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28.ヨーホー特撮陣奮闘す

 極大魔法のゴタゴタのお陰で撮影が延期になった「G映画」即ち「ゴドラン」。

 セシリア社長のOKを受けて、待ちに待った撮影を開始した。


 今回はパイロットフィルム無しでGOがかかった。

 既に社長はじめ経営陣は、リック監督の特殊撮影に全幅の信頼を置いていたのだ。


******


 本編班は王国西南の海岸の村で、ゴドラン出現前後のロケを始めた。

 ここはレニス監督が「風景映画」で紹介した事がある、温暖な楽園の様な土地。


 宿に逗留した撮影陣と俳優陣の雰囲気は実に和やかだった。

「でもこのゴドラン、どの辺に目線を合わせればいいのか解りませんね」

 名優ゲオエテ・アニマ、いやゲオさんの指摘にレニス監督が

「トリック監督から『なんでもいいから目標を決めろ』と言われています」

 と答える。

「ほほ、そうですか!」

 結局旗が立てられ、その上を見上げる事となった。


 肝心のゴドラン出現の場面もゲオさんの芝居が場を引き締めた。

「私は見た!あれは確かに聖典の記録に滅びたと書かれた巨大竜だ!」


 ヒロイン役の女優も、イケメン男優も、そこにいないゴドランに怯えつつかばい合う演技をこなした。

 ピクトリアルスケッチが演技の教科書になったのだ。


 予定のレニス監督、テンさんの指揮の下海辺の撮影は予定通り終わった。


 途中、一同で海で泳ごうという話になった時、ヒロイン役の女優ピティ・スクリナが体を肌を晒す水着に抵抗を覚えつつ、海で遊びたい葛藤に涙したので

「薄絹を羽織って海を楽しんではどうですか?」

とゲオさんが助言してみんなで海を楽しんだ、なんて話が広まった。


 レニス組の仲の良さを伝えるエピソードだ。


******


 その一方で、リック監督、改めリック技師は苦闘した。


 特撮は全て作り物であり、その模型を作るのが特殊美術、特美だ。


 撮影プランの構想中に、その特美班長のアール・ポン、ポンさんが意見した。


「ここのゴドラン、足だけで良かったんじゃねえか?」

 ラジオ塔に食い付いて倒す場面や、鉄道を咥える場面。


「ここは手持ちの人形で口を動かして、模型を加える動きでいいんじゃないか?」

「元々そうするつもりだよ?」


「…流石は監督だ」

「いやいや、怪獣映画って新しい試みで色々アイデアを出してくれるポンさんこそ凄いよ!」


 とは言うものの、ポンさんは「キリエリア沖海戦」以来、特撮ミニチュア造形に従事していた。いや、それ以前から演劇舞台の大道具を手掛けて来たベテランだ。


 彼の言う手持ち人形、人形の中に腕を突っ込んで、手で口を動かす、ギニョール。

 これが白昼の離島で初めて姿を現す場面、大きく口を開けて迫る場面に使われた。


******


 彼の全体的な設計の下、手伝い人を含め五十人近いスタッフが模型を作り上げたのだ。


 ゴドランのヌイグルミは別班が作った。

 アックスの体のサイズの人形を作り、そこに板に書いたゴドランの肉体を盛りつけ、最後に粘土で表面のディティールを仕上げる。

 極大魔法の高熱で焼かれた火傷、ケロイドを模様状にアレンジしたものだ。


 その原型の四肢と首を一旦切断し石膏で形取りし、内側にゴムを塗ってゴドランの皮を作る。

 皮の首の中には目玉や口を動かす仕掛けを仕込み、中に入るアックスの視界と呼吸を確保するための穴を空け、背中には出入りするためのボタンを仕込み、そこに背びれを付ける。


