39.世界初、天然色映画!
「よく来たねえ、リック君」
と迎えるのは王立学院の歴史学部長。
「先日やっと外務役人たちが語学部を訪れたよ。リック君がすでにボウ帝国の文化の勉強を始めているというのに情けないねえ」
「色々融通を計って頂きありがとうございました!」
「国王陛下からも聞きました。
東国語で使節団の方と会話され、相手が驚いていたそうですなあ」
「ははは。偶然の産物と言いますか」
リック監督は王立学院に通い、いずれ来るであろう東国との交流に備えて映画のネタを探していた。
暴れ猿の伝説や白蛇姫も「いずれ特撮映画のネタにするぞー!」と読みに来ていたのだ。
「やはり君を学院に迎えたいのう」
「いえ俺は特撮映画を撮りますので」
「はあ~。残念だよ」
学部長は惜しんだ。
「して本日は?」
「ボウ帝国の、5百年くらい前の建築、服装。色彩を良く調べたいのです」
「東洋美術ですな。当学部にもあるが、ここは美術工房にも打診しましょう」
「ありがとうございます!」
こうして数日後、学院内の博物館で東洋美術展が開催される事が決定し、それに先んじてヨーホーの本編美術、特殊美術スタッフが倉庫に招かれた。
「学内の東洋美術品を公開し、使節殿に臨席頂く。
この企画はリック君を見て思いついたものだ。
じっくり見学し、映画に生かしてほしい」
一同はグランテラ大陸と全く異なる技術、様式、色彩に魂を奪われた。
全てが木でできた、赤い柱と黄色い瓦の楼閣に街並。
水色や桃色の服装。ヒスイやサンゴの装飾品。
「素晴らしい…」「未知の世界だ」「これは見る者を異世界に誘うぞ!」
「ただ残念だ。この煌びやかな色の洪水を伝えられないのは」
「伝えますよ。最新の天然色フィルムを使います!」
「天然色?」
まだ特撮班以外にはお披露目が済んでいなかった。
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アイディーは魔導士協会の協力を得て、いやフルにコキ使って、天然色フィルムの製造を始めた。
赤、緑、青の三層の感光材を持ち、夫々の組み合わせで天然の色を再現するもので、従来の工法で作れば無茶苦茶高額になったであろう、いや製造できたかどうかも怪しい。
しかしアイディーの工房製であれば原料費と工房開設費、そして工賃+αで仕上げられる。
それでも高価なのだが。
「いずれ天然色がフィルムの常識になる。今は先行投資の時だよ」
リック監督はこの工房、いや工場建設に1億デナリ近くを投資した。
魔導士協会はウホウホ泣きながら協力を惜しまなかった。
例によって知財は折半となるからだ。
そのため異例の速さで天然色フィルムが完成したのだ。
しかし。
「色は出ているのだけど、鮮やかさがねえ…」
「青が強いせいか、スタジオで撮影すると緑が青っぽくなっちゃうねえ」
「黄色や茶色を強く塗って、フィルムに緑に写るか試そう」
今や「補色」など必要ない程天然色フィルムは進歩したが、この頃はフィルムの感度に合わせて色調に強弱を持たせて撮らないと自然な色が出ない、などという事があったのだ。
一度仕上がった衣装は作り直しとなり、布を撮影し、フィルムに写った色に合わせて縫い直された。
貿易で往来し始めた東国人を仕出しで募集し、東国を再現した街並をスタジオの中に立てた。
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「まあ…まさに故郷の街みたい」
キリエリアで初めて、もしかしたらグランテラ大陸で初めて、東国風の街並が再現された。
その評価は、使節団のコーラン嬢の合格点はもらえた様だ。
「これは、ヨーホー社のデザイナーの手腕ですの?」
「いえいえ、リック監督が殆ど」
本編のハベスト監督が説明すると。
「あの子、東国人の生まれ変わりか何か?」
当たらずとも遠からずな事を言い当てた。
「それにしても、随分熱いわね…」
「照明に魔法ではなく、電気を使っています」「電気?」
感度の低いフィルムのため、撮影所内は強い照明が必要だった。
しかしあまりに強い光が必要で、光魔導士が短時間で魔力切れを起こしてしまう。
そこで鉄道や鋼鉄船で使っている電気照明を取り入れたのだが、これが結構な熱を発する。
それでも通行人を入れて本編側のテスト撮影が行われた。
それは赤い柱や色とりどりの提灯が並び、道行く人々もカラフルな衣装に身を包んでいる。
しかしコーラン嬢はその色彩を圧倒する様な美しさ、存在感を放っていた。
急いで現像し、試写の結果、OK。
ハベスト組から拍手が漏れた。
コーラン嬢も「驚いたわ…セットと全然色が違うけど、こう仕上げる為だったのね」と絶句した。
屋外セットでもテスト撮影が行われたが…
「セット撮影と屋外を繋ぐと、チグハグだ。これが天然色の限界かな」
「ええ。ハベさん。本作は全部セットで撮りましょう。
