139.ヨーホー特撮、初の蹉跌
数年前、3m大の戦艦や機送艦を担いで王都や領都を巡回したトラックが、今度は宇宙ロケットを担いで、王都や各地の領都を走っている。
「宇宙時代来る!『怪星バベル』大公開!」
その看板を背負って走る。
「小さい地球を飛び出せば、デカい星空俺の手に
俺は宇宙の船乗りだ!俺は宇宙の飛行士さ!」
映画の中でも登場人物たちが歌う、宇宙時代の流行歌がトラックから流れる。
試写を希望しながら間に合わなかった領都では、ヨーホー鉄道駅に隣接する商店で1日宇宙博が開かれ、大変な人だかりが出来た。
今更ながら「地球はなぜ丸いの?」「地球は太陽の周りを回っているの?」という天文学の基礎から学べる内容に、映画のセットや模型が飾られて子供達は大興奮で楽しめる内容だった。
そして小さく仕切られた映写室では、リック監督とウッコ師がかつて製作した宇宙教育映画や、過去のヨーホー作品の予告編、そして「怪星バベル」の予告編までが映写された。
予想外の人が詰めかけ、宇宙服や南極計画の制服を着た係員は対応に苦労するとことなった。
******
「ホントにリック君が言うせいぜい3億超止まり、なのかしらねえ?」
各地から上がって来る一日宇宙博の盛況を聞くと、とても信じられないセシリア社長であった。
宣伝部が答えた。
「舞台挨拶もリック監督以外は調整済みです。
その回は既に予約券は完売。
5億は越えるのではないでしょうか?」
「あの子は世界の歴史に残る偉業をなしたんです。
ひいき目に言えば!10億くらい越えて欲しいですわ!」
そして封切り前、人工衛星のクリティカルフェーズの成功が確認された。
通信電波の中継、雨雲の電波反射信号の送信が行われ、おぼろげながら陸地から離れた洋上の気象状況が判明出来る様になった。
リック監督は管制室の一同に宣言した。
「ここから先のチェックアウトフェーズは人工衛星単体の問題、そして地上側の受信の問題に絞られてきます。
しかし予定では3ケ月も持たず、あと1,2週間で衛星は落下、大気との圧縮熱で消え去るでしょう。
それでもロケットの技術、精度が経験と共に高まれば、いずれ人工衛星に小型軽量化したテレビ発信機を載せて地球の姿を、雲の動きを送り届けてくれるでしょう!」
「「「おおー!!!」」」
公社一同が、ここに来てはじめて歓声を上げた。
「今日で俺は映画に戻ります。後は皆さんに任せる恰好になり申し訳ありません」
「「「ええ~???」」」
公社一同が、すごくガッカリした。
彼の失敗を尊重し自由な意見を尊重する姿勢は、公社の皆の「成功優先」の意識を改革して来たのだ。
何より、職場が楽しかった。
「じゃ、交代で休み取って、『怪星バベル』、ご家族で見てね!」
「俺独身だー!」「じゃ彼女と一緒に」「彼女いねーよ!」
「「「わはははは!!!」」」
「あー、彼女とのデートなら『南国の騎士団長』の方がいいかな~?」
「一人でも行くよー!」「リックさま連れてってー!」「キャー!」
「「「わはははは!!!」」」
笑顔の絶えない職場であった。
******
いよいよ封切りの日。早朝。
リック監督が今まで口にしたあまり先行きの宜しくない発言。
主無きリック邸はすぐ近くのクラン劇場前の道を眺めていた。
ぼちぼち、行列が出来ていた。
「あんまし、人、こないねぇ~」
「まだわかりませんよ」
しかし上映前になっても、いつもほどの行列はできていなかった。
「やはり、リックさんのいう事には何かしらの確証があっての事なのですわね…」
「く、くやしいよぉー!」
その日、王立大劇場、ヨーホー中央劇場の70mm劇場は賑わった。
他の一番館もにぎわった。
しかし長蛇の行列とまでは行かず、入れ替えを急かす程の騒ぎにはならなかった。
クランの劇場も割とすんなり入れ替えが済み、大体座って観られる程度だった。
初日は大入りは大入りではあった。
しかし、ここ数年の10億越えを期待させる程の騒ぎも喜びもなかった。
「行って3億越え」
リック監督の声を聴いた皆が、それでも結構な大ヒットな筈の数字を思い返してもなお暗い気持ちに覆われた。
******
「ただいまー!あ…」
「おかえりなさい!」「パパー!」「ぱぱー!」
リック監督が帰って来たが、家の中は何と言うか憂いが漂っていた。
「あー、バベルの事がー。まあ、タイミング悪かったよねー」
「何でですか?人工衛星成功したじゃないですか!
リックさんは歴史に残る偉業をなしとげたじゃいですか!」
くやしそうに、アイラ夫人がリック監督の胸に飛び込んだ。
「こういうイベントはね、最初から織り込み済みでやらないと。
便乗して途中からとかだと、みんなそんな乗ってこないんだよね」
リック監督に抱かれながらアイラ夫人は言った。
「人気商売って、難しいんですね」
「あ~…リックきゅんおはよ~」
アイディー夫人が今更ながらに起きて来て、二人は顔を見合わせて噴き出した。
******
新ヨーホー中央劇場、その裏手のヨーホー本社通用口からリック監督は密かに出社した。
「なにも。そんなにコソコソする事なんてなにもありませんよ」
怪しげな所作のリック監督にセシリア監督は優しく接した。
「いや、約束の数字行ってませんし」
「そんなの撤回したでしょ?」
「社長はそうですが俺は撤回してません。4億いかなきゃクビですよ」
「何言ってんの!製作費5千万で3億でも大ヒットよ!」
「本作は、初めてヨーホー特撮映画が期待値を下回った失敗作です!
