17.私は世の始まりを見た!
前作「敵軍港撃砕」の時は長編映画化が決定していた訳ではない。
だが今回は長編映画のダイジェストという意味もあり、予め全編の脚本を策定し、その部分を抜粋して特撮部分を主に撮影した。
そのためパイロットフィルムながら20分と長い物なった。
友であるアックスとセワーシャの、文字通り体を張った演技はキャスティング次第で新撮する予定だ。
リック監督は、特にセワーシャの場面だけは世間に晒したくないと願った。
前回同様ヨーホー試写室ではセシリア社長以下全役員、そしてゼネシス教キリエリア管区の高位神官たちが集合し、その出来に期待した。
リック監督は事前にヨーホー社内限定の試写を申し出たが
「私はあなたを信じるわ!偉そうな神殿をギャフンと言わせてやってね!」
そう抱きしめられては何も言えなかった。
抱きしめられたリック監督は、即座にアイラ嬢と魔導士アイディーに引っ張り戻された。
そしてやって来た神殿関係者は、前に聖女セワーシャに脅されたのが怖ろしかったのか遠慮しがちに入って来た。
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ヨーホー社の光芒マークと共にオルガンが激しく、創造神の栄光を讃えるミサ曲を奏でる。エクリス師の演奏である。
そして、神殿の創世の書を描いた絵が写され、スタッフ、キャストがクレジットされる。
賛歌の一節が終わり、暗黒。
無調の低音のオルガンが響く。
「初めに神は、この世に光を造られた」
聖典の一節が読み上げられる。
読み上げるのは、制作発表の時ケチをつけ、セワーシャにすごまれた祭司が(あてつけの様に)起用され、録音した(させられた)。
暗黒の中から現れるわずかな光。それは闇の塊を押し分け、幾筋もの光芒を放つ。
闇は徐々に押しのけられ、光は幾重にも円形の輝きを描き迫って来た!
「次に神は、この世を天と地に分けられた」
次の一節と共に、波打つ水の中から何かが浮かび上がり、それは激しい雲を生み出しながら陸地をかたどっていった!
「神は海には魚を」
今の魚とは異なる、ヒレの大きな魚が泳ぐ。それも生き生きと、水面の輝きを浴びて。
次第にオルガンの音は栄光の賛歌の旋律に近づく。
「陸には緑と獣をお造りになった」
低速撮影で芽吹く緑、ミニチュアと操演で育つ木々。
草原を映すカメラの前に立てたガラスに描かれた、花咲く草花。
グラスワークの応用で手書きの作画を1秒24コマで撮影したものだ。
海から古代魚がエラを使って這い上がる。
それらはオーバーラップで原始両生類に変わる。
巨大な背びれを持つ原始両生類は、ヌイグルミとは思えないアックスの名演で地を這い、原始の世界を再現した。
更に、巨大な太古の竜の闊歩。これもアックスの名演で、軽々と巨体を走らせる。
「しかし時に神はお造りなった生き物を良しとされなかった」
そこから鎮魂の大演奏に変わり、天から大隕石が炎の尾を引き、大地に激突した!
その衝撃は巨竜をなぎ倒し木々を焼き尽くす!
そして巨大なキノコ雲が立ち上がり、大地を覆わんばかりであった。
「「「うおおおお!!!」」」
今迄一言も漏らさず見ていた観衆が、その衝撃に初めて声を上げた。
更に、巨大なキノコ雲の間に雷が発生、これは手書きで再現した雷を合成したものだ。
「神はこの世を統べる者を、御身に似せて土の中からお造りになった」
そしてついに最初の人間の誕生。
風が土(撮影素材は麦わら)を吹き飛ばし、徐々に人の形になり、遂に人が現れた!
