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29.ゴドランの葬送曲

「G映画」の撮影が進む中、本社では。


「今度のゴド…G映画でも音盤を売るのよね?」

「いえ~、それ以前に、まだ音楽が仕上がってないんですよね~」

「あら、リック君らしくないわね?」


******


 スンナリと事が運ばないのも無理はない。

 何しろドラゴン映画とは言え、おとぎ話や退治伝説とは全く異なる、政治的で現代的、そしてシビアな話。

 リック技師がオスティオ・ナート師に提示した楽譜も、キリエリアの、いや大陸の音楽と全く異質な音楽。

 楽譜は起こされたが、やはりナート師にとっては実感が伴わないと言った感じだ。


 やむなくリック技師はナート師と二人だけで試写室で、リック技師がフィルムに合わせてゴドランの主題をチェンバロで演奏した。


「それで、いいんですか?」

 ナート師の問いにリック技師は戸惑った。

「これでお願いします」

「私達の知る舞台音楽と、あまりに違い過ぎるのですが?」

「今までこういう怪獣映画があればそれも一考すべきですが…

 ないから、いや例えあってもこれで出来ませんか?」


 幾度目なのか、ナート師は書き起こした譜面を眺めつつ問う。


「この主題。

 ゴドランは、人間に怒って憎んでいますよね」


 そう言われてリック技師は即答した。

「確かに怒ってはいますが、この主題は違う。

 怒りと言った感情の立ち入る隙を許さない、圧倒的な脅威を描いているのです」

 ナート師は更に悩むことになった。


 そして。

「それに最後、魔導士がゴドランを抹殺する場面。

 勝利の凱歌でもなく、戦いの緊迫感がある音楽でもなく、何故?まるでゴドランの死を悼む様な曲なのでしょうか?」


 犠牲者の主題についてだ。


 確かに、ゴドランを抹殺する若き魔導士が命を賭して、共に海に消える場面ではある。

 しかし。


 ゴドランが王都を襲った後。何の罪もない少女から放射線が検知される。

 そのままこの少女は腐って死んでいく事を一瞬で示唆させる残酷なカットだ。

 その後には、母親が死んで運び去られる、残された赤子が泣き叫ぶ場面。


 その犠牲者の主題が、そのままゴドランの最後の主題になる。

 恐怖の対象を討ち果たす爽快感など全くない。

 むしろ、まるで恐怖の対象であるゴドランに同情し、追悼するかの様だ。

 期せずして恐ろしい魔術を発明してしまった魔導士も、極大魔法によって変質してしまったゴドランも、王都の人々も、等しく犠牲者であるかと嘆き悲しむ様な音楽だ。


「これでいいんです。

 これがいいんですよ。

 どうか、お願いします」


 そう言ったリック技師は涙を流していた、そうナート師は懐述していた。

「あの時。涙を流せるほどの想いは、私には無かった。

 トリック監督が言う故郷の音楽家は、余程酷い経験をして、それをあの怪物に託したのでしょうね」


 こうして音楽演出の構想が纏まり、同時に撮影も進んだ。


 ゴドランの王都襲撃場面は主要部分を取り終えようとしていた。


******


 本編も佳境に入った。

 ゴドラン抹殺に反対する老学者。それに反対する主演のイケメン青年。

 極大魔法より恐ろしい、水中抹殺魔法を編み出してしまった若い魔導士の苦悩。


 老学者は自宅で一人叫ぶ。

「ゴドランを抹殺する事ばかり考え、何故学問の立場から研究しようとしない!

 このまたとない機会を!

 あの恐ろしい極大魔法の放射線を浴びながら、なおかつ生きている生命の秘密を何故解こうとはしないのだ!」

 名優ゲオエテ・アニマの言葉に引き込まれる。


 若い魔導士が嘆く。

「もしも一旦この海滅魔方陣を使用したら、世界の為政者たちが黙って見ているはずは無いんだ!

 必ず、これを武器として使用するに決まっている。

 極大魔法対極大魔法、それの上更に恐ろしい海滅魔方陣を人類の上に加える事は、魔導士として、いや一個の人間として許すわけには行かない」


「人間という物は弱い物だ。

 一切の魔方陣を焼いても俺の頭の中には術式が残っている。

俺が死なない限り、どんな事で再び使用する立場に追い込まれないと、誰が断言できる!

 

 嗚呼!こんなものさえ作らなければ!」


 元軍人のアゲンス・テッテの、冷静さの中に秘めた怒り、そして一転して激高する演技。


 リック技師は、そのラッシュフィルムに涙した。


******


 上がって来たラッシュフィルムに合わせ、音楽の録音が行われた。


 録音感度を増し、立体音響化を意識した録音装置でセリフ録音が行われ、音楽の録音も準備された。

 但し立体音響設備はどの劇場にも配備されていないので、公開は単純なトーキー、或いは音盤音声で行われる予定である。


 とは言え最初のトーキー映画「キリエリア沖海戦」から2年。王都領都の劇場は大部分がトーキー化され、拡声器や配線は立体音響を意識したものに改装されていた。


「G映画」の音楽録音が始められた。

 最初は王国騎士団の主題。タイトル曲、鉄の魔道砲車出動、飛行機隊の場面の曲である。

 華やかな行進曲ではない。短調の曲で、悲壮感のある曲だ。

 しかし、戦いを決意した闘志こもる曲だった。行進曲より添付が早く、加えて変拍子の繰り返しが緊迫感を煽った。


 そしてゴドランの主題。

 王国上陸の場面の、弦楽器による重々しい、そして古代の神殿音楽にも似た不思議な旋律。

 人間誕生以前の太古から呼び起こされた龍の、圧倒的な猛威の主題。


 更に、ゴドランの声まで楽器と魔道具で録音された。

 最初に重弦楽器を皮手袋で荒々しく、しかし用意された楽譜に従って演奏?された。

 その録音された音盤を、あろうことか手で回して、まるで回転速度が狂った様(その通りなのだが)な重低音や高音に再生させ、幾度かのテストの末その音を録音するという工程が取られた。


