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168.幻の怪獣ベヒモド

 フォエドゥス祭典は無事終わり、世界から集まった英雄達が友誼を結び、競技場内の、そして電波を通した向こう側にいる多くの観客に手を振って、母国へと帰って行った。

 3週末5日間の視聴率、テレビ稼働率は80%。

 週末は閉鎖される役場等のテレビも稼働して普段テレビを見ない人々も見た事がわかる。


 その翌週、子供達を中心に新たな興奮、「スプラルジェント」の放送第一回目「第一スプラ怪獣作戦」が放送された。

 視聴率は流石に落ちたが、それでも「スプラQ」を越える70%を記録した。


 カラーテレビの発売開始に伴うテレビ台数の増加を考えれば、純粋に視聴者が増えた事を意味し、それは出資会社のトリアン社に増収を約束する事を意味する。


 放送局は早速トリック特技プロに全52話の製作と、次回作の企画を打診。

 トリック特技プロは予定の39話が限界であり、次回作は最終回の半年後放送開始を回答した。

 もちろんこれは以前から何度も両者でやり合っていた事であり、放送開始直後の熱気を受けても予定を変えない、リック社長の固い意志を再確認する事となった。


******


 若手達が次回作の企画を書いて集めて検討している一方。


 リック社長は久々に新企画「海陸空戦艦」のパイロット版の準備していたが…


 そこに突如新作の依頼が舞い込んで来た。

 またまたテレビ部のマッツォJr役員からであった。


「チョウ兄弟商店から、2ケ月後の新年祭用に…」

「お断りします。ウチの会社潰したいんですか?」


 話も途中にリック社長はブッた切った。


「大手取引先なんですよ?」

「取引先は選ぶべきです。これ、我が社の製作体制を潰しにかかった、ヨーホー映画からの敵対行為と見做せますよ?」


 かつてチョウ兄弟商会色々な目に遭わされたリック社長はひるまない。


「何ともなりませんかねえ?」

「ヨーホー特技部は?ショーキさんを監督に据えて、この規模なら…

 いや、それでも3ケ月はかかりますよ?去年は皆さんにも随分無理させましたし」


「それでは商機を失います!」

「そんなクソみたいな条件、商機とは言わないよ!

 テメェの才能と体力の切り売りだ!

 大抵ロクな事にならない、結局安売り短納期合戦で予算も質も落ちるばかりだって!

 アンタも俺より上に立ってんなら部下を守れよ!」

 いい加減短納期にウンザリしていたリック社長はキレた。


「あ、が…」

 だが、愕然としたマッツォJr氏を見て、ちょっと反省して言った。


「え~。

 人が作るものには時間が要ります。

 映画は話し合いによってどんなものを作るのか、どう作るのか、誰に見せるのか。

 作ってる間にも変わるものなんです。

 せめてある程度形を決めて、現場に見積もらせて、それで納期を決めましょう。

 ボウ帝国でも新年祭の数か月後には春の祭りもあるでしょう?」


 この言葉を受けて再起動したマッツォJr役員は、チョウ兄弟商会と再交渉した。


 新年祭にどうしても、との依頼でヨーホーの特撮映画と「スプラQ」「スプラルジェント」撮影中の怪獣たちの映像を集め、名場面集を放送するアイデアをリック社長に提出した。

「何それ俺が観たい!てか俺が編集するよ!」

「リ、ッ、ク、さ、ん?」

 聡明なるアイラ夫人の威嚇によってリック社長編集の話は流れた。


 その企画諸共、リック社長はヨーホー特技部へ持って行った。

「30分のテレビ作品、正味25分、それを2話。ボウ帝国というより周辺諸国の秘境から出現した怪獣を撃退する、半分神秘的な話です。


 納期3ケ月、予算は2千万デナリ。白黒。

 映画の規模じゃありませんが、イケます?」


「おー。そんだけ時間がありゃ出来ますよ!」

 真っ先にショーキ監督が声を上げた。


「待てよ!怪獣のデザインもアチラ側のセットデザインも何もねえし、合意もこれからだろ?」

 特美のポンさんが待ったをかける。


「デザインはこちらの通り。前にポンさんにいつか形にしたいって言って貰ったデザイン案から決まったよ」

 怪獣はゴドランと人間の間、みたいな形だが、無数に角が生えている。

 そしてムササビの様な手足の膜を持つ怪獣。

「おお…参ったな。先手先手を打たれちゃよ。意見する間もないな!」


 場を締めるためショーキさんが意見した。

「どうですポンさん、テレビ用の小ネタとしてやってみちゃあ?」

 大先輩を立てて言う。


「リッちゃん抜きでやってみるかあ!

