36.大空の時代
その素材は布だった。
しかし、それは人々を大空へと連れて行ってくれた。
魔王軍討伐と言う暗闇の時代から僅か2年。
人々は「魔道機関」という、人の力の何千倍という威力で回転する魔道具を手に入れた。
その先に鉄の車輪を、行く先に鉄の棒を並べた道を付ければ鉄道に。
その先に捩じった様な羽根を付ければ、空を飛ぶ鉄骨と布張りの、飛行機に。
それを作った少年英雄、まだ12歳だった歳だったリック。
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人の声をキリエリア領内を越えて届けられる様になった今、それでも飛行機は人々の憧れだ。
フィルムの様な「固まる油」に、糸の様な樹脂で編み上げた布を張り付ける事で、実に頑丈で、そしてしなやかな板が作られた。
「FRP…繊維強化樹脂はもっと改良されないとねえ」
完成した新型飛行機を眺めつつリック少年は考えた。
「布張りの飛行機よりもとても綺麗で速そうじゃないですか?」
「あのねあのねアイラちゃん、これ、ちょっと重いのよ。
樹脂が弱くて鉄骨の割合が高くってね。
もっと強い樹脂なら鉄骨減らして軽く、その分早く遠く飛べるのよ」
「その分エンジンを強化してますよね?」
「もっともっと早く遠く、荷物も積めて、人もいっぱい乗れたら、いいでしょ?」
「ふふ。限りがありませんね!」
笑顔で話すアイディーとアイラ。
三人の前には櫓を布で包んだ様な飛行機ではなく、長細い綺麗な楕円を描く様な胴体、そして刀の様に鋭い両翼を持った美しい新型機がたたずんでいた。
初飛行は成功し、今迄の旧型機よりも早く、高く、そして安定した飛行を見せた。
その様子はラジオで報道され、新聞で報じられ、世間の話題をさらった。
多くの人々が空を見上げ、子供達は今までの飛行機と違う格好良さにほれぼれした。
人々は空を見上げ、子供達は未来に夢を見る。
そんな空気が王国周辺を覆っていた。
「次は石油だね。もっと石油が必要だ」
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リック少年は自分の時間の半分を趣味=映画の企画に、半分の体力を油田開発に注いだ。
チート能力は油田を探り当て、荒野を金の成る木に変えていった。
しかし採掘や製油技術を指導するとリック少年は権利を王家に任せて映画の世界に帰って言った。
「あの辺の土地は俺が抑えてあるから、黙っていても利益は入って来るからね」
とあっけらかんとしたものであった。
等と言いつつ、今度はエンジンとプロペラを二機、左右の翼に取り付けた20人乗り飛行機の設計を工房に指導した。
「計画では1日で総本山あたりまで行ける。
巡礼がラクになって利用者も増えるかもね」
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この石油開発を抱えつつ、新型飛行機の計画を知って国王と財務卿は頭を抱えた。
「成功すれば、恐ろしい利益を上げるだろうが、あまりに大きすぎる利益だ…」
「陛下。交通事業、通信事業や石油を含めた鉱業は我が管轄から独立すべきかと」
「手に余るのか?」
「いえ。あまり巨大な利益を私一人で抱えすぎると、国内に不和の種を撒きます」
「いっそリック君に任せたいくらいだぞ」
「彼は映画に夢中です」
「誰に任せればよい物やら…」
二人は沈黙した。そして
「「ハア~~~…」」
盛大にため息を吐いた。
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ヨーホー音盤公社。
恐ろしく人がごった返していた。
音盤も蓄音機も、今までは高級品だった。
大商会でも無ければ、平民にはとても手が出ない代物だった。
しかし「キリエリア沖海戦」「聖典」、さらに「ゴドラン」の劇伴が大ヒットして生産規模が拡大した結果。
「もうそろそろ庶民でも楽しめる蓄音機や音盤、出来ないかな?」
リック少年が設計図を持って来た。
それまで貴族向けに、少数限定で音盤を作って来たヨーホー音盤の社長は悩んだ。
「他の音盤会社から苦情が来ませんかね?
