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19.「聖典」製作発表!

 クラン撮影所の周囲には広大な空き地があった。なにせ元は人もいない、狐狸の棲み処だった荒野だ。


 そこに急遽古代神殿が建てられた。ハリボテではあるが。

 その巨大さには息を飲む。

 神殿の周囲にも、古代遺跡を参考に再現された古代都市が築かれた。


「こりゃあ俺の知ったこっちゃないぞ?」

「そういう訳にも行かないでしょう?あなたが監督なんですから」

 巨大な古代宮殿を前に、リック監督とアイラ嬢は当惑した。


 当初、バベル王の宮殿はミニチュア撮影だけの予定だった。

 ところが神殿が支援する事が知られて、各界から出資が相次ぎ、ちょっとした盛り上がりを見せたのだ。

 ヨーホー社は宣伝も兼ねて、制作発表やキャスティング発表をこの巨大な屋外のセット=オープンセットで行う事としたのだ。


「こうなりゃ思いっきりブッ壊してやる!

 その上に洪水を合成すりゃ二本のフィルムを合成するだけで行ける!」


 早速前向きに考えるリック監督であった。


 陽が傾く中、この古代宮殿に馬車が、新聞記者が集まった。

 神殿の祭司たちも集まった。


 神殿には「映画『聖典』製作発表」との横断幕が張られていた。


「よう!リっちゃん久しぶり!アイちゃんも相変わらず可愛いなあ!」

「マイちゃん!」

 親し気にやって来たのは、暴れ馬俳優のマイト。

 今回は、後半の主人公、大預言者ブラムの役だ。


「はは、またご一緒できましたな」

 スクリウス・ペルソナ男爵、スクさん。

 今回は出演ではなく、聖典の声、創世の神の声を演じる。

 最初は神殿に協力を仰いだのだが「畏れ多い」と断られたのだ。


「私もご一緒ですな」

 とやって来たのは、「キリエリア沖海戦」で悲劇の敵将を演じきった名優、ゲオエテ・アニマ、ゲオちゃん。

 今回は苦悩の中で洪水に沈むバベル王役だ。

「どうやら私が絡むと国が亡ぶ様ですなあ、はっはっは」

 そう言いつつも敵役を厭わず演じる、ペルソナ男爵とは違うタイプの名優である。


 陽が落ちて、巨大なセットは強い光魔法で照らし出された。


 次いでやって来たのは、大預言者とバベル王の仲裁に奔走する協力者を演じる、ユーベンス・センベリ。

「初めてお目にかかります。

 特撮と言うものは初めてなので、よろしくお願いします」

 そう挨拶しつつ、今までの演劇ではあり得なかった巨大なセットを前に目が泳いでいた。

 理性的な役でかつ人々を魅了する役柄で、ヨーホー社イチオシの青年配役だった。


 更にはパイロットフィルムでお世話になったエクリス師も音楽担当として参加した。

「リック監督、貴方は本当に不思議な人だなあ!

 私の運命がすっかり変わってしまったよ!はっはっは!」

 そう言いつつ、彼は晴れがましかった。


 聖典の映画化とあって、続々と名優が集まった。

 そして、英雄と聖女のカップルも、久々に正装で現れた。


 何故か拍手に包まれて。

 始めの男、初めの女役は何しろ全裸なので誰が引き受けるか、注目の的だった。

 英雄チームがリック少年と映画を撮っている事は知られていたが、まさかツートップ、美男美女の共演とあって世間は大いに沸いた。


 そして「キリエリア沖海戦」に次ぐ超大作を期待して新聞記者たちが押し寄せた。

 前作で他国での興行で関係した商会、更にその伝手で他国の神殿関係者達まで発表会に参加した。


「この度ヨーホー王立公社は、大陸各国の平和を祈念して!

 聖典の創世の書を題材に映画『聖典』を製作する事を発表致します!」

 楽団がエクリス師作曲の「創世の書」のファンファーレを奏でた。


 そのまま発表会場では20分のパイロットフィルムを5分に短縮した物を宮殿のセットに張ったスクリーンに向けて上映し、楽団が序曲として作曲されたダイナミックな音楽を奏でた。


 その映像は、「キリエリア沖海戦」の様な史実の戦いを再現した迫力とは全く別の、まさに人間が見た事のない世界の映像を流した。


「何人たりとも成し得なかった特殊撮影による映像が描き出すこの世の始まり!

 世界にその名をとどろかせたヨーホー特殊技術陣による一大スペクタクル『聖典』!

