264.ブライ君の冒険
「お父さんお母さん、出来ました!」
真新しい革製、防寒仕様のパイロットスーツに身を包んだブライ君が、笑顔いっぱいに両親たちに報告した。
リック邸の前には、リアルクルス・ボランテスこと陸海空自動車が止まっていた。
「うほっ!出来たかあ!」
未来兵器が大好きで数々の鉄道、自動車、飛行機を生み出したリック社長がウホウホいいながら完成したクルス・ボランテスを眺めて回る。
「うひょ~」
アイディー夫人も一緒にあちこち見て回る。
「もう、二人共充分設計にもテストにも食い込んでたじゃないですか!」
ご近所様が集まる。マイちゃんが遠くでゲラゲラ笑ってるのが聞える。
テレビで新作の特撮番組が始まる度、防衛隊の自動車を隊員服を着て走らせて来たリック監督だ。
このクルス・ボランテスも新作の大道具と思われたのかもしれない。
しかし、折り畳み式の翼を展開させ、角度可変のプロペラを駆使し実際に空を飛ばせると、流石のご近所様達も驚いた。
「お!おー!空飛んでる!クレーンはどこだよ?!」
さっきまでゲラゲラ笑っていたマイちゃんが今度は驚いている。
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「凄い!よくここまで仕上げたなあ!」
結構危険な飛行実験を繰り返した後、リック社長は我が子を讃えた。
「それで、この探検を実行します!」
偉大な親のお墨付きを得て、紅潮したリック君が提出したのは探検の計画書だった。
北方諸国の更に北側、かつてキリエリア海軍が断念した極北探検計画。
「零下の空をどれくらい飛べるのか?」
「零下40度で2時間。
片道1時間、出力が低下しても150kmは行けます」
すでにマギカ・テラ、アモルメ両国に打診して、寒冷地帯、豪雪地帯で実験済だ。しかも両国とも万一に備えて救難隊を待機させて採った実績値だ。
企画書の内容は、国家事業そのものだった。
北方諸国の軍や鉄道と連携し、危険のない範囲で往復し、拠点を築き燃料食糧を補給しつつ未踏の地を目指す。
しかも既に、学院経由、キリエリア王家経由、諸国条約経由、北方諸国の内諾済。
探索拠点には燃料食糧医療品だけでなく、消耗頻度の高い部品に加え、万一不時着した場合に備えての救難用クルス・ボランテス2号機まで手配されている。
彼はヨーホーの撮影所予約システムから始まり、祭典、諸国展示会の収支予測システムで得た利益から、数千万デナリをこの計画に投資していたのだ。
「勿論、払って終わり、じゃありませんよ?」
笑顔で答えるアイラ夫人。
広がる地図、気象情報は北方諸国が、そして諸国条約が経費に応じて買い取る予定だ。
なにしろかつて一国の軍が挑んで果たせなかった、貴重な情報だ。
もし予期せぬ荒天で撤退しても、拠点は残る。
荒天への対策を固めた後、再挑戦出来る。
「なんだこの石橋を叩いて鉄筋で覆う計画」
「お父さんの映画製作のやり方を参考にしました」
「俺そんな面倒な事やってないけど」
「ブライちゃんはね、最初にデモ飛行して各国に協力を求めて、段々支援体制を厚くしたんだよ~、ね?」
「はい!お母さん!」
二人の母と笑顔を交わすブライ君。
「はあー。俺も何枚か噛みたかったなー」
「それじゃあ、ブライさんの訓練にはならないじゃないですか」
「そーゆー事か」「はい!」
リック社長は、笑顔で答える息子、ブライ君が一瞬誰だか解らなかった。
それほど大人びて見えたという。
元々人の顔と名前を覚えるのが苦手なリック社長であったが、我が子までとは…
「でもさー。
先ずは比較的安全な南方からって考えないのかなー?」
南は南で未知の疫病とか猛獣とかいそうだが、少なくとも凍死、餓死の危険は少ない。
「そっちは燃料さえあれば普通の飛行機でも行けます。
クルス・ボランテスが行くべきは、万一不時着してもソリ滑走や船モードで帰還できる北方がいいかと思いました」
「無茶言うなあ」
「お父さんの子ですから」
二人の妻は噴き出した。
「お兄様、行ってしまわれるのですか?」
「いっちゃやー」
「キャピー、ブロム。
出かけるって言っても数か月、今までとあんまり変わらないよ」
