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15.次回作「創世の書」

 リック少年と英雄チームはセシリア社長に呼び出された。


「ゼネシス教神殿から神話を映画化して欲しいという要望が寄せられて居ます」

 宗教がらみはやっかいだなあと思いつつリック少年は聞いた。


「神が世界をお造りになった様を、そして人が神に背き続け世界に散らばった様を、特殊撮影を使って人々に体験させられないかとの要請があったのです」


 そういう映画は自分が世に出る前に作っといて欲しかったもんだ、とリック少年は思ったそうだ。


 異世界の知識とチートな魔力に目覚めたとはいえ、この世界で育ったリック少年、聖典の話は充分知っていた。


 前作同様、観客の下地となる、誰でも知っている物語の映画化だ。

 宗教関係者をどう納得させるか。瞬時に考えたリック少年は。


「やります!」

 即答した。


「「「え?」」」

 同席していた英雄チームは驚いた。しかし彼は微笑んで答えた。


「できない、って言葉はプロは言ってはいけない、そう偉大な監督が言ってたんだよ。

 どう実現するかはこれから考えよう!」


 この頼もしさに社長は少し感動し、同時に少し怖かったそうだ。 


「但し、セシリア社長、いいでしょうか?」

 リック少年は意外なことを話した。


「多くの人々に楽しさを伝える映画会社は、軍からも神殿からも独立性を保たなきゃいけませんよ?」


 一瞬セシリア社長は理解できなかった。

「え?先の『キリエリア沖海戦』は軍と一体で撮影したじゃありませんか?」


「いいですか?あの作品は私の出資した海戦シーンを中心に、ヨーホー社が更に肉付けしました。

 海軍は撮影に協力しただけです。

 俺から見りゃ一体だなんて言って欲しくないですよ?」

「え?」


「あくまで映画を作る主体は、出資者であるヨーホー。


 そして誰のために映画を作るか。


 それは、軍でも、神殿でもありません。

 観客、映画を楽しんでくれるお客さんのためであるべきです!

 これを勘違いすれば誰も映画を見てくれなくなります!」


「ちょちょ!ちょっとリック君!顔が!顔が近いですわよ!」

 興奮したリック少年、思わずセシリア社長の目の前にいた。

 これには社長も顔を赤らめ、アイラ夫人がリック少年の首根っこを引き戻した。


 顔を真っ赤にしつつ冷静さを装い、社長は頭の中を整理して言った。

「え~、おほん。解ります。

 リック君の言う事は、今回の映画が戦争で傷ついていた人たちの気持ちを考えていたって事は、よ~く理解しています」


 リック少年の指摘は2つ。

 一つは、軍や宗教という強力な団体の思うままに操作されない様にという忠告。

 もう一つは、映画は観客によって成立しているという心得。


 大した子供だと感心した。

 そして、この子は本当に子供なのか?

 実は世間のしがらみを経験した大人なのではないか?

 そう思わずにいられなかった。


 社長は微笑んだ。

「そうね。

 我が社としてもね。

 軍とか神殿とか、今まで偉そうにふんぞり返って映画をバカにしてた団体に、一泡吹かせてやりたいのよ!」


 今度は社長がリック少年の顔に迫った!


「兄う…国王陛下はあなたと戦友だからいいとして!

 軍は英雄であるあなたがとってもいーカンジに仲良くしてくれたわ!