 お前ら若手鍛えるためによお!」


 こうしてボウ帝国チョウ兄弟商会からのテレビ特撮映画「深山の怪物 大怪獣ベヒモド」の企画がテレビ部でまとめられた。

 監督は怪獣モノの定番のテンさん。

 本編の陣容も固まり撮影が進められた。


 怪獣ベヒモドの造形は造形技師のペンゴ・ケーゾ技師、ペンさんが気合を入れた。

 頭から尻尾に掛けて一列に無数に生えたトゲは、何とビニールホース。これがフィルムには結構綺麗に写る。


 低予算、短納期作品ながら、このベヒモドのヌイグルミ、怖くもあり、何より格好よくもある。

「ゴドランと戦わせたいなあ~」

 例によって子供みたいなことを言うリック監督であった。


 深山の秘境、集落から神と恐れられていたベヒモド、その正体は二足歩行爬虫類ベヒモポーダだった。


 幻の古代蝶を追って行方不明になった学者を追って調査隊が深山の集落へ。

 その集落ではベヒモド神を信仰し、山への立ち入りを禁止している。

 しかし子供が山へ入って行方不明に。調査隊の主人公は子供と迷信のどっちが大切かと一喝し、山へ入る。


 そこで見た物は古代生物ベヒモポーダだった。

 ベヒモドは集落を蹂躙。軍隊が出動し棲み処の湖に毒を流し、上陸したベヒモドを砲撃する。

 しかしベヒモドは両手足の間にムササビ状の膜を広げ、飛び去って行った。


 ここで1話完了。


 ベヒモドはボウ帝国の港町、飛行場の街に上陸し、そこで軍隊と対決、照明弾を飲み込む修正を利用して特殊爆薬で撃退される。


 この台本で撮影が開始された。


 天然色、パノラマスコープ、4チャンネル立体音響で。


「ちょっとリッちゃん!これじゃ予算オーバーしないか?」

 テンさんとショーキさんがこの決定に驚いた。


「何かでフィルム使いまわす事もあるかもだしー。

 超過分は俺が何とかするからさー」


 一同は思った。

(あ、これ絶対なんかあるな)

 流石リック監督との付き合いも10年以上になる面々であった。


******


 案の定、突如チョウ商会から「製作中止」の通知が出された。

 顔面蒼白で特殊技術部にやって来たのはマッツォJr役員と、チョウ社長、弟の方。

 本編からもテンさんはじめ主要スタッフが集まった。


「ど、どういう事だよ!」

「こちとら一作一作に生活懸けて頑張ってんだ!

 役員様つったってなあ!答え次第じゃ勘弁出来ねぇぞ!」

 ポンさん始め特撮陣に詰め寄られたマッツォJr役員は返答に詰まった。


 しかし意外にリック監督は彼らを宥めた。

「まあまあ。こんな予算の作品で社長がお出ましじゃあ赤字が広がるでしょう」


 スタッフの怒りを他所に契約破棄した相手を気遣うかのようなリック監督に一同むっとしたが、ニコニコしつつ暗黒の殺意を放つリック監督を見直して理解した。

(あー。これ皮肉だ)


「どーせ先に放送した怪獣番組の人気に皇帝あたりがムカついて、自分とこで撮れー!とかドアホな事ヌカしたんでしょ?」


(他国の皇帝ケチョンケチョンだー!!)

