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141.映画産業、終わりの始まり

「やっぱりそうなっちゃいましたか~」

 ウッコアニメーションスタジオ、チョウ兄弟商会の世界初アニメーション長編映画の企画を巡る顛末を聞いて、リック青年はさもありなん、みたいな顔をした。


「しくじったわ。あんな事言い出す奴がいたなんて」

「現場で汗水たらす者が稼ぎを上げると、その後ろで帳簿付けてる奴が威張り出して稼ぎ頭を追い出そうとするのは世の習いですよ。

 そしてそんな店潰れていくんです」

「ヨーホーも潰れるの?」

「ヤツの持ってる劇場、不動産がデカいですから、潰れないでしょう。

 でも、今の賑わいは持って5年。

 6、7年後には本社栄えて撮影所は半分住宅に。

 プールも特撮スタジオも潰されて大商店が建つでしょうね」


「見て来たみたいに言うのねえ…」

「社長、いっそソイツに会社ブン投げてテレビやりません?」

「テレビ?」


 テレビ、映像放送。

 一応駅前テレビや役場等では放送がなされているが、画面は小さく画質も粗い。

 平民は富裕層でも、いや子爵以下怪貴族でも持つ者は少ない。


「沢山作って、沢山売ります。

 商会、飲食店、平民でも富裕層には広まるでしょう。

 そうなれば30分程度の短編連続映画を毎週放送し、幕間に食品や衣類の宣伝を流せば、その広告だけで映画を圧倒出来ますよ」


 セシリア社長は少し反省した。そういう未来予想図を具体的な数値として描き切れていなかった。

「何ていうか、気が遠くなりそうな話ね」

「既にそうなりつつありますよ。

 この間のロケット打ち上げ、打ち上げ予算は数十億デナリですけど、広告収入換算で6億デナリです。

 結構回収してますよ」


 大作映画をはるかに超える数字に社長は驚いた!


「そんな報告上がってないわよ!」

「その辺宇宙公社がガッチリ握ってますからね」

「ダンナに言って搾り上げてやりますわ!」

「あ~。多分ご存じです。次の打ち上げのための資金の一部にして欲しかったんじゃないですかね?」


 色々お見通しなリック青年に、社長は無力感を感じ、脱力した。

「もう、あなた社長やらない?」

「なった瞬間殺人罪で牢屋行きですよ」


 現場の努力に毛ほどの敬意を払わない役員への殺意を感じた社長は取り消した。


「もう、アニメは、新しい人に任せましょうよ」

「惜しい金の卵を産む鶏を逃したわね…」

「そういう不見識なヤツにはですねえ。

 毎回イヤミでも言って、反対されたら辞職をチラ付かせいて脅せばいいんです。


 そういうヤツが消えてもヨーホーは困らない。

 むしろセシリア社長がいなくなれば、ヨーホーはヨーホーじゃなくなります!」


 リック青年の常葉に力がこもり、何故かセシリア社長は少しうれしくなった。

「後者でもなくなるし、事業税も、不動産にもギッチリ税がかかります」


 何故かセシリア社長は机に伏せた。

 そして恨みがましそうに言った。


「色々恐ろしいわね、リック君」

「俺だって女房子供を守らなきゃなりませんからね、色々手は打ってますよ」


 この時、セシリア社長は薄々感じた。

 既に、いつかリック青年がキリエリアを見捨てる決意を固めているのではないか。

 他国へ逃れる手段を考えているのではないか。


******


 翌朝、セシリア社長はリック青年の企画「快猿王対ゴドラン」の製作決定を役員たちに一方的に告げた。


「これは昨日、リック部長が私と、レイソンに滞在中のチョウ社長に提出し、夫々が受領書を発行した企画書です」


 そう宣言した瞬間、マッツォ取締役は色を失った。


「これが失敗、即ち10億に達しなかったら、私は社長を降ります。

 その後は、マッツォさん、お願いします」


 一転喜色に包まれた取締役。

「ええ、喜んで」

「しかし10億に達した場合、不動産部門はヨーホー公社に返上し、国庫の一部として計上させます。

 減収になる分、皆様の役員給与も減額となりますのでお覚悟を」


 またまた一転、色を失った。


「お、お、横暴だ!!」

 マッツォ取締役は叫んだ。


 だがセシリア社長は冷静に答える。

「そもそも今まで公社として免税対象だったのがおかしいのです。

 既に国家事業として、復興対策としての役目を終え、国民から見れば横暴とも言える利益を、無税で貪っているのが我々です!

 そんな会社の映画を、誰が見たいと思いますか?!」


「関係ない!」

「大ありです!観客はヨーホー映画を観る度、税金と入場料を二度取られたと恨み始めますよ?」

「ぐぬぬ」


 役員会は閉会となった。

 役員たちがマッツォ取締役に囁く。

「あんた、眠れる獅子を叩き起こしちまったな」

「他人の剣を横取りしても、勝負にもならなかったな」

「折角下っ端連中に纏めさせた企画も、先手打たれちまったしなあ」

 どれも恨みが籠っていた。


 マッツォ取締役は苦虫を噛んだ様な歪んだ表情を晒していた。

 マッツォ陣営がこの役員会で提出予定だった「ゴドラン対キングカイエン」の企画書。

 企画書というにはお粗末な数枚のゲラ刷り。

 それは極めてマニアックな映画ファンに発掘されるまで日の目を見る事はなかった。


 そしてこの決意は、遅かれ早かれ来る筈だったキリエリア映画界の、一足早い終わりの始まりの宣言でもあった。


******


 セシリア社長はウッコ技師、チョウ社長に事情を説明し、長編アニメから手を引く事を宣言した。「役員からの抵抗に逆らえなかった」と。


 そして、ショーウェイへ紹介状を書いた。

 ショーウェイは一も二もなく飛びついた。


 ここ数年、伝統の無法騎士の伝記映画でヨーホーを圧していたものの、話題性においてはヨーホーのセプタニマ作品、更にリック監督の特撮作品に二歩も三歩も引けを取っていたからだ。


 そしてショーウェイには戦略があった。

「子供達をショーウェイファンに」

 いずれ老いていく中堅層ではなく、若者、少年の心を捉えていこう。


 その狙いに、神殿や学校で親しまれ始めたアニメ映画は、1千万程度は投じるに相応しいジャンルだった。

 しかしこの映画には詳しくないが、会社経営という海千山千に長けた社長は考えた。

(むしろ、何故リックさんを抱えるヨーホーがこんな棚ボタ話を袖にしたんだろうか?