 世紀の超大作『聖典』!『聖典』にご期待下さい!」


 大仰なナレーションながら、その圧倒的な映像には誰もが驚愕した。


「全く…リっちゃんって奴はホントドえらい奴だなあ…」

「声で映像に負ける訳にはいかないねえ」

「私がこの厄災を招く王となるのか…」


 既にパイロットフィルムを見ている筈の俳優陣は、改めて呟いた。


 わずか5分の映像ながら、楽団を指揮して音楽を演奏したエクリス師は汗まみれだった。


 そして、拍手と歓声が沸き起こった。

 星が輝き始めたクランの荒野に、拍手と歓声が響き渡った。


******


 続くパーティーでは、破壊された巨大宮殿のミニチュア、修理され塔が聳えたそれや、撮影に使った巨大水槽。

 更にピクトリアルスケッチなどが展示された。


 既に関係者、出演者や主要な撮影技師達、更には神殿関係者には20分版のパイロットフィルム「創世の書」が公開され、その評判はうなぎ上りだった。

 その素晴らしさをミゼレ祭司があっちの方で熱弁してる。


「あのフィルムだけでも成功は約束されたようなものね!」

 と親し気にセシリア社長がリック監督を労った。


「いやいや社長!本編あっての映画です。

 幸い神殿から古代生物やバベル王の大胆な解釈と助言を頂けたので、映画の成功はそれ次第です。

 見た人達の心に深い戒めと、正しく生きようと思う気持ちが生まれるような本編を撮らなければ…」


「あなたなら大丈夫よ!」

 社長はリック監督の手を握った。

「社長、お願いがあります!」

「何かしら、言ってごらんなさい」


 リック監督は強く気持ちを込めて答えた。

「映画を撮れる監督を、普通の演劇を、人間の心を描ける監督やスタッフを、もっともっと育てて欲しいのです!」


 社長に抱きしめられんばかりに手繰り寄せられたリック監督を、アイラ嬢がグイッとその胸に抱き寄せて満面の笑顔で言った。

「リックさんは本編の撮影を他の方に任せて、特撮に専念したいのですよ」


「そ、そうね…」

 少々調子に乗ったかと、アイラ嬢の静かな炎にあてられた社長は自重した。


「それに特撮大作は年に1本、スタッフが育てば2本。

 それだけでは映画という娯楽は発展しません。


 特撮みたいな仕掛けがなくても、演劇の様に自由に人の心を描く映画が出来れば、映画は文化として発展します!


 前作同様この作品に撮影技師達を見学させ、その後でそれぞれ自分の映画を撮りたい者がいればやらせてみて下さい」


「わかりました。是非そうしましょう!」


 こうして、ヨーホーは気鋭の監督たちを育てる事となった。


******


 創世の書、冒頭の部分はほぼパイロットフィルムのままとなった。

 元々撮影されてはいたが、パイロットフィルムのテンポにあわせてカットされていた前後の場面を戻した程度だ。


 始めの男女が神に多くを要求し、ついにはこの地上を統べる地位を求め、神は彼らを守るのを止める。悪天候や寒さが二人を襲う。


 人間は楽園を失い、二人の間に生まれた子供達は争い始めの殺しを行い…

「旧約聖書に凄く似てるよなあ」と、リック監督は異世界の宗教と比較したという。


 次第に傲慢になる始めの男女を、全裸に近い姿でアックスとセワーシャが見事に演じた。

 戦場で見えを切ったり魔術を放つ際の詠唱みたいなもので心得があったのだろうか。

 帝国の勇者チームの大根ぶりとは大違いである。


******


 神の庇護を失ってなお繁栄を重ね、ついに大王国を築き上げ、傲慢な王バベルの時代となった。


 この辺りは神殿と王立学院が協力し、リック監督が提唱した学説を採用し、当時の社会情勢が書き込まれた。


 その社会の混乱の中で苦悩するも結論を出せないバベル王に、信仰なき世の崩壊を訴え弾圧されるエネルギッシュな大預言者。

 その両者を取り成し、多くの民を避難させようと奔走する忠臣。

 三者のドラマが後半を盛り上げる。


 様々な動物たちが民衆と共に高地に逃れる場面は、郊外の草原で撮影した動物たちのフィルムが大いに役立った。

 この世界の古代帝国が遠く離れた地で狩った猛獣は、これもリックがヌイグルミで再現した。

「ライオン、豹、白クマ、ペンギン…こりゃ大変だ」

「任せろ!どんな役だってやってやらあ!

 それが本当の英雄ってもんだ!」


 古代生物に続いて、もうすっかりヌイグルミ俳優となったアックスであった。


 王都近くで調達できる動物は大預言者との絡みまで撮影された。動物使いの魔導士が動員されたのだ。


 そして、後半の見せ場である大洪水。


******


 長編化の追加予算、神殿からの寄進もあるから、いっそ取り直し…そんな欲目もあったが、リックは先ずは完成させる事を優先させた。


 幸い撮影所は前作ですっかり有名になり、王都に向かう人々が外から何か見えないかと人だかりを成す程になっていたので、

「大洪水から逃げる群衆役募集!」

 と呼びかけた。


 仕出し屋(弁当屋ではなく、人足を集める業者)に映画に出演できる行事を持ち掛け、撮影所に入ってみたいと思う人々を安価で動員し…後にエキストラと呼ばれる動員法で群衆の場面が撮影された。


 三つの映像を同時に合成できるオプチカルプリンターには着手できなかったが、その代りに宣伝用に築かれた実物大セットを崩し、その間を古代の衣装を着たエキストラが逃げるように走る。


 その画面は数台のカメラから撮影され、黒い幕の上に降り注ぐ莫大な水と合成され、堕落した都の最期を恐怖と迫力をもって再現した。


 中には実物大セットから人々が逃げ出し、そのセットの柱の中から水があふれ出しそのセットを突き崩すといった凝りに凝ったシーンまで合成で再現された。


 最初リック監督が懸念した洪水シーンは、宣伝用の実物大セットという思わぬ助っ人のお陰で思わぬ収穫を得て完成した。

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