32.このヒット、理解不能?
「なんかそっちも舞台挨拶したんですって?」
封切り数日を経ても消えない行列を見下ろしながらに、セシリア社長はリック少年にネチネチ聞いた。
「ええ。二度三度と残ってもらっちゃうと後に並んでる人が裁けないんで、満足させて帰ってもらう策を取りました」
「なんていうか、ホントあなた天才ね。
色々心配してたのがバカみたいよ!」
と、呆れつつ、セシリア社長は笑顔だった。
愛する人を褒めてもらえて、一緒にいたアイラ嬢も笑顔だった。
「他の領都の劇場も大変だそうよ。
キリエリアだけでも見ての通り。
この後国外で公開されたら、『聖典』並みいけるかもね!」
「聖典」の興行収入は世界の演劇や音楽の記録を軽く塗り替える5億デナリ。
「ゴドラン」はどこまで行くか?
「最低2億。もしかしたら3億?
軍や神殿の後ろ盾も無いのに、奇跡と言うべき数字だわ!」
「会社の役に立って何よりです」
「何言ってんの。あなたの趣味のため、でしょ?」
「はい!」
「正直ね!うふふふ!」
頃合いを見計らって秘書たちが一同に酒を振舞った。
「ゴドランに乾杯ね!」
「「「乾杯!!!」」」
「社長室で乾杯なんていいんですか?」
レニス監督が恐る恐る言った。
「監督がそう言ってんですけど?リック君?」
答えを振られて、畏まったリック君。
「レニス監督、いえテンさん。監督のお陰で本編チームはいい空気で撮影できたって聞きました。
空想作品は想像力がモノを言う世界なんです。
自由な発想のためには、自由な空気が必要です!」
「そう言って貰えると、嬉しいですね」
「俺はこれから空想特撮作品をバンバン撮りたい。
どうか、今の世の中にない未来の世界を、一緒にフィルムに映し出して下さい!」
「え?!…」
「カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!!」」」
こうしてレニス監督はヨーホー特撮映画になくてはならない存在となった。
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「2百万デナリ…」
音盤の報酬にオスティ・ナート師は唖然とした。
「街中でも子供達が軍出動の主題を歌ってるでしょ?」
タイトルの行進曲を子供達が「ゴドラン、ゴドラン、ゴドランやっつけろ!」って自由勝手に歌っている。
その辺の角材の破片で作った城壁を蹴り飛ばしてゴドランごっこをしてるのだ。
そこにヘンな勇者が現れてヘンなポーズ取った後に「エキスプロージョン!」と叫ぶのだが、ゴドラン役の子が「ハアーっ」と白熱光を吐くと「ウギャー」とすっ飛ばされて行く。
この世界にとっては奇妙としか言えない音楽は好事家や音楽研究家の注目の的となった。
それ故注文が殺到し、曲想を書いたリック技師、譜面を起こし指揮・録音を行ったナート師に膨大な報酬を齎した。
「先生の働きの、正当な対価です」
「納得がいきませんが」
「因みに前二作を担当頂いたエリクス師はこのン倍…」
「あれは先生が作曲したでしょう?」
「色々こんな感じで、って話しながら曲想を纏めました」
「リック君、君は一体何者なんだ?」
「異世界の記憶を持つ、一介の特撮マニアです」
「嘘だー!」
ナート師もヨーホー特撮映画になくてはならない存在となった。
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「ゴドラン」の人気は、封切り後二週間を経ても衰えず、ロングラン興行が決まった。
そして海外からの収益も、キリエリアとほぼ同じと試算された。
フィルム購入希望、それもトーキー装置とセットでの希望が百セット単位で寄せられた。
「どうやら前二作もトーキーで見たいという観客が多くなっている様です」
「またリックちゃんにはガンバってもらわないといけないわねえ…」
トーキー装置の製造自体はリックが創立した会社に引き継いでいるが、セシリア社長が彼に求めたのは、やっぱり立体音響。
それも、「聖典」を大神殿で上映した時の様の、迫力の再現。
「やっぱり巨大なドームやホールで響かせる必要があるのかしら?
