273.トリック特技プロ創立10周年記念
「…ひ。バカみたい、うひひひ!」
「スプラミティス」執筆中のアイディー夫人がニヤニヤ笑い出した。
妻のあまりの妙ちくりんな笑いに何事かとのぞき込んだリック社長にアイラ夫人。
「ブフォ!」「うふ!あははは!」
そこに綴られていた構想、初期1クールのプロットは、神話のパロディの様だった。
ちゃんと真面目に魔獣との戦いになっているのだが、伝説に記された魔獣の弱点を防衛チームDCN=Defensio cuiusque nationis(全ての国の防壁)が大真面目に酒を醸したり女性型ゴーレムを作ったり、ジェット戦闘機を鏡面仕上げにしたり、神話の通りなのだが絵面を思い起こすと笑いがこみあげる。
全体の構想としては…
最初の1クールは、有名な魔獣が現代社会を襲う。
その後ろには、かつて古代世界を支配し、今や忘れ去られひねくれてしまった神々が現代への復活を狙っているというもの。
その最後は、諸神の王とスプラミティス、そしてスプラルジェントたちの戦い。
次の1クールは、現代社会に失望した悪しき神々が現代を滅ぼす神具を作り出すが、スプラミティスに敗れる。
しかしその神具の破片が太陽から遠い場所で集められ地球を狙う、人類がそれを破壊するため宇宙へ旅立。
最期は、冥界に封じられた主神の妻の女神が出現、夫の仇を討つため人間の心を歪ませ主人公に挑むが、彼を取り巻く人々がその企みを跳ね除ける話。
かつてリック社長が家族とともに訪れた北方で採取した物語を現代風に解釈した話をアイディー夫人が書き上げた。
途中に登場する宇宙へ向かっての神具破壊は、かつて「天地開闢」でも題材にした英雄達の航海記さながらだった。
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「これは文化だ!
今の子供だけでなく、未来の子供にも伝えるべき文化となるだろう!
流石は魔導士アイディー様だ!
何と美しく聡明であらせられる!」
「うげえ」
初期プロット案を手にしたナントカ氏が絶賛した。
「ちょろいもんだなあ」
「イヒヒ。
あたしもむかし、魔法の根源を探して神話を齧ったんだよ。
無駄だったけどね~。
まさかね、こんな形で役に立つって、わかんないもんだよね~」
ただ、このままでいいのかと思ったリック監督は早速仲間を集め検討した。
「魔獣や古代の神々をそのまま出したら流石にダメだろ」
「せめてそれっぽい名前の怪獣とか、古代遺跡の生み出したゴーレムとかにせねば」
「怪獣としての武器とか、どっか光るとか仕掛けは要るわよね」
「あと、色も毎回同じでは飽きられますね」
流石特撮と暮らして20年以上。
適切な意見が英雄チームから流れるように出て来る。
こうして上げられたスケッチ、これは人手不足なのでリック社長が描いた。
魔獣は主神の属性の色を元に生物っぽい色にアレンジされた。
その主神は、エキスペクラリの様に鏡像の鎧をまとい、属性の色を放った。
そしてアイディー夫人が言い出したのが。
「主人公を包み込む、母性があった方がよくないかな?」
「それは…」
前作「スプラステラ」が男女を超えた超人という設定であった。
スプラルジェントの超人性を、男女を超えたという点に置いた作品だった。
その翌年にスプラルジェントを包む母親、というのはどうか。
しかし反面、新たに誕生し、神話の神々と戦う巨大英雄を包み込む暖かい心が必要というのも、腑に落ちた。
「そんじゃさ、性別じゃなくて…え~とね~、ん~。
あ!」
アイディー夫人は思いついた。
前作で人気絶頂のレックスプラを太陽の神と見做し、新たな英雄スプラミティスを生み出すのは地母神スプラ・ガテラ(ガイアとテラを掛け合わせた造語)とする。
普段は通学路を守る誘導員の婦人の姿で、主人公の青年が挫けそうになると助言を与え、驕り高ぶると戒めに現れる、母親の様な存在。
「それがいい!それで行こう!」
「しかし帰って来た以来、未熟な主人公が多いなあ」
「あのナントカサンがそういう話じゃないと認めてくれないから?」
「いや、未熟者が厳しい戦いを経て成長するのは見ていて腑に落ちるものがある」
「子供にも、弱気を諫め、驕りを諫める教訓物語になってると思うよ?
