138.人類ついに宇宙へ発つ!
王都で、領都で新聞各社が怒り狂った某魔導士夫婦に焼き討ちされている頃。
映画「怪星バベル」の撮影も編集も終わったリック監督、そしてアイディー夫人は王立学院に日参して人類初の宇宙ロケットの実験を繰り替えしていた。
ロケットエンジンの噴射テスト、燃料の燃焼テスト、燃料庫の耐久テスト。
高高度気球を使った宇宙との交信テスト、人工衛星の電池耐久テスト。
管制システムの動作テスト。
それら単体テスト、連結テストをこなし、遂に初の総合テストを実施する事になった。
テスト用のロケットは幾度か爆発を起こしたが、織り込み済みと言わんばかりに次のロケットに改良が施された。
また幾度かの失敗の度に王家へ批判が集まっては堪らないとテスト自体は秘匿されて行われた。
そして、ついにテスト用ロケットがテスト用人工衛星の軌道投入に成功し、本番を迎える事になった。
事業母体は魔導士協会、王立学院から分離し組成されたキリエリア王立宇宙公社が行う事となり、今回の成功後も気象観測、地球観測、天体観測等を継続して行う予定だ。
とは言ってもその中心にいるのは相変わらずリック一家なのだが。
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その日、連合諸国の大都市は幾度か人だかりが出来た。
未だ高価過ぎるテレビ。
庶民が見る事が出来るのは、ヨーホー公社の駅前に設置された、「街頭テレビ」だ。
その画面は未だ20インチ強と、小さい。
しかし人々は、人類が宇宙へ手を伸ばす瞬間を、その小さなテレビで一目見ようと集まっていたのだ。
気の早い人は発射予定の前日から徹夜でテレビの前を陣取っている。
そして半日前ともなると、結構な人だかりとなっていた。
だが、
「本日のロケット発射は延期となりました。
燃料噴射装置が万全でない事が懸念されたためです。
次回発射予定日は、明後日に発表される予定です」
「「「ええ~???!!!」」」
気の早い人々は解散した。
それが2回続き、人々は
「もうダメなんじゃねえの?」
「実は打ち上げっていうのもウソなんじゃね?」
「映画みたいにゃあ、行かねえもんだなあ」
と思い始めていた。
しかしリック監督は関係者を讃えた。
「わずかな懸念でも致命的な失敗に繋がりかねないんだ。
異常に気づいてくれた人は、成功のための障害を取り除いてくれた恩人だ!
改めて礼を言わせて欲しい!」
余計なことを言ったばかりに打ち上げを延期させた、と落ち込んでいた職員にリック監督は感謝を捧げた。
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5日後、原因は噴射装置ではなく、噴射装置の異常検知装置の配線のゆるみであり、全ての配線が再点検されて再度の発射に臨んだ。
王立大劇場に、ヨーホー中央劇場にも、電球式大型テレビが用意され、この「人工衛星」計画に賛同し出資した貴族達を集め、テレビ中継を上映していた。
「全世界の皆様、我々はついに人類の生み出した道具が、地球を離れ宇宙へ到達せんとする瞬間を迎えようとしています」
アナウンサーの声が駅前テレビの周囲に、劇場に、王家や貴族邸に響いた。
「キリエリア王立宇宙公社の発表によりますと、既にロケット発射実験は5階行われ、3度の失敗の後1度は地球の周りに到達し、1度は模擬衛星を地球の周回軌道に投入する事に成功しているとの事です。
今回の打ち上げが更なる成功の積み重ねとなる事か、再度の失敗となるか。
発射基地の要員一同成功を祈っていますが、同時に安全装置が示す異常を見落とす事がない様に厳しく目を光らせています」
「また失敗して恥かく様な事がないといいんだが」
出資者の貴族が本音を漏らす。
「大切なのは成否ではありません。成功と失敗の積み重ねによる経験です。
気長に見守りましょう」
優しく、小声で話すセシリア社長、ザナク公爵夫人。
相手の貴族は畏まり、深く頭を下げた。
とはいう物の、この打ち上げには王国の威信も、リック監督の次回作の成否を掛かっている。
もっと言えば気象観測即ち気象予報、作物の出来の予測、ひいては大陸規模の飢餓や農作物の価格の上下を先読みする、神の目にもなり得る大きな力を得るか否かがかかっている。
発射管制室はまさに「宇宙迎撃戦」や「世界最終戦争」のセットそのままであった。
粗い画像ながら、その中央で指揮するのはリック監督でありアイディー夫人であった。アイラ夫人と子供達はアックス家と一緒に社長の近くの席で成功を祈っている。
「20、19、噴出音異常なし、異常検知なし、風向風力変化なし。
12、11、イーニッシオ!」
ロケットから轟音と共に白熱が噴き出し、四方に掘った排煙濠から煙が広がっていく!
「推力上昇異常なし、発射7秒前、5、4、3、2、1、係留柵解除!」
10mを越える巨大な塔が、天に向かって動き始めた!
「異常検知装置、異常検知なし!」
ロケットの速度は徐々に上がっていく!
白熱光と白雲を棚引いて空へ昇って行く…
その巨体はやがて点の様に小さくなり、見えなくなった。
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管制室のモニターでは地上からの図と、天から見た平面図が左右に表示されている。
「現在時速、4千kmを突破!」
「第二ロケット点火用意!」
「燃料噴射装置異常なし!異常検知装置、検知なし!」
「点火!」
モニター上の光点が二つに分かれた。
「分離を確認!」
「第一段、上昇続行中!
