178.王立第二放送局、開局
トリック特技プロの主戦力であるデシアス監督と大番頭であるミーヒャー夫人の長子懐妊は、会社にとって慶事であり、同時に大変な事態に…
「そんな事で大変なんて言ってたら、会社なんて潰れて当たり前だ!
誰がいついなくなってもいい様に動かす、それが組織ってもんだよ!」
リック社長の激励の下、経理はアイラ夫人が、時間短縮となったデシアス監督の穴埋めはリック社長が行った。
だが心配とは逆に撮影スケジュールは無茶苦茶縮まった。
「スクラップ戦艦、これ使って、宣伝部の模型の残骸。
この宇宙船、検討用の宇宙基地の模型使って。
都市破壊がある怪獣対スプラセプトの戦い、3話分撮るよー!」
2週間分のスケジュールが1週間半で終わった。
「ほんじゃ、みんなちゃんと休んでね。今まで休みとれなかった人、アイラに言って。シフト組み直すからね」
「「「ほんわぁ~」」」
「あなたも休んで!リックさん!」
「うひい!」
「「「わははは!」」」
笑顔の絶えない職場であった。
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一事は万事。
無理に無理を重ねて過重労働に陥りそうな心当たりがもう一件。
デシアス一家の件もあってリック監督は、ショーウェイの下でテレビアニメ映画を製作するウッコスタジオにふらっと訪れた。
長時間労働の有無を確認しに来たが、案の定長時間残業、夜間就労が常態化していた。
「ショーウェイを訴えるよー」
「ヤメデグダザイー!お願いじますー!」
「じゃあ人数増やして鍛えて、奴隷労働しないでね」
「それじゃあ赤字です」
「やっぱりショーウェイ訴えるね」
「ヤメデー!!」
ウッコ社長の泣き入れで訴えはしなかったが、トレート部長経由でショーウェイに相談したところ。
予算不足のため追加人員が確保できなかったとの事。
「おかしいですね。追加人員分も予算を確保した筈ですが…」
なんと製作担当が中抜きしてた事が発覚した。
トレート部長は会社に相談なしに騎士団に通知、ショーウェイ本社に騎士団が突入。
担当は捕縛され投獄され全財産没収。
社長も捕縛はされなかったが事情聴取を受けた。
役員会でトレート氏は激しく叱責された。
しかし動じることなく言い返した。
「皆さんも中抜き犯罪に加担していたんですか。自首をお勧めします」
「「「そんな訳ないだろ!!!」」」
「では何を怯える必要があるんですか?」
「「「世間体があるだろ!!!」」」
「世間体を気にするのであれば、一番恐ろしいのはウソを吐く事ですよ」
トレート氏の全く動じない姿に、一同は恐れをも感じた。
「こういう時はですね。責任を認め、詫びるべきところに詫びるべきです。
動じずに、正しいと思ったことを行うだけ。
それだけで、その後の評価が全く違う。
僕はそう思いますし、そうします」
「いや、会見を開き、事実を私が伝えます」
この醜聞は一役員の不正だけの問題ではなく、会社としての従業員、外注先への保護意識が足りなかったため起きた。
社長はそう説明し、ウッコスタジオ一同に、そしてショーウェイ映画の観客に頭を下げた。
その映像はテレビに、劇場映画に、そしてラジオによって伝えられた。
ある意味、この程度の横領、この世界では当たり前の事であった。
しかし、社長自ら全世界に対し頭を下げて、本件は許されない事だと謝罪した。
これは業界の規範になる。
こんな下請け搾取は許されない。
発注した大手商社にも、下請けを守る義務がある。
既に明文化された法であるが、ヤクザな商売である映画、興業の世界では浸透していない。
それをショーウェイは劇的な方法で世間に訴えたのだ。
リック社長は社長に直接感謝を述べた。
「なんであなたが?」
「元はウチの部下だったので」
「そうでしたね。もう彼らを疎かにはしませんよ」
横領した金は強制的に回収され、ウッコスタジオの残業代支払いと新規作画要員募集の資金に回された。
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「ウッコさん、経営やめて。社員が死ぬから」
リック社長はウッコ技師に、経営者としての死刑宣告を下した。
「ここは俺のスタジオで…」
「守れてないじゃん。
ダメだよ、あなたは経営しちゃ駄目だ。
みんな過労で死んじゃうか頭がおかしくなって自殺しちゃうか、会社が破産して一人ひとりが買い叩かれる。
俺はそんな奴隷商売の片棒を担ぐために助言して来たんじゃないんだよ。
トレートさんに相談して、会社を譲り渡してよ」
「そんな、ひどいよ!」
「ひどいのは社員を守ろうともしなかったアンタだよ!」
この一言で、ウッコ技師は身売りを決意した。
二人そろってトレート部長に相談した。
トレート部長は即刻社長に打診。
ショーウェイ社長は一も二も無く身請けと、従業員保護を受け入れた。
「でもねえ、ウチはいざとなったら結構無茶言いますよ?」
「大丈夫ですよ。内部通報制度をこれから叩き込みますから」
「ははは!まあ、お手柔らかに」
社長同士の会話を聞きながら、トレート部長は元ウッコスタジオの社員を大事にしようと心に誓った。
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テレビ放送の誕生から数年。
週末の夜はスプラシリーズとヨーホーの「都会の季節」。
その前日には「週末にあいましょう」。
その前後に、騎士団による剣技、騎馬、弓技の放送。
今まで目にする事が無かった国防の精鋭の技に、週末を過ごす人々は改めて驚き、応援し、酔いしれるのだった。
