277.「内海が広がる時」
ヨーホー創立30周年記念を他所に、「海広」の撮影は続けられていた。
本編、特撮共に何回も撮り直しが続いていたが、後半となるとそれも何故か減っていった。
特撮のショーキさんと本編のカルちゃんの色彩感覚が合って来た。
内海沿岸の沈没という壮絶な悲劇前に、ひたすら鉛の様な曇天が場を支配するようになってきた。
そのため、合成が、本編と特撮の繋ぎが実に自然になって来た。
キリエリア・ゴルゴード両国民を救うため世界に移民させ、世界に混乱を齎すか。黙って消えるか。
内々に有識者に検討させた結果を、国王陛下が宰相に伝えるシーン。
国王陛下は、スクさんだ。
高齢を推しての撮影、それでも演技指導が実に厳しい。
今後の沈没区域の住民の避難について、国王陛下が宰相に
「計画者の意見はそこに落ち着いた様じゃがな」
と伝える。
「このまま何もせん方がいい」
「何もせん方が、いい…」
宰相が問い返す。
「そうじゃ。
キリエリア、ゴルゴード両岸4千万の人間が、このまま海に沈んでしまう方が。
内海沿岸と住民にとって一番いい事じゃとな」
宰相のイダーロ氏が、極めて険しい表情で、しかし目に涙を浮かべで応じる。
ラスト直前の場面、国の最後を悟った国王陛下が王女に服を脱ぐように言い、最後の言葉を残す。
「どこかの国でキリエリア人と、いや、世界中のどこの国の人とでもいい。
仲のいい夫婦になり、丈夫な、丈夫な子をな」
この、全裸という衝撃的なシーンはカットすべきか論議になったが、
「女性は命の根源です!
国土は失われても、女が産む命は永遠です!
この場面は切ってはいけません!」
と、突然闖入したリック嘱託の意見で残った。
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地学考証を協力して来た王立学院が、地殻変動、プレートテクトニクス、そして地震発生を解りやすくアニメーションにした映像を完成させた。
この分野でリック嘱託と共に世界各地に赴き断層、火山、果ては海底の海溝を見聞した学士自ら出演し、宰相以下王国首脳の前で説明するシーンを撮影した。
このアニメーションと学士の説明は非常にわかりやすく、この場面だけで学校教育に使えるレベルのものであった。
学士も朗々と説明をこなし、この場面数分は教育映画の様でもあった。
特撮班、本編班とは別に、このアニメもまた結構な時間を費やして撮影された。
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音楽はヴィンチェ・グリチーナ師。
セプタニマ作品を共に送り出して来た時の癖か、随所に古典風音楽で、主人公と婚約者の場面では、壮麗な喜びの音楽を奏でる。
かと思えば、開幕は、ひたすら無調の太鼓と無機質な弦の音で、太古の時代から現代までの大陸の動きを描き、突如ショッキングな演奏で現代の内海沿岸部の衛星高度の姿を映すタイトルに続く。
続くタイトル画面は、現在の躍動するキリエリアの姿。
それも多くの雑然とした現実の音声。
走る高速鉄道、諸国展示会で展示される未来の交通。
そこに無調な音が響き、発展の向うの不安を暗示する。
さらに無数の人がひしめき合う鉄道、道路、行楽に賑わう人々。
現実のけたたましい雑音が音楽の切れ目を覆う。
一転して激しい躍動的なリズムが激しく演奏される。
そして大災害では葬送曲の様な怒りと嘆きの音楽。
短いながら、印象的な音楽が随所で内海世界の破滅を歌い上げる。
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本編の「色調を特撮班に合わせたい」との要望で、特撮班の撮影は急がされた。とは言えオープンを多用したり曇天で撮影したり、「皇帝のいない帝国」での経験が生きて予定は前倒しで進んだ。
天然色作品が今までなかったセプタニマ組とは言え、特撮班の色調に合わせて本編を撮影するなど苦労する事も無かった。
特撮班は予定より早くクランクアップを果たし、本編班から上がって来たフィルムとの合成を進めた。
ヨーホーバーサタイルはヨーホー映像とトリック特技プロの両社で、2台ともフル回転だ。
トリック特技プロも変身英雄作品でミニチュア破壊と人物の合成や光線技の応酬が激増し、かつての様な共有が難しくなってきた。
そして未だに70mm用オプチカルプリンターは無い。
そのため合成担当のポリちゃん助監とリック嘱託で打ち合わせ、特撮の仕上がりを前倒しにしたり、合成班を昼夜交代制にして進める事とした。
「もー作って下さいよ!70mm対応プリンター」
「こんな超大作何年に一回かしかないよ!予算回収できねーってば!」
「そりゃそーですけどねー!でも欲しーねー!やっぱ作るか70mm4ヘッド、いや5ヘッド!」
「いくらすんだよー!」
「ハハハハー」
ある夜中にはハイになりすぎたリック嘱託とポリちゃん、実際にバーサタイルを廻すモンさんがゲラゲラ笑いながら作業してて周囲が大層心配したりしていた。
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人工衛星視点の特撮場面の幾つかは、王立宇宙開発公社に特撮ラッシュをテレビ信号に落とし、実際に管制室の大スクリーンに投影して撮影された。
最後、新世界を目指して再会を信じる主人公と婚約者の映像。
お互い、北国の鉄道で、南方の原野を走る鉄道で、再会の地に向かう。
荒野を突き進む鉄道に被る、死と再生を表すかの様な、希望に満ちたエンディング曲は圧倒的だった。
70mm超大作「内海が広がる時」は一応の完成を見た。
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完成試写は今年最後の月の手前と決まった。
リック嘱託による発案から丁度1年。
僅か1年での完成だったが、本編・特撮スタッフ一同やり切った。
企画は原作者氏の研究期間1年、並行して1ケ月で企画を纏め、撮影期間実に10ケ月。
70mmの試写は、絶賛の嵐となった。
しかし当のカルちゃん監督は
「見れば見る程粗が目立つ」と嘆く。
「もう一度取り直したい場面がいくつもある!」
この嘆きにセシリア社長は悩んだ。
今70mm館は普通の35mm作品を上映している。
どれも主要館なので、創立20周年記念作品を公開しているが…。
興業不振な作品を終わらせ、ロードショー公開させれば、何とか20周年の名を冠し、来年の全国上映で一部撮り直し版を上映出来る。
しかし監督が不満を持っている出来損ないを上映するを良しとするか?