響き…」
この時音響技術の専門家ではないにしろ、演劇を生業とするセシリア社長が気付いた迫力の正体である、残響音。
勿論リック少年は魔導士アイディーと婚約者アイラとともに、2チャンネル音響、そして重低音、更に劇場の後ろからも残響音が出せる4チャンネル音声の再現に取り組んでいた。
王都中心部にある豪華なヨーホー劇場以上に、クラン撮影所での立体音響上映が人気があったからだ。
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子供達のゴドラン熱は結構なものだった。
リック監督は映画の新技術か何かを実験するための素材をしこたま集め、失敗したゴミを破棄する事なく保管していた。
「そんじゃあゴドラン、作るか」
30cm程の精密なゴドラン人形を作って手足を切り、切断面にオス口とメス口を加えて、鋳型を取った。
破棄された素材から魔法で何やら樹脂っぽいものを抽出して火魔法で溶かし、黒い塗料を混ぜて鋳型に注いだ。
出来たのは、ゴドラン人形。
リック監督はこの人形の増産を町工場に外注した。
この人形の組立と着色を指示し、その結果、何ともリアルなゴドラン人形が大量に出来上がった。
販売価格、50デナリ。
庶民には結構な贅沢品だが、それでもなんとか手が届く。
ただ、子供に何か買ってやる、という習慣がキリエリアには、いやグランテラ諸国には無かった。
それでも、市場や劇場に並んだこの人形は子供達の憧れの的になり、徐々に売れていった。
千個、一万個、十万個と売れ、無視できない収入となった。
これを知った貴族子弟が欲しがったが、貴族向けには小さい音盤と木箱付きの高級仕様品を千デナリで発売した。
これも数千個売れた。
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そして1ケ月後。
「ゴドランのロングラン及び海外を含めた興行収入は約4億デナリ。
海軍の協力を受けた「キリエリア沖海戦」の3億デナリを越え、総本山や各国の大神殿が全面的に支援した「聖典」の5億デナリに迫る記録です」
ヨーホー本社の大ホールで「ゴドラン」の成績が纏められた。
その壇上にはレニス監督、リック技師が呼び出されていた。
「テンダー・レニス監督。リック・トリック技師。
これは貴方達の誇るべき成果です。
そして前代未聞のドラゴンを映画に描き出したスタッフの皆さんに感謝を表します」
契約外の追加報酬が社長の手で渡された。
「断るのはナシよ?」
リック技師は社長直々に釘を刺された。
続いてゴドランを演じたアックス、特撮の撮影デシアスを始め美術、作画合成、その場に居合わせなかったが音楽のナート師、立体音響版の作成をリック技師以外では初めて手掛けた録音にも追加報酬が渡された。
この場にいた出演者にも渡されたが、年長であり俳優陣のまとめ役でもあったゲオさんは目下セプタニマ監督の超大作の撮影に入って欠席。
「今日は本社大食堂で大入り記念の祝宴を開きます。
皆さん、体を壊さない程度に飲んで食べて、成功を祝って下さいね!」
「「「おおーっ!!!」」」
本社大食堂は歓声に包まれた。
この様なイベントは、前二作では撮影所やリック邸で行われたが、会社公認、会社持ちは初めてだ。
それでも、撮影というか演劇を映して編集したらオシマイだった数年前の映画には無い、特別待遇だった。
「やっぱリック監督はすげえ!」
「ちょっと待って、今回俺は監督じゃない、監督はテンさんだからね?」
「おっと失礼しました!」
こういう事はキッチリするリック技師であった。
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この、世界最初の怪獣映画。
ドラゴン退治という演劇は、過去にもあった。
舞台に書割=背景に書いた絵、或いは立体的に造形された大道具を動かしてドラゴンを再現した物。
首と頭の模型を作り、対峙する英雄や王と戦わせた物、等々。
それでも、ドラゴンそのものを中心に据え、しかも今の王都や実在の建築を破壊するというのは、やはり破天荒なものだった。
「何故ここまで人気が出たのかしら…」
追加利益の報告に、セシリア社長は頭を抱えた。良い意味で。
「前二作は海軍の英雄、聖典の大予言者を描いて、海軍や神殿の協力、動員もあっての大ヒットだと理解できます。
どちらの主人公も有名で国民に親しまれてきたものです。
しかし、このゴドランは、そう言った後ろ盾は、ほぼありません」
「やはり、帝国の極大魔法という許されない罪を糾弾したからでしょうかね」
「いやいや、子供が大好きなドラゴンの伝説を今に蘇らせたからでしょう」
「観客は別に子供だけじゃない、全年齢に亘っているぞ?」
役員たちが意見するが、どうにも収拾がつかなかった。
「リック君、君なら知っているでしょう?」
「はい。単にゴドランが凄く強いし、極大魔法が凄く悪いし、迫力ある絵が撮れたからじゃないでしょうか?」
ヨーホー社の重役は唖然とした。
「映画は、特に、特撮映画は驚きを見せる物です。
歴史の大海戦も、聖典の奇跡も、歴史だ、聖典だ、ではありませんよ。
大海戦で砲撃で爆発して沈む船、それは敵でも我が国でも。
聖典の描く大破壊も、巨大建築が洪水で砕かれ崩れていく。
大迫力の映像、興奮を観客は求めているだけなんですよ。
それ以上でもそれ以下でもありません」
当たり前だろう、と言う様にリック少年は言って見せた。
「ふふっ。評論家がバカみたいな評価しかできない筈だわ」
「ゴドランの音楽を作曲した異世界の大家が言っていました。
『定評のある美しか認めようとしない者を、私は軽蔑する』。
これ、アンドレ・ジ-ドの言葉でしたっけ?
芸術家たるものは、その辺の石像の頭にカラスの糞が付いている姿を美しいと感じる新鮮な心を持たなくてはいけない、とかなんとか」
「わからないわー」
リック少年の言葉に、セシリア社長は更なる混乱に陥った。
ともあれ、「ゴドラン」の成功はヨーホー映画社に、そしてリック少年に莫大な利益を齎した。
そしてその利益は次の事業のために投資された。
ヨーホー社においては、特撮映画以外の拡充に。
そしてリック少年は、この世の中を変えていく、鉄道や飛行機に迫る新技術の実現のために。