 以前セシリア社長が悲鳴を上げたゴドランのヌイグルミはこうして作られたのだった。


 ゴドランの肉に当たる部分に綿やゴムを仕込んでいたら重さ100kgではすまなかったろう。

 それでも重量40kg。


「こればっかりは素材がゴムじゃなくてもっと軽い、フィルムの材料みたいなものにならないと駄目だねえ」

「つ、作るう?が、がんばるよ?」

「いやいや。石油や化学薬品がもっと世間で色々応用される様にならないと無理だよ」


「何言ってんだ、コイツの芝居は俺に任せろ!」


 英雄アックスはそう言いつつも、一度着たら30分程度が限界だった。

 彼の様な英雄をもってしても


「暑っちぃ~!!やっぱ重いなあ!」


 英雄が30分で音を上げる程、天然ゴムのヌイグルミは重かった。

 彼が戦場でプレートアーマー、剣、盾を備えるとほぼ同じ重さだ。

 しかもミニチュア、夜景、高速撮影。

 照明は可能な限り光魔導士が集められた。

 魔法の光とは言え強く浴びると熱を感じる。


 前世の記憶があるとはいえ、リック技師も

「結局映画関係者でもなかった前世の自分の記憶には、経験があった様じゃなかった。

 結局俺は手探りでした」

 と語る。

 それでもアックスはゴドランを必死に演じた。


 人の動きではなく、熊やゴリラの様な悠々とした動きを、高速度撮影の速度に合わせてやや早めに演じる。


 王都の駅と大商店を歩いて突き崩し、大聖堂の尖塔をはたき倒し、鉄道を蹴り飛ばし、王宮の正門を破壊する撮影に臨んだ。


******


 そしてゴドランの炎、放射線を帯びた白熱光が魔力の鉄条網を焼き尽くす場面はリック技師ならではの物だった。


 蝋細工の鉄塔を風魔法で冷やしたままセットに持ち込み、撮影開始と同時に火魔法でゆっくり熱し、溶けて倒れる姿を撮影する。


 この撮影にテンさん達本編チームが見学に来ていた。

 テンさん曰く、ヌイグルミが暴れる姿より、ミニチュアが崩れる姿より。


「蝋細工を熱で溶かす、それを鋼鉄の塔の様に見せる。

 しかもカメラをゆっくり廻して、あっという間に溶ける様に見せる。

 これが特撮というものなのか」

 と、感動したという。


 撮影する対象を見極め、それをどう実現するか。

 その本質を考え続けたレニス監督らしい意見だった。


******


 ゴドランは鋼鉄の魔道砲車、後に戦車と呼ばれる強力な戦力にもひるまず王都を蹂躙した。

 映画を撮影しラジオ放送する記者のいる鉄塔をもなぎ倒し、飛行機隊の強力な火薬弾攻撃で海へと向かった。


 そして王都の中心部、の模型を破壊するのだが。

 模型とは言え破壊する相手に了承も取り付けた。


「おう!どうせおとぎ話だ!バンバンぶっ壊していいぞ!」

「国王陛下ー!王城は国家の権威ですぞー!!」

「ご再考をー!!」

 という事で、王城正門を破壊し、王城のミニチュアはゴドランを前に、背後に燃え盛る炎を合成してそこまでとした。


 神殿は例によってミゼレ祭司が

「極大魔法などという人の驕りを戒める映画である!協力は惜しまない!」

 と盲目的に賛同してくれた。


 許可が下りると付近の地図が取り寄せられ、ポンさんがカメラの位置やゴドランの進路などを考え、セットのレイアウトを設計する。


 その設計に合わせて特美の模型チームが詳細な設計図を描く。

 大聖堂の建築や壁画を手掛ける工房で働いていた助手が勉強がてら参加していた。

 その中には、後に特美チーフとなるキュービ・ズーム、キューちゃんも奮闘していた。

 リック技師が監督稼業そっちのけでウキウキしつつ作っていたミニチュア。

 それもポンさんやキューちゃんの設計に従って作られたものであった。


「…何で監督様が俺達の隣で模型作ってるんですか?」

「え?そりゃ大好きだから」

 そう答えたリック技師はアイラ嬢に引きずられ退場したのだった。


 その時の気持ちをズーム氏は語った。

「呆れたって言うより、感心しましたねえ。特撮への愛が違う」


 こうして手間をかけて作られた王都の巨大建築模型は、英雄アックス演じるゴドランによって惜しげもなく破壊された。


 ヨーホー親会社の王都鉄道駅が炎に包まれ、本社隣の大劇場は長い尻尾ではたき倒され、王城の正門と城壁は全身で踏み込んでブチ壊された。


「はいカット!OK!」


 OKが出ると、一同の顔が緩む。

「いやあ、なんか知ってる建物をブっ壊すと、妙な快感を感じるなあ!」

 後片付けに入るポンさんが満足げに話すと、


「これも特撮の醍醐味ですよ!」

 満面の笑顔でリック技師が返した。


 現像されたフィルムは高速度撮影のため、相当な迫力だった。


******


 そしてゴドランの凶悪な武器、白熱光。


 極大魔法の高熱に晒され、ゴドランは口から白熱光を吐く様になってしまった、という設定だ。


 ピクトリアルスケッチにも絵描かれたこの脅威の画像は、照明を光学合成のコンビで再現された。

 感度の低かったフィルムで、しかもほぼ黒いホリゾントでの撮影。

 ただでさえ光魔法の照明の強い中、さらに強い光が求められた。

 試験的に電気照明を使っての、背びれや白熱光を浴びて爆発する場面。


 先ず照明チームが背びれや焼ける街を強く照らした。


 撮影されたフィルムを元に、作画班が白熱光を描き入れ、照明班が照らした素材に呼応するかの様にオプチカル合成で背びれの発光を、次いで吐き出す白熱光を加えた。

 白熱光を受け爆発する家屋や車両も、爆発が弱い場合には更に爆発の素材が重ねて合成された。


 合成素材となる光はおなじみとなったアラク・ウッコ技師以下作画チームが描いた。


 今迄リック技師と魔導士アイディーが試行錯誤しつつ操作していたオプチカルプリンターは、それまで助手として付いていたモン・ムーコ合成技師がバトンを受け継いだ。

 彼は多くの助手を従え、ズレや感度を調整しつつゴドランの猛威を完成させた。


「本当なら単純なマスク合成みたいなのは一発撮りした方が絵は綺麗に上がるのだけど」とモンさん。

「シュフタンは慣れが必要ですからねえ」とリック技師はオプチカルで作業を続けた。

「シュフタン?」

「故郷で使われた、赤いフィルタを使った一発撮り合成なんですけど、失敗が多かったって聞きます」

 その技術を試してみたかったが、後に「諦めてよかった」とモンさんは語った。

 時代は更に進んでいったのであった。


 徐々に手が空いたリック技師は仕上がったフィルムの編集に勤しみ、本編と特撮の自然な繋がりを確認した。


 今迄リック技師が先導し、ほぼ彼が色々タッチしていた特殊技術部は、班分けして動く組織として固まりつつあった。

 その結果リック技師の時間が増え、編集や仕上がりチェックに専念できる様になり、今まで以上に自然に特撮と本編が交差する作品を生み出して行ったのだ。

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