約束は約束です。
俺は後任を部長に推薦して、離職の準備に入ります」
全てを諦めきった様に、氷の様に、書面を読み上げる様に話し切るリック監督。
「お待ちなさいよ!」
社長は色を失った。
「今まで、映画界を推進していたあなたがいなくなったら!どうするのですか?」
「セプさんいるじゃないですか」
「あの人尖り過ぎです!あんな人ばっかりじゃヨーホーは沈みますよ!」
「う~ん。その通りかもしれませんねえ」「でしょ?!」
セシリア監督のセプタニマ監督評、かなり低い。
「でも人気シリーズも多いですし、特撮も俺抜きでやってけるでしょ?」
「リック君!ちゃんと数字が出るまで待って。
そして数字に基づいた判断を下します、それをちゃんと受け止めてね?
いいわね!」
もう子供に言い聞かせる母親の様であった、だが。
その慈愛に満ちた目が、リック監督には嬉しかった。
******
大きな行列こそできなかったが、じわじわと観客は増えていく。
今までにない、謎の動向であった。
結局ロングランに踏み切り、緩やかに数字は伸びて行った。
さらに一部の劇場、いわゆる二番館では「地球騎士団」「宇宙迎撃戦」、更に「フォルティ・ステラ」シリーズを自主判断で上映した。
その結果、子連れ家族客を中心に大層な賑わいとなった。
調子に乗った二番館の主人は「ゴドラン」「ゴドランの逆襲」「空の大怪獣プテロス」も日替わりで上映し、これもまた賑わった。
「直接我が社の利益にはなりませんが、過去の作品のフィルムを買いたいという劇場が増えています」
「子爵家、男爵家からも映写機に立体音響、そしてフィルムの購入の問い合わせが来ています」
セシリア社長は天を仰いで溜息を吐いた。
(まさかあの子。こんな時を予想して今まで映画を撮り続けていたのかしら?
いいえ、前世の記憶に従ったのかも知れませんが。
それにしても)
「それらの申し込みの内、特撮映画に関する純益は『怪星バベル』の副収入に加算しなさい!」
社長は指示を飛ばした。
(じゃあ、次は何をするのかしら?その次は?)
社長は期待ではなく、何故か言い知れぬ不安を感じた。
(どうか、遠くに行ってしまわないで!
私達と、夫と、兄上と共に居て!お願い!)
社長は、セシリア夫人は、この目の前の繁栄や成功が、どこか儚げに見えていた。
それ故、言葉にならない祈りを、この場にいないリック監督に捧げた。
「怪星バベル」。
製作費5千万。
興行収入、キリエリア国内3億7千万デナリ、他国収入、2億デナリ。
意外にボウ帝国の市場の反応は鈍かった模様。
更に過去作品の再上映、フィルム販売利益7千万。
これだけで並みの映画なら製作費が回収できるレベルだが。
「5億。越えましたね」
「いいえ、4億を超えていません」
表彰の場で、追加報酬を拒否したリック監督。
社長はムッとして檄を飛ばした。
「映画は結果が全てです。
あなたを信じたスタッフのためにも、もっとシャンとしなさい!」
「はい!でも追加報酬は受け取りません!」
社長は苦々しく言い放った。
「じゃあ特殊技術部で均等割にします!」
「ありがとうございます!」
「あなたって人は全く!」
「ぱぱはまったくー!」
「「「わはははは!!!」」」
表彰の場に招かれた家族、キャピーちゃんの声に一同が爆笑し、拍手を贈った。
そしてリック監督は宣言した。
「次はもっとみんなを沸かせる作品をやります!
東国の人気者、快猿王と、ゴドランの決闘を映画にします!」
「「「おおおー!!!」」」
役員たちは歓声を上げた!
しかしその反面、本編、特撮スタッフたちは声を上げなかった。
事前にリック監督から意向を聞いてはいたが、今一つ納得がいっていなかったからである。
「え?デ、デシアス様、なんか特撮部のみなさん、いえ、テンさん達も…」
「ミーちゃん。後でゆっくり話すよ」
******
人類初、宇宙に届いた手は、雲の姿を電波で捉え、地上に伝えていた。
運用に乗った、そう判断されたアルファ計画は成功と判断され、長期気象予想が連合諸国に告知された。
そのため豪雪が予測される地帯への、他国からの義援物資が集まった。
豪雪となった地帯は例ねんなら多数の凍死者、餓死者を出した。
しかしこれら義援物資のため、この年は犠牲者は極度の過疎地帯に留まった。
そして。
「この辺が、今の限界かなあ~?きゅう~」
アイディー夫人が倒れかかり、リック青年が抱き留めた。
「テレビ受像機、5万デナリの時代か!ありがとう!ありがとうディー!」
「えへへ、もっと、大事な事言ってよ~」
「ああ!愛してる!大好きだよ俺のディー!」
「うひゅ~。ぐうぐう」
テレビ受像機の大量生産の糸口を付け、機械や魔道具の術式を簡素化できるまでやり切ったアイディー夫人は、満足そうに愛する夫の胸で眠った。
「ふああ。宣伝は規定の通りに。俺も、休んでいいかな?」
トリック商会の工房で二人は重なって休んだ。
これから巻き起こる、恐るべきテレビ時代の到来に背を向ける様に、抱き合って眠った。