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146.20周年を越えて

 テレビ。


 今だこの世に生を受けて数年の、映像付きラジオ。

 いや、ラジオだって10年そこそこの物だ。


 しかもどちらも、目の前の10代の少年の様なリック青年が愛する二人の妻、アイラ夫人とアイディー夫人とともに世に送り出した発明品だ。


 ヨーホー映画に爆発的な進化を齎した天才、いやチート、異世界の知恵の持ち主リック・トリック。


 愛嬌ある顔に、真直ぐな心と、何もかも見透かした様な聡明な頭の持ち主。

 それでいて、ゴドランや宇宙ロケットが大好きな子供の様な好奇心の持ち主。


 その彼が、テレビの世界に転向する。


 その告白は、創立20周年の慶事を吹き飛ばす絶望をセシリア社長に与えた。


「あ…ああ…」

「社長!大丈夫ですよ!俺はすぐにいなくなったりしませんから!」

「で、でもね!あなたがいなくなったら!私!私!どうしよう!兄上!あー!」


 どう見ても、いつもの凛としたセシリア社長ではなかった。


「映画の仕事もしますよ!それだけじゃない、映画会社の未来だって考えてるんです!」

「でも!でも!リック!ああー!!」


 計算外だった。ここまで自分の一言が、この恩ある人の心を傷つけるとは。

 実際、リック監督には解っていたつもりで、解っていなかった。


 逆賊として王国に牙を向けようとしていたマッツォ取締役を無理やり下野させたのは、王家だった。


 その脅迫まがいの蛮行は、本来心優しいセシリア夫人にとって、大きな心の傷となって残った。

 それも、リック少年がこの国を去ってしまわないための決断だったのだ。

 そのリック少年がいなくなる。


 それが、多忙を極めた20周年行事を乗り越えて疲れ切った彼女にとっては、傷を抉る結果となった。


 目の前で泣き縋る夫人にリック監督は黙っていられなかった。

「おれはずっと一緒にいます!お母さん!」


 お母さん。


 そう呼ばれて、セシリア夫人はリックを見つめた。

「今、俺がこうしてノンビリしてられるのは、私の、もう一人のお母さん!

