144.ヨーホー創立20周年記念
「快猿王対ゴドラン」、撮影快調!
ヨーホー創立20周年記念作品の一角は世間の注目を浴びた。
しかし、その一番の注目作品は、セプタニマ監督の「底辺、頂上」。
昨年から撮影延期が続き、製作費が4億デナリにかさんでいる。
それでも、今は退いたマッツォ取締役は一切批判しなかった。
数千万デナリのリック作品には極めて否定的だったのとは対照的に。
小屋的には製作費がどんなに嵩もうと興行成績こそ大事だった…
それは会社としてはあまりに愚かな考えってものだろう。
しかし。
「アレには勝てませんよ」と言い放つリック監督。
「リッちゃんは、本ッ当ーにいい画材を与えてくれたよ!」と喜ぶセプタニマ監督。
本作、白黒である。70mm天然色フィルムを使って、35mm白黒に焼いているのだ。
音響は4チャンネルで。
「あんだけデカイフィルムだと、白黒にしたときの色調が全然違う!」
その目は子供の様だ。
特撮や怪獣を散々バカにしつつも、天然色や立体音響はチャッカリ使うどん欲さ。
「勝てっこないですよね」とリック監督は苦笑と、憧れを込めて言う。
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更に古典歴史大作もイナカン監督によって進められていた。
キリエリア西国圏で高名な仇討話、「逆臣討」。
父である王をその弟キラーコウズに殺された主人公ギムレット。
母をも叔父に奪われ、その母をも恨み、忠臣の娘を婚約者としつつその正体を疑い続ける、という悲劇だ。
「もういっそ痛快仇討話にしちゃえばいいんじゃない?」
というリック監督の意見に衝撃を受けたイナカン監督。
「じゃ音楽はお願いしますよ!」「へ?」
結局、この逆賊たる叔父も、不義に抗えなかった母も、ブっ殺す覚悟を決めたギムレットと40数人の忠臣が王城に乗り込んで皆殺しにする、トンデモ大活劇にしてしまった!
…まあ、元々の伝説が英雄譚であったので、こういう解釈もありかも知れない。
他にも、世界各地を放浪しつつ自由奔放に生きる女の自伝を綴った人気の演劇を映画化した作品などもラインナップに加わり、リック監督の予言に目を背ける様にヨーホー創立20周年作品は世間の期待を集めた。
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「できたよ~」
その映画業界の絶頂を人知れず突き崩す様な宣言を、アイディー夫人が呟いた。
5万デナリのテレビ受像機、1万台製作計画がついに実現した。
この時、映画は斜陽の歴史を迎えていたのだ。
リック邸ではヨーホー特撮の予告編を繋げた映像をテレビ信号に変換した映像が流されていた。
「こんな小さなテレビが、映画に敵うのか?」
アックス氏が疑問を呈した。
しかしリック監督は語る。
「毎週、色々なお話しが30分や1時間、タダでテレビで見られたら?
短編映画だけじゃないよ。
世界の最新情報も、気象予報も見られる。
オマケに、人気スターが、国中のみんなが働きを終えて家に帰った7時8時に、映画じゃ見られない司会とのおしゃべりに続いて歌を歌ったら?
世界中から人が集まって、剣術大会や力比べなんか始めたら?」
「それは見たいわね。アンタもテレビに出たならなおさらね!」
セワーシャ夫人が自然にのろける。
「ダン様が、マイト様が、自宅でお会いできるなんてー!」
「おいミーヒャー!戻ってこーい!とりあえずアックスで我慢しろー」
「何だよそれヒデェなあ!」
デシアス家も仲睦まじい様子だ。
「でもリックさん。ヨーホー映画を辞めてしまうんですか?
今回ゴドランが久々に帰って来て、子供達は大喜びなんですよ?」
時折病院や学校を視察するアイラ夫人の意見だ。
「正直、俺がいた騎士団や軍も似たようなものだ。
『大西洋の嵐』みたいな近未来戦記ものを求めている。
しかも、能天気な事に、『勝つ』話を」
デシアスが苦々しそうに話す。
騎士団出身のアックスも顔をしかめて頷く。
リック監督は、その辺は迷いはない。
「頼まれればやりますよ。
セシリア社長が、テンさんが一緒ならね」
これにアイラ夫人が笑顔で答えた。
「お二人への信頼は篤いんですね?」
「セシリア社長は俺を息子にしたいって言ってくれたんだ。恩人だよ。
それに。
戦記物は兎に角、怪獣映画なんて荒唐無稽なものに大真面目に付き合ってくれる人は、テンさんか…あとは助監のジュンさんかな~?」
「主がヨーホーを去るなら、俺も従うぞ!」
デシアスが胸を張る。
「え~…でも、そうですわね。私も従います!」
クラン祭りで夢の世界にどっぷりつかったミーヒャー嬢が、物凄く残念そうに、しかし熱い視線でデシアスを見つめた。
「ま、もっと映画がどう頑張れるか。
70mmもテレビでは逆立ちしたって勝てない迫力がある。
立体音響だってテレビ電波で実現するには何十年もかかるよ。
住み分けて、お互い発展出来れば一番いいよね」
この夜のリック邸は、映画とテレビの棲み分け、将来の産業構造についてまで語っていたのだ。
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特撮班は快猿王とゴドランの最初の戦いを撮影していた。
意外と何事もなく、国境駅の破壊シーン、両者最初の対決シーンは終わった。
そして次なる戦い、南国山脈裾野の戦い。
一部人形を使った撮影も交え、東西二大怪獣の決闘が始まった!
