2.転生少年リックについて
その少年は、当時は魔王軍に侵略されていたとされていた、キリエリア王国と巨大な湾を挟んで対岸に位置するテラニエ帝国の平民の子であった。
父親は徴兵され戦死し、亡骸は故郷に帰る事すらなかった。
母親は夫亡き家のため働き、疲労の果てに死んだ。
両親を失った彼は、街を出て魔王討伐の戦場へと向かったとの証言がある。
「その時に、俺は異世界の記憶と、何か凄い魔力を体に感じたんですよ」
当人は、大変な事をアッサリと話してくれた。
何でも周りの人達にはその辺を素直に話し、しかもアッサリと受け入れて貰ったというので驚きだ。
彼の活躍の、最初の記録に残るのは-
大陸歴1500年。
テラニエ帝国の恐喝にも近い要請で出兵したキリエリア王国軍が魔王軍と苦戦している戦場に突如現れ、強大な攻撃魔法で魔王軍を撃退し、王国軍を救った戦いだった。
ここで彼、リック・トリック少年、当時10歳は、キリエリアの英雄アックスをはじめとするチームに歓迎され、キリエリア軍を魔王の領地迄追い返し始めた。
リックは彼を迎えた英雄チームと意気投合した。そして彼らの為に尽くした。
彼曰く、リーダーの剣士アックス・ショーンは
「面倒見が良くて、強く、頼れる兄貴でした」。
聖女として防御や治癒の魔法を放ったセワーシャ・カイガーは
「チームや軍全体の母みたいな素敵な人でした」。
騎士として前衛に後衛に活躍したデシアス・ジッセイダー男爵令息は
「すごく真面目でちょっと怖かったんですが、正義と誠意の人でした」。
他の魔導士と比べて桁違いの攻撃魔法を放つ異才の魔導士、アイディー・ハットルは
「…すごい力だけど、とっても可愛い人ですよ」。
王国軍の窮地を救った彼は、何故か王国軍の食事や寝具の世話を始め、時には酒まで振舞った。
「命懸けの日々ですから、せめて美味しい物を食べて笑顔でいて欲しかったんです。
怪我した人が不衛生なところにいるのも悪化させますしね」
という、優しくもどこかお人好し過ぎる笑顔で語ってくれた。
英雄チームも
「あいつはいい奴だ!あいつがいなきゃ俺達は死んでたさ!
でもリックはなあ。戦いよりも俺達と飯食って酒飲んでる方が楽しそうだったんだよ!」
それはそうだ。いや待て、10歳のリック少年は酒を?
「戦場ではどこまで綺麗か解らない水なんかよりワインやエールの方が安心して飲めるのよ。地方の村でもそうよ?」
そうだ。今では安心して水を飲めるのが当たり前になったが、当時はそうではなかった。
「だ、だいじょぶ。あの子、体の毒とかへーきで消し去れる。スゴイよね、大好き」
さいでっか。
「まあ、あまり悪酔いするタイプではなかったので安心できた。
それより彼の醸す酒は、王国の酒を100年、いや300年は進化させた!
それに彼の振舞う食事は貴族でも味わえない極上の美味さだった!
