24.次はドラゴンの映画だ!
映画公開は封切り、普通は2週間、長くて3週間で公開が終わる。そこでその映画の収支がほぼ決まる。
しかし「聖典」は公開後数か月を過ぎてもフィルム販売の利益が追加された。
その上、前作「キリエリア沖海戦」も含めた音盤の利益まで追加された。
音盤の売り上げだけで、今迄の、演劇を映しただけの映画の何倍の収入が上がって来る。
「ん~ふふ~っ!リックちゃんはいるかしら~」
超ゴキゲンなセシリア社長は、今では自社の資産となった白亜の殿堂、クラン撮影所に足を運んだ。鼻歌を歌って足取りも軽く。
「かわいいリックちゃ~キャアアー!!!」
鼻歌が絶叫に変わった!
「ひいい!こ、これ撮影用の何かなの?!!」
目の前には、人の身の丈を越える、巨大なトカゲ?
黒々とした獣の姿があった。
「あ!触っちゃダメですよ!って、社長?!」
「ちょ!ちょ!こ、これ、助けてリックちゃん!」
「あーはいはい」と公爵夫人をお姫様だっこで助ける少年。
「怖かったのよお~?」
どさくさに紛れて少年の頭をナデナデする公爵夫人。
いいのか?
「これは、今度の映画の主役、俺のヒーローの一人ですよ!」
リックは特撮倉庫に魔法の明かりを灯す。
「ヒーロー?この獣…ドラゴンかしら?」
よく見れば、トカゲを大きくして二本足で立たせた様な、翼の無いドラゴンであった。
「ええ。固まっても柔らかい樹脂で作った、中に人が入って動かすヌイグルミです」
「これの中に、人が?」
「まだ素材が重いので、そんなに長く入っていられませんけどね」
「確かに、翼はないけど、ドラゴンみたいねえ」
そして倉庫には、王都大聖堂や鉄道駅、隣接する大商店の模型、それも人の腰ほどの高さがある精密な模型が並んでいた。
「これも、特撮用の模型?」
「ええ!」
******
何故かリック少年は社長をお姫様抱っこで抱えたまま特撮倉庫の一角の、企画会議室へ。
何枚か書き上げられたピクトリアルスケッチには、先程の翼がないドラゴンが口から光を吐いて王都の有名な建築を焼き払う絵が描かれている。
鉄道を踏みつぶし、持ち上げる絵も。
中には軍と密かに開発中の、鉄の鎧と大砲を付けた自動車や、鉄の飛行機まで描かれている。
「これが、次回作なの?」
ようやく息子程の歳の少年にお姫様抱っこされていた恥ずかしさに気付いた社長は降りてスケッチに見入った。
「俺は、こんな、みんながアッと驚く様な映画を作りたかったんですよ!」
「確かにアッと驚きはするけれど…」
セシリア社長はさっき見た竜のヌイグルミと、その後ろに並ぶミニチュアの街を見たせいか、ピクトリアルスケッチに書かれた絵がただの絵とは思えなかった。
「今まで通り、まずはパイロットフィルムに取り掛かります。
その後で出資して貰えるか、検討して下さい!」
「ちょっと待って!」
今までにない社長の雰囲気にリック少年は戸惑った。
「ちょっとこれは…すぐには判断できないわ。
パイロット版の前に、長編化した時の台本を見せて。
後、出来れば追加撮影する予定のピクトリアルスケッチも。
本編も含めて、出来る限り」
今までは割と思い通りに進んだ企画だったが、予想外の社長のお宅訪問によってリックの計画も狂いが生じた。
******
「みなさん。
今までも私達の想像が追い付かなかった凄い作品が二つも続いたけど。
これはもっと創造が追い付かないかも知れないわ。
でもよ~く考えて。
これが売れるかどうかを」