もうそろそろいっかな~って思うけどね」
「一応デザインしますけどね…
あんまり画面に出ると、スプラルジェントの世界が一気にショボくなりますよ?
せめて逆光の中目が光る程度にして下さいね!」
そう言いつつ、キューさんが女神像をモチーフにした、実に抽象的なスーツ案を描き出した。
「こりゃスプラルジェントたちのピンチでもやってこれないよなあ」
長い女性の髪と背中に生えた翼が一体化して機械の様な体の一部になった様な、摩訶不思議なデザインであった。
「こりゃ、スプラルジェントの世界でも特別な存在として、あんまり出さんとこう」
心に決めたリック社長であった。
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ヨーホーテレビの新作「ルキスマキナA」が、その半年後にトリアンアワーの新作「スプラミティス」がスタートする事になった。
以前より番組開始の時間差が半年に広がった分、特殊美術や音楽収録は楽になった。
どちらも音楽はカエルム・アスペル師。
「ルキスマキナA」の方は弦楽器が素早い旋律を奏で、その後ろで管楽器がメジャーな音のうねりを歌い上げるアクション曲を主題とし、主題歌や戦闘場面を盛り上げた。
そしてルキスマキナを主人公に贈る謎の宇宙人、宇宙警備隊エデン星人の主題はスプラルジェントの主題を引き継いで神秘性を持たせた。
殆ど戦いと未熟な主人公の成長譚とあってドラマ性が薄い本編に、音楽で深みを持たせたいというリック社長の要望にアスペル師は答えた。
そして「スプラミティス」。
神話世界の物語とあって神殿音楽を基調とした古式溢れる音楽となった。
この音楽の中で魔獣が現代の巨大都市を破壊し、巨大飛行機が酒醸したり鏡張りになったり無数の機械の腕を生やしたり…
(それが本作の持ち味だ!持ち味なんだったら持ち味なんだ!ブフフっ!!)
リック社長はそう思い込むことにした。俯いて笑いを堪えつつ。
指揮を終えたアスペル師。
「やるんだったら、これくらい本気でやる方がいいでしょう?」
「「ぶっひゃひゃあああーー!!」」
事も無げに言う彼に、リック社長もアイディー夫人もダメだった。
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実はリック社長は時間的に余裕があった。
息子のブライ君の探検試行も順調で、北方探索の足を確実に伸ばし、幾つかの未知の集落を発見している。
娘のキャピーちゃんはマギカ・テラで人形劇団に招かれて公演に参加する程である。
役どころがいつも悪役ばかりなのは、もう仕方がないとして。
末っ子のブロムちゃんを膝に乗せ、ぜんまい仕掛けのオモチャで芝居させつつ新作の見積もりを進めるという人間離れした技を見せつつ両作の計画を具体化させたかと思えば、両作に登場する未来飛行機や秘密基地のデザイン、更に模型製作まで行う。
無論、デザインはキューちゃんや若手デザイナーたちと分担し、世界観を狂わさない様注意しつつ進めている。
その結果、単純激闘物語のルキスマキナAに登場するDIDの戦闘飛行機アエロ・ブルトゥル、ステラプグニャ等は現実的に、そして光線を発射しない(予算的にできない)ので青い塗装にした。
一方スプラミティスに登場するDCNの戦闘飛行機は神具の槍や扇、香炉をかたどったデザインとされ、青銅色に赤い線が入る、今までにないド派手なデザイン、かつ、神具を題材にしているので「それホントに飛ぶのか?」というデザインになった。
