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14.閑話「勇者 魔王を討つ!」

 魔王軍討伐戦争終了後、国内の復興に悩まされていたのはキリエリア王国だけではなかった。

 内海を挟んで対峙するテラニエ帝国。

 そもそも魔王軍に侵略されたと周辺国を先導しておきながら、実は自分で魔王の領土を侵略していた全ての元凶だ。

 その帝国も同様に、いや国内の被害は帝国の方が大変な位であった。


 しかし帝国が先ず力を入れたのは、勇者の凱旋であった。

 魔王に勝ったのは、神殿の影響力に物を言わせて戦争に協力させたキリエリアなどであってはいけない、あくまでテラニエ帝国であるべきだ、そう帝国は考えていたためだ。


「魔王、生きてるってよ」

「何ぇ~~???!!!」


 実は勇者の勝利はウソだった、現地からの報告を受けてなおの事凱旋行事に力を入れざるを得なかった。

 今更バレては大陸の大国としての面目も品位も失う。

 幸いキリエリアは休戦協定を破らない限り文句は言わない様子であった。


******


 偽りの凱旋は、国内に安心感を齎し経済を活性化させたため、まあまあ無駄ではなかった。

 しかし国内が復興してくると、キリエリアとテラニエを往来する諸外国の商人達から真相が語られる様になり、帝国は不安に駆られた。


 そこに「キリエリアではなんか凄い映画が大ヒットしてるじゃん?」という噂が流れて来た。

 復興途上にある村ではトーキーではないものの、音盤を使っての上映が行われた。

 内容が内容なので都市部での興行は遠慮されたが、ただでさえ娯楽の無い村々では大盛況だった。

 そして「凄い映画」の噂は帝都にまで広がった。


「こりゃ全部オモチャ使って撮ってんだ!インチキだ!」

 異世界から召喚された勇者ツヨイダ・カッターは力んで叫んだが、そんな事は製作者が大々的に公表している。

 むしろそれを宣伝文句にしているのだが。


「俺様の魔法がありゃあ!あんなチャチなもんじゃないホンモノの大迫力を見せてやるぜ!」

 どうもこの勇者は、魔法の光や輝き、炎ですら映画に映らない事を知らないらしい。

 人の目には見える炎も水も、魔力はフィルムに感光しないのだ。


 でもまあ、映画で勇者の勝利を宣伝するのも悪くないなあと思ってしまった帝国。

 事もあろうに、この乱暴だけが取り柄の勇者を主役に、魔王軍討伐の「歴史再現」???映画の製作を発表した。

 その題名も「勇者 魔王を討つ!」


******


 本物の勇者が大活躍する!

 そして帝国陸軍を動員した魔王軍との決戦!

