302.トリック特技プロの宗教超大作
久々の宗教映画「エクソダス」だが、過去幾度も演劇や映画となっていたため、見せ場というか勝負処は決まっていた。
今の西国の民族が大陸中央から内海へ至る際に大河が二つに割れる場面、そして神が戒律を石板に刻む場面だ。
普通ならそう考える所だ。
しかしリック社長は別の場面にも見せ場を用意した。
民族を奴隷と従える古代王朝の絢爛豪華さ。
今や半壊した遺跡となった古代王朝の壮大さ。
これらを再現するため、本編美術への予算投入もさることながら、ミニチュア、作画との合成を自然に見せるため、高画質にするために70mmオプチカルプリンター、ヨーホーバーサタイル2改め「バーサタイル70」を完成させた。
ただでさえ高額な70mmフィルムを、更に横回しにして大画面に耐えうる画質を実現するものだ。
これだけで数億デナリは消えるのだがリック社長は「いっそ70mm合成の綺麗さを『1799』のスタッフに見せつけてやる!」と挑んだ。
「税制上色々大変ですが、撮影スケジュールとしては大助かりです。
それにしてもこんなに大金を突っ込んで大丈夫ですか?」
「これから色々物要りになるから、ちょっと冒険かもね」
リック社長の、この先を憂いた様な言い方に一同は不安になる。
「物要りって?」
「またなんか嫌な事が起きるのか?」
「出来る限り我らも役立ちたい。最悪を回避するために」
「う~ん、何ができるかって、ま、力技?」
アイディー夫人が説明するが覚束ない。
「数年前から石油がじわじわ値上がりして、色々物価が上がって10年前の倍になってるよね」
「世間じゃ実入りより値上げが激しくて暮らしが厳しくなってるぞ」
「国王陛下も財務卿閣下も努力してるけど、もしまた不安材料がドンと来たら、もっと暮らしが厳しくなるよね」
「不安材料って?」
「ボウ帝国の辺境、異民族との武力衝突が多くなってる」
「それでボウ帝国のために異民族と一戦、って訳か」
「あくまで諸国条約による仲裁ってだけだよ」
「り、リックきゅんが行けば一瞬かもね、うひひ!」
「あれ見て戦おうってバカは早々いないわよねー」
此処にいる面々はアイラ夫人とミーヒャー夫人以外は直にそれを見ている。
「聞いているとなんとかなりそうな気がします。
それでもまだ心配があるんですか?」
不安そうなアイラ夫人が聞く。
「信用の喪失、だ」
「「「???」」」
******
「リックきゅ~ん、最後のは説明がいるよ~」
「そうだった。
20年前までは世界のお金は各国が持ってる金の量が全てだった。
でも産業が発展し、今では各国が持っているお金の何倍もの価値がある鉄、石油、人々の働き、そして高度な機械が生まれた」
「あんたのせいじゃない」
「そうだった!」
「いいから続けて」
「えー。
今までは各国の持っている金と、例えその数倍の物が動いていても、動いてる鉄道や石油、そのものに『価値』があった。
その『価値』を信じて、みんなで新しいものを生み出し、買って、働いてきた」「「「うんうん」」」
「それは各国がもっと発展し、金より素晴らしい『価値』をずっと生み出し続ける、ってみんなが信じてたからだ」
「「「そうそう」」」
「もし石油の値上げが続いて、更に東国との貿易が途絶え、各国が新しい『価値』を生み出せなくなったら?