やがて地上に向かっていた光点が消えた。
「第一段、第一宇宙速度に到達!」
「ロケットの打ち上げ自体は成功だ!次は人工衛星の投入、1時間半後だ!」
管制室に溜息が溢れた。
誰かが拍手したが
「まだ早いよ!衛星分離後追跡開始、それからクリティカルフェーズ1週間、んでチェックアウトフェーズ3ケ月後だ!
まあ、衛星はそれより前に落ちちゃうけどねえ」
ちょっと残念そうにリック監督は言った。
「リックさん、発表はどの様に?」
「全員、予定との相違は?」
「ナシ」「ナシ!」「ありません」
「わかりました。特段懸念事項が今ある訳じゃない。予定通りで行きましょう」
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「「「うおー!!!」」」
「「「やったわー!!!」」」
「これ特撮か?」「ホントらしいぞ?」
「「「すげー!!!」」」
打ち上げの瞬間、各地の街頭テレビ周辺は、そして貴族達を迎え入れた大劇場は歓声と絶叫に包まれた。
そして、発射から15分後。
既に駅前の人だかりは酒盛りを始めていた。
劇場の貴族達は最初の5分は興奮していたが、そこから10分、ずっと管制室や人工衛星打ち上げの説明ばかりを見せられ飽き始めていた。
「こちらダッチャー宇宙基地アルファ計画管制室よりお知らせします。
只今打ち上げ後第一段階についてキリエリア宇宙公社より公式発表があります」
人々は期待を胸に画面に再び釘付けになった。
元王立学院の工学部長が公社社長となり、説明を始めた。
「打ち上げ前に説明した通り…
人工衛星による気象観測の成否が判明するのは、2週間後です。
そもそも運用が始まったかを判断するのに1週間はかかります。
只今その初手の前半である、ロケット打ち上げが終わったところに過ぎません。
この後、予定通りであれば1時間半後にロケットが人工衛星を宇宙に放り投げます。
キリエリア国王カンゲース5世陛下にご報告申し上げます。
我々は、最初の第一関門であるロケット打ち上げには成功致しました!」
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「「「うおおー!!!」」」
「「「やったー!!!」」」
「「「カンパーイ!!!」」」
駅前テレビ周辺は既に宴会場と化していたが、更に湧いた。
周囲の飲食店は稼ぎ時とばかりに酒と肉を出店で売りさばいていた。
「「「ありがてえー!!!」」」
何だか知らないけどうまくいってみんなゴキゲンなので、飲食店の連中も歓喜の声を上げた。
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「「「うおおー!!!」」」
「「「やったー!!!」」」
「「「神よ国王陛下に祝福を!!!」」」
「「「神よ国王陛下に祝福を!!!」」」
王宮でも、そして貴族達の集まる王都劇場でも歓声が上がった。
だが、皆話をよく理解できていないのは一目瞭然だ。
「中継をご覧の皆様、中継をご覧の皆様!
我々は未だ第一段階に成功したに過ぎません!
1時間半後に行われる、人工衛星の軌道投入を引き続きお待ちください!」
「なんだ、まだ終わった訳じゃないのか」
「まだ人工衛星はロケットの中なのだな」
「しかしロケット打ち上げが上手く言ったんだ!まずは祝杯を挙げよう!」
劇場内の貴族はホールで前祝を始めた。
「皆さん調子の宜しい事!」
しかしこの様子に、セシリア社長は安堵した。
仮に衛星分離に失敗しても、大事なのは
「なんだか知らないが宇宙に行けそうになった」
という成功体験なのだ。
それさえあれば、失敗した後の印象がまるで違って来る。
(リックさん、よくがんばりましたね!)
そして1時間半後、衛星の軌道投入に成功。
人類は初めて自らの意思と力で宇宙に対し働きかける事に一手を投じた。
王宮で、有力貴族邸で、王都の劇場で、鉄道駅各地で、喜びの声が上がった!
そして、管制室でも。
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「宇宙時代来る!」
「これが宇宙から見た大陸の姿!」
「どこまで予測か天変地異?!」
新聞は神の目を得たかの様に活字を躍らせた。
そして「怪星バベル」への期待もへの平を返したかの様に歓迎一辺倒となった。
「どうか我が領都劇場でも試写を!」
「我が国の学院でも!」
試写会の要望が集まった。
しかし2回に及ぶロケット打ち上げ延期の為、時は既に公開直前となっていた。
「今から予定の変更は出来ませんが…
何もなし、じゃ折角の声援を無視する事になりますわ、リックさん!」
「封切りの辺りは衛星からの信号を解析する作業中です、舞台挨拶も行けませんよ」
何気に舞台挨拶に出られない影の立役者である。
「何か代案はありませんか?」
「巡回で宇宙博物館でも開いてはどうですか?
ミニチュアや本編セット、宇宙教育の基礎を…『地球騎士団』あたりから引っ張り出して。
あとアニメで作った宇宙教育映画、あれも無料で流せば」
「宣伝部を読んで!すぐセッティングや輸送を試算して!
早けりゃ明日からでも巡回に出して!
スゴい宣伝になるわ!」
今まで新作の先行きに不安だったセシリア社長は、一点してはしゃぎまわった。
「あーでも社長。
やっぱり今からじゃ行って3億超、じゃないすかねえ」
「先日の4億必達の話はナシです!
リックさんはリックさんの撮りたい作品を撮るべきです!」
「もう世界中手のひら返しだなあ、フィンガーミサイルみたいだ」
訳の分からぬ事を時たま言うリック監督。
「怪星バベル」封切り1週間前だった。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。