33.異世界ラジオ誕生と…
新聞と音盤、そして映画だけが情報伝達手段だったこの時代。
それでも「ゴドラン」の音盤の存在が知れ渡っていた。
「どんな内容だか聞きたい!」
「映画と違うのか?」
「音楽だけでも聴きたい、でも音盤は高くて手が出ない!」
そういう声が上がっていた。
「社長、ラジオ出来ました」
「早っ!!」
「でも魔導士が必要なんですよね~。維持費が高くつきます」
「まず実験的に王都内でできないかしら?
そこから反響を見て、国内に広げた場合採算採れるか計算しましょうか」
こうして王都内限定でセシリア社長、いや、公爵夫人というか王妹というか、そんな大人物が自らナレーションし、放送開始のファンファーレはエクリス師が作曲する事となって、実験放送が行われた。
最初は魔導士アイディーが送信を操作したいと願い出たが、
「君は強力な魔力を持ってる。普通の魔導士が交代制で出来るかどうか確認しなきゃ、実用化できないよ」
とリック少年に諫められて、王立魔導士協会に人選を任せた。
王宮、騎士団や軍施設、王都駅、大商店の食堂、そしてリック少年の出資した学校や病院に受信機が設置され、放送が始まった。
ヨーホー社試写室での演奏や音声を、魔力に変換して社屋に仮設された魔道送信塔から各施設へ送る。
「音波送信に捧げる前奏曲」と銘打たれた静かな音楽が流れ、受信機を置いた場所から念話が送られた。
魔導士の間だけで買わせられる念話は高度な魔術であり、使える人も距離も限定されていたため、とても社会インフラには使えなかった。
「南地区、孤児学園、感度よし」「北地区病院、感度良し」「王都駅大商店、感度良し」
更に、理論上受信可能な地方領都にも設置された。これらからは後日結果が報告される予定だ。
「王都内の受信可能を確認しました。
社長、お願いします」
アイディーの合図を受け取ったリックが囁いた。
「王都レイソンの皆様。聞こえていますでしょうか?
私は、ヨーホー映画王立公社代表、セシリア・ザナクです。
私は只今、王都内のヨーホー映画本社から、皆様に声と音楽をお届けしています。
私達は今、遠く離れた多くの場所に、声を、音楽を、物語を、一瞬でお伝えする力を得た事をお知らせします!」
セシリア社長の宣言に続いてエクリス師はファンファーレを演奏した!
「南孤児学院よし」「北地区病院よし」「王都駅大商店、ややラッパの音が歪みます」
「近すぎると音が歪むか~。音の大きさ、出来れば音域毎に調整できるイコライザーが欲しいなあ」
この未来の技術を呟いたリック少年の発言を理解できたのは、魔導士アイディーとアイラ嬢、そして放送に立ち合ったヨーホーの録音技師達だけだった。
彼らは「ゴドラン」でイコライザーを使っていたからだ。
ファンファーレに続いて、
「いかがでしたでしょうか。
一部、音の聞こえが悪かった場所もあるかと思います。
しかし、この力、ラジオの力は、私達の社会をより豊かで幸せにする力を持つものだと、私は信じています。
本日は後2時間、試験放送を行います。
どうか、この後も音楽や物語をお楽しみ下さい」
そして音楽はこの世界初のラジオ放送のための、エクリス師の作曲した祝典の曲を演奏した。
更に、音盤で発売された「ゴドラン」の第一部までも放送された。
学校に集まった子供達は「「「うわーっ!!!」」と声を上げて喜んだ。
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試験放送は好調で、鉄道で派遣された各領主から「良好」「聴取可能」「音楽は聞こえるが話は理解不能」「聴取不可」との報告が上がって来た。
ヨーホー映画の本社会議室には試験放送対象地域の地図、いや立体模型が作られていた。
聞こえの良さが青、順に色が赤に近づき、聞こえない所は紫。
近くても聞こえない、紫の光の灯る場所は王都との間に山がある場所だった。
「やはり大体は計画通りだね。
ここ、ここ、ここに、中継所を造ろう。
思いのほか受信状態が良かった場所は中継所は不要。近くの山が電波を反射してくれたみたいだね。
聴取困難な場所には、なるべくそこから多くの街に届けられそうな場所を選んで中継所を立てよう」
この試験放送は、仮設中継所の設置の為数日の間を置いて10回続けられた。
