196.白亜の殿堂、炎上
キリエリアの新王カンゲース6世の不在を狙った愚かな公爵のクーデター。
それが半分失敗しつつある中、公爵の手勢が攻略できなかった王立第二放送局が、子供向け番組の放送を開始した。
「あー!スプラルジェント放送するって!」
「フォルティステラって、何?」
「ゴドランもテレビでやるんだー!」
「最初のゴドラン、初めて見るよ!どんな怪獣と戦うのかな?」
街々で子供達の笑顔が咲いた。
何故なのか、クーデターとか暴力に訴える連中は、人々を恐怖で支配しようとし、娯楽とか笑顔とかを極端に嫌う物である。
愚かな公爵は激怒して配下に命じた。
「王国民を堕落させる放送を禁止させよ!」
だが。
「畏れながら放送局は逆賊が支配しています」
目先の欲に駆られている愚物には、テラニエ・マギカテラ紛争を鎮めた大恩人も逆賊呼ばわりである。
「ええい!ならば映画会社を占拠せよ!」
放送局に手も足も出せない反乱貴族の手勢はヨーホー映画の本社、クラン撮影所へ向かった。
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その知らせを英雄チームから受けた本社、そしてクラン撮影所では、スタッフ一同が撮影機材や、撮影用の火薬や燃料を武器にして防戦体制を整えようとしていた。
そこにフィっと、リック社長が現れた。
「リっちゃん!」「監督!」「やっぱり無事だったか!」
「無事なら無事って宣言しろよもう!」
「国王陛下も無事なんだよね?!」
「それはおいおい、それよりみんな逃げてねー」
リック監督は事も無げに言い放つ。
だが。
「イヤですよ!ここは俺達の城じゃないですか」
「そうだ!俺達の城を護るのが俺達の務めじゃないか!」
「あんな逆賊なんかに負けないわよ!」
女優さんたちまで戦う覚悟を決めていた。
だが、そんな闘志満々な一同に対して、リック監督は醒めていた。
「あのさあ。ここなんてそんな命を懸けるもんじゃないよ」
この気の抜けた一言に、一同は一瞬言葉を失った。
その直後、映画陣の一同に、言い知れない憤りが沸き起こった。
「そもそもアンタが作った城じゃないですか!」
「俺達はここで映画を撮って来たんだ!それを明け渡せって酷いじゃないか!」
「アンタはここに愛着がないのかよ!!」
「監督!酷過ぎます!」
喧々諤々であった。
「まあまあ。ちょっと…え~」
ヨーホー映画を築き上げて来た一同の怒りはなかなか鎮まらなかった。
だが、リック監督は座して待った。
半分、嬉しかったと言う。
リック監督が何も言わないので、段々と映画陣の声が鎮まって来た。
そこで、リック監督はようやく立ち上がった。
そこで群衆の声が収まった。
「みんな、この場を愛してくれてありがとう。
15年前にここを作った甲斐があったよ」
「「「そうだー!!!」」」
「「「ここは映画の殿堂だー!!!」」」
「「「死んでも守るぞー!!!」」」
怒号が飛んだ。
そして再び声が鎮まるのを待って、リック監督は言葉を発した。
「でもさあ。
あの時、今みたいな、皆さんみたいな優れた映画陣はいなかった。
15年の時間で、皆さんが技術を培ってくれた。
いや、それ以前の演劇中継だって、舞台、衣装、着付け、照明。
昔からの技を持ってる人の集まりなんです!」
古参のスタッフは少し照れている。
「ここは、映画の技を磨くための場所として俺は作りましたよ。
でも、これは箱にしか過ぎない。
クラン撮影所は場所でも建物でもない!
ここにいる、技術を持っている皆さんなんですよ!!」
「「「おおー!!!」」」
歓声が上がった。
「だからさ、ここからみんながいなくなりゃ、逆賊が手にするのは、空っぽの場所なんだ。
頭の弱い奴等の事だ、腹いせに全部焼いちまうだろうよ」
「そんなの許せるか!」
「みんながケガして映画撮れなくなったらあべこべでしょ?
みんなが元気でいさえすれば、また青空の下でも映画は撮れるよね?」
「…ああ」「そうかも」「でも悔しいわ!」
そこにテンさんが来た。
「待ってくれ。
誰よりも悔しいのは、ここを作ったリッちゃんだよ。
それでも俺達を気遣ってくれてんだよ。
リッちゃんに従おう」
怪獣映画という得体の知れないものに真剣に取り組んでくれたテンさんの言葉がリック社長の胸に刺さった。
「撮影所はまた俺が作る!
今までの記録も守る!
皆がいれば、また集まれれば映画は死なない、生き続けるんだ!
だからみんな、解散して逃げてくれ!」
「どこに逃げればいいんだよ!」
「クラン周辺は焼き討ちされる。
マギカ・テラかゴルゴード信託領に逃げてくれ!
宿や住まいは手配する!