しかし青と赤、しかも全面金属色とあって存在感が圧倒的である。
この飛行機に合わせて戦闘自動車や基地がデザインされた。
前作まで、いやDIDも鉄骨の中信号や照明が光る程度の、現実の飛行機格納庫や機送艦の中の様なデザインだった。
しかしこのDCN側の格納庫や基地内部は、まるで未来の神殿の様に光り輝き、美しくも
「こんなのありえんだろう!」
と言いたくなるデザインだった。美しいけど。
そのセットの中を、更に奇抜な神具の様な飛行機が現れ、昇降機で発信口に回転しつつ持ち上げられっる。
秘密基地、というには秘密の欠片も無い、王城の外にそそり立つ巨大円盤飛行機状の発進口と、地下格納庫を結ぶ巨大な円筒状の昇降機。
「こっから先は通さないぞって相手を威嚇する基地だよ~」
ちょっと待てと言いたくなるが何故かそう言われればそうかなーって思う存在感があった。
だが、この撮影にはリック社長がウヒョウヒョ言いながらやって来て
「ウヒョー!いいねいいねー!カッチョエー!!」
「ここは広角使おうよー」
「周りに点滅する境界表示灯増やさない?」
「手前に整備用自動車走らせようよー」
「あーもう!主は後ろで見ていてくれー!」「ちぇー」
デシアス監督からウザがられていたのだ。
もう毎度飛行機が基地から発射する撮影は、社長ウヒョウヒョ乱入が定番の行事となっていたのだ。
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ヨーホーテレビのイマイチ経営陣の脆弱さ、キリエリア2のナントカ氏の高圧的な態度にリック監督は今後どうするかを考えた。
(俺の会社も、これからはもっと自由で楽しく仕事が出来る環境を作らなくちゃねえ)
そう悩むリック社長だったが、社の懐を預かるミーヒャー夫人にとって2局での続投は大助かりだった。
独立プロの一つに過ぎないトリック特技プロにとって、新しい仕事は大歓迎だった。
ましてや、経営の苦しい国際特撮、17th世紀プロ、更に倒産したジャイエンのスタッフを受け入れたり斡旋したりしている以上、彼らの働き口を確保する事は既にトリック特技プロの使命の様になっていた。
「よかったー!これでどうにかマギカ・テラのみんなも雇い続けられます!」
先々の事は兎に角、今の経営を守ってくれるこの女神に、リック社長は自然に頭が下がった。
「ミーヒャーさんには救われっぱなしだ!色々工面ありがとう!」
「礼には及ばぬ、主!」
「そうです!我が夫婦は…うげえっ」
「うげえっ?」
ミーヒャー夫人は便所に駆け込み、吐いた。
「あー!これ悪阻だー!救急車ー!」
「リックさん!あなたが診た方が早いのでは?」
「そうだったー!!」
ジッセイダー男爵家、二人目が目出度く懐妊。
「色々気にしているようだから言うよ、この子は男の子だ!」
「「何と!!」」
騎士の家系にとって、どうしても気になる点なのだろう。
二人は涙を流して喜んだ。
「申し訳ありません!新作の準備で大変な時期に」
「そんなの俺がやるよ。ミーヒャーさんは産後落ち着くまで、デシアスは安定期に入るまで休んで!
マーニャちゃんのお世話も怠りなく、な?」
「ありがとうございます!」「申し訳ない!」
「子供第一、家庭第一だよ」
「ところでゲホッ!リック様、来年はうご…トリック特技プロ10周年ですよね?うげえ」
「妻よ無理するな…え?」
全員、余りの忙しさに忘れていた。
「「「そうだったー!!!」」」
「ま、いっか」
「「「よくなーい!!!」」」