 あなたのお陰なんです。

 だから、いなくなるなんて事はしませんよ」


「あ、ああ。大丈夫よ。リック。

 私の言う事を聞いてくれない、何するかわからない、わがままで、とっても大事な子!」


 暫く二人は抱き合って、ようやく落ち着きを取り戻した。


******


 リック監督はテレビの未来についてセシリア社長に語った。

「テレビは映画の天下を食い破ります。

 なにしろ自宅で、映像と音声で、世界で何が起きているか解るんです。


 もし各国で騎士団の競技大会が行われて、それがテレビで放送されたら。

 庶民でもテレビを買えて、自宅で海外の競技大会を見られる様になったら。

 みんなテレビにくぎ付けになって、劇場には行かなくなっちゃいますよね?」


 ゆっくり、教え諭す様にリック監督はセシリア社長に語った。


「今でこそ7時から22時間で放送を終えるテレビですが、夜に家族が揃ってる時間に、毎週連続でドラマを放送したら、そのドラマが面白かったら。

 みんながそのドラマを楽しみにして、その夜劇場は閑古鳥です」


「でもね。映画と違って、テレビの報道なんてお金はかかってないのよ?」

 確かに、スタジオとアナウンサー、そして取材班が撮影した映像を流しているだけである。


「貧乏人の知恵を舐めてはいけません。

 その内、食品会社や製薬会社から宣伝費を貰って、ある程度予算を組めたら、連続喜劇剣戟ドラマなんて作れちゃいますよ。

 そんなの放送されたら、どんな低予算作品でもそこそこ人気出るでしょう。


 それが週末の休日に放送され、劇場収入に打撃を与えた日には、製作費は映画とテレビで逆転してしまうかも知れません」


「そ、そんな!」

 しかし、すぐにセシリア社長は考え直した。

「…いえ、あり得ない話じゃないわ。

 今みたいに映画がここまで何億という金を動かすなんて、10数年前誰も考えなかったわ」


「俺は今から、映画制作会社がテレビで放送される作品の質を上げる。

 それだけの宣伝費を得て、30分なり1時間なり、キッチリ楽しんでもらえるテレビ映画を、先ずは特撮映画で世の中に見せてやりたいんですよ!」


「でもそれはリックさんがやらなきゃダメなの?」


「国や社会に悪意や憎しみを持ってる奴等がテレビを使えば、その悪意はあっという間に広がります。

 俺達を侮辱した新聞記事みたいに。


 なら、俺が先に一旗揚げて、テレビ映画のルールを作ってしまおうかなと思ったんですよ。

 一度人気を獲得し、こうあるべきみたいな訓示を垂れれば、それに反対するヤツが炙り出される。

 そこから先は、悪意を持ったヤツを選ぶか、俺を選ぶか、テレビを見てる人が決める事です」


 先々を考えているリック監督に、セシリア社長の心は落ち着いてきた。


「やっぱりあなたはすごいわね」


 リック社長に勇気づけられながらも、セシリア社長の憂鬱は晴れなかった。


「でも、あなたには、本当は、ただ夢を追って欲しかったわ」

「これも夢の内ですよ。

 俺は映画もテレビも、特撮で楽しくしたいだけんです」


 リック監督、いや、頼もしくも愛らしいリック少年の笑顔には、何の迷いもわだかまりも無かった。

 真直ぐに、夢と、優しさ。


「ああ。リック!

 どこにもいかないでね。

 我が儘だってわかってるけど、出来ればいっしょにいて。

 兄上と、私達と一緒に居て欲しいの!」


「ありがとう、お母さん」

 この時リック監督は、この人は守らなければならない、もう一人の家族の様な人だと決意した。


******


 リック監督は次回作の企画に入った。


 幾つか要望があった軍からの企画が一つ。

 海軍を舞台にした「大西洋の嵐」、何だかんだと怪獣映画で出番の多い陸軍、そこで次は空軍の要望を聞く番となった。


「強力な戦闘機さえあれば、敵に勝てる!」

 と言い出した愚物がいた。

 それに対する返答として企画された「大西洋の翼」。


 戦局が圧倒的に不利になったヒノデ国が起死回生と人間を爆弾替わりに敵艦に突入させる「特攻」を生み出した末期状態。

 そこに精鋭を集め新鋭戦闘機で反撃を試みる参謀。

 これはマイちゃんの適任だ。


 人気俳優ダン・ウェラー氏、「大西洋の嵐」で名コンビを演じたデッカー・ナンダー氏とガトー・ガッハー氏の青春トリオでクセの強い三人の航空隊長を共演。


 しかし一度の勝利で気を良くしたヒノデ国軍の参謀たちは早速部隊に過酷な任務を「仕方ないんだ」と命じ、次々と隊長たちは死んでいく。


 この企画をオショさんに持ち掛け、

「強い武器や強い軍人がいても、上が駄目だと、いえ戦争の負け方すら考えてないとこうなっちゃいますよね。


 そういう、あったかもしれない歴史を。

 武器さえあればと思い上がってる軍人に叩きつけてやりたい。

 戦っている人達は生きてるんだ、思い通りになる盤上の駒じゃないんだ!