平日の夕方には「月光の使者」やアニメ「リバイブ・アルテリー」をはじめとして「未来の騎士」「宇宙少年飛行隊」などが好評を博している。
午前中の放送も、子供に世の中の習わし、行うべき事、やってはいけない事を教える人形劇等が放送され学校でも視聴されている。
実は教育番組にもリック社長はアイデアを出し、初期投資を惜しまず、現場を励ましていたりする。
放送開始当時からリック社長が放送局に提案していた、午前中の音楽番組もまた好調であった。
これはラジオにも放送されている。
午前中に家庭にいる母親と、その子供が音楽を聴く。
歌を聴く。
音階を覚え、言葉を覚える。
従来子供の教育と言えば、神殿の礼拝程度だった。
だが礼拝で覚える言葉は古代語であり、子供には呪文の様なものだ。
放送では今の言葉の歌を伝え、教える
子供の歌の時間も設ける。
市販されている絵文字カードと見比べて、字や発音を覚えられる仕掛けだ。
幼い年で言葉を覚え、話そうとしている我が子の姿に、親達は驚いた。
この世界はキリエリアを中心に、急速に高度な産業社会に生まれ変わっている。
読み書き計算だけでなく、基礎科学や社会制度についての知識がないと大商会や鉄道公社、運送商会も廻らなくなりつつある。
教育を受け、知識を吸収し続ける子供達は、未来の世の中の担い手になるのだ。
話をテレビ放送に戻すと、テレビ放送は報道、教育、そして娯楽と数多くの役割を果たし、時代の寵児となった。
これに反比例し、映画劇場の入場客数は減って行った。
特に休日、休前日の夜は減った。
皮肉だったのは、この時間はヨーホー映画テレビ部製作、またはトリック特技プロの様に同社が協力している「ヨーホータイム」でもあった。
「むしろ不幸中の幸いだったと思いますわ」
というのは後のセシリア元社長。
「この視聴率が高くなる時間帯に自社作品や協力作品を担当して、社員の活躍の場を確保できたのです。
これは後の映画不況から生き残る二つの道の一つを手に入れたのと同じです」
後にヨーホー映画はテレビ映画製作に意欲を見せ、観客が減ったベテラン監督の活躍の場をテレビへとシフトさせた。
製作費の激減に多くの監督は閉口したが、スタッフを喰わせるためにと、映画では出来なかった小ネタをドンドン実現させ、新たな境地を切り開いていった。
そして、王立放送局は記録映画、劇場中継などの低視聴率番組をテレビ映画や教育番組等に切り替え、ついに放送時間枠が一杯となった。
思えばリック社長が「スプラQ」の企画を持ち掛け、同時に「週末にあいましょう」の企画を助言して数年で放送業界は一気に過熱した。
これに製薬商会、製菓商会に食品商会、化粧品商会や自動車公社までもが宣伝費を出し、確実に顧客数を増やし増収して行った。
その宣伝映像もまたヨーホー映画テレビ部が食い付いた。
「週末にあいましょう」「都会の季節」で放送する出資者宣伝の短編映画が好評で、他の会社からの宣伝映画をも撮影した。
宣伝映画など映画にあらず、と軽視していた監督もいた。
しかし若手を中心に映画会社ならではの充実したスタジオやセット、撮影技術が提供された。
時に特撮を必要とするものもあり特技部が動員される事もあった。
「こんな時代が来ることをリックさんは解っていたんでしょうね。
だから自分の手で率先して、自分のやりやすい様に、業界が不健全に陥らない様に仕向けて行った。
本当に凄い子です」
テレビ放送が過熱する中、ついに王立第二放送局の設立が具体化した。
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この一大事の中、スプラシリーズも、多くの娯楽番組も第二放送局へと移動した。
第一放送局は報道、王国の発表、気象動向、教育番組、教養番組、そして古典芸術等が残され、完全に王国の資産で運用される事となり、各商会からの広告は第二放送へと移された。
今まで報道や教育が占めていた時間が空き、苛烈なテレビ番組売り込み合戦が繰り広げられた。
ヨーホーで売れなくなった連続もの喜劇映画がテレビへの引っ越しを決意し、テレビ部を通して売り込みに参加した。
やはり実績が買われ、見事休日夕方の枠を確保、後に人気番組となった。
ヨーホーに続いてショーウェイも時代活劇を売り込み、映画にテレビに、両者の競争は繰り広げられる事になった。
後にトレート氏も「スプラ・カピタリウス」での実績を生かし、特撮テレビ映画を子供達へ届ける事になる。
ウッコ社長からショーウェイへ経営が移ったアニメスタジオも、教育制度を整え人数を増やし、劇場映画へ、テレビ映画へと活躍の場を広げていった。
ウッコ元社長、現アニメ課長は厳しい条件の中、どう絵を作っていくかに専念する。
全く異なる百人以上のアニメ技師の手で描かれた場面場面を、どう統一し、一本の映画として緩急をつけるか。
彼は実写映画の監督陣の助言を得つつ奮闘した。
気付けば、自分で絵をかく事こそ少なくなったが、そこには確かに自分が思い描いた、動く絵による物語が出来上がる事に気付いた。
彼にとっても、映画界にとっても、ウッコ技師が経営や自分の作業から制作統括や監督業に専念できる様になった事は、大きな進歩であった。
第二放送開局後最初の週末、リック社長やセシリア社長、ショーウェイのお歴々も招かれての祝賀会で、一同は放送中の番組を大型三色電球式テレビで鑑賞した。
その場で発表された、以前と変わらぬ高視聴率を伝える速報に喝采を送った。
スプラシリーズの製作を担当したカコイー氏は第二放送局長に昇格し、泣きながらリック社長に礼を述べたのであった。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。




