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26.白亜の殿堂 夢事情色々

「キリエリア沖海戦」公開から1年以上が過ぎ、この世界の映画は爆発的に進化した。

 何よりも、モンタージュ効果。

 爆笑モノだった帝国の大失敗大作でもそれなりに活用されていた。


 ヨーホー映画公社クラン撮影所では、今まで撮影技師に過ぎなかった者達がリック監督の指導を受け、独自に演劇撮影に趣向を凝らし始めた。


 先ずは俳優の顔に迫ったり、舞台全体を映したり、カメラを移動させたり。

 ある時は台詞を言う俳優をあえて撮影せず、その発言に一喜一憂する相手の表情を映したり。

 屋内ではなく、屋外で演劇させたり。


 その題材も、過去に人気だった演劇を撮影するだけではなかった。


 多くの撮影技師がリック監督に詰めかけて

「俺は罪人が何故罪を犯したのか、その裏を描きたいんだ!」

「俺は酒と恋と歌を楽しく映画にしたい、この台本はどうだろうか?」

「聖典映画の興奮を今一度!弾圧に抗った預言者達の物語を描きたい!」


 怪獣映画の準備に勤しんでいたリック監督は、その手を止めて、ずっと年長の技師達の要望を聞いて助言した。


 次々と生み出されたこれら新たなスタイルの映画は「新映画」と呼ばれ、王国中の、いや世界中の人々に歓迎された。


 しかしリック監督に助言を乞わず、セシリア社長に直談判して企画を通した猛者もいた。

 ヨーホー監督陣の一人、ブライト・セプタニマであった。


 彼の企画、平和な今で戦いを捨てて生きる初老の騎士と、彼に敗れ盗賊に堕した敵国の将との再戦を描く、刺々しい企画、「敗将」。


「5千万デナリ…」

 特撮を使う訳でもないのに、検討用台本と撮影計画書を前にセシリア社長は頭を抱えた。


「いいんじゃないですか?これいけますよ!」

 呼びつけたリック監督の一声でゴーがかかった。

「だって映画って特撮だけじゃないです。

 ていうか、特撮映画なんて数多くの優れた映画の中でウソッパチの夢を描く、映画の世界の傍流であるべきなんですよ」

 事も無げにリック監督が言い放ち、セシリア社長は固まった。


「ねえリック君。君はどんな映画を見て来たの?」

「ナイショです。この世界の映画の主流は、あくまでこの世界で生まれ育って、この世の教養や経験を得た人が作るべきだと思います」


「チっ!真面目ねえ!」

 セシリア社長は、時々王女としての気品を投げ捨てる。

「特撮に関しては、お教えしますよ?ははっ!」


 セシリア社長は、「敗将」の企画を認めたが、リック監督の後押しがあった事は秘した。

 セプタニマ監督はリック監督を毛嫌いしている、そう感じたからだ。

 彼は「オモチャ撮って映画でございなどという風潮を広めてたまるか!」と公言していたからだ。


 そしてセプタニマ監督は名優ゲオエテ・アニマ、そして暴れ馬マイト・スオードを主役に据え、「敗将」は完成。

 世の偽善と人の闘争心を凄まじい気迫で描き出したこの一作は、芸術家たちに絶賛された。

 町の雑音や子供達の讃美歌の練習を背景に、最後の命を懸けた戦いは特に高く評価された。

 結局本作は制作費を上回る収入を上げたのだった。


******


「リックさん。

 色んな作品から特撮を使わせて欲しいって申し込みが来てますよ?」


 撮影始動、ロケ費節約のためのスクリーンプロセス、嵐の場面などに今までの特殊技術が効果を上げていた。


「帝国から逃げてきた人たちへの放射線治療も行っていますし。

 あなたの夢の、ゴドランを撮る時間が減ってしまいませんか?」

 