物価が上がりすぎたり物が買えなくなったり、借金を払えなくなったら、各国が色々貸付合っている証文が紙くずになり、金をよこせと大騒ぎになるだろうね」
「まさか」「そんな事が」
「人は、世の中は不安ってものに弱いんだ。
例え本当はそんな事にならなくても、みんながそうなるかもって思ってしまえば
みんな何も買わなくなる。
世界中の商会が賃金を下げ、物価を上げてしまう。
そんな事になれば、みんな今の暮らしを捨てて、飢えないために地面を耕し芋や麦を植える。
昔の暮らしに逆戻りだ」
「それは…単純に戻れるとは思えないな」
「人も増えてるし、街には畑など作る場所はもう無いぞ」
「餓死者や病死者が出るわね」
「そう。
鉄道も電気も学校も、病院も止まってしまう。
食べるものがある国が貧しい国を襲って平和は崩れ去る。
あの内乱の時みたいな状況が長く続くんだ。
もう特撮とか映画とか言ってる場合じゃなくなるよね」
「またそれねえ…」
「これはもう多くの人達の心の問題なんだ。
力技で何とか出来る問題じゃない」
リック監督は心配をみんなにぶつける。
「しかしリックさん、あなたの考えた条約祭典も、諸国展示会も多くの人に未来の夢を見せたじゃないですか?」
「そうだ、何か当たり前みたくなってたけどさ」
「両方とも一国の経済を左右するほどの一大イベントになってますしね!」
「あれは問題を先延ばしにしてただけだよ」
そういうリック監督は、やや自嘲気味だった。
しかし、彼を見つめる仲間達の目は、暖かかった。
「それが大事なんじゃねえか?」
「「「え?」」」
「だってさ、リックの心配ってフツーに働いてフツーに発展してって、そうやっていたとしてもだ、いつかは来るもんだろ?
それこそ天から金が降って来たって、その分働きが増えて、また限界が来る。
完全に解決させる方法なんてないんじゃねえか?」
「アックス…あんたそんな頭良かったっけ?
もしかして、中身機械のマキナアックス?!」
「ヒデェなあ!なんとなくそう思っただけだよ!」
「「「ぶはははは!!!」」」
セワーシャの冗談で場が和んだ。
「私は、多分アックスさんの言う通りだと思います。
人間がもっと多くの物が欲しい、もっと多く子供が欲しい、もっと色々知りたい。
そう思う限り、人間が作れるものは段々進化して、複雑になって、高価になって行きますから」
「う~む。
一概に欲を捨てればいいという訳ではなさそうだな。
尚の事、何とか明日に向かって夢と希望を持ち続けて前向きに生きる事こそ大切という訳だ」
一同は、終わりの無い戦いを覚悟した。
「みんな、ありがとう。
やっぱりそうだよね。対処療法でもいい、色々足掻き続けて悲劇や不幸を先延ばしにしていこう」
「それで、特撮映画撮って行こう、でしょ?」
「勿論!」
「それでこそ、リックきゅんだよ~」
「「「あははは!!!」」」「うげ…」
「あ、もうセワーシャは無理しないで、休んでね」
安定期に入ったら、聖女セワーシャには民を率いて脱奴隷の道を示す預言者の母、王妃役が待っているのだ。
******
久々の宗教スペクタクル大作とあって、しかも今まで変身英雄、子供向けテレビ専門と思われていたトリック特技プロの劇場超大作、しかもヨーホー映画傘下ではない独立作品に関係者は驚いた。
「いくらあのリック監督だって、ただの独立プロだろ?」
「配給網を持ってない以上、ヨーホー映画頼みで、巨額な製作費を回収できねえよ」
「俳優もアックスさんだけじゃ客は来ねえんじゃねえか?」
「俺はセワーシャ様が出るならいくぞ!」「俺も」
何気に隠れファンが多い聖女様だが、それは兎に角。
「出来次第だが、ウチの70mm館を使ってくれ」
と、マッツォ社長。
やはり超大作不足とあって普通の35mm作品を廻している状況なのだ。
「ウチも、今一度70mmの華を咲かせてみたいものですな」
ショーウェイも対抗意識満々に乗って来た。
「リックさんには返し切れない恩がある!」
「元ジャイエン系列劇場は『エクソダス』を上映するぞ!」
「聖女様舞台挨拶に来ないかな~」
ヨーホー系列に参入した、元ジャイエン系の劇場や名画座も声を上げた。
(これ、トリック特技プロで配給網が出来るのでは?
リックさんの会社、ただの独立プロなんかじゃなくて、実はその気になれば大映が商会並みの力を持つ、恐ろしいライバルだったんじゃないか?)