ヨーホー社の重役たちは特撮倉庫に入り、ドラゴンのヌイグルミに圧倒された。
「なんだこれは!」
「聖典の、滅びた巨大なトカゲに似ているが…」
「何と恐ろしい…」
そして、模型の王都。
その窓には照明が灯っている。大聖堂のバラ窓、ステンドグラスは色鮮やかに光っている。
そして特殊技術部の美術スタッフが他にも模型を作り続けている。
「おお、まるで小人の街の様だ」
「いや、我々が巨人になったかの様だ」
駅に隣接する大商店には、商品名を様々な色で描き出す管状の照明が、実物さながらに商品名を明滅させている。
「何という精巧な模型だ!」
「これを、このドラゴンが壊すのか?」
そして会議室に移り、ピクトリアルスケッチに見入り、そして台本を渡されて読みふけった。
「極大魔法…」「火薬や炎ではなく、物質そのものを崩壊させ、飛び出した力?」
「そんなものがあるのか?」「これこそアイディー嬢や魔導士協会の領分だろう」
「可能性としては、既に研究されています」
「「「何だって???!!!」」」
「そして、実現が可能だと判断され、研究は禁止されました」
「「「な、何だってーーー???!!!」」」
「その威力は脚本に書かれた通り、成功すれば王都も一瞬で焼け野原です。
人も生きたまま数千度の熱に焼かれます」
「地獄だ…」
一同は必死に考え、そして考えを放棄した。常識の枠を超えすぎている。
「もちろん、こんな恐ろしい研究が永遠に実現しないに越したことは無いのですが。
魔王領への侵略に失敗した帝国辺りがもし作り出してしまったら。
その牽制として、あくまで荒唐無稽な御伽噺として、この怪獣映画を世に送り出したいのです」
「おとぎ話にしては、妙に現実過ぎるわね」
鋭いツッコミを社長が入れた。
「俺の故郷では実際にあった事です」
一同、脚本に書かれた地獄の魔法が実際に放たれたら、そう思うと戦慄した。
「この怪獣映画も、そんな戦争の悲劇を元に作られたんです」
誰も言葉を発する事が出来なかった。
「でも…怪獣、カッコイイし、街をブっ壊すのって快感ありますよね!」
「「「待てい!!!」」」全員がツッコんだ!
「だって大昔の巨大な竜が現代の街をブっ壊して暴れるんですよ?
何かスゲーって、なりません?」
「ならないわよ!」
「さっきまでの極大魔法の話どこ行った!!」
「これは感動すべき話なのか?呆れた話なのか?」
「確かに想像力が追い付いていけないぞ!」
最早混乱の域に達した場は、セシリア社長によって強引に解散となった。
「うわ~、プレゼンとしちゃあ大失敗だったなー!」
「途中までは上手く行ってたみたいでしたのに、ねえ」
「り、リックきゅん、時々正直過ぎ~!」
仲間達からもツッ込まれた!
「うぎゃー!!」
「で、でもそこが好きぃ…」「ですよね!」
婚約者と愛人候補がはしゃぐ。
「しかしよー。この脚本、ホントに単なる見世物か?」
「え?アックスはどう思う?」
「まずはよ。極大魔法。街も人も見境なく焼き滅ぼす悪魔の魔法への怒り…
じゃねえな。
そんなものを生み出せる俺達人間への戒め、か?」
「へえ。脳筋のアンタにしちゃよく読んでるじゃない?」
アックスの真剣な意見にセワーシャが茶々を入れるが。
「そんだけこの話は色々含んでるんだって。特にこの、放射線っていう、見えない毒みたいな奴。
王都が焼けた後、子供達からもその放射線が見つかる場面。残酷だぜ…」
「先ずはって言うなら、他には?」
「このドラゴン、極大魔法の恐怖を撒き散らす恐怖の塊、だけなのか?