主に放送されたのは、エクリス師の祝典曲を開始の合図として、この国で有名な音楽、聖典の曲、民謡、流行歌。
そして、急ぎ書かれた「聖典」の台本を抜粋した朗読と、音盤。
毎回、最後は「ゴドラン」の音盤を二枚目、三枚目と再生した。
このため、各地の劇場に「『聖典』は再上映されないのか?」「今でも『ゴドラン』やってる劇場はどこだ?」と問い合わせが寄せられたそうだ。
更に、「ゴドラン」を含め、過去三作の音盤やフィルムを買いたいという要望がヨーホー社に殺到した。
「毎度ありー…あら、はしたない!」
どうやらセシリア社長にリック少年の口癖が移った様だ。
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「で、監督。
なんで3千万デナリ、要るんですの?」
「そりゃ、雨降らさにゃならんからですよ」
リック少年がラジオの準備に飛び回っている最中、セシリア社長は頭を抱えていた。
セプタニマ監督の新作「勇敢なる七騎士」が予定を過ぎても完成せず、更に追加予算を出せと迫って来た。
「既に7千万!特撮を使うでもない、普通の映画に!」
「最初に言った通り、本当の騎士を、ホンモノの騎士道物語を!
いや人間の内側をさらけ出すために必要なんですよ!」
ブライト・セプタニマ監督は、セシリア社長相手に一歩も引かなかった。
前作「敗将」は特撮を使っていないながら、膨大なフィルムとロケーションや脚本の推敲など、5千万デナリを費やした。
普通の演劇撮影なら5~6本、最近の新技法を駆使した映画でも2~3本撮れる予算だ。
しかして、「敗将」は最終的には1億デナリの興行収入を上げた。
その利益率は、リック監督の特撮映画に次ぐものだった。
「今、映画の世界は、ただボーッと大劇場の芝居を遠目に映しているだけじゃなく!
オモチャを水に浮かべたりゲテモノを見世物にしてるだけじゃなく!
本当の人間の、世の中の姿を描き出せる時代を迎えようとしているんです!」
「リック君を侮辱するならこの会社を出ていきなさい」
セシリア社長は静かに怒った。
だがセプタニマ監督の激高は止まらなかった。
「人間の感動は人間の心からしか生まれない!オモチャにゃムリだ!
俺はそれを描き出したい!」
「今すぐ出ていきなさい」
「今まで使った6千万デナリのフィルムと俳優、全部他の会社に持ってくぞ?」
「脅しのつもり?」
「どっちにしろ、追加できなきゃドブに捨てるしかないんでしょうが?」
「…撮影計画と見積を提出して。
それから、リック君に謝って」
セプタニマ監督は、制作続行が決まるまで王都の川でのんびり魚釣りして過ごしたそうだ。
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「うは、そりゃ続行でしょう」
リック少年は即答した。
意外な事にセプタニマ監督の肩を持った。
「まさかあなた、脅されたりしてない?」
「『敗将』はまさに名作ですよ。ああいう映画こそ、この世界にもっと広まるべきです。あんな凄い作品、俺には撮れない。
俺には故郷の特撮映画の真似しかできないんだ」
リック監督はその偉業を讃えられるにつけ、自分は前世の記憶にある特撮映画を丸々再現しているだけで、自分には独創性はないのだ、繰り返しそう主張した。
「後、ちゃんとセプさん、俺に謝りに来ましたよ。
お前の映画は凄く稼ぐ、でも俺の方がもっと稼いでやる、ってね」
「謝罪になってないじゃない」
映画監督とは何かと我が強い物であった。
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なお。
「帝国のマヌケ勇者、ゴドランのニセモノ作らないかなあ!」
もはや失敗作を払い飛ばすという、次元の高い(低い?)楽しみ方をしている。
「そうだ!金の実の盃を贈ろうか!」
「「「金の実???」」」
「俺の故郷にあった、ナンダコリャって映画を讃える賞でね」
「「「讃えるのか???」」」
それほどまでにリック少年の故郷の精神には余裕があったのだろう。
「でも、今度ばかりは無理ねえ」
と、セワーシャ。
「極大魔法をやらかした責任を取って、流石の帝国の勇者も監禁中みたいよ?