 これで我が国に魔王討伐に参戦を命じた神殿の連中もギャフンっと言わせれば!」


 過去にどんな経緯があったのか、故郷のモノホーリ派神殿に比べて寛容と言われるこの国の神殿がいかなるものなのか、リック少年は不安になった。


「で、あの特殊技術とあなたの演出で聖典の説話を大神殿だけじゃなくて、劇場でも出来るんだって示したいのよ!」


 まるで食い付かんばかりに迫るセシリア社長を前に、リック少年は聖典の一大スペクタクルをどう映像化するか、早くも計算し出した。


******


 例によってリック監督はピクトリアルスケッチを恐ろしい勢いで書き上げた。


「また売れるかしら?リック画伯さまの画集?」

 微笑みながらアイラ夫人はリック監督を労わった。


 前作「キリエリア沖海戦」のピクトリアルスケッチは、写本が海軍と王立学院によって作られ、原本はヨーホー社の資料室に厳重に保管される事になった。


 更に印刷技術によって多数の印刷本が作られ、海軍軍港数か所、更には友好国の海軍や王室にまで売れ、リック夫婦にちょっと贅沢をさせた。


 無論、利益の大部分は次回作の予算に回されたのだが。

 アイラ夫人は贅沢を求めない人だった。それでは申し訳ない、とリック少年が高級な食事や旅行へ案内したのだった。

 しかし。

「王国へ来る途中、野宿した時に夫と食べた美味しい食事には及びませんでした」

と、後年夫人は嬉しそうに語った。


 御馳走様。食事だけに。


******


 今度もまたパイロットフィルムを撮影する事になったが、まずは書き上がったピクトリアルスケッチでのプレゼンテーションを行うことにした。

 ヨーホー社に、そして神殿関係者に先に見て貰うことにした。


 今回のパイロットフィルム「創世の書」は、トーキーやスクリーンプロセスの開発費がかからない分安く済ませる予定だ。

 しかしそれでも2千万デナリと、結構な額は見積もられた。


「パイロットフィルムっていう技術見本で、2千万…完成品だとどの位かしらね…」

「試写後の注文次第ですが、大体もう1千万、全部で3千万デナリ位でしょうか」

「前作の半額強で聖典の再現ですか。安いんだか高いんだかわからないわ!」


 セシリア社長が頭を抱えた。


 その時、ヨーホー社に招かれた一人の神官、祭司が声を上げた。

「こここ!これは!」

 祭司が指差すのは、最初の人間、女が土から生まれる場面の絵。

「女が映画で裸を晒すのか?」


「ええ。聖典に書いてあるじゃないですか。神殿の壁画にも」

「ししし!しかし!実際の女優が、はだはだ裸を画面に晒すなど!!」


******


 因みにこの場面、女の誕生の前に描かれる、男の誕生の場面は「誰もやらなきゃ俺がやるぜ!」とアックスが買って出た。

 そして女の誕生は「あ、アックスがやるなら、私も…」と真っ赤になったセワーシャが手を上げた。


 何せ生き埋めの上に裸の撮影だ。

 結局声をかけた俳優達は断って来た。


「なんだか、恥ずかしいところをゴメンね」

 というやりとりで撮影が決まった場面だった。


******


「聖典は淫らであってはいけないのだ!

 煽情的な目で見られては聖典が汚される!

 これだから映画屋は…」


 これに一同はカチンと来た。

 誰もが何か言おうとした。


 だが。


「神がお造りになった女を淫らだ、というなら!

 それこそ神に対する冒涜じゃないですか?神は何故女を作ったかご理解頂けていますか?!」

 聖女セワーシャが、聖女ならではの啖呵を切った。


「『始めの女』は私が演じます!それを見て評価して下さい!」

 神殿が魔王との戦いに送り出し、世界を平和に導いた聖女セワーシャ自ら肌を晒す演技を引き受けたのだ。

 その覚悟を前に、更なる暴言を吐くほどこの祭司は愚かでは無かった。


「は、拝見します」


「他に問題ある場面は?」

「ご、ごさいません!」


 その晩、彼女は大いに飲み、男性陣一同は彼女に深く頭を下げたという。


******


 クラン撮影所の特撮スタジオは、リック少年の家、綺麗な花が咲く裏庭から幅30cm程の幅の鉄道が敷かれて直結している。


 模型の様な小さい鉄道でリック少年は往来し、時に機材を自宅に運び、時に自宅からスタジオ、特美倉庫に運び、機材や撮影素材の試作や改良を繰り返している。

 自宅の工房兼集会室、つまりアックス達を招いて会議や宴会する場所は…


 水浸しであった。


「こんな感じかな~」

「きゃっ!!」

 真っ黒な物体。

 いや、その正体であるリック少年を見てアイラ嬢は驚いた。


「あ、ゴメン。インクを水槽の中でアレコレやってたらなんか真っ黒になっちゃってさ」

「水槽?」


 リック邸の工房の真ん中に、巨大な水槽があった。

 貴重なガラス、しかも人の背丈以上という、数十万デナリは下らない贅沢な物である。

 但しチート魔法持ちのリック少年であれば、これも自力で作れてしまう。


「最初に闇の中から光が生まれるシーン、あれ、黒い背景の真ん中だけ強い光を光らせて、その前に水槽を置く。

 水槽の周囲から黒いインクをブワーって噴き出させて光を闇が包む。

 それを逆に撮れば、闇の中から光が生まれる様に見えるよね?」


 アイラ嬢はもう3回はその話を聞かされていた。

「で、その現れる光が、今一つ神々しくない、でしょ?」

「そうなんだよねー」


「みなさんと一緒に見ましょうよね?」


 その晩。

 今迄撮影したフィルムを再生すると、反応は様々だった。

「ヨーホーマークみたいに光が放射線状に写るけど、これ良くない?」

「それはハレーションって言って、光が強すぎると起きるんだ。

「三番目は、何重にも光を中心に円形の光が映って、これもすごくよくないか?」

「それはフレアだね」


 リック少年の説明は全く理解されなかった。


「い、いっそ、遠くから撮って、ハレーションする光に段々クローズアップさせる様にオプチカルプリンターで合成するって、ど、どう?」

「うん。それで行って見るか!」


******


 この、水槽とインクを使った特殊撮影は、光が生まれる場面で素晴らしい効果を生み出した。

 だか、その場面に留まらず、「水を操る」という技術は、他の幻想的な場面に多用される事になった。


 天地が別れる際、煙が昇っていく様子の後ろに雑多な絵の具が水槽の底から噴き出す様子、これを逆転再生させる事で気体や液体が下に溜っていく様を描く。

 一方屋外プールに大地のミニチュアを沈め、引っ張り上げる様をオーバーラップさせて天地の誕生を描いた。


 自ら大地を引っ張り上げる場面は、「キリエリア沖海戦」で活躍した高速度撮影=フィルムの速度を高速で廻し、現像後に普通の速度で撮影すると炎や水柱がゆっくりと立ち上り、重厚感や巨大さを表す事が出来る=をもっと高速で行い、大地のミニチュアの起伏が波を起たせる動きを効果的に見せた。


 これらの技術はリック監督曰く「異世界ではフツーに使われていましたよ」との事。

 彼は更に、冷凍魔法で空気中の窒素を液化させ、それをミニチュア水面に散布して水面から陸地が浮き上がる際に煙が立ち上る様に工夫し、画面の神秘性を増す事に成功した。


「うおお!すげえ!聖典の映像が段々形になっていくぜ!」


 これら幻想的な場面は、彼の前世の映画作品を再現したに過ぎない、そうリック少年は話した。

「肝心なのは、こんな誰も見たことが無い光景を特撮なら出来る!

 そうみんなに理解してもらう事だよ!」


 こうして、人が見た事のない世の始まり、一番最初の導入部分は徐々に形を成して行った。


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