291.「カタストロフィ・終末への挑戦」
ヨーホー創立20周年の翌年、特技部は3つの課題のうちの一つ、テレビ向け巨大変身英雄を志半ばに終えた。
しかし後続の企画はない。
「マンガが凄い才能ある人がいるから、そこに聞けばいいよ」
事も無げに言うリック社長の言う通り、そこには若い才能が溢れていた。
しかし如何せん彼らの描く構想が大きすぎた。
若い才能が描いた夢は、それこそ億の予算を注ぎ込まなければ映像化出来ない程に。
このため、最後の手段として独立プロで特撮経験者の多い国際特撮映画商会へ企画を持ち掛けたが、ここのスタッフの生え抜きは超大作「1799:太陽の外側へ」へ向けて、学術研修のため開店休業状態だった。
当然いきなり降って湧いたオファーに応えられるはずが無かった。
更にショーウェイテレビが「レジオ」終了のうわさを聞きつけ、この時間帯にアニメ作品をぶつけて来るとの情報が入った。
今でこそ1時間のヘンシンアワーがあるが、この後半をアニメに取られ低視聴率が続くとなると、スプラシリーズの視聴率も下がるだろう。
そうなればトリアン薬品という大きなスポンサーが抜けてしまう。
これはヨーホーテレビにとって安息日に続いて休前日の牙城までを失うという、致命的な損失になる。
なりふり構わずリック社長に頼むべきか、自力で何とかするか。
この後には安息日の1時間超大作として近未来戦記の企画も控えている。
間を取って「相談」という形にした。
「アニメにすりゃいいんですよ」
「ウチにアニメ班はありません」
「え?やりたがってる人もいるし、ショーウェイ以外にも独立アニメスタジオありますよ?」
リック社長は事も無げに言う。
「今は王立学院の学士さん達が趣味でやってますけど、引き抜いて独立の支援すればいいもの作ってくれると思いますよ。
いっそヘンシン!とかじゃなくて、昔から愛されてるお話しとか、不思議な創作童話とかでもいいんじゃないですか?」
「それじゃ裏に来るショーウェイに勝てないでしょう?」
「差別化ですよ。相手がどんな作品をぶつけて来るか、そろそろ情報も入るでしょう。
だったら、いっそ正反対の客層を狙うのも手じゃないですか?」
「レジオ」終了まで3ケ月を切った。
急ぎ低年齢層に人気がある童話や絵本を探し、アニメ化出来ないかを探る様マッツオ社長は配下に命じた。
名乗りを挙げた独立アニメスタジオが掲げて来たのは、意外にも少女向けのアニメ映画だった。
ファッションデザイナーに憧れる少女が王都で活躍し、挫折しつつ明日を目指す美麗な作画のマンガが原作。
時間も限られる中、この作品の製作が決定した。
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白亜の殿堂では「カタストロフィ」の撮影が本調子になっていた。
「海広」譲り、いやそれ以上に作画合成等を取り入れ進化した衛星軌道上からの大陸俯瞰。
「海広」で披露された西側世界だけでなく、多くの人があまり目にしていない極北、南洋、そして東国。
それらの巨大セットの上に異常な動きの雲が作画合成され、更に人工衛星がその上を飛ぶ姿が合成で描かれる。
ヨーホーバーサタイルは何と3台目、しかも70mm、35mm兼用で5ヘッドの怪物的なオプチカルプリンターがリック社長の基本設計、監修、そしてレイソン光学とレイソン精機の力で作成された。
その費用、5億デナリ。
しかし実質リック社長の力でなんとかなっているため、2億デナリを10年で償却、使用者には使用費用を配分する方法でこの怪物はその威力を発揮する事が出来た。
「こんなもの、元採れるの?」
「半分は、『1799』向けですね」
リック社長は、これから撮影に入る「1799」にはこの怪物級のオプチカル・プリンターが必要不可欠と踏んでいた。