「いくぜ!ショー!」
「はいっ!俺が勝ちます!」
ゴドランの売り文句に快猿王が答えた。
「ハイヨーイ!スターッ!」
二大怪獣がぶつかった!組み合った!
殴り合い!頭突きをかまし!頭を狙ってつかみ合い!
しかし実際の撮影はカットを細かく計算し、編集で激しさを増す計画であった。
「スタート!…はいカット!OK!」
これが細かく続く。
「休憩ー!」
「お疲れ様です!」
アックス氏の汗を拭くセワーシャ夫人、彼の後輩のショー氏に水とタオルを振舞うミーヒャー嬢。
「は、はわああん」
もうすっかり撮影所のマドンナの一人になってしまった、デシアス技師の婚約者であった。
これよりさらに長尺の撮影を、南国境山脈のセットで延々とやるのだ。
時にヌイグルミの中に人が入っていないゴドランを一本背負いで投げ飛ばし!
尻尾を掴んでジャイアントスイングをかまし!
「ゴドランの逆襲」ではありえなかった二足獣同士の大格闘が撮影された!
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途中、二大怪獣に蹂躙され一瞬で砕け散る山麓の家々のセット、これらを踏み砕く二大怪獣の大きな足まで作られた。
細かな動作や、ヌイグルミでは可動範囲的に無理なアクションは、人形を1秒24コマで撮影する、人形アニメーションの技法も使われた。
しかし。
「こりゃダメだ!こんなん観客に見せる位なら、俺が快猿王を蹴っ飛ばしてやる!」
アックスががんばった。
一瞬で振り向いて、重いヌイグルミのぶっとい足を無理やり蹴り上げて、駆け寄る快猿王にヤクザキックを見舞った!
「カーット!OK!お見事!」
「どんな体力だよ兄貴はよ!」
そう言いつつ、デシアス技師もリック監督も大層嬉しそうであった。
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本編班から上がって来るラッシュも、これまた「マハラ」以上にイカして、いやイカれていた。
「テンさん、こんな作風も出来るんだなあ」
「いやいや、俳優さん達の力だよ」
本編部分のノリと特撮部分のノリを合わせつつ。
王都に侵入した快猿王が王都内の列車で逃げ遅れたヒロインを救い出し…
助平心丸出しでチヤホヤする場面。
(この辺、原典とは全然違うけど、快猿王ならこうすべきだよな)
リック監督は、異世界の原点では鉄道を襲って多くの乗客をふるい落としてヒロインを攫う場面を換骨奪胎した。
ヒロイン役の女優さんが叫ぶ叫ぶ!
脚本にない謎の言葉を。
「ゴヴァーイ!ダズゲ、ダズゲデー!!ガッゾーサーン!」
「この娘スゴイナー」
これにテンさんはうつむきながら答えた。
「無理させましたよ」
リック監督はテンさんの言葉の続きを待った。
「快猿王って、美女大好きですよね」
リック監督の脳裏に一瞬コーラン嬢が浮かんだが、かき消した。
「やっぱり、快猿王は美女を助けるものなんでしょうね」
この企画に懐疑的だったテンさんが真剣にこの映画を撮っている事に、リック監督は嬉しくてたまらなかった。
しかし当の女優さんは、喉を枯らしてしまい、リック一家が治療に当たったのであった。
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彼女の奮闘に応える様に特撮班も王都の広大なミニチュア、そして南洋の秘薬で王城に昇って眠りこけるシーンを撮り上げた。
そして本編と特撮の呼応が試されるシーン、快猿王輸送作戦。
仕出しが集めたエキストラの筈が、何と全員陸軍。更に自動車部隊まで出動させて集まった。
流石にテンさんも呆れつつ、軍隊式の号令で撮影を指揮した。
女にうつつを抜かし酔い潰れた快猿王を風船に括りつけて南へ飛ばす、という実にマヌケな話を、実に真面目に撮影した。
「作業始め!」「作業ー始めー!!」
号令一下、互隊を組んだ兵達が泥酔した快猿王に向けて走り出す。
王城前は軍事演習の様な緊張感に包まれた。
快猿王に昇って輸送用の網を取り付ける場面は作画合成で処理するが、網となる石油素材の化学繊維を引き出すカットは繊維会社のタイアップを得てエキストラ、実は現職の兵士たちがテンさんの指示に従って淡々と作業をこなす。
「連結よし!」「バルブよし!」
快猿王をゴドランの闊歩する国境山脈まで運ぶ巨大風船にヘリウムガスを送るタンク自動車に管を繋ぐ兵士たち。
「コック開けー!」
係留作業を終えた兵団が列を成し帰投する中、主人公達が垂直飛行機へと向かう。
この辺りの隊列指導は、流石従軍経験があるテンさんだ。
「快猿王輸送準備完了!」
「輸送開始!」
ヨーホー特撮皆勤賞のスクさん司令の号令で、王城前ロケは完了した。
この人、何故だろうか本当に特撮映画大好きだ。
もしかしたら、リック監督か、その作品が好きだったのかもしれない。
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特撮班のラッシュとの編集が終わって試写。
「ヒロインの恋人の反応、薄いかなあ」
「空の大怪獣プテロス」以来の特撮映画御常連、ユース氏。
快猿王に向かってヒロインを
「返せー!どうしようって言うんだこの野郎ー!フミコを返せー!」
と喚きたてる場面が追加で撮影された。
こんな追加撮影がラッシュを見ながらこなされて行った。
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いよいよクランクアップ。
70mmの合成が、ヨーホーバーサタイルで仕上げられていく。
今だ70mmオプチカルプリンターは出来ていない。
むしろトリック系列会社は、テレビ映像の送受信の開発にこそ必死に取り組んでいる様に見えた。