俺にはドラゴンも極大魔法におかしくされちまった被害者にしか見えねえんだ。
最後の海の中で溶かされる場面なんてさ。
おとぎ話のドラゴン退治なんかじゃない。まるで神聖な追悼式みたいだ」
「うん…うん」
「そんで…おいリック、どうした?」
リック少年は、感極まっていた様だ。
「つ、つづけて…」
「なんか、ドラゴンと死の毒魔法を造っちまった魔導士と、極大魔法を生み出しちまった人間が、同じ滅亡の道に向かってるみたいな、なんつうのかな。
絶対、こうなっちゃいけねえ、みたいな。わかるか…おい!」
リック少年は、泣いていた。鼻水ダボダボで泣いていた。
「ありがどお、あにぎい…よぐわがっでぐれで…うぐうっ!」
******
「前にも言ったけど、映画ってウソなんだ。
しかも巨大なドラゴンが今の王都を蹂躙するなんて、全くありえない!
だから、その大きなウソを、真剣に、出来る限り本当の様に作り上げる必要があるんだ。
勿論、そこに作り手の想いも試されるけど、それはあくまで表に出すもんじゃない。
見せ場はあくまで、壮大なウソを描くスペクタクル、特撮なんだよ」
目を真っ赤にしたリック少年が英雄チームに持論を語る。
「俺は!
ゴドランを活躍させたい!
宇宙へ行く船や物凄い熱線を撃ち出す熱線砲!
ゴドランとは違う大怪獣!
そんな夢の映画を撮るんだ!」
皆がリック少年の夢に賛同し、頷いた。
「俺はそのためにこの世界に生まれて来たんだ!」
「「「そりゃ違うだろ!!!」」」
「え~~?」
凄いツッコミが返って来た。
何気に、このドラゴン。アナグラムでゴドランと決まった。
「何でゴド、から始まるの?」
「俺の世界では神、って意味なんだ。暴れる古い神、ってとこかな?」
「神殿から何か言われるかもな~」
「でもゴドラン、こうしてみてると格好いいですよね」
確かに世間に知られているドラゴンの姿と違って、翼や角がない。
そして樹木の様な巨大な背びれが三列並んでいる。
逞しい胸筋、力強く太い脚。
「あ~。『聖典』に出て来た古代龍いたでしょ?あれをもっと人間の姿に近づけて。
バランスとるため背びれを付けたんだ~。
そう、そうなんだよ~」
「いいえ。これ絶対あなたの前世にあったヤツよね?」
「バレテーラ」
リック少年は仲間達に夜通しドラゴン映画の魅力を語ったが、みんな酒と料理に夢中でロクに聞いてなかった。
しかし、彼が必死に語ったドラゴンたちは、その後彼等に途方もない富を運んできてくれるのだった。
******
「極大魔法…」
キリエリア国王カンゲース5世は妹を前に悩んでいた。
「爆発に不可欠なのは、毒を放つ呪いの石と言われる、リック殿の言う『放射性物質』。
これがこの近辺で報告されたのは、テラニエ帝国西岸の山岳地帯…」
王立魔導士協会の長が報告する。
「まさかヤツラ、こんな物騒な魔法を実現するのではなかろうな?」
「あのツヨイダをはじめとする異世界の勇者どもが、その原理を知っていたら可能性はあるわね。
かといって禁呪となったこの技を公開して帝国に圧力をかけても、無視されたら同じ事よ」
国王にセシリア王女が意見する。
「しかしモノホーリ派が帝国側に立って総本山に牙を剥いたら?!」
「戦争の引き金を引く事になりかねませんぞ!」
呼ばれた陸軍卿、海軍卿が懸念を口にする。
「国としての矜持を帝国が持ち続ければ問題ない。
しかしヤツラは既に魔王領を侵略しながら自分達が侵略されたと嘘を吐いた。
そして魔王軍との不可侵条約こそ守っているが、自国内では戦いに勝ったと嘘をついている。
奴等は嘘吐きだ。信用できない!」
国王は、この時帝国との戦争も覚悟した、と言う。
「無視するより、公開して禁止を訴える方がよい、か。
セシリアの言う通りだ。異世界のバカ勇者を帝国に押さえつけさせよう!」
だが、この時既に。
テラニエ帝国西端の岬で、人間が生み出した最大の輝きが海と大地を焼き尽くしていた。