特撮との違和感も減ると思いますよ」
「フィルムの進歩は、次の課題ですねえ」
このテストから本編の撮影スケジュールや見積もりが行われた。
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特撮も今までの様な完成作に使う様な仕上がりではなく、洪水シーンや合成シーンが数分だけテスト撮影された。
映画の冒頭は、舞台となる東国の湖を俯瞰するシーン。
映画の「色彩」と異国情緒を一気に説明する、静かながらも見せ場である。
本編班での補色サンプルを手本にミニチュアにキツ目の色が塗られる。
そして照明が強くミニチュアを照らす。
王立学院の宝物、屏風絵に描かれた東国の神秘的な風景が再現される。
結構な長廻しで撮影した。
「ハイカーット!OK!」「うひゃ~!」
「おい何だ今の声はー!」デシアスの檄がホリゾンと上の照明班に飛ぶ。
「熱いんスよ!」
リック監督が叫んだ。
「照明班はすぐ消して!降りて来てー!!」
現像に出され、仕上がったものは。
「ちょっと空の色がキツ過ぎましたねえ」
空の青、というより青い壁の様だ。
「もうちょっと色が薄い方が自然だ」
「よーし塗り直しだー!!」
と、美術のポンさん。
美術助手たちが一斉にミニチュアの空、ホリゾントを淡い色に塗り直す。
一度描かれていた雲なんかは書き直しだ。
しかし彼らは再び見事な雲をホリゾントの空に浮かべ直した。
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「「「ほおお~~!!!」」」
二度目は上手く行った。
一同から拍手が沸き起こった。
「こりゃあ絵ハガキに出来るなあ!」
冗談っぽくポンさんが言い放つ。
一同大爆笑だ。
「ごめんねポンさん、二度手間賭けさせちゃって」
「いやいや、二度で上手く行った方がありがたいってもんだろ」
本編班の失敗の積み重ねをリック監督はつぶさに見て、そのノウハウを特撮班に伝えていたのだ。
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倉庫に保管されていた「聖典」で使われた洪水用スロープが組み立てられ、その上に並んだ樽に水魔導士が水を満たす。
ミニチュアは粗いものが着色され組み上げられ、スロープから流れ落ちる濁流の中崩れる撮影が行われた。
テスト用ミニチュアとは言え、随分大きい。人の背丈はある。
「撮影速度は20倍にするので照明は全開。相当の高熱が発しますのでカットOKが出たら照明班はすぐ照明を消して降りて来て下さい」
「ちょっとリっちゃん、20倍は早過ぎねぇかー!?」
ポンさんが大声を張り上げた。
「監督の意向を無視するのか!」
今度はデシアスがカメラから怒鳴る。
「前ン時ゃそんなにブン廻さなかったろう?
10倍程度でいいんじゃねえか?
アンタもカメラマンだろうが!」
「何だと貴様ア!!」
「ちょっと待った!計算し直すから!」
今にも飛んできて喧嘩を始めそうな二人をリック監督が制した。
そして作業台で作図しつつ、複雑な計算を始めた。
「訂正します、10倍、10倍でお願いします」
その後ろで、デシアスがポンさんを睨む。
「気になるんならもう一丁お寺っての建ててやるよ。まだテストなんだからな」
「いえ。計算間違いがありました。あと高速過ぎると露出も心配です。
10倍でやってみましょう」
「ハイカメラ!」
カメラが回り、回転が加速する。
「風魔法ー!!」
風魔導士が風を送る。
大寺院の周辺の木々が靡く。
「ハイヨーイ!
スターッ!!」
カチンコが鳴った。
「水ヨーイ!落下!」
大樽10個に貯められた水が一斉にスロープを駆け下り、手前の障害物にぶち当たって飛沫を上げた。
その勢いが、赤と黄色の豪勢な大寺院に襲い掛かった!
寺院は水とぶつかった場所から捻る様に崩れていった!
全て2、3秒の出来事だった。
「ハイカーット!!OK!!」
「あちぃ~!」「マイッター!!」
デシアスの声が飛んだ!照明が消され、スタッフが降りて来た。
アイラ夫人がスタッフ一同に水筒を配ったが、中には一口飲むと残りを頭からかぶってる者もいた。
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試写では、狙い以上に寺院は綺麗に崩れた。
「現場のカン、って奴ですか。助言、感謝します!」
「いやいや、俺達ゃ映画完成させてナンボだからね」
「今後も気付いた事があったらお願いします!」
リックは年上の部下に頭を下げた。
「俺も詫びる!」デシアスも続いた。
年若いリック監督ならではの雰囲気づくりに、試行錯誤を繰り返す現場は緩やかに速度を上げ始めた。
「後は合成だなあ」
リック監督は今までの黒バック合成から、青バック、ブルーバック合成に切り替える準備を進めていたのだ。