こんなところで怪我したりしないで、家族と一緒に逃げてくれ!」
リック監督の訴えに、一同はうなだれた。
「畜生、悔しいなあ」
「くやしいわよ!」
「今まで作った舞台や道具も焼かれちまうのかよ!」
すすり泣く声も聞こえた。
「だからさ、ブっ壊されてもまた作ればいいだけだよ。
俺には、ここにいるみんなが傷つく方が、よっぽど悔しいんだよ」
リックの声に、一同は悔し涙を流した。
そして、決意した。
「帰るぞ!」
「この辺の家の奴は、権利書や財産を持ち出して逃げろ!」
「チキショウ!せっかく最高の家を建てたのによお!」
皆が粛々と撮影所を後にした。
一番文句を言って最後まで撮影所に残りそうなセプタニマ組は、他国との合作の準備のため国外に向かっていて不在だったのが幸いした。
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全員が解散した翌日、逆賊貴族が白亜の殿堂、クラン撮影所になだれ込んだ。
だが、そこには誰もいなかった。
「ええい!この撮影所は不浄だ!焼けー!」
逆上した貴族の命で、キリエリア復興の中、人々の心を常に楽しませ続けて来た白亜の殿堂は炎上した。
「殿堂」と呼ぶにふさわしい白亜の正門も、特撮用の広大な0番スタジオも、それ以外のスタジオも全て焼かれた。
そしてその周辺の豪邸も焼き払われた。
リック達の家も、トリック特技プロも炎上した。
しかし、それら邸宅ももぬけの殻であった。
激高した逆賊の長は、発狂したかの様に手勢に命令した。
「次はー!外国贔屓の財務卿ー!ザナク公爵邸のー!襲撃ー!!」
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当然ザナク公爵邸も無人であった。
しかし公爵家を襲撃した事で、諸国条約はキリエリア王国の統治が崩壊したと認識し、予定の行動に出た。
「キリエリア王国の代表者は直ちに諸国条約会議に出席し、主権の正当性を証明せよ」
ラジオ、テレビでキリエリアに呼びかけた。
使節団も派遣したが、国境で足止めされた。
これら事態を鑑み、諸国条約会議は決断し、ラジオ、テレビを通じて宣言した。
「現在キリエリア国内は逆賊により統治を失った。
カンゲース6世陛下の生存を確認した場合、陛下を唯一のキリエリア国王として認める。
諸国条約はキリエリアを一旦除外し、通商から遮断する」
この宣言はラジオ、そしてテレビの王立第一第二放送局を通じて全国に放送された。
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その一方でナズガーマ第二王子は戴冠式を強行した。
無論、総本山も枢機卿も反対したため、王冠を授けたのはなんと異端扱いされたモノホーリー派の祭司であった。
今までテラニエを追放され地方に潜んでいたのだ。
「新国王戴冠!」
「王国の栄光をになるは新王オンドゥル2世陛下!」
新聞は書き立てた。
しかしテレビ、ラジオは否定した。
「総本山教主バッカウレム3世は、オンドゥル2世の戴冠を認めない声明を発表しました」
続いて教主聖下自らテレビに出演して訴えた。
「父である亡きカンゲース5世陛下の服喪期間を無視し、異端認定されたものによる戴冠は、ゼネシス教の歴史と伝統を踏みにじる冒涜である。
あまつさえ国民に理不尽な重税を課し、世界に楽しみを提供して来た映画会社を破壊焼却する暴威は、平和を希求する諸国条約に対する敵対行為である。
ゼネシス教は、ナスガーマ第二王子の速やかな降伏と、国内制度をカンゲース5世陛下ご存命時の通りに戻す事を強く望む」
実質的な、逆賊認定である。
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辺鄙ながらも快適な温泉地で、新国王陛下一家、逆賊の襲撃を受けた親族、その中にはザナク公爵夫婦も、皆一同この状況をリック邸から持ち出した電球式大型受像機で眺めていた。
リック社長は家財を、アイラ夫人が育てた花畑すらも魔法で退避させていた。
無論、ヨーホー映画、トリック特技プロの多くの機材、衣装、小道具、セット部材も。
焼き討ちに遭った家々の、持ち出し切れなかった家財、思い出深い品々も。
「まさか、アイツが黒幕だったとは…」
日々の報道に打ちひしがれる新国王陛下。
「リック殿!このままでは我が国は世界の敵となってしまうのではないか?
王都が戦場となり、無辜の民や兵が無駄に死んでいくのではないのかな?」
ザナク公爵が、自分を落ち着かせながら、それでも不安を抑えきれずリック社長に問う。
しかしリック社長はゆっくりと答えた。
「黒幕は第二王子の後ろに、広く薄くいるんです。
そいつらをある程度叩き潰さない限り、また似たような騒動が繰り返されます。
我が国だけじゃない、マギカ・テラでも、ボウ帝国でも、アモルメでも」
「それらを炙り出そうという訳か…
それにしても我が国は大きな傷を負っているのだ」
「経済的には、それも5年10年程度の中期的には、です。
他国に対する優位も、この騒動で相当下がってしまうとは思います。
それでも、生きていればいくらでも取り返せます」
「救国の英雄にしては、余りに酷い物言い!」
随行員が我慢できずに叫んだ。
「確かにこの後キリエリアはじめ各国は大きな経済の停滞を招きます。
それは前の諸国条約会議で言った通りです。
しかしヤツラを叩き出さなければ、停滞や腐敗、妨害は長引き、それこそ国内不安を利用して戦争を言い出す輩が増えるでしょう。
今、そういう輩を叩き出して、みんなで何をしなければいけないか。
それを考えて耐える。
それを学ぶ時に入って来てるんですよ」
リック社長の、遠くを見る目での発言。
一同は、この騒動が収まった後の世の中も、決して今までの様な楽なものではない。
そう覚悟した。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。




