31.王都の観客、ゴドランに大喝采!
その日。夜明け。
「開門ー!!」
王城外に住むリック技師は、いや、リック技師と婚約者のアイラ、何故か一緒に留まっていた英雄チームは王城から吐き出される人の列を目撃した。
最終的にその長さ、過去二作の行列を越え撮影所に達する者となったー!
「観客の声が聞こえる。奥澤!撮影所を解放して遣わせ!」
「オクザワって、誰?」
「ゴメン、ネタだよ」
撮影所を解放、これは公開前にリック技師から提案されていた事だった。
前評判の悪さからこんな行列が生まれるとは思っていなかったヨーホー首脳陣は
「もし初日の行列がスゴい事になったら、撮影所を解放して観客を収容の上映して、混雑を収めよう!」
というリック少年の助言に乗り気ではなかった。
ふたを開ければこの通り。
だが、撮影中だった監督たちはそれに反対した。
「ちょっと!誰が作ったスタジオだと思って…」
怒りかけた社長をリック技師は制した。
「いいえ!スタジオが映画製作で回っているのはいい事です。
特撮スタジオと特美倉庫だけ解放し、観客を誘導します。
撮影中の監督さん達にはご迷惑はお掛けしません!」
あくまで腰が低いリック技師であった。
「及ばずながら剣聖デシアス、古巣に掛け合って観客の誘導に協力します!」
「あ、あたしもっ!魔導士協会に頼んで、みる…」
「本編スタッフを動員して観客が撮影所に乱入しない様警備しますが…前日から宿舎に待機させますか?」
レニス監督も半信半疑で応じてくれた。
「お願いします。もし大行列が出来たら、皆さんには特別手当を出しますよ。
そうなれば…そうなる気がしてきましたよ、うふふ!」
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セシリア社長の笑顔で絞めた数日前の打ち合わせが功を奏した。
気の早い事に劇場開幕前から「『ゴドラン』とは何か?」と並んだ群衆。
「王城外、クラン撮影所でも公開されます!」
「クラン撮影所では特殊美術、特撮模型が少しですが見学できます!」
「ゴドランと王都の模型はヨーホー劇場だけの展示となります」
魔道具による拡声魔法で群衆は各々希望する劇場に誘導された。
「撮影所に入れるのか!行かねば!」
「あんた、早く見られるんならそっち行きましょ!」
「何が何でもナルキス様にお会いするのよ!」
「パパー、映画撮ってるとこ観たいよ~」
皆様色々事情があるみたいだ。
王都内の各劇場に加え、特撮スタジオに急ぎ設置された仮設劇場。
実はここは2チャンネルステレオ音声というひみつの特典付きだ。
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各劇場とも、あまりの行列に、前倒しで上映が開始された。
最初に、
「異世界の巨人、XXX、〇〇〇、???…に捧げる」
と、読む事が出来ない文字で、恐らく人の名が現れた。
続いて、「協力 キリエリア海軍 キリエリア陸軍」とのクレジットが続く。
そして光り輝くヨーホー映画の社章。
腹の底を揺さぶる様な、巨大な足音。
そして、この世のものとは思えない獣の雄叫び。
せり上がる、極太の文字で書かれた「ゴドラン」の表題。
足音と咆哮、そして始まる、勇壮ではない、弦楽を中心とした短調の行進曲…
それは行進曲より早く、四拍子と五拍子が交錯するアップテンポな曲。
海上で爆発する船、謎の存在に蹂躙される海岸の漁村、王都に寄せられる被害状況。
調査隊が漁村に向かうと、極大魔法によって生み出された恐るべき放射線。
白昼堂々、村民、調査隊が巨大な咆哮と足音を聞く。
「私は確かに見た!あれは聖典の記録に滅びたと書かれた巨大竜だ!」
そして山の向こうに頭を持ち上げるゴドラン!
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「この映画は、本当に俺の故郷の怪獣映画を忠実に復元しただけの物で、いわば盗作です。
永遠に、ホンモノを見る事が出来ない盗作ですけどね…
だからこれは俺の映画なんかじゃない。
異世界の優れた才能が生み出した傑作の、写本なんです」
彼は後に知り得る詳細を記録に残した。
誰もがそれを宝の山だと期待したのだが…皆一様に失望した。
異世界では実に多様な道具や交通手段が作られ活用あれていた様だが、その原理や製造法は全く理解できないものだった。
更に彼の記録は、特撮映画が中心だった。
それに、この世界でも再現できる教育や医療、衛生、防衛は、このゴドランの時代にはほぼ彼の手で実現して来たのであった。
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極大魔法の呪いである放射線を撒き散らすゴドラン。
これを抹殺すべきと訴える、若手二枚目俳優ナルキス・タラント演じる主人公。
しかし彼の恋人の父である、ゲオさん演じる老科学者はゴドランの生命の不思議を何故究明しようとしないのか、静かに怒る。
そこに、ついに王都周辺の海岸にゴドランが上陸する。
あの、重厚な、現代の音楽の音階を無視したゴドランの主題が、炎に浮かび上がる巨大な姿の禍々しさに命を与える。
開通したばかりの鉄道を蹂躙するゴドラン。その足元を合成で逃げ惑う人々。
その日は港の駅を破壊して海に戻った。
鋼鉄魔道車が出動し、王都周辺に鋼鉄の塔を築き、強力な魔力の結界が張られる。
再度上陸したゴドランは、鉄塔に熱線を吐き、溶かしてしまう!
