信号を渦巻き状に記録した板を作る。
この円盤を今度は左右の振動から音声を復元する機械にかけると、記録された音がそのまま聞こえるというものだ。
フィルムと音の円盤=音盤を一緒に上映して、演劇を見る金がない庶民や地方の村で上映して入場料を稼ぐ、この時代の映画はそんなものだった。
勿論、円盤の再生時間は機材によって微妙に異なる。
映画の最期はセリフと音楽がズレにズレたものとなった。
しかしこの「演劇中継」もバカにしたものではなかった。
貴族だけに留まらず、庶民にとっても娯楽の花形となったのだ。
フィルムの終わりの方の映像とセリフのズレも、観客は頭の中で調整してくれ、あまり目くじらをたてるものはいない。
音楽隊がある街では、音盤を使わず音楽隊と俳優が映画に合わせて芝居する試み迄行われたそうだ。
ただこれは音楽隊や俳優の技量によって大幅な差が生じるもので、下手な楽団や俳優に当たると酷いものだった。
それでも映画は庶民の憧れの的となった。
いつ魔王が攻め込んでくるか、いつ父、夫が兵にとられるか、いつ村が魔族に攻め込まれるか。
そんな恐怖が消え去り、その代わりに鉄の道に乗って膨大な物資が往来する様になった。
様々な仕事が増え、村や町は潤った。
月に一度、映画を見に行く。それがキリエリアの民衆の、せめてもの贅沢となったのだ。
******
この機を逃さなかったのが、海運会社だったヨーホー王立公社、その社長であったセシリア・ザナク公爵夫人。
ちょっとぽっちゃり系の、温和さを感じさせる美女である。
歳の頃20代後半、財務卿夫人であり国王カンゲース5世の妹。
何故か兄である国王も頭が上がらない女傑であった。
その名の通りヨーホー(水夫の掛け声)社は海運会社であったが、戦後復興時にリック少年が鉄道を考案し実演した際、セシリア社長が全面的に出資する事を宣言したのだ。
彼女はリック少年と手を組んで、荒廃した地域のみならず、王国全土と港を直結する流通網を整備し、更に主だった王国貴族の領都をもその網の目に組み込み、かつて数週間かかっていた流通路を数日で往来できる夢の高速輸送を実現させた。
更には魔王領への鉄道工事も暗黙のうちに了解したそうだ。
その上で、主要な貴族の領都や大都市の鉄道駅近くに、娯楽施設としての劇場を築いた。
そこでは演劇、音楽、そして映画という娯楽が上演され、貴族だけでなく平民でも楽しめる様広め、国庫に膨大な富を還元した。
かくて国の復興に留まらず文化に経済に大活躍した、まさに女傑というに相応しい夫人だった。
そんな彼女が公社の巨大化、富の集中を畏れ、後進に本業を譲り創立したのがヨーホー映画王立公社。
貴族向けの王立劇場とは違い、平民でも観劇可能なヨーホー劇場を王都商人街に建設し、そこに隣接するかの様に本社を建てた。
そこに、あの鉄道をはじめとする大事業の発案者であるリック少年が「自分の映画を見て欲しい」と持ち掛けて来た。
「あの子、映画まで撮れるの?!」
幾度も会ってその利発さ、想像を超えた設計・生産能力を知っていたセシリアは、早速彼が買ったフィルムの量や使った撮影所について探った。
そのフィルム消費量は…膨大だった!
それだけでなく、彼は自前でスタジオを建て、元英雄チームと共に王立劇場以上の演劇セットを築いていたと解った。
「すぐフィルム持ってきて!」
******
そしてやって来たのは、王国復興の恩人とは思えない、相変わらず可愛らしい少年と、その婚約者。
…婚約者?確かにそんな話は聞いた記憶があるものの…
姉弟の様な二人の姿を見ると、セシリア社長の頭には疑問が渦を巻く。
「試写室に機材を設置したいのですが」
少年の申し出に
「試写室ですから映写機も音盤再生機もありますが?」
と答えるも、
「映像と同時に音声を出す、トーキー装置を持参していますので」
と返され、困惑するばかり。
「一体どんな映画なんですの?」
「百年前の、キリエリア沖海戦を再現した15分程の映画です」
******
機材の設置は何故か手慣れたものだった。
劇場用の大きな拡声器を運んでいるのは…英雄アックス。
彼もリックのスタジオの協力者とは知っていたが、まさかそんな下働きみたいな事をするとは。
機材の細かな調整をするのは、デシアス男爵令息?なぜ彼まで平民の指揮で…しかも嬉々としている?