そして同様に女の創造。
アックス同様に、美しいセワーシャがその姿を現した。
「「「ほおお…」」」
ここでも何人かが思わず声を出した。
この時、「顔から火が出る程恥ずかしかった!」とセワーシャは顔を覆った。
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その後は象徴的な聖典の場面が映し出された。
政策が決定し、本職の俳優が演じるので、この部分は大幅に省略されて撮影された。
終盤のクライマックス、傲慢なる王の宮殿が打ち砕かれ、大洪水が堕落した民を滅ぼす場面。
リック監督は、この場面、特に水の操作に力を入れたという。
「模型は大きさを操れるが、水、火、煙は操れない。
カメラのスピード、障害物による水流の調整、風を使った操作などで調整するしかない。
それを操って、迫力ある画面を演出してこその特殊撮影だ」
そう語ったその第一歩が「キリエリア沖海戦」の、風魔法を使った激しい水柱であり、その第二歩がこの「創世の書」であった。
大洪水が傲慢な王の神殿を飲み込み、逃げ惑う人々も飲み込む。
最後に、善良な人々を導き厄災を逃れた大預言者、これはデシアスが無言で演じ、仕出しの人々が彼に縋る。
最後のカットは、預言者と水没する大地を上空から…
特撮スタジオの屋上からデシアスの周囲をグラスワークで黒くマスクしたフィルムと。
プールを渦巻かせ液体窒素の煙を棚引かせ、特殊美術倉庫に描いた、雲から差し込む光の絵を合成した画面だった。
「神は約束された。
もう二度と人を滅ぼす事は無い。
産めよ、増やせよ、地に満ちよ、と」
ミサ曲の賛歌が最高潮となったところで、エンドマーク。
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暫く沈黙が続いた。
神殿関係者は、ナレーションを担当した祭司始め、合掌して感涙していた。
興奮と感動を抱えたセシリア社長以下ヨーホー社役員一同は、この祭司たちを放って置いて喝采するわけにもいかず、固まっていた。
そこに澄み渡った声が響いた。
「天には神にみ栄え!」
セワーシャが涙を流しつつ祈った。
「「「地には平和あれ!!!」」」
神殿関係者が一斉に答えた!
そして、拍手と喝采が試写室を包んだ!!
こうして13歳になった少年監督リックの第二作、「創世の書」は神殿の多大なる支援の元製作が決定した。
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決定したのだが。
リック監督が懸念した通り、やっぱり神殿から注文が出された。
しかしその注文は明後日の方向を向いていた。
「最初の男女は、英雄アックス、聖女セワーシャ。
堕落した世を救った預言者ブラムも剣聖デシアスのままで」
「「「え~???!!!」」」
「神が良しとされなかったドラゴンの内、巨大なドラゴンは何だかカッコ良過ぎる。
もうちょっと禍々しくできないか」
「こうして映画にして見ると、傲慢とは言え膨大な民が洪水に飲まれたのはあまりに悲惨すぎる。
何があったのか、なぜ王都民は救われなかったのかを書き込んで欲しい」
「最初のは…あ。セワーシャが頷いてるのでOKです。
でもデシアスは無理です、カメラマンがいないと映画が成り立ちません」
これは神殿も飲んだ。
「次の禍々しいドラゴンを再現するには、予算を1千万デナリ頂ければ」
これは却下された。王立学院も、化石を忠実に再現した映像を良しとしたので、このままで良しとされた。
内心もっと古代龍を出そうと思ってたリック監督は王立学院の高い評価に「余計な事を!」と思ったそうだ。
実に彼らしい。
「そして最後の要望ですが、それは俺や映画会社の仕事じゃありません。考古学的に起きたと確認できる事を書くのが俺の仕事です。
その事実を人々に解説するのは、神殿の仕事です。
完成作品は参考脚本の通り、大預言者が王都に信仰を説き、従う民を丘の上に率いる場面を予定しています。しかし…」
これだけの映像を作り上げた以上、子供とは言え神殿一同、更に王立学院一同もリック監督の言葉を待った。
「僭越ながら、古代の石碑や遺跡から断片的に判明している事実を組み合わせると、こう思えてなりません。
何故人々が堕落したのか。
恐らく、悪魔と言われたのは、農業の進化によって繁栄し、異なる地方から集まった異文化民族。
堕落と言われたのは、原始創世教の禁忌を無視して蓄財し、王統を乗っ取ろうとした要人たちがいたのではないか。
堕落した民とは、その繁栄を独占し、民への配分を怠った支配階級。
当時の王家、軍、神殿ではなかったのでしょうか?