 が売りであったこの作品。


 しかし撮影が始まると…

「この魔物の衣装、走ると角が取れるんですけど」

「翼が取れるんですけど」

「空飛ぶ魔物をつってる糸が丸見えなんですけど」

 敵、魔王軍の撮影が見事に壁にブチ当たった。

 というかその辺の技術的課題をクリアしてらか製作発表すべきものを。


 しかも「陸軍だけでなく海軍も出せ」という苦情を受け、2年前に出動記録なんぞあるわけない海軍が出動して、一斉に魔王軍を砲撃する場面を撮った。

「キリエリアはオモチャだがこっちは実物だ!」

 という訳なのだが…


 撮影当日は曇天で、異様に暗い画面になってしまった。

 しかも砲撃の合図が良くなかったせいか、フィルムを随分長く廻したわりに砲撃がまばらであった。


 特殊効果スタッフの操作やカメラワークが自由自在、画面の演出がある意味容易なミニチュア撮影の長所を、逆に証明して見せた一幕だった。


 陸上の決戦シーンが晴天だったので、海軍場面に切り替わると画面が暗くなり、その場面を見ているだけで、「あ、これ作り物だな」と思われてしまう程の不自然さだった。

「作り物」ではなかった。「作り事」ではあったのだが。


******


 主人公、勇者ツヨイダの演技は、まあまあだった。

 なにしろセリフが偉そうに啖呵を切る場面ばかりだったからである。

 当然、軍を鼓舞するとか、被害に遭った村を気遣うとかそんな場面を取れるわけがなく、実に平坦な人物像となってしまった。


 なお実際の勇者は、討伐の最中寄った村々で威張るばかりだったので、この部分は「作り事」ではなくまさに事実だった。


 勇者に同行した女戦士、聖女、女魔導士は…

 そういった勇者に足りない部分を助演させる予定だった。だが。

 三人とも美女ではあったが、演劇など知らない素人だったのでセリフがかみかみで、使い物にならなかった。

 結局突っ立っているだけになった。


 それでもツヨイダ達は「俺様の真価を見ろー!エクスプロージョン!!」

と爆破魔法を振るった。


 振るったのだが、魔法の炎はやっぱりフィルムに写らない。

 他の仲間達も撮影現場では光まばゆい魔法を放ったが、妙なポーズ付けてる先で敵に見立てた人形が爆発したり吹き飛ぶだけで、一種不思議な笑いが起きる有様だった。


「気合が足りねえんだ!見てろ!ウルトラスペシャルマックス、エクスプロージョン!!」

 ツヨイダの放った極大魔法は、撮影場所の小山を吹き飛ばし、飛散した瓦礫がスタッフや参加した味方役の兵に当たってケガさせる始末。


 頭を抱えたスタッフに、皇女アラウネが助言した。

「ならば私が勇者を呼び、彼の活躍を祈り民を案じる場面で場を繋ぎましょう」

 流石に皇女を俳優に使うのは畏れ多いと、人気女優が皇女を演じ、なんとか映画の態を成す事が出来た。


******


「「「どうしてこうなった…」」」

 制作会社は頭を抱えた。


 折角帝国初のモンタージュ効果を駆使した新時代の映画!

 しかも陸海軍を動員した筈のスペクタクル!

 勇者達本人が魔法で敵を倒しまくる痛快な活劇!


となる筈だった映画を見て、絶望した。


 怒鳴り散らすだけで、応援する気も失せていく勇者。

 美しい、しかし立っているだけの聖女たち。短いセリフでも素人丸出しなのが見ていて辛い。

 敵の魔物は何故か角や翼が(度重なる修理の所為で)垂れ下がり気味。

 しかも人にくっ付けてるだけなの丸わかり。


 軍を動員した総攻撃開始こそ迫力があったが、いざ戦いとなると勇者達の謎のポーズと只の爆発、しかも敵は動かない人形が吹き飛ぶという、何だこりゃってシュールさ。

 そして海軍の場面は別の映画の夜戦シーンを繋いだかの様な不自然さ。


 最後、筋骨隆々とした魔王…の人形を文字通り真っ二つにして、

「俺様にかかりゃあ!こんなヤツ敵じゃねえ!」

 とドヤドヤ顔でいう勇者。


 関係者一同

「テメェ真っ先に逃げ出したっていうじゃねぇか」と心の中で突っ込んだ。


 因みに製作費は1千万デナリ、その3割は海軍動員費、2割は陸軍動員費、2割はツヨイダのギャラというもので

「「「どうしてこうなった…」」」

 その決算書を前に制作会社は更に頭を抱えた。


******


 それでも「勇者 魔王を討つ!」は、そこそこヒットした。

 先ず陸海軍は全員鑑賞する様に、しかもちゃんと入場料払って、とのお触れが出された。

 中には「キリエリア沖海戦」を見て「我が国はどんな大作を完成させたのか」と期待して見た士官もいたが…


「いやあ!皇女様を演じた女優は美しかった!本人程ではないがなあ!」

 感想を聞かれた者達は口をそろえてそう讃えた。

 他に讃える部分が無かったからである。


 陸軍に至っては

「史実に忠実だった!特に勇者の、決戦に向かう『まで』の振舞は正にあの通りだった!」

 言外に「決戦では真っ先に逃げたけどな」と言わんばかりだった。


 それでも庶民はヘタクソ芝居でも楽しんで見るおおらかさだったので、多少の行列は出来た。

 初日だけは。

 劇場から出て来た子供達は、奇妙なポーズを取ったしばらく後、「エクスプロージョン!」と叫んで勇者の真似をするくらいには楽しんだが、同伴して来た親の顔が苦笑いだったそうだ。


 子供の観察力をナメてはいけない。

 尚、ポーズの後に叫んだのは、音盤再生の音がズレてしまったのを忠実に再現したのだ。


******


「「「どうしてこうなった!!!」」」

 リック少年達キリエリアの英雄チームが顔面をひきつらせてエンドマークを見ていた。

 フィルムを買ってリックの家で鑑賞していたのだ。


「「「ぶわっはっは!!!」」」

「「「うひーっひっひひー!!!」」」

「こらすげえ!こらまいったー!!」

「ちょ!みんな笑い過ぎで…あひーっひっひ!!」

「ひー!魔王しゃまカワイソーひー!」

「て、帝国の連中誰も魔王に会ってないしなー!こりゃ抗議されるかもな!」

 一同大爆笑だったという。


******


「こっこ…これは…うふふふっ!ひど、ひどすぎますわね!」

 ヨーホー本社試写室でもセシリア社長が品を崩さない様、必死に笑いを堪えていた。

 そして内々に入手した製作費と、興行成績の対比表を見て

「ぶふううううーーー!!!」

 ついに耐え切れず崩壊した。


 興行成績は、そこそこヒットしたとは言え、3百万デナリであった。

 陸海軍と勇者のギャラを引いた額だけは回収できたみたいであった。


 後日、キリエリア王国からテラニエ帝国に内々に文書が送られた。

 長々と書かれた文書を要約すると、次の通りだった。


「あんまフカすと逃げた事バラすぞ」

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