拡声器は音盤ではなく、映写機と金属の線で結ばれていた。
セシリア社長は、鉄道輸送の大恩人であるとは知りつつも、リック少年の行動を困惑しつつ見つめ…ハっと我に返って言った。
「ちょっと!会社の役員以上の連中で手が空いてる人を全員呼んで!」
とっさに彼女は秘書に命じ、社の要人を集めた。
そして次に人生最大の衝撃に襲われるのであった。
******
ファンファーレとともに放射状の光の束が映し出される。
そこに、「キリエリア王国 特殊撮影研究所」と輝く文字。
光の束はガラスに切れ目を入れて、光を当てて回転させたものだ。
輝く文字はその手前に更にガラスを置いて、文字を金で切り抜いて貼ったものだ。
そこを照明を動かす事で、威厳めいたものを演出していた。
「「「ほおお~!!!」」」
セシリア社長もヨーホー社の重役も、この数秒で驚いた。
今まで見た事の無い世界が始まる、社長はそう期待した。
それは後日リック曰く、故郷の国日本、その最大の映画会社のロゴマークを再現したものだと証言した。
そして、画面に激しく迫る波しぶき、そこにドバンと出るタイトル。
「敵軍港撃砕」
古い海軍軍歌に乗って海を進む数十隻の軍艦。
「なんと!こんな数の軍艦を用意したのか?!」
「映画の為にそこまで…何と贅沢な!」
「いや、そんな訳ありませんわ。
こんな艦隊を出陣させるだけで何本映画が出来る事でしょう?」
流石公爵家夫人。冷静に映像を見てる。
「それより、音はあの映写機から出ているの?」
音声再生についても彼女は注目していた。
洋上ではキリエリア王国の英雄である提督が対岸を睨んでいる。
揺れる甲板では水兵が砲撃の準備に往来する様が、移動カメラで捉えられる。
しかしその中心で提督は不動の姿勢で敵を見据えている。
「彼我の距離は?!」
提督の険しい顔が画面に大写しになる。
「120~!」
遠く対岸で、幾つかの光が光り、画面の手前で大爆発を起こし画面は水柱に覆われる!
軍艦の列の手前で水柱が起き上がる!
「こ!これは!本当の砲撃なの?演習でこんな風になるのかしら!?」
夫人が訪ねて来るが
「まあ、ご覧下さい」
と、リックははぐらかした。
「距離100~!」
「よし、撃ち方始め!」
提督の号令を部下が復唱する。
水兵達が大砲に点火する。その緊張した汗だくの顔が数秒ごとに切り替わり。
大写しの大砲が轟音と共に火を噴く!
「きゃっ!!」「「「うおおお!!!」」」
轟音に夫人が、重役達が驚いた。
今迄聞いた事が無い、拡声器から発せられる重低音だった。
更に、対岸の城壁が爆発する!洋上の敵艦も爆発する!
なおも王国海軍は砲撃を続け、轟音が幾度も響く!
敵司令は活路を求めて進路変更を命じるが、キリエリア艦隊の猛攻はその先を塞ぐ。
いつしか勇壮なマーチは、旋律を同じくする葬送曲に変わっていた。
キリエリアの勝利を謳うかに思えた映像は、敵艦隊の、そして味方の艦内の惨状を描いた。
流血の両艦隊、人の形を失った負傷者たち。
キリエリア艦隊は夕方の敵軍港に迫る。
敵要塞が、軍港が爆発し炎に包まれる。
軍港では軍民が血塗れでのたうち回る。
軍歌風の葬送曲が悲惨な映像を更に恐怖と狂気に染めて歌い上げる。
この世の地獄を遠く見遣る英雄は、無表情に惨状を見つめる。
そこに映し出される、提督以下を演じてくれた役者、そして撮影したリック少年をはじめとするスタッフの名前。
最後に、この英雄の言葉
「戦いに負けるのは恐ろしい。
しかし勝つこともまた恐ろしい」
と映し出されて、葬送曲が盛り上がって「終」の文字。
この時、この世界の映画の歴史は変わった。
もしお楽しみ頂けたら星を増やしていただけるとヤル気が満ちます。
またご感想を頂けると鼻血出る程嬉しく思います。