「それでお願いします」
意外にもカルちゃんは、苦虫を噛み潰す様な顔で承知した。
20周年の節目を飾りたい。しかし自分の意志も尊重したい。
セシリア社長の思いやりのある妥協案を受け入れたのだ。
こうして「内海が広がる時」の公開は全国3館で決定した。
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上映計画の変更が大至急で行われ、冒頭に「ヨーホー映画創立20周年記念」のテロップが挿入された。
また、試写会も急ぎ行われ、クラン撮影所で大臣たち、建設、防災担当首脳部、キリエリア第一放送局長、登場する各国の大使を招いても行われた。
中には国王や女王、外務卿自ら飛んで来た国もあった。どことは言わないが。
人間が直接見たことが無い、しかし納得できる地質学の考証。
一度発生した大災害の、圧倒的な破壊と押しつぶされる人々の残酷な最期。
国が、民族が国土を失う悲劇と混乱。
それを冷徹に追う映像、悲愴に謳い上げる音楽。
「大西洋 連合艦隊の最期」「皇帝のいない帝国」に続く、オープン撮影を大胆に駆使した写実的な特撮は、その内容の衝撃的だった点を含め絶賛された。
更に、架空の出来事とは言え、国家の中枢が本気になって対策し、国民脱出を計画し、恐らく過去に民族移動で起きていただろう悲劇を再現する、架空の現実を描く、ある意味特撮よりも恐ろしい本編。
「これは大ヒット間違いない!」
「1億の製作費回収は全く問題ない、10億超えも夢じゃないぞ!」
「内海が広がる時」は衝撃を持って迎えられ、各地で試写が熱望された。
有力貴族が防災への関心を強め、騎士団も軍も王命で災害救助を検討し始めていたこの時、この映画は最高の教材となりえたのだ。
なによりも精密に再現された地震、津波の場面を、観たものは恐怖し、そして魅了された。
当初試写は必要最低限にし、撮り直し版が完成した後に行う予定だった。
しかしセシリア社長はやる気だ。
彼女は宣言した。
「試写に来て下さったお客様は、必ず劇場に来ます。
あなたの映画にはそれだけの力が籠っているんです」
こう言われては反対できなかったカルちゃんであった。
こうして各地で35mm、4チャンネル版試写が行われたのだが、そこにはキリエリア、大陸中央諸国、そしてボウ帝国東南部の被災地も含まれていた。
当初、
「被災者の心を逆撫でするのではないか」
「傷ついた被災者を蹴り飛ばす愚行だ」
と批判されたが。
被災地では多くの人が試写に申し込み、関心の高さを示した。
そして反応も批判とは正反対のものだった。
「俺達も一歩間違えればこうなっていた」
「こうならずに済んだのはリック様や助けてくれた国のお陰だ」
「この映画を見ておけば、何かあってもすぐ動いて逃げ延びられる」
「災害の前にこんな映画があってくれれば」
と前向きに捉えてくれたのだった。
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この好評はテレビ各局も取り上げた。
ヨーホーテレビは宣伝を含め生の声を放送し、宣伝を広げた。
キリエリア2は
「なぜ今、復興が終わらぬ中で巨額の予算を投じて映画化する必要があったのか」
と批判的な意見を広げようとしたが、結局宣伝にしかならなかった。
他2局は客観的な事実だけを放送した。
だが試写会の結果、口コミはもの凄い勢いで膨れ上がり、完全予約制のロードショー公開は早々に満席となった。
この予約に間に合わなかった人々から追加公開の依頼が殺到した。
「70mmも来年早々に再公開します」
と答えるや早くも予約が埋まった。
「これは10億どころじゃなくて15億は超えるんじゃないでしょうか?」
社長会議で興奮する各社重鎮。
この背景には、他の30周年記念作品が思ったほどの成績を出せていなかったという事実があった。
「映画なんて蓋を開けて見なきゃわからないものよ。
皆さんも散々それを経験して来たでしょう?」
セシリア社長はそれを諫める。
実際、30周年記念映画でも1億以上かけた期待の歴史活劇が2~3億止まりだった。
それでも。
(リックさんの映画は、やっぱりみんなの期待を掻き立ててくれるのよねえ)
自分の胸の内の期待を抑えられないでいた。
世間が絶賛するその裏側で、カルちゃんもショーキさんも撮影を必死に続けていたのだった。
その上劇場で予告編の上映は始まるが、助監督が編集した予告編が気に入らないと、撮り直し中のカルちゃんが編集し直す始末であった。
その姿は、執念の鬼そのものだった。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。