 アイラ嬢が甲斐甲斐しくリック監督を案じるが。


「他の監督たちとは、その内持ちつ持たれつの関係になるさ。

 特撮映画だって本編は絶対必要だし」


「でも、絶対無理しないでね。

 ちゃんと寝て、食べて下さいね!」

 夜更かししがちなリック監督を、しっかり者の婚約者が諫める。

「わかったよ。今日は、もう寝よう」


 当時リック監督も13歳。しかし、可愛らしい顔つきと裏腹に、色々としっかり育っていたのだった。


******


 極大魔法の惨状が知れ渡るにつれ、帝国から王国に亡命者がなだれ込んだ。


 リック監督はこれを私財を投げ打って収容する村を構えた。

 極大魔法実現の報せを聞いて、いずれ押し寄せるであろう避難民の為に国王に打診していたのだ。


 新聞は増々

「極大魔法から逃れる帝国民!」

「帝国を覆う死の恐怖!」

「悪逆な魔法に怒る英雄リック、私財で亡命者を救う」

 等々書き立てた。


 王国内でも目に見えない極大魔法の恐怖に怯えるものも多かった。


 そんな中、リック監督はセシリア社長から教育映画の発注を受けた。

 極大魔法の原理、核分裂や放射線障害について解りやすく世間に知らせる内容で。

 製作費3百万デナリ、撮影期間2ケ月。


「新作準備中にごめんね。でも風評被害は放っておけません」

「いえ。映画の一部でも扱う予定でしたので」


 早速英雄チーム、そして特殊技術部で検討会議。


「放射線、って、目に見えないよね。

 ど、どうしよ、どうやって…絵にする?」

 アイディーは優れた頭を回転させるが、もの凄い膨大な作業になる事に思い至った。


「ああ。全部絵を動かす。絵で表現するよ。

 この世に映画を齎した先輩さんの無念を晴らしてやる!」


「どゆ事?」

「こういう事だよ」


 リック監督は怪訝そうなセワーシャや勇者チームの前で、「ウラニウム」と書かれた丸の束にぶつかる姿を、ブ熱い神の束にフィルムの様に1枚づつ描かれた丸を見た。


 リックがペラペラっとめくると、それは動いて見えた。

 1つの丸が「ウラニウム」と書かれた丸の集まりにぶつかる。

 そうすると、ウラニウムが分裂し、更に多くの丸が飛び出す。


「この飛び出した矢印が、人間の体を中から腐らせる放射線。

 この矢印が当たると、細胞がおかしな形に変化するし、新しい細胞を作る『新陳代謝』が出来なくなる」

「「ほえ~~」」


 今迄リック少年から医学の基礎の基礎を教わった二人の才媛も、放射線障害を理解するには時間がかかった。


 この、目に見えない抽象的な動きを、リック少年は大量に描いた絵によって説明したのだ。

 それは当時の医学の常識になかったものだ。


「ムズカシイ話だ。出来れば10分、長くて15分が観客が見てくれる限界だね。

 全部絵にしなくても7割は絵、つまり7分程度。1秒24枚の絵を描くと1万枚の絵が必要だ」

「「ひぇ~!!」」

「できる限り絵を単純化したり、絵そのものを動かして描く枚数を減らそう!

 早く完成させて風評被害に苦しむ人達を救うんだ!」


 こうして、この世界初めての動く絵、アニメ(生命)動画作品「放射線 極大魔法の遺物」が製作された。

 これは、「聖典」で雷や最初の殺人を諫める炎を描いた作画チームに発注され、アラク・ウッコ氏が監督としてクレジットされた。

 動画が主役の映画、しかも恐怖の極大魔法の実態を世間に広めるための教材とあって彼は燃えた。


「ちゃんと寝て下さいね!」

 毎日20時には作画工房の照明をリックとアイラが消して回った。


 しかし作画班は熱に浮かされた様に、この映画には存在しない絵を夜通し描き続けた。

 人の動き。リック少年が提供した人体解剖図を頭に思い描きながら、筋肉の動きを意識して描いた。

 ある作画技師はアイラの歩く姿を、ある作画技師はセワーシャがすごむ姿を描いた。


 それを見つけたリック少年が笑った。

「こういうのは止めろって言われても、止められないよねー!」


 何故過去異世界から来た勇者がアニメを実現できなかったのか。


「全部自分でやろうとしたからだよ。どうにも絵が描けない人だったらしいのにね。

 俺には沢山助けてくれる人がいるから出来たんだ」

 過去世界を救った勇者の、果たされなかった夢の原因をリック少年はアッサリ看破した。


******


「放射線 極大魔法の遺物」は国王カンゲース5世から国民に向けたメッセージ映像とともに各国の劇場で上演された。


 中には障害によって激しく腐敗した肌や出血した部位を映す場面もあって、気絶する人も出たという。

 しかし謎の奇病の原因がわかり、伝染病ではないと理解されると、ある程度不安は解消された。


 このフィルムは帝国に送られ、国内で上映する様国王から親書まで付けられたが無視された。

「まあ、そうなるよね」

 そう言いつつリックは帝国へも往来する商人にフィルムと音盤を私財で提供した。


 映画は、今まで君主が遮っていた情報を相手国に伝え広める事も出来る。

 新聞もそうやって他国の見聞を大陸各国に広めたが、映画は更に多くの情報を伝えられる。これは武器と言ってもいい。


 その結果、帝国内では勇者や帝室を非難する声が溢れた。


 やむなく皇女から

「これは帝国が魔王に対抗する術を持つための、強力な武器である」

と宣言し、被災者を慰問して回る事で何とか不満を沈める事になった。


 ただ、そこに本当の被災者などいなかった。

 本当の被災者は既に皆海を経て亡命していたからだ。

 皇女が見舞ったのは、風聞でパニック障害を起こした者達であった。


 帝国の頂点にいる皇女が平民を見舞う。

 これを美談ではなく屈辱と感じた皇女アラウネは思った。

「ツヨイダ!あのアホいつか殺す!」


 自分で呼び出しといてヒドい話だが、勇者も相当ヒドいので、どっちもどっちである。


******


「リック・トリック。アラク・ウッコ。

 両名に王立学院並びに王立魔道協会の特別褒章を贈る!」

「どうしてこうなった?!」


 本作の企画・立案・脚本を行ったリック少年と、作画を指揮して解りやすい映像を完成させたウッコ監督は、魔導士協会の大ホールで拍手と歓声に包まれた。


 拍手を贈っている中に、アイディーとアイラもいる。

 帝国の亡命者であるアイラ嬢も、過去様々な映像装置の開発を認められ、王立魔導士の地位を得ていたりしたのだ。


 この作品は王国が出資し、無償で国内始め諸国に配布されたので利益は得られなかった。

 しかし「難しい学問の話も映画でなんとか伝えられる」という、後の教育映画の先駆けとなったため、あまり仲の宜しくなかった両団体が揃って褒章を与える事となったのだ。


******


 しかし、内心リック監督は焦っていた。

 テラニエ亡命者の治癒使節、難民受け入れキャンプ、そして放射線障害アニメの作成のため、彼の夢だった怪獣映画の製作が相当遅れていたからだ。


 とは言え、死病にもがく人々も、目に見えぬ恐怖におびえる人々も放って置く事は彼には出来なかった。


「ま、おちついたら取り掛かるとしよっか」

 持ち前の気楽さで、彼は気持ちを切り替えた。


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