マッツォ社長は今更ながらに、彼の人脈、人望に恐怖した。
中には上映予定を無視しても「エクソダス」を上映したいと無理を言い出した劇場もあった。
流石にこれは最終上映時間だけに限定したり、上映予定済みの作品から見て貰う様に入場制限したりとリック社長自ら条件を考え、調停した。
マギカ・テラやアモルメはじめ周辺各国も乗って来た。
悪役扱いの大陸中央諸国からの声はまばらかと思われたが、各国の歴史学士たちが遺跡の復元考証に協力したお陰か、上映を望む声が多く配給が決まった。
「あれ?結構いけるんじゃないかな?」
「いけてくれなきゃ困りますよ!」
こうして製作期間9ケ月、製作費は最終的に3億デナリの超大作の構想が固まった。
******
そして名乗りを挙げたのは配給網だけではなかった。
「俺がやる!やらせてくれ!」
主演は何と自ら売り込んで来たマイちゃん。
随分と年をとって来たが、主演の予言者はヒゲモジャなので大丈夫だ。
「セプさんもいねえ!スクさんも動けなくなっちまった。
俺が動かねえで誰が映画の華をもう一偏咲かせられるんだ!
また一緒にやろうぜ!リっちゃん!」
「お、おう」
多少予算はオーバーするが大俳優の看板を得て、注目度は増した。
更に敵役の大王はショーウェイから、預言者に付きそうヒロインはアモルメから、脇を固める重役は監督の推薦とトリック特技プロ作品で馴染みのあるヨーホー俳優と、キャストも続々と決まって行った。
先ずリック監督によるパイロット版の撮影が行われた。
本編でもカメラテストを兼ねたマイちゃんの演技が撮影された。
その演技に作画合成が重なり、聖典の戒めを炎が岩盤に刻むシーンが、海に向かう様示すその先の海が二つに割れる…
実際は炎はかつての「聖典」の時代より遥かに進歩した作画合成による、職人芸の様な炎の素材が合成される。
両方向から大量の水がスロープで逆落としにされ、その猛威が撮影される。
更に空には水槽が強く照らされ、左右から染料が流される。
それら合成素材が、リック社長肝煎りの70mm用、しかも水平廻しという超高画質で更に5ヘッドという怪物的オプチカルプリンター、バーサタイル70で合成された。
その結果、マイちゃん演じる大預言者に向けて神が炎を放ち、怯える彼の近くの崖に炎が飛んできて戒律を焼き刻む場面、故国へ帰る道を遮る海が預言者の杖の力で二つに割れ、曇天すらも左右に割れて光が差し、信徒を導くというダイナミックな場面が完成した。
膨大な古代風衣装が用意され、今は仕出しが無いため群衆役が広く求められた。
郊外に今では遺跡となっている巨大なセット…の下方部分が組まれた。
結構な人数の群衆がテンさんの指揮で何度か場所を変えて撮影された。
これらが遺跡を復元、色彩までも鮮やかによみがえったミニチュア、そして複数回撮影された群衆が一つに合成され、西側民族が古代帝国を脱出する旅立ちのシーンに仕上がった。
パイロットフィルムの撮影は1ケ月を費やし、10数分が編集された。
音楽は神殿が推奨する聖典楽士が作曲する事となり、リック社長が音楽設計を伝えた。
奴隷の歴史を脱し、希望に向かって歩み、しかし自らの愚かさ、目先の快楽に捕らわれてしまう弱さも抱えつつ西を目指す民族を称える、喜びに満ちた壮大な音楽が書き上げられ、王都の神殿で演奏された。
この残響音タップリの音が簡易的に4チャンネルで録音され6チャンネルに分波され、更にセンター部分は重低音部分が強められた。
王立劇場を借りての試写の結果は良好。
特に音響は重低音の出力を強化し床を振動させる装置が複数製作され、既存のセンタースピーカーに接続され、戒律を刻む音、海が割れる音を観客の足に響かせる事に成功した。
僅か十数分乍ら、そして既知の技術によるもの乍ら、なにより過去にも幾度か演劇に映画にされた題材乍ら、関係者は往年の大作スタイルに涙し、拍手喝采を惜しまなかった。
「全部撮り直すけどね」「もったいねえなあ」
「ホントは『1799』にガッツリ関わりたかったなあ」「バチ当たりねえ」
リック監督はやっぱりリック監督だった。