 怒っていたスタッフは、誰よりも怒っていたリック監督の暴言に、逆に心配した。

「いーですよこっちはかかった金払って貰えば」


「そ、それが…そんな金あるなら自国産映画に回せ、と」

「クソ皇帝が?」

 頭にクソと付けられては肯定も出来ない社長だった、相手が皇帝だけに。


「リックさん、これは会社と会社の問題だ。必ずかかった予算は補填します!」

 マッツォJr役員が平身低頭で詫びる。

「いやいや。言い出しっぺに責任とらせるからいいよ。

 それより、今まで撮影した作品の権利は一切ウチのもの、でいいですよね?」

「それはもちろん!」

「じゃその条件入れて解約書締結してこの件は終わり。忙しいから出てってね」


「え?それでいいんですか?」

「忙しいって言ってんでしょうが!」

 スタッフたちがリック監督の怒りを察してチョウ社長を退室させた。


******


 マッツォJr役員は首根っこ掴まれて特技部に残された。


「やっぱりこーなったなー。でもまあ、完成させよっか」

「リッちゃん、最初っから分かってたのか?」

「あの国は、ま社長さん会長さんはだいぶこっちの『契約』ってものの重さを解って来たけど、他は全然ダメダメなんですよ」


「じゃあ最初から受けなきゃいいじゃないですか!」

「いや、奴らにキッチリ落とし前は付けさせる。クソ皇帝には特にね」

「あんたじゃなかったら出来ないマネだろうねえ」

 テンさんはじめ、一同皆そろって呆れた。


「マッつぁん、これはイエスかハイか解りましたで答えろよ。

 今すぐ社長に『大怪獣ベヒモド』の劇場公開をどっかに割り込ませる!

 製作費は2千万デナリ!

 特技監督はショーキさん、今度は譲らないよ?!

 わかったね?」


 既に1千万デナリの予算が宙に浮いた。しかしもう1千万デナリを捻出する…

(イヤイヤ!リックさんのお陰でフィルムがムダにならなくて済む!)

「はい!解りました!」

 飛び去ったマッつぁんは、事態を社長に隠すことなく報告。


「はあ~。全くあの子は~。

 あなた、もっとリックさんとよく話しなさいよ?

 大抵のことは見透かされてるからね?」

「ははー!!」


******


 その夜。

 ボウ帝国の後宮の一つの部屋がカラになった。

 そこには、クソ皇帝が新たな妾を迎える為、リック肝入りのシャトーから仕入れた発泡ワインを始め、多くの高級酒が蓄えられていた。

 その費用キッチリ1千デナリ分。


「あいつだー!!」

 その知らせを受けた皇帝は、意味不明な絶叫を上げたという。


******


「深山の怪物 大怪獣ベヒモド」は、劇場用に追加シーンを撮影した。

「これ、リッちゃんの采配が無かったら、俺は撮り切れなかったよ」

 追加シーンは、元々の台本でも一切触れられなかった、ベヒモド飛翔から飛行場上陸までの経過。


 ここに、リック監督は海軍の演習映画をガンガンにブチ込む様考えた。

 テンさんも何とか形にするためがんばった。


「いやいや!テンさんが途中で放り出してたらそこで終わってました。

 残るシーンも、どうか引き続きお願いします!」


 特撮映画の主役は特撮である。

 しかし、特撮シーンだけでは映画にならない。

 本編監督と特技監督の信頼関係があって初めて形になる。

 怪獣映画という荒唐無稽な作品、しかもスケジュールや企画意図が流転する作品を世に御切り出し続けられたのは、テンさん監督という懐の深い逸材があったからこそだろう。


 近未来戦争映画で登場した航空機や艦艇がベヒモドに砲撃するが破れ、転覆させられる。

 爆雷を長大なケーブルで海底のベヒモドの周囲を囲む様に設置し、一斉に爆破、水圧でベヒモドを圧殺する!しかし柔軟な体を持つベヒモドは無傷だった。


 そして元々撮影予定の飛行場の場面。


 ベヒモド出現の舞台はボウ帝国南部から大陸南部の架空の集落へ変更。

 そこから大陸南の海で攻防戦。

 ベヒモドはボウ帝国の港湾、飛行場改めゴルゴードの空港に上陸、そこで決戦!


「最初から天然色で立体音響で撮ってたのはそういう事かあ」


 一時は怒りに燃えていた特撮陣も、この大逆転に大いに奮い立って、勢い余って空港のセットを0番スタジオの端まで作ってしまい、

「広すぎじゃない?」

「でも砲撃の曳光弾が良く飛ぶでしょう?」

 呆れるリック監督に特美班はシレっと返す。


 こうして「深山の怪物 大怪獣ベヒモド」は短期で完成、しかし昔ながらのスタイルの映画のため、興行収入は2億デナリに留まった。

「赤字にならない分マシだ…」


 この映画はボウ帝国では公開されなかった。

 リック監督が「輸出するなら貨車ごとフィルム焼きますよ?」と反対したからだ。


 ボウ帝国の罪のない特撮怪獣ファンにとって、ベヒモドは長らく「幻の怪獣」となってしまったのだ。


 もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。


 なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。

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おおバラダギ様じゃ。 ほんっと皇帝ろくなことしねえな。 制作費徴収!
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