下手したら妬まれて潰されかねません」
「一番金がかかる駆動装置を内作して、華美さに拘らない外装や発声部分を既存各社に発注しよう。
持ちつ持たれつ、って線で。
いっそ安価な駆動装置を他社に卸したっていいさ」
まだ成人していない少年とは思えない発想に、社長は恐怖すら感じたという。
音盤は今迄は魔力で一枚一枚刻み込んでいた。
これを金属製の鋳型を取って、原料の樹脂を押しつぶす(プレスする)方式に改め生産コストを下げた。
簡易蓄音機は十万デナリ程度から半額程度になり、音盤も数千デナリから数百デナリにまで値が下がり、豊かになりつつあった庶民の手が届くものになった。
同業者も最初は抵抗したが、自社の売れっ子音楽家、歌手の廉価版レコードが飛ぶように売れだして態度を改めた。
街に音楽が溢れた。
酒場などでは店内に音盤が奏でられ、蓄音機を買えない人々が押しかけた。
店々を廻って身銭を稼ぐ吟遊詩人達が苦情を申し入れたが、リック少年の助言で「じゃあ音盤を出さないか?」と持ち掛けられ、結構な実入りを得て大喜びしたそうな。
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鉄道の延伸、鉱業の発展、石油という新たな資源の普及。
これに孤児院に付随した学校という存在。
人々に読み書き算数を教える事で詐欺事件の摘発が相次いだ。
更に学校には診療所も併設されたため、餓死や病死する子供が激減した。
冬には石油ストーブが子供達を、場所によっては村ぐるみを凍死から守った。
増える人口は産業を後押しする。
食糧の豊かな王国の先に待つ者は、飛行機に象徴される果てしない青空だった。
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ヨーホー映画公社は活況を呈していた。
セプタニマ監督の「勇敢なる七騎士」は未だ完成していなかった。
落ちぶれて農村の傭兵となった、出自の異なるクセのある騎士達が野盗軍団と戦う映画、最終決戦の撮影に入っていなかった。
何せ晴天の中、洪水の様な雨を降らせるという構想だ。
セプタニマ監督は王国中の水魔導士をかき集めろと言うが。
「助けてよリックくぅん!」
「すみません妻がいるんで」
セシリア社長のまとわりつく様な頼みとあって、油田用のポンプを増産したりした。
「きっと『勇敢なる七騎士』も映画の歴史を変えますよ」
「そうなってもらわなきゃ困るわよ!もういくらつぎ込んだと思ってるのよ!」
兎にも角にも、撮影再開の目途が立った様だ。
リック少年はセプタニマ監督だけではなく、他の監督にも協力していた。
飛行機のパイロットが嵐の中を物資を届ける物語には、「ゴドラン」で飛行機の模型を細い金属糸で釣って操作した技術、そして嵐や雷を合成する技術を。
嵐の海は「キリエリア沖海戦」で波を起こし、その端を風魔法で細かい飛沫を起たせた技術を。
ロケーションの都合が合わない監督から、海の風景をスクリーンプロセスで合成する援助を。
歴史大作の企画には、数百年前の遺跡を復元した模型の撮影の製作まで打診された。
「監督は次回作の企画に専念すりゃいいんだよ!」
そう申し出たのは、模型作成や背景描画など特殊美術を請け負ったアール・ポン。
「簡単なスクリーンプロセスなら、俺がやるよ」
と、合成をサポートしてきたモン・ムーコ。
「ありがとう!早く企画を纏めて次を作るよ!」
舞台撮影から映画の監督として育った面々も頼もしい。特撮チームも各部門の長が育ってきて、これもありがたい。
リック少年は彼らに感謝しつつ、次回作の企画に向かおうとした。
向かおうとしたが。
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各チームで映画の製作が止まりかねない事態に陥った。
「フィルムが無いのよ…」
「作りましょう!」
「早っ!」
セシリア社長の苦悩を瞬時に吹き飛ばしたリック少年であった。
キリエリア王国の映画の活性化は、それまで世界のフィルム製造を独占していた商会の生産力を越えてしまった。
元々、異世界の勇者が「アニメ」をこの世界に再現しようと映画を作ったのだが、そのキャンバスとなるフィルムは、魔力で原料を抽出して固めるという、高額なものだった。
「仲間集めるよ~」
アイディーが魔導士協会に掛け合って、リック少年の下に集めた。
リック少年は魔導士達に
「これから、魔力を使わなくても作れるフィルムの製造を皆さんに手順化して頂きます」
「「「魔力要らないんかー!!!」」」
流石にツッ込まれた。
「しかし、これから説明する技術は皆さんでなければ理解できないものです。
是非協力をお願いします!」
リック少年が提唱したのは、「化学反応」。
原料の薬物からフィルム素材や感光素材を、魔法ではなく薬物同士の配合によって作り出すもの。
だが。
「こりゃ面白い!」
「魔力なしでこれが出来るなら、反応の制御とかに魔力を専念できるなあ!」
「これ色々応用効くかもだわ!」
元々科学的素養が豊かだった魔導士達はハマった。
「うひひ~。リックきゅんの製法、絶対みんなハマると思ったよ~!」
アイディーがしてやったりと笑う。
「これは特許は皆さんと折半だなあ」
「「「何でだー!!!」」よー!!!」
リック少年のつぶやきに魔導士達がツッ込んだ。
「製法を考えたのはリック殿であろう?!我らは下働きだ!」
「知識や発想は創造主のものよ!折半なんて魔導士の誇りを無視してるわ!」
「むしろ我等が授業料を払うべきレベルの技術じゃ!」
「では作業量に応じて給料をお支払いします」
それでも報酬を皆に与えようとするリック青年に、一同は一瞬呆れ…
「「「そんな事より子供を作れー!!」」ってー!」
魔導士達がツッ込んだ。
「その厄介者を早く母親にしてやってくれ!」
「ひ~!ひどい~!!」
「ヒドイ~じゃないわよ!
あんたが落ち着いて母親になんないと魔導士の女は色々煙たがれるのよ!」
「子供産んで魔導士の女だって立派な母になれるって世間に広めてよね!」
なんか女魔導士は、色々風評被害がある様だった。
「そうだそうだ!俺達の結婚がかかってんだ!」
「まあ!…うふふ」
同僚との結婚を親族に認めて貰えない男も困っている様だ。
「ひぃ~!あううう~!」
「うふふ、どうします?リックさん?」
「妻二人が怖いー!」
以後、日中以上に夜を励むリック青年であった。