死を覚悟した戦場で喰った肉や芋の味は、飲んだワインの味は、忘れられない」
貴族に連なる堅物のデシアス卿まで。
まあ、彼の献身もあって王国軍は無敵状態となった。
おまけと言っては何だが、彼は負傷者の手当まで行って、王国軍の戦意は最高潮だった。
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王国軍参戦以前、帝国軍は魔王軍に押されっぱなしだった。
しかしリック参戦後、彼と英雄チームを先頭に王国軍は一気に押し返し、魔王領に踏み込んだ。
しかしこの反撃の最中、彼は魔王軍に異例な措置を取った。
凶暴で敵味方なく襲う魔獣を殲滅する一方、人間の言葉を理解できる魔王軍の負傷者を治癒し、侵略してきた理由を尋ねたのだ。
「お前達が我が領を襲い!妻子を殺したのだ!」
「私達の妹分は、お前達に犯され連れ去られたのよ!返してよ!」
リック少年は複数の証言を王国軍の大将…彼は知らなかった様だが、親征軍大将、国王カンゲース5世に直接報告し、捕虜の厚遇を進言した。
その結果、魔王軍は侵略者ではなく、テラニエ帝国の侵略に反撃したものではないかとの疑義が生じて来た。
「しかし彼等も嘘を信じ込まされている可能性もあります。
事実を調べ、積み上げていきましょう」
と、リック少年は子供とは思えない冷静さを見せた。
そうとも知らないテラニエ帝国軍は、キリエリア王国軍に合流した。
「今まで我が帝国が魔王の侵略を阻んできたからお前達は勝ったフリを演じられたんだ。
これからの反撃は俺達が指揮する!」
テラニエ帝国には「勇者」という4人がいた。
真っ先に暴言を吐いたのは、魔王軍攻略に苦心した挙句、その進路をキリエリアに逸らさせた「勇者」。
この世界とは異なる別世界、異世界から召喚されたツヨイダ・カッターという傍若無人な青二才だった。
彼同様異世界から召喚された聖女、賢者、魔導士が戦いの指揮権を奪ってから王国軍の反攻は足を引っ張られ、戦線は混乱した。
そこで王国軍はあからさまに帝国の指示を無視して魔王領に迫った。
危機を感じた魔王軍は全力で反攻した。
そうとも知らない帝国軍は王国軍に負けてなるものかと突出した。
結果、矢面に立たされる形となった帝国軍は苦戦し、あろうことか勇者ツヨイダが真っ先に逃げ出した。
敗走する帝国軍をかばいつつ魔王軍の主力と対峙した王国軍、リック少年以下は、その後魔王領へと足を踏み入れた。
彼らが元の戦場に戻った時は、その手には魔王と締結した休戦協定書があった。
その書を手に、王国軍の大将であるカンゲース5世は
「我が国は決して魔王の土地を侵す事も、魔族を傷つける事もしない。
人を襲う魔獣はその限りではないがな。
我等キリエリア王国は魔王軍との戦いを終えたのだ!」
そう宣言した。
この報せは、今より遥か先に異世界の召喚者によって伝えられた「映画」「
フィルム」という技術によって周辺各国へと伝えられた。
もちろん、戦場で真っ先に逃げた自称勇者の醜態も、「帝国が魔王領を侵略した」という声明も一緒に。
こうして魔王軍との数年にわたる戦いは、何も得る事もなく終わった。
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残された戦場は悲惨だったという。
王国軍は負傷者の手当も計画的にこなし、粛々と撤退したが、魔王軍の一部と、敗走した帝国軍は悲惨だった。
そこにリック少年が残って治癒を続けた。
王国軍も敵味方問わず治癒を進めたが、帝国軍の治癒魔導士は治癒されるや否や味方を顧みることなく逃げ出した。
むしろ魔王軍の魔人たちが帝国軍の怪我人を治癒していったそうだ。
魔王軍、そして自国への報告のため王国軍が撤退する中、リック少年は残って救護活動を続けた。
「すまねえ!俺もお前を手伝いたいが」
「王国へ来なさいよ!恩は必ず返すわ!」
「お前は俺達の恩人だ。俺はお前に仕えたい!」
「いっしょに行こうよぉ~」
キリエリアの英雄達の誘いを断り、彼は放置された怪我人の治癒を続けた。
そして、帝国陣の跡で瀕死の魔導士を発見した。
彼女は魔道具師で、15歳と成人したばかりだったが人材不足のため治癒士として動員された。
無謀な攻撃の中治癒を続けていたが、勇者たちが撤退するあおりで陣地の資材に押しつぶされ、負傷したまま置き去りにされたのだ。
激しく衰弱していた瀕死の彼女、アイラ・マドールをリック少年は必死で治癒した。
アイラ嬢はその時の治癒方法を記録し、後日その記録を元に、「人体構造を意識した効率的な治癒術」をキリエリア王国魔導士会に提出し、大魔導士の称号を得た。
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当初リック少年とアイラ嬢は故郷であるテラニエ帝国に帰郷する予定だったが、道中
「勇者ツヨイダが魔王を倒したぞ!」「勇者一行が帝都に凱旋するぞ!」
という、嘘の発表を聞いて帰郷を断念した。
「そんな嘘が罷り通った中、俺達が帰ったら殺されかねません。
俺はアイラを守るって誓ったんです」
そう言う彼は、王国へ向きを変える道中でアイラ嬢と、実質的な夫婦となったそうだ。
「えへへ。
アイラは眼鏡の似合う、とっても優しくて可愛い理想の女の子です」
「もう!リックさんってば!」
御馳走様です。
10歳で如何に夫婦になったかを聞くのは流石に気が退ける。
(注記:上記一行は公表時に削除する事!)