 まさか、ヨーホー内部で何かゴタゴタが?

 考えられるのは、無税で優遇されている不動産部門がイキリ散らかしたのか?)


 ぼよよんとして見える、しかし油断のならないこの社長は、笑顔で応じた。


「出来れば、ウッコさんのスタジオをショーウェイで買い取りたい。

 社員、アニメーターの増員募集や研修、福利厚生、給料、そして健康管理。

 それも契約書に盛り込みましょう。

 それも含めて、また合作でやりませんか?」


 するとウッコ技師は考え込んだ。

(まさか丸々召し抱えとは!)

 結構な好条件ではあるが。


「まずは調整させて下さい。

 この作品に取り掛かっている間に、神殿や学校から発注があるかないか、あった場合の納期や人材の調整。

 ヨーホーの作画合成も断れるかどうか」


「お若いのに、中々義理堅いですな」

「他人から受けた義理を忘れない様、リック監督から学びました」

 しかし、どこか辛そうな答えだった。


「わからないねえ、何でこの話をヨーホーが手放したのか」

 社長はカマをかけた。

「リックさんは、私達に、好きな事に挑んで欲しい。夢を実現してほしい。

 そう願っていました」


(ヨーホーでは、これからリックさんでも思うような作品が出来なくなるって事か。セシリア社長がそこまで愚かな決意を下すとは思えない。

 やはり内紛だな)


 内心そう計算しつつも

「先ずは企画を煮詰めましょう。

 しかし『白蛇姫』はヨーホーが何か言ってきませんかね?」


 そこでチョウ社長がビシっと言い放った。

「元々『白蛇姫』は我々チョウ商会が持ち込んだ企画です。

 権利自体は我が国の昔話、台詞や演出が同一でない限り何も言わせません」


 そしてショーウェイの社長は決断した。

「製作費は合作ではなく全て我が社が持ちましょう。

 我がショーウェイの長編アニメ映画第一作としてであれば、ボウ帝国内の配給権は全てチョウ商会に譲渡します。


 それでリックさんは喜んでくれますかな?」


 この社長は色々見抜いていた。

 この企画自体が、チョウ商会からのリック青年への詫び状だった事、結局ヨーホーがその希望をヘシ折った事を、そして棚ボタ的にショーウェイが優れたアニメ技師達もろとも手に入れた事を。


「感謝します。しかしこの結末をリック監督がどう思うか、確認させて下さい!」

 この一言をウッコ技師は決して忘れる事は無かった。

 同席させられたトレート部長も安堵して、ウッコ技師に付き添った。

 チョウ社長も同行した。


******


「ウッコさんの夢が、今叶うんだよ!

 思いっきり製作費ふっかけて良い絵描きさん集めてよ!」


 ウッコ技師も、トレート部長も、チョウ社長も安堵した。

 ふんだくれって言われたチョウ社長も何故か安堵した。これで義理は果たせたからだ。


「なんだかウチだけ恩恵を被って、これでいいんでしょうか?」


 申し訳なさそうなトレート部長に、リック監督は感謝を込めて答えた。

「トレートさん、俺はあなたが俺の事を気遣ってくれて、本当に感謝します。

 これは、ウッコさんたちの未来を買ってくれたショーウェイさんと、内輪の権利争いに盲になっちまったヨーホーの違いですよ」


 そしてチョウ社長に向かって頭を下げた。

「どうかこの国の未来の自由な文化の発展に、協力願います」


 チョウ社長は恐縮した。

「結局私達は、あなたの利益になれる事が出来なかった…」


「とんでもない!」

 リック青年はチョウ社長の手を取った。


「今、あなた達の発案でこの地で長編アニメーション映画という、未来を動かす一つの夢が実現するんですよ?

 これが俺の喜びじゃなくて何だって言うんですか!

 有難う御座います!本当に…」


 自分の懐に一デナリも入ってこないこのやりとりの裏で、リック青年が色々な口利きをしたのか、或いはヨーホー社内の混乱に釘を刺したのか。

 実際のところは社長にはわからない。


 しかし、アニメーション映画の未来を夢見る気持ちは本当である。

 しかも商業的に成功させ、更に従業員の雇用条件にまで気を遣う。


「恐ろしい」

 直観的にチョウ社長は思い、

「この人の勘気に触れてはいけない、もう二度と」

 そう決意した。


 こうして、世界初の長編アニメーション映画「白蛇姫伝」の製作が決定した。

 とりあえずの企画であったが、実に無難との意見で決定した。


 脚本は子供が親しめる様に、大人の恋愛よりも異種族との心のふれあいを重きに台詞が改められたが、やはり最後は、若い青年と少女の二人が愛で結ばれる事には変わりなかった。


 かつての教育映画「地球の姿と宇宙旅行」でアニメに惚れた、いやアニメ美少女に心奪われた若手アニメーターを巻き込んで体制が整えられた。

 もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。


 なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。

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