「危険なのでしょう?」「あぶないの?いやー!」
可愛い妹たちに囲まれると、さしものブライ君も戸惑う。
「お前達にはね、世界の誰も見たことが無い世界の話をしてあげる。
お父さんが言う、コロンブスでありガガーリンの話をね」
数日でブライ君が描いた企画が各国から承認され、ブライ君はクルス・ボランテスでアモルメへ向かった。
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過去の寒冷地飛行テストでアモルメ軍とは合同演習済だが、今度は最初の拠点を作るための演習を行った。設営や部品輸送、受け渡し確認等がテキパキと行われた。
幸い天候に恵まれ、探検計画の第一歩をクルス・ボランテスは熟す事ができた。
設営中のアモルメ軍拠点に、第二拠点設営予定地を確認して来たクルス・ボランテスが帰って来ると兵達は歓声を上げ手を振って迎えた。
一旦北限の基地に戻り、第二拠点開設の準備に移る。
その夜はブライ君から調査報告が行われた。
海岸線の確認、気象の報告、植生の分布等々。
地上こそ緑だが、洋上は流氷に覆われ艦隊による観測は絶望的だ。
「ブライの言う通りだったなあ」
「この季節なら着陸して救援を待つ事も出来ます」
「ブライの言う通りだなあ」
そして、探検開始を祝って、拠点設営隊との宴会となった。
「いやー、やっぱクルス・ボランテスすげえなあ!」
「海岸線を数百キロもあっという間だよ!」
「行軍してたら何日かかるやら」
「坊主!空の上は寒く無かったか?」
「ええ、マイナス10度位です」
「夏でも地上で0度、上空はもっと寒いかあ」
「はぁ~、一度キリエリアの海と温泉を楽しみたいぜ!」
「探検が成功したら皆さんを招待します!」
「「「おおー!!!」」」
「そんな安請け合いしていいのか?お前の稼ぎ吹っ飛ぶぞ?」
リック社長も何故か宴会に加わって、というか料理を振舞っていた。
「「「おおー!うまそうだー!!!」」」
「流石マギカ・テラの女王を唸らせた料理人英雄」
「え?俺そんな事やっちゃいましたっけ?」
どうやらカンゲース五世陛下の話とマギカ・テラ休戦の話がごっちゃに伝わっている様である。
「「「うんめえ~~~!!!」」」
クルス・ボランテスの優秀さ、ブライ君と設営隊の中の良さ、そして。
「英雄殿の御子だから言うのではありません。
ブライ君は体力、知識、精神力、判断力。
どれをとっても一流の戦士です!」
派遣部隊長のお墨付きを得た。
「ウチの子すげえなあ」
こうして北国の初夏に、ブライ君が夢に見た、誰も知らない土地への冒険がはじまったのだ。
しかし。
拠点建設のための物資に滞りが生じた。
物価上昇、そして探検成功によりキリエリアの優位が高まる事を懸念した、既得権益狙いの商会の妨害だった。
そのため、予定の探索は第三拠点までを建設し、それより北の探索は中止された。
翌年の夏を待つ事にした。
更に拠点間の輸送力強化のため鉄道が仮設され、翌年の物資輸送を高速にした。
もしこの鉄道が冬を耐えれば、夏の間だけでもその地は拠点として使い続ける事が出来る。
妨害が入っても、それに怯む事なく北方諸国の知る世界は確実に、堅実に広がったのだ。
翌年の第四拠点の候補地を探すため、ブライ君はこの夏最後の探索に飛び立った。
だが、
「巨大な雨雲が接近、猛吹雪になる模様。
各拠点は北端基地まで避難せよ。
本機も上空に退避し南下、北端基地へ帰還する」
との連絡を最後に、通信が途絶えた。
「通信中継機発進。各拠点は直ちに鉄道で退避せよ」
事前の計画には無かった、突然の猛吹雪。
しかし避難は計画通り順調に行われ、地上部隊の心配はなくなった。
無線中継用に高空に上がった飛行機から通信があった。
「洋上よりこの季節には信じがたい低気圧の接近を確認!」
人工衛星から撮影できる範囲外で、季節外れの吹雪が発生したのだ。
リック社長は一連の報告を聞いて険しい顔つきになった。
「こりゃ、地球規模での気象変動だ。今年の北国の気温は下がる。
飢餓の危険もあり得るぞ」
「クルス・ボランテス、吹雪を避け洋上に着水するとの事!」
「いい判断だ!」