鋼鉄魔道車に砲を載せた「戦車」がゴドランを迎え撃つが、全く効果がない。
王都の城壁は踏み潰され、鉄道駅と大商店建築「百貨店」は炎上した。
鐘が鳴る大聖堂は叩き壊された。
王都最大のヨーホー劇場も尻尾でなぎ倒された。
ここでヨーホー劇場では大喝采が巻き起こったという。
燃え盛る王都を背景に王城に侵入したゴドランは正門があるファザードを踏み倒した。
オプチカルプリンターによる合成が、まるで本当に王都にゴドランが出現したかの様な景色を観客の目の前に繰り広げた。
破壊に満足したゴドランは、飛行機隊の攻撃を背中に受けつつ、悠々と海に帰っていった。
翌日。王都は焼け野原となった。
病院に無数の負傷者が運び込まれる。
放射線を放ち、この後障害を発して死ぬであろう少女を前に首を振るだけの学士。
死んだ母が運び去られ、泣き出す赤子。これは先に泣き声と共に録音された、心を抉る音楽の場面だ。
老学士の娘の婚約者であり老学士の弟子だった青年魔導士は、極大魔法を上回る、海を死の世界に変え果てる恐るべき魔法を生み出してしまった事を語る。
ナルキス演じる主人公の真正面からの協力要請に。
「人間とは弱い物だ。極大魔法対極大魔法、その上この恐るべき魔法を使用できないと誰が断言できる!」
あの演技、そしてその後に続く追悼の合唱。
「君達の勝利だ。しかしこの魔法を使うのは、今回一回限りだ!」
そう言って彼は魔道陣や多くの書籍を暖炉にくべた。
そしてキリエリア沖の内海。
追悼の静かな調べが流れる。
海面下にゴドランを発見し、魔道具を設置する魔導士。
先に主人公を海上に上がらせ、海底で魔道具を発動させる魔導士。
もがき苦しみ出すゴドラン。
「実験は大成功だ!幸福に暮らせよ。さようなら!」
そう言って命綱を切る魔導士。
洋上の魔動艦の前に浮かび上がるゴドラン、しかし水中に没し、魔道具が放つ激しい泡の中で骨となって溶けて消え去る。
「やりました!我々は世紀の巨竜ゴドランが水中に没し去るのをこの目で確認しました!
若き天才魔導士はついに勝利したのであります!」
報道陣は勝利を謳う。
しかし、老学士は絞り出すように話す。
「あのゴドランが最後の一匹とは思えない。
もし、極大魔法が続けて行われるとしたら。
あのゴドランの同類が、また、世界のどこかに現れてくるかもしれない!」
追悼の合唱が流れる中、艦上一同が、命と引き換えにゴドランを葬った魔導士に敬礼する。
そして映画は幕を閉じる。
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しばらくの沈黙の後。
歓声と拍手が巻き起こった!
叫び声まで起きた。
この歓声を受けて、予備のゴドランのヌイグルミをアックスが着込んでくれた。
特技スタッフも、破壊された町の模型を抱えていた。
照明を消し、僅かな灯の中模型を並べ、再び照明がともされた。
そしてゴドランの足跡、咆哮の音。
アックス演じるゴドランが現れ、観客が再度喝采を送った。
ゴドランは去り、替わってレニス監督、リック技師が壇上に上がった。
ぶっつけ本番、観客への感謝の挨拶が行われた。
「皆様。これは劇でも映画でもあります!我々は聖典の太古の昔に引き戻された訳ではありません!」
「「「わっはっはー!!!」」」
リック技師が劇中のラジオ放送の真似をして再び拍手が巻き起こった。
「おれ…私は本作を企画し、こちらのテンダー・レニス監督の下特殊技術、特撮を担当したリック・トリックです」
三度拍手が起きた。
「早朝からゴドランのために郊外まで行列頂き、本ッ当にありがとうございます!
もう事前の評価がダメダメだったんで、まさかこんな事になるなんて思っても見ませんでした!」
また笑いと拍手、そして「よかったー!!」「すごかったーぞ!!」との声援。
そして二人は観客への感謝を延べた。
まさかこのトンでもない映画、そして過去二作で世界にその名を記したリック監督に会えるとは、更に目の前で動いているゴドランを見られるとは思ってもいなかったので、観客たちは相当興奮して挨拶を聞いた。
「なお、本日限りで、本作や過去二作で使った模型を、このスタジオの奥にある倉庫に展示します。
どうぞ、私もこの手で作ったり色を塗ったりした模型を見て、撮影所の出口から出て下さいねー」
ファンサービスたっぷりなリック技師に誘導され、観客は特美倉庫を通ってクラン撮影所を後にした。
なお主演俳優は社長とともにヨーホー劇場で舞台挨拶をしていた。
撮影に使用された正のヌイグルミも、大聖堂や王城の模型とともにヨーホー劇場のフロアに展示されていた。
こちらも大喝采であった。
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郊外の撮影所でも上映されていると知った行列の一部はそのまま撮影所に向かった。
そのため王城内の混乱は緩和された。
過去二作の行列で王城の騎士団も「またお声がかかるだろうよ」「タダ券もらわなきゃ割が合わねえなあ」と愚痴りつつ出動し、果たしてタダ券を貰えた。