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キリエリア王国の王都レイソンに着くまで彼らは荒廃した町や村の復興、傷痍軍人の治癒を行って来た。
その噂は王都に及び、二人が王都に着いた時は英雄アックス以下英雄チームが城門に待ち構えて歓迎したそうだ。
更にそのまま王城へ連行され、国王陛下直々にアックス達同様の「英雄」の称号を賜った。
そして王国内で貴族として迎えられる事を告げられた。
「お気持ちは感謝しますが、謹んで辞退致します」
一瞬王宮内は静まり返ったが、直後爆笑と怒号が飛んだ。
「わははは!やっぱり余の勝ちだ!」
「陛下!こんな事許されますか?」「妻に怒られる!」
国王や宰相たちは、リックが爵位を受けるか賭けていたのだ。
「まあいい、どっちにしろお前は英雄だ。この国でお前と、恋人か?」
「妻です」
10歳の少年とは思えない発言と、堂々とした態度に、今度は感嘆の声が響いた。
「そうかそうか!流石英雄!やる時はやるなあ!」
国王のやや下世話な返しに、場は笑いと温かい拍手に包まれた。
その後二人の婚約の式典が行われた。
正式な結婚はリック少年が15歳となった時に国王夫婦を証人として行われる事となった。
そしてリック少年は恩返しにと、戦場で発揮した魔力を、戦場となった地域や荒れ果てた街道の復興に発揮した。
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それは復興などという物ではなかった。
彼は鉄よりも固い鋼鉄で、二本の鉄棒を並べ、恐ろしく高速かつ大量の物資を遠隔地へ運ぶ「鉄道」を作る技術を王国の技師に伝えた。
更に水が湯気になり、鉄の器に貯められた湯気が噴き出す時恐ろしい力で引っ張られる「蒸気機関」を作る精巧な工作技術をも伝えた。
それら技術の礎となる鉄鉱石、石炭の産地を探り、王国の技術者を指導し…
これら新技術を駆使し、村の各家に飲み水を配り、屎尿を浄化するため池を作り…
復興した村は、非常に暮らしやすい家と、清潔で豊かな水に恵まれ、多くの実りを生み出す肥料を持った楽園へと変わっていった。
鉄道も、数週間かかっていた王国内の主要な町の往来をわずか数日にまで縮め、膨大な物資と利益を往来させた。
それをリック少年は「恩返しです」と言った。
そして、国王陛下が「もはや戦後ではない」と宣言した今、彼に聞いた。
「これからは、アイラと仲良くしつつ、趣味に生きたいと思います」
彼はその趣味でさえ、この世界を大きく変える事となった。
「俺が前世で大好きだった、異世界の特撮映画をここで撮りたいんです!」
その時、特撮映画とは何ぞや、そう尋ねたが、全く理解できなかった。
その第一作が公開されるまでは。
もしお楽しみ頂けたら星を増やしていただけるとヤル気が満ちます。
またご感想を頂けると鼻血出る程嬉しく思います。