 そして、被害者の主題。

 映像に合わせて聞いているのが痛々しく感じる程の、しかしひたすらに優しく、激しい鎮魂の音楽。

 王都の惨状を描く場面では、母親の亡骸を遠ざけられた赤子の泣き声が別の音盤から再生され、もはや作り物のおとぎ話とは思えない悲惨さをかもし出していた。


 同じ主題を発展させた、水中でゴドランを抹殺する場面。

 死者を追悼する聖典音楽の様な荘厳な曲が、若き魔導士の起動させる恐るべき魔術に合わせて、演奏が激しくなる。


 ここには魔導士の最期の言葉が入るのだが、演奏はお構いなく激しさを増す。

 チェンバロも重弦楽器も打楽器も、死者の呪いを畏れるか、冥府へ追い払うかの様に激しい演奏を繰り出し、最後に穏やかさを取り戻して終わった。


 更に王都の学院から令嬢達の合唱団を集め、ゴドランに破壊され死者を多数出した被害を悼む合唱が撮影され録音された。

 これは劇の最後を締める曲、エンディングの短いバージョンも録音された。


 更に、リック技師は鍵盤を打楽器の様に叩く、内部の弦を鉄のハケで撫でる、それによって普段耳にする事も無い様なショッキングな演奏法、特殊奏法を指示した。


「会うこともできない、異世界の人の作曲した音楽を再現するだけでこれ程疲れるとは…」

 そう言いつつ、ナート師はひたすら涙を流すリック技師と固く握手を交わした。


******


 録音された音楽は、音盤より優れた音質を持ち、編集の勝手が各段に上がるサウンドトラックフィルム、リック技師はこれを「シネテープ」と呼んだが、これを使用した。


 それは壁一面に映写用のフィルムが何本も縦に回される様な装置で、多くの音声の音質や音量を操作する巨大な鍵盤の様な装置=レバーによって操作される。

 音の大きさは、幾つか並んだ小窓の中で左右に揺れる針によって示された。

 針が降り切れると音が歪む。その手前に収まる様、レバーを操作して音の強弱を調整するのだ。

 音の強弱だけでなく、各チャンネル毎に、高音、低音を操作して歪を抑えるレバーまで並んでいた。


 全ては魔力ではなく電気で動かされ、それらは同期する様設計された。

 勝手さえわかれば魔力を持たない者でも扱える。

 そしてさらに将来的にはこの装置は単音声や今の2チャンネル立体音声だけでなく、4チャンネル、6チャンネルと増設が可能な様に設計されている。


 音盤を操作して映像に合わせていく原始的な録音は、ここに過去の物となった。


 音楽だけでなく、セリフの録音、効果音もシネテープが起こされ編集され、多くの録音技師の立ち合う中で編集が行われた。


 これらはリック技師設計の下、アイディー以下魔導士協会が作ったが。

「仕事がなくなるのう」と嘆く魔導士に

「な、なくなんないよ。それより、こういうのもっと作らなきゃ。

 それに、手入れは欠かせないし。

 リックきゅんはね、私達の事、考えてくれてんだよね。好きぃ~」


 そうノロけた。


******


「G映画」が進む一方で、ヨーホー映画公社は次々と「新映画」を放って行った。


 リック監督が「聖典」公開前後のあれこれや、極大魔法の被曝者への治療に当たっている間に、先にリック監督の助言を求めた監督たちは次々と「新映画」を世に放った。


 鉄道が行き交う最先端の都市で働く男女の恋を、レストランの大ホールを舞台に歌や踊りで彩って描く「ほろよいの都」。

 古典文学を題材にした「幼き君と幼き姫」。

 聖典を題材にし巨大な古代王宮を舞台にした殉教者の説話「人の子か神の子か」等々。


 それらは確実に成績を上げ、ヨーホー社に、監督やスタッフ、俳優たちに相当な利益を齎した。


 この好況は演劇業界にも衝撃を齎した。

 演劇こそ最高で映画はそれを映しただけのまがい物、そう思っていた舞台俳優や演出家もヨーホー映画へと駆け付けた。


「これこれ、こうでなくっちゃ!

 特撮だって、人間ドラマを描いたホンモノの映画があってこそ成り立つものなんだよ!」


 多忙な作業をこなしながらも次々世に送り出される作品群を、リック技師は喜んだ。


******


 そしていよいよ前代未聞の空想特撮映画のお披露目が近づいた。


 撮影所ではゴドランのヌイグルミを脇に祭壇が構えられ、神殿の許可を得てヒット祈願の儀式が行われた。

 神殿の指導の下、指導者の衣装をまとったアゲンちゃん、アゲンス・テッテが奉仕者の衣装をまとったヒロイン役のピティ・スクリナを伴い、祈祷文を読み上げる。


 これはちょっとした話題作りだった。

 神職の衣装をまとった二人と、セシリア社長始めイケメンの主人公ナルキス・タラント、そしてテンさん監督、リック技師の写真は新聞に載り、謎の「G映画」への期待を煽った。


******


 ついに「G映画」改め「ゴドラン」が完成した。


 ヨーホー映画の本社試写室で、通常のトーキー版で上映される事になった。

 社長以下重役が、巨額を投じた特撮大作第三段に期待半分不安半分で映像を待った。


 それは、またしても、いやそれ以上に彼らの想像を超える映像、音楽、そして物語であった。


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