 そう訴えたいんです」


 リック青年の眼差しに、オショさんは疑問を投げかけた。

「多分、多くの人はカン違いしたままだとおもいますよ?」

「この映画を見終われば、その勘違いに気付くでしょう」


 オショさんは「大西洋の嵐」の宣伝を思い出した。

 目の前で死んでいった同期の若者たちみたいな戦争を。

 未来の、鋼鉄艦や飛行機と言った半分現実、半分架空の舞台であっても。

 人の死を勇壮に謳い上げる宣伝。


 目の前で死んでいった兵達が自分をどう思うのか。


「バカな作戦で前途ある若者を無駄に死地に追いやる者の愚行を。

 それでも戦わざるを得ない若者たちの、明日の姿を描いて、どんなに愚かな事なのか突き付けてやりましょうよ」


 オショさんは考えた。

「わかりました。またよろしくお願いしますよ、監督」


 こうして空軍の要望に沿ったようで、実は「強い飛行機があれば勝てる」という愚かな考えを叩き潰す皮肉な企画が成立した。


******


 その一方で、怪獣映画の続編が、ゴドランの続編が待たれた。

 こちらは実に単純明快、他国に快猿王の様な怪獣映画がなければ自社の人気怪獣マハラとの決闘。


「いやいやちょっと待った!」

「ゴドランは直立二足の大怪獣。マハラは蝶ですよ?どうやって戦うんですか?」

 流石に予想の斜め上の企画に、役員たちは純粋な疑問をリック青年にぶつけた。


 それに流石のリック青年。

 スケッチ画を翳して説明する。


「先ず巨大な羽根で横殴りにする羽根チョップ。

 加えて羽ばたきで砂塵を巻き上げ息を止める疾風砂塵攻撃。

 さらには尻尾に噛みついて引き摺り、崖から叩き落す。

 そして後ろから襲い掛かって体当たりの上、短い手足とは言え引っ掻く攻撃。

 最後は前作に無かった、毒の鱗粉という武器を与えます」


 巨大とは言え蝶に過ぎない筈のマハラが、ゴドランの巨体に襲い掛かるスケッチ画を紙芝居の様に役員に披露するリック青年。

 心なしか、講談師の様にリック青年の台詞に熱が籠る。


「これらをコマ落としやギニョール、人形を使った撮影と短いカット割りで叩きつける様に技を見せます」

「「「ほうほう」」」


 役員たちもこの紙芝居に魅入られる。


「しかし、成虫マハラは破れ、力尽きて死にます」

「「「なんだってー!!!」」」


「そして、物語の鍵となる、巨大な卵からマハラ二世が誕生し、親の敵を討つのです」

「「「そんでそんで???」」」


「レイソン電波塔に繭を作ったあの糸でゴドランを繭に閉じ込め、海に叩き落すのです!」

「「「スゲー!!!」」」


 つかみはOKだった。


「いやー、なんという知恵でしょうなあ」

「快猿王とゴドランの取っ組み合いなんて絵にならんだろうと思ったら、あの大迫力でしたからなあ」

「天才というものは違いますなあ」


「では、特殊技術部主導の企画は、『大西洋の翼』、そして『マハラ対ゴドラン』の二作。

 これで宜しいでしょうか?」

 次の企画も決まり、しかも二作。


「え~。製作費は『翼』は6千万デナリ、『マハラ対ゴドラン』は5千万デナリを想定していますが、興行成績は『大西洋の嵐』の8億デナリから3割減、『快猿王対ゴドラン』から6割減を見込んでいます」


「何?」「随分弱気だな!」

「2番煎じだからです」

「ああ…」


 確かに有名怪獣の決闘というものは二番手、三番手と進めば知名度に応じて客足も変わって来る。


「製作費低減のため、70mmではなく35mm。立体音響も安価な2チャンネル立体音響にするか、それで1千万デナリは軽減できます」


「億の減収を前にたかだか1千万をケチってもなあ」

「そこは宣伝用に70mmでいいんじゃないか?」

「いやいや70mmは間接費も労力もバカにならんよ!」


 結局「大西洋の翼」は70mm、「マハラ対ゴドラン」は35mmに決まった。


 ヨーホー映画公社創立20周年の狂乱を終え、セシリア社長は新たな年に2本の特撮映画、即ち。


 リック監督がヨーホー映画に留まる理由を固め上げて、安堵した。


 もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。


 なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。

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