「後の半分は?」
「これからテレビは、いや、既に映画を超えて社会の娯楽と文化の中心となりつつあります。
テレビがフィルムを媒体にしている以上、ドラマだけでなく広告フィルムも進化します。
その時、こういうバケモノを頼る人もいるでしょうね」
現在テレビの広告フィルムは、映画を数十秒程度にした寸劇と思われている。
しかし、「週末にあいましょう」の様な人気番組では、寸劇としての広告と、それとは全く異なる広告フィルムの両方が放送されている。
前者は本編から誘導し薬品や化粧品の効能をアピールする。
後者は映画を超える規模で雰囲気や高級感を醸し出す、下手をしたらテレビ映画数本分の製作費を費やす規模の物に進化している。
ヨーホーの持つオプチカル・プリンター、ヨーホーバーサタイルも映画の撮影が無い時は広告フィルムに使われている程だ。
だが、それでもに数億をブチ込んで新しいものを作るというのは、セシリア社長には合点が行かなかった。
「長い目で見ましょうよ」
リック社長は気にも介していなかったのだ。
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他にもパノラミックな特撮シーンは続いた。
得意の水槽に絵の具入れによる火山、積乱雲の描写、竜巻の描写。
原始的な風魔導士による異常気圧での高層建築すら突き崩す竜巻の惨禍。
世界の観光ブームで知られ始めた名所旧跡の崩壊。
高温な砂漠地帯の遺跡が豪雪に埋もれる。
大プールを使ったオープンのカットだ。
伐採され禿山となった名峰が雷雨の中崩れ落ち、濁流が下流の街を押しつぶす。
工業廃水が原因で赤潮、海中の微生物が激増して沿岸を覆い尽くし、漁業が全滅する。
洋上を進む近未来艦隊を描いた寒天の海を着色した応用技だ。
赤く染まった寒天の海を眺めてショーキ監督が言う。
「こうなんなくて済んでんのもリッちゃんのお陰かあ」
今の工場には厳しい排水の浄化規制が設けられていて、違反すれば即時に操業停止、生産設備は破壊され事業者は即破産となる。
「規制を緩める法が出来ちまったら。
これは未来の現実だな全く!」
これら特撮シーンに呼応する本編の撮影も進む。
汚染された海、水中酸素が減って死滅し、汚れた海に浮かぶ魚。
無数の魚の模型が作られ浮かべられ、食用可能な染料で赤く染まった海の悲劇を描く。
若いカメラマンの父親が絶望して海の中を歩いて行く。
「親父!解るよ!」
「解る?お前に何が解るんだ!
俺は死ぬんだー!海と共に死ぬんだー!」
悲痛な叫びが海に響く。
本編は沿岸に汚水を垂れ流す工場を騎士団が閉鎖し、爆破する所まで描いた。
今度は経営者が嘆き、汚水が止まる。
経営者の財産が没収され、妻子のドレスも宝石もはぎとられ、浄水作戦が開始される。
この作品は悲劇だけでは終わらせない。対策や懲罰も描くのだ。
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巷説でまことしやかに語られるデマ。
昔は平民が口にする事がなかった食肉増加を、謎の薬で増やしているというデマ。
市場の需給を読めなかった嘗ての大手食肉商店が撒き散らしたデマだ。
これに対し映画では「巷説が本当だとしたら」と家庭して、異常な発育を果たし超人的な速さで歩く子供、驚異的な計算を瞬時に行う天才児が登場し、数年後無残にも死んでいく姿を描いた。
子供の将来に期待した親が、苦しんで死ぬ我が子を前に発狂する。
更に、奇形児の増加。
町医者の助手が楽しみにしていた初孫が、人間とは思えない形で生まれ、すぐに死んだ。
「私はあなたを信じて今まで働いてきました!
それが、こんな、人間とは思えない、こんなにねじ曲がった手足で生まれて来て!
