269.宇宙まで約1年
災害映画「内海が広がる時」が正式な製作に入る一方。
マキウリア女王陛下自ら宣伝した「1799:太陽の外側へ」。
当初僅か7千万デナリの予算だったが、各国の学院や放送局からの出資が持ちかけられた。
特にキリエリア王立学院、魔導士協会が5千万デナリの協力を申し出て1億2千万デナリの大作となっていた。
他国の学院が協力を申し出たのは、無論ロケット技術の伝授を狙っての事だが、それでもキリエリア王立学院は受け入れる事にした。
「この世の中の発展のために高度な技術を理解する技師は不可欠だ。
一方彼らには自由な学術的な発言や研究が不可欠だ。
もしキリエリアと研究員を派遣した他国が対立したら、その国はキリエリアの様な自由な言説は許さないだろう。
そうなればむしろ逆に彼らを囲い込めばよい」
という大胆な覚悟を決めたのだ。
(それでいいのかなあ)
異世界の記憶を持つリック社長は悩んだが。
それにそうなれば、キリエリア寄りの脳筋王国のマギカ・テラも黙ってはいないだろう、そう言う目論見もあった。
そうこうする内に、強力な魔力で有無を言わせず不可能を可能にするマギカ・テラ魔導士協会や、他国の王立学院も映画に参加する事になった。
無論、この時すでに地球規模の気象状況を把握する人工衛星の打ち上げ、それに耐えられる大重量ロケットの開発も始まっており、他国の技師達もこれに参加する事となるのだ。
そのため協賛金も集まった。
金とはある所にはあるもので、既に予算は3億デナリに近づいていた。
これにキリエリア宇宙開発公社も提供して、何と3億デナリの予算が集まった。
この話はヨーホー映画にも衝撃を与えた。
「ちょっと、リックさん、大丈夫なんでしょうね?
これで映画がお話しにならなかったら、大問題よ?」
「人工衛星打ち上げにも影響しないとは言い切れませんからね」
本社長のマッツォ氏も、セシリア社長も気が気ではない。
もはやキリエリアをも半分巻き込んだ国家事業と言ってもいい騒ぎだ。
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企画は17th世紀プロ主体で各国学院と交渉が重ねられた。
しかし当の17thプロからリック社長の元へ
「ここまで話がデカくなるとは思ってなかった」
と泣きが入った。
「じゃあ、俺じゃない、新しい才能を紹介するよ」
かつて写実的な宇宙開発のファブラ・ピクタを描きリック社長を驚かせた、寡黙な作者を紹介した。
彼は王立学院を中退したが、在学中に電子計算、航空宇宙、美術というムチャクチャな講座を履修しており、未来の宇宙ロケット像を次々と描いた。
それは空飛ぶ鉄骨の様だった。
「宇宙なら外壁は防壁程度に考えればいい」
白い外壁に鉄骨、回転しながら重力を産む円錐状の先頭部分。
中央は星間物質から噴射剤を精製する、鉄骨に守られた長大な工場。
末尾は「小さな太陽」と言うべき高熱源体で噴射剤を光速近くまでの速度で噴射する推進部。
明言されて位はいないが、「核融合炉」、極大魔法の進化した技術であり、高原するのが憚られる技術であった。
こうして形容するのが難しい、全く新しい宇宙デザインが完成した。
これに合わせて地球と月の中間基地、月面基地、連絡宇宙船、月面移動船等がこの若い作家によってデザインされ、学院とアイディー夫人によって検証された。
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有人宇宙飛行や、宇宙基地での宿泊や会議という題材もあって、
「宇宙では宇宙飛行士は何を食べるのか」
「宇宙の旅館はどの様なものか」
「そもそも宇宙基地とは『宇宙迎撃戦』に登場した様なものか」
という論議が学院で大真面目に論議された。
「門外漢の空想で恐縮ですが」
これに例のマンガ作家氏が立て板に水で答えた。
「どの段階を映画にするか、によります。
第一段階として無重力の、宇宙ロケットに搭載可能な円筒の住居を宇宙に打ち上げ、連結させた宇宙基地が考えられます」
自分のアイデアを絵にして解説したものを薬式複写機で印刷し一同に配る作家氏。
「しかしこの規模では宇宙空間で太陽系外惑星まで旅する宇宙船を建造するのは困難です。
建造技師を宇宙空間で長期間生活させるためには、やはりリング状の居住区を回転させ重力を発生させる宇宙基地が必要でしょう」
「宇宙迎撃戦」では曲線構成でデザインされた宇宙基地だが、作家氏は角ばったデザインにし、かつ表面には無数のつぎはぎや入出用の扉等が描かれ、更には実在の大旅館商会の名前や、宇宙開発公社、レイソン商会グループの商標まで描かれている。
「重力発生区域と、無重力区域では当然食事も変わります。
無重力区域ではペースト状の栄養食、重力区域では普通の食事。
しかし火を使って調理するのではなく、地球で調理された食事をフィルムで包んで空気を抜き、凍らせたものを電気で加熱して…」
作家氏はまるで見て来た様に宇宙での生活を説明する。
呆然としつつ聞いていた学院や宇宙公社の権威たち。
はたと正気に返り、
「観光公社の開発担当を呼べー!」
「王都最大手の食堂の調理師もだー!」
慌ててその道の権威を呼ぼうとしたが学長が止めた。