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その日以降、夏の猛吹雪は人の住まない原野を吹き抜け、去った。
着水した翌日、洋上のクルス・ボランテスは北辺基地へ帰還した。
「飛行中に撮影した低気圧の映像とレーダーの記録を提出します」
「もういい。父上のところへ行ってくれ!」
派遣部隊長が促す。
父の下に帰ったブライは、誰が見ても悔しそうだった。
「予定を果たせなかった!畜生!」
偉大な父を前にして、彼は悔しさを堪え切れず、叫び、涙を流した。
「何言ってんの?」
「え?」
「予定どころか、それ以上の大手柄だぞ!」
「な、なんで?」
思わぬ父の言葉に、悔しさを忘れて呆然とするブライ君。
「あ!」
「な?」
「たしかに…」
流石、理解の早い英俊である。
「もう中継機からの映像と雲の動きの電探記録は各国の学院に回した。
これは地球全体の気象に関わる問題だ。
そして、この秋から冬に猛烈な寒波が各国を襲う前触れだ。
その予兆をお前が探し当てたんだ、まさに大手柄だ!」
「え…ええ~??!!」
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この異常な夏の猛吹雪は、各国の学院で分析された。
リック社長は各国に訴えた。
「地球の暑さ寒さは互いに連携している。
どこかで異常な暑さが起これば、その分今まで涼しかった地にも熱波が来る。
逆もまた然り。
今回は、どこかで例年より熱が少ない場所が起こり、北方を温めていた暖気が南に引き下げられ、例年より早く寒波が降りて来たんだ。
この冬は最悪猛烈な寒波が地球の北半球を覆う危険がある。
凍死者、餓死者を防ぐための備えが必要だ!」
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一人の少年の探求心が、まさかの大惨事を防ぐ事となった。
条約諸国は支援体制を整え、異常寒波に備えた避難計画を立てた。
トリック特技プロや玩具商会、光学商会も億の予算で北方諸国の各地、避難困難地区の村落に温泉保養所を建設した。
無論、万一の場合の避難所だ。
その冬が来ると、人工衛星からの映像でも予期できなかった寒波が発生。
しかし事前の対策によって、被害は極小化された。
(もし、備えが無かったら)
アモルメを始め北方諸国の王や大臣たちは、吹き荒れる吹雪を前に肝を冷やした。
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翌春。
再度北方探検の準備に勤しむブライ君に招待状が来た。
ブライ君はアモルメ王国の英雄に認定されたのだ!
「凄いぞリック!親子二代で英雄だ!」
「流石は主とその子だ!」
「あなたは多くの人の命を救ったのよ!私からもお礼を言うわ!」
英雄チームがブライ君を称える。
だが。
「違うんだ!
俺は誰も見たことが無い世界へ行きたかった、それだけなんだ!」
「まあ、その一歩に成功したんだからいいじゃないか」
リック社長が宥めたが
「失敗だった!俺は、すごく悔しかったんだ!」
抑えきれない感情をさらけ出すブライ君。
その若い感情に、英雄チームはかつての自分の姿を見た。
(あーわかるなあ。俺も武功を上げて名を上げたかったっけなあ)
(目の前の小さな目標に捕らわれていた、それは俺も同じだ!主と出会う前はなあ…)
(あたしも魔王やっつけて悠々自適な暮らししたかったっけなー)
聖女を名乗る俗物が一人混じっている。
「ね、また行っておいでって。
それまでね、いっしょにね、地球の気象について勉強しよ~ね~」
聖女より聖女らしい魔導士が、我が子を励ました。
「我が子の晴れ姿だ、みんなで祝いに行こう!」
「いえリックさんにもアモルメの英雄認定がなされてますよ?」
「うへえ!もう英雄はコリゴリだー!」
リック社長に厳しい現実を突きつけながらもアイラ夫人は宴会の準備をしている。
「さあ、みんなでブライさんの成人をお祝いしましょう!」
実はブライ君も15歳になったのだ。
上質な発泡ワインで一同は乾杯した。