ゼネシス教総本山がモノホーリ派に『異端通告がイヤなら阿保垂れを縛り付けろ』、って脅したみたい」
「はは。あの笑いがもう味わえないのは残念だなあ!」
「あ…別の意味で俺は心配だよ」
ここで、リック少年は考え込んだ。
「何がだよ?そんなにアイツのヘボ映画が好きなのか?」
「いや。
あの勇者は、いわゆる『愚かな働き者』って奴だ。
映画にうつつを抜かしてるだけなら無害だ。
でも監禁されたり侮辱されたりするとなると、逆に何かしでかしそうだ。
絶対また何かやる。
クソ映画は冗談で済んでいたけど、極大魔法をやらかした次だ。
一人で魔王軍に挑んで、魔王軍の群れを帝国に引っ張り出して来ることだってあり得るよ」
真剣に呟くリックに、一同は戦慄した。
「わかったわ。神殿に警戒を促すわ」
「騎士団の立場から国王にも進言する」
「きょ、強大な魔力を、国外から感知する道具も、か、考えなきゃ」
「ディーちゃん、お手伝いします!」
「みんな、ありがとう。
俺もアホ勇者への警戒をどうするか考えるよ。
それで、それが一息ついたらお願いしたいんだ」
「「「何を???」」」
「あ…!」
セワーシャだけは理解した。
「ん!ああ」
次いで、デシアスも理解した。
「え?何?何々?」
アックスはすっかり失念している様だ。
アイラ嬢と魔導士…いや、アイディー嬢は真っ赤になっていた。
リック少年が魔王軍討伐戦に参戦した大陸歴1500年から5年。
彼がキリエリアで映画を撮り始めてから3年。
「俺はもう15歳になる。
アイラと、そしてアイディーと結婚したいんだ」
「「うをー!!」」
「そうだったー!!」
仲間同士への想いは強いくせに、色恋には色々鈍いアックスが叫んだ。
「よっしゃー!今日は飲むわよー!」
「アイラ嬢、アイディー、心から祝うぞ!」
「俺は駄目だー!気づけなかったー!ダメダメだー!
アイラ、アイディー許してくれー」
己の鈍さを恥じる英雄であった。
「あ、アックスはこうなるだろって、解ってたよ」
「ふふ、あははは!やっぱり皆さんとっても仲いいんですねえ!」
「アイラ、君だって俺達の仲間だ!てか俺達のまとめ役じゃないか!」
「そうよそうよ!結婚してからも手間のかかる弟達を宜しくね!」
「は、はい!!」
その時、撮影所からざわめきが聞え、何人かが鉄道でやって来た。
「監督!何があったんですかい?!」
ポンさん達美術陣が。
「リック君!何かいいことあったかな?」
他の映画の応援に来ていたテンさん監督が。
「おいリッちゃん!撮影の邪魔だぞ!
何があったかキッチリ説明しろや!」
中には川で釣りしてた筈のセプタニマ監督まで、ケンカ腰の言葉と裏腹にワインの樽を載せて駈け込んで来た。
実は撮影再開の為、撮影所で色々計画していたそうだ。
セワーシャはリック少年に困惑の表情を向けた。
それにリック少年と、二人の婚約者は、ニコっと笑顔を返した。
「いよいよリック君が成人して結婚するのよ!」
「「「おおーっ!!!」」」
「あー!ここにいた!セプさん!撮影続行が決まりましたよ…って、もう知ってたんですか?」
「え?ああ。そんなのそうなるに決まってんだろ?!」
笑顔の輪が広がる。
リック少年、いや青年が音頭を取った。
「よーし、セプタニマ監督の『勇敢なる七騎士』の完成と成功を祈って、カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!!」」」
「待てリッちゃん!こりゃお前さんの結婚の前祝だろうが!」
「それはまたやりますから、セプさん!カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!!」」」
「大したボウズ、いや、もう大したヤロウだ!!はっはっはー!」
1505年のその夜、リック少年の家は撮影所を巻き込んでの大宴会となった。
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「リっちゃん、なんで俺を呼ばなかったんだよー!」
後日、「勇敢なる七騎士」の主役、暴れ馬マイトから責められたそうだ.。