「いやいや、その手の話はリック殿がいれば事足りるであろう」
だが今度は作家氏が意見した。
「あー、それはお勧めしません」「何故?」
「あの人は、常日頃『君達が自分で考え、実現して欲しい』って言ってましたよ」
「「「う~む」」」
リック社長の理想を前に、一同は考え込んだ。
すると。
「あ、これもうありましたよ」
と学院の研究員が話した。
「「「何で~???」」」
「ブライ君…いや失礼、英雄ブライ殿がクルス・ボランテスの研究中に、長期飛行に耐える食事として試作してました」
「「「何ですと~???!!!」」」
「ちなみに電気加熱ってヤツですが…
彼は電波振動で物質を加熱する方法を考えていましたが、結構な電気を必要とするのでエンジンの熱で加熱する方法に変えていました」
「「「何と…」」」
「そもそもは、前国王陛下がリックさんに頼んで、前の戦いで振舞われた無茶苦茶美味しかった食事を戦場で食べられないかと開発させた戦時食で、そっちはもう実用化されているそうです。
石灰に水を灌いで加熱する方法ですが」
「「「やっぱりもう全部彼でいいんじゃないかな???」」」
楽しい宇宙開発論議は繰り返された。
結局旅館にしろ食事にしろ多くの意見が集められ、その過程で各社がスポンサーとして出資し監修する事になった。
今この企画に参加している人々は、子供のころヨーホーの特撮映画で夢を見ていたかつての宇宙少年、怪獣少年達であり、実業の世界で多忙を極める中空想映画に参加できる事がすこぶる嬉しかったのだ。
この協賛商会はレイソン精機、王立放送研究公社、果ては宇宙船内での水資源の有効利用と衛生の両方の観点から王都上下水道公社までも参入し、有志を募りそれなりに納得いく論文を提出した。
映画にすれば僅か数分、数秒の出番に過ぎない。
しかし、その数分数秒に、大人になった子供達が情熱を注ぎ、能力を駆使し、未来の夢を現実の観点から描くため知恵を働かせた。
また、参加したこれら団体も資金を供出したため、製作費は4億に達した。
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「大変な事になってしまった…」
億単位に膨らんだ予算を前に怯えつつも、17th世紀プロは検討用台本を書き上げた。
無論太陽の反対側に地球と同じ鏡像の星がある、という「なんで?」と言わざるを得ない構想から、当初の外惑星への度へと戻している。
極力神秘的な描写は避け、「現実的に考え得る」展開にした。
第五惑星の衛星から発せられる謎の通信を探索する惑星間宇宙船が未知の存在に接触する。
宇宙船を制御する人工頭脳「マキナ・デウス1800」は全員生還の使命を守るため「人類史上最大の発見」に執着する船長を放棄する決定を下す。
船外作業用小型艇で放棄された船長は単身未知の物体に接触すると、光の速さを超えて太陽系を飛び出し、そこで過去の人類の歴史や自分の過去を目の当たりにし、未知の世界に到達した、という物語だ。
果たして惑星上の謎の物体とは、何だったのか。
未知の世界に何がいるのか。
それらは全て謎のまま終わる。
「これならまあ、理に適っておるし、色々想像の余地もある。
何より、宇宙の遠い彼方に何があるのか。
我ら地球に生きるものがそんな世界に辿り着く日があるのか、頗る気になるのう」
以前「鏡像」の企画を「さっぱりわからん」と一蹴した女王陛下もゴキゲンであった。
だが
「ただちょっと、長いかの?」
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17th世紀プロは台本から特撮セットの設計を行い、撮影に取り掛かろうとした。
しかし王立学院から待ったがかかった。
「無重力描写に問題がある。
もう少し無重力というものを視覚的に訴えられないか」
「宇宙空間での健康障害は発生するのか。
宇宙船員の生活とはどんなものか、ただ食べて寝るだけなのか」
「電子計算機の映像処理も、通信速度の向上についても考えよう」
これはかつて「宇宙迎撃戦」でも多々話題になった論議だ。
しかしあれから15年。
より積極的に話し合える素地は出来ている。
「折角ここまでこだわって来たのです。
働かせられるだけの頭は働かせませんか?」
学院の若き英傑たちは、王立学院の恩師達の懸念を代弁したのだ。
だが、17th世紀プロ側は焦った。
「しかし撮影を始めないと無収入の中我が社は社員の給与を払い続けて、撮影前に倒産する!」
「全員で研究すればいいのではないでしょうか?
あなた達にとってこの研究は、子供に夢を見せる側の人としても決して無駄にはなりません」
「この研究を行って、一体いつ製作が開始できるのか?
1年後か?5年後か?
我が商会も1年は持つかもしれないが、2年目には倒産して映画化は不可能になる!」
流石にトリック特技プロから独立したての、いわば根無し草である。
この言葉には悲痛な思いが込められていた。
「…来年でケリを付けましょう。それまでに学べる事は学ぶ」
「1年、タダ働きか…」
約1億デナリは、この研究期間、準備期間に消える予定となった。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。