さらに、そのお零れに預かった者達の退廃的な風俗。
あくまで神話と思われていたバベル王の遺跡には、掘り出される年代が新しい程退廃的な、良く言えば自由奔放な、性的な彫像や壁画が見つかっています」
この、現在の王家、軍、神殿批判とも捉えられる侮辱を、ためらうことなくリック監督は宣言した。
「幸い!」
聴衆が反駁する前に監督は叫んだ。
「今の王家は民の復興に全身全霊をふるい、軍も命綱である鉄道建設に貢献しました。
そして今!」
リック監督は神殿の面々の目を直接見て、そして微笑んだ。
「神殿は、創世の神の教えを!魔王軍討伐戦に傷付いた世の人の心を慰めようとして、今!
私に力をお与え下さいました!」
この言葉に、ヨーホー社役員は拍手を捧げた。
このまま彼の言葉の尻馬に乗って神殿を煙に巻こうという算段である。
しかし神殿側の思惑は、正反対であった。
一部の過激な神官達の思惑は酷い物であった。
映画会社を徹底的に批判し、異端の嫌疑をかけて、逆らえば王妹セシリアも少年監督リックも火炙りにし、映画会社を神殿の配下に収めようと企んでいた。
しかし、リックはそんな事はお見通しだった。
彼の前世の故郷では、宗教とは凶悪な殺戮団体だった。
千年の時代を遡れば、狂った宗教が殺戮した命は何百万にも上るだろう。
彼の故郷も国家宗教を利用した軍部が推し進めた戦争で、国が焼け野原になったのだ。
何よりも。
この世界で彼に信仰を強いたモノホーリ派は、彼の両親の死に何もしなかった。
齢10歳にして、リック少年が悟った事は
「神はいる。しかし、神は地上の自分達には何もしない。
俺達は神の前で、どう生きるか。それが『祈り』だ」
という哲学だった。
だが。
「素晴らしい!これは素晴らしい!」
神殿の最高権威、パクス枢機卿が立って叫んだ。
「私はこれほどまでに神のみ言葉を感じたことは無い!
我が説法すら、この映画の前には膝を屈する。
リック・トリック監督が神殿の真意に誠実に応えてくれた事に感謝するとともに!
この作品がどうか世界の人々に神の御心を延べ伝える事を!
私は神に祈ります!
ここに居る民、私は!
この世の始まりを見た!」
枢機卿の宣言即ち、神殿の権威のお墨付きを得て、パイロットフィルム「創世の書」は絶賛を持って迎えられ、1時間半の長編映画は製作決定となった。
そして、その題名を。
「聖典」
という、実に畏れ多い題名を冠する事を許された。
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「神殿は、映画業界への過剰な干渉を諦めたのでしょうね」
リック少年。少年とは思えない達観で当時を分析した。
「おれ…私と敵対しても得にならない。
出来ればこのまま宗教説話を映画化し続けたい。
幸い、あのパイロットフィルムは妥協すべき範囲に収まっていたのです。
もちろん、そうなる様に事前に色々神殿に取材しましたけどね」
後年、監督曰く我を通したと言ったのは、あの恐竜の場面だけだったそうだ。
最初の女の誕生の場面は、試写を見た一同がやっぱり
「「「聖女セワーシャを!!!」」」
と賛美し、
「こんちくしょー!」
と聖女らしからぬ絶叫を上げたそうだ。
リック監督は5百万デナリの特別報酬をセワーシャに渡そうとしたら
「そんなんいいからいい酒飲ませなさいよー!」
と蹴飛ばされたそうだ。ヒデェ。
本当に聖女なのか?
ある意味聖女だ。
そして神殿からアックスとセワーシャへと捧げられた献金は、二人の熱望もあって王国内の孤児院の改善基金へと活用された。
その金額、8百万デナリ。
餓死、病死寸前だった子供達の命が何千と救われる事になった。
やっぱりセワーシャは聖女だった。