私は何のために!何のために!」
助手は辞職し、妻と共に巡礼の旅に出てしまった。
王国は主人公が訴えた厳しい検査項目を実施し、デマを巻き散らかした商会をモデルとした商会を処罰した。
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映画の後半は、今まで個人レベル、国内レベルだった悲劇描写から国家規模、多国間規模の災害に広がる。
特撮では各国の異常気象。
極大魔法を応用した発電所が各国で開発されるが、制御不能となり爆発、放射線を帯びた水蒸気が広く死をバラまき、発電所は灼熱地獄と化し大地に深い穴をあけていく。
事故から逃れる難民。
破綻した国家が増え、難民が流入した国では暴動鎮圧のため軍事費を増強する。
徴兵された兵士も女子供を打ち殺し続け、精神に異常を来してくる。
帰郷した兵達を歓迎する妻や子供。
しかし兵達は自分が殺した難民が生き返って復讐して来たと思い、次々と殺してしまう。PSPTという心の病だ。
この世の地獄をカメラが70mmフィルムに、現実の様に焼き付けていく。
今までの特撮スペクタクルであれば、勧善懲悪、悪人や神の教えに背いたものが裁きを受け、惨劇に呑まれて行った。
しかし「海広」と本作では、善人も悪人も問答無用に、ひたすら惨禍に押し流されて行く。
先の内海奥地震で、災害の無慈悲さを知った人々には、この状況こそリアルに感じられるのだろう。
そう考えつつ、シンチェリ監督は撮影を続けた。
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撮影中に、思わぬ事態が発生した。
国内のみならず、世界で起きている惨劇を国王陛下が聞く場面、その準備中にスクさん、スクリウス・ペルソナ男爵が気を失って倒れた。
この時代、70歳と言えば結構な高齢だ。
しかし本人は回復次第撮影に戻ると宣言した。
「国王陛下の勅命を果たす!」と息巻いた。
「国王陛下役を解任します!」
そう言い放ったのはリック社長だった。
「な、なにを言うか!私は、君の作品の、全部に出るんだ!出たいんだ!」
リック社長は、この熱く心の籠った思いを前に、胸が押しつぶされる思いだった。
「君がな、映画を変えたんだ。
芝居から大海原へ、今の世の中から大昔の聖典の時代へ、儂ら映画しか取り柄の無い諸々を連れて行ってくれたんだよ。
しかも今度はな、国王陛下のお墨付きまで頂けたのだ。
貴族の端くれに生まれてこれほど誇らしい事はない、全ては君のお陰だ。
深く感謝する」
「ペルソナ男爵。国への忠義、深く感謝する」
見舞いに来たのはリック監督達だけではなかった。
「へ!陛下!」
病床から降りようとするスクさんを止める陛下。
「リックはな、我が弟はな。
父が身罷った時激しく自分を責めた。
我が弟にそんな思いをもうさせたくはない。
ゆっくり養生する様命じる。
リックとその後進の活躍を、一日も長く見届けて欲しい」
我が子の様に年の離れたカンゲース6世陛下の、心を込めた願いに男爵は涙を流した。
しかし。
「陛下より賜った使命。
役者としては命を削っても成し遂げたいのです。
この老いぼれに、最後の栄誉を…栄誉を!」
映画が舞台をそのまま撮影し映写していた時代から演劇に懸けて来た偉大な人の願いは、皆が理解していた。
しかし、最後の演説は数分に亘る長廻しだ。
それも相当の気迫が要る。ただ喋ればいいというものではない。
途中の閣僚との会議シーンも同様だ。
「発言を、宰相役に譲るのだ。
出来る事なら、50年後の物語か?
例えば平民から選ばれた宰相に、全ての権威を譲り、男爵の想いを語ってもらうのだ。
その場面であれば、撮影できるかな?弟よ」
「あと半月療養頂ければ体力的には。
それ以外は男爵閣下のお気持ち次第です」
「よし!スクリウス男爵。
今まで思いを込めていた芝居を宰相役に伝えよ。
そして、宰相へ思いを伝え、世界を破滅に向かう道から見事立ち直らせる様命じるのだ!
そして」
カンゲース6世陛下は優しく語った。
「一日も長く、元気でいてくれ。
我が弟の映画を少しでも多く、応援してくれ。
余も臣の長寿を神に請い願う」
病床の老名優は、神に祈る様に合掌して深く頭を下げ、涙を流し続けた。
宰相役は「テレ海」で同じ宰相役を熱演した重鎮カッリディス・ビクース氏が務め、公開までギリギリのタイミングまで療養したスクさんから施政権を拝受するシーンが撮影された。
本作は無事クランクアップした。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。




