136.赤く黒い不気味な星「怪星バベル」!
特撮スタジオは一度ミニチュアセットを解体し、今度はこのロケット、ジェットパイプを建設するシーンの撮影に入った。
特美班は寒天を固め、その表面をザラつかせた「海」を作り、そこに小さめの船団のミニチュアが置かれ、航跡が筆で描かれる。
それを俯瞰で撮影し、照明を移動させると海面が輝く様に見える。
「大西洋の嵐」で使われた技法だ。
そこに最近断熱材等で使われる発泡樹脂で氷山が作られ、南極に向かう大艦隊が仕上がる。
艦隊は俯瞰だけでなく、砕氷船が氷を砕いて進む様も撮影される。
永久凍土の上に艦隊から建築資材がクレーンやベルトコンベアで降ろされる。
更に垂直飛行機、ヘリコプターまで鉄骨や鋼管を吊り下げて運ぶ。
荷物や船には細かい人形が配置される。
そして戦車の様な無限軌道を付けた建設機器が氷河に巨大な穴を掘り、それらには古代の闘技場の様な鉄の檻が築かれる。
更に各地には長大な鋼管の列が並べられる。
そしてそれらは、先日あの凄まじい炎を吐いたジェットパイプとしての姿を徐々に表していく。
精密なミニチュアの中を、70mmカメラが縦横に入り込んで、火花散る建設現場を記録映画の様にとらえていくのだ。
「う~ん!いいねえ!
ホンモノじゃないホンモノらしさが画面から迫って来るねえ~」
「完成フィルムには建設現場で人間との合成が入る。
もっとそれらしくなるぞ!」
リック監督もデシアス技師も手ごたえを感じていた。
「すごい…おもちゃなのに…すごいー!!」
ミーヒャー嬢も特撮の魅力が解って来たのかもしれない。
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更にバベルと名付けられた黒色矮星の撮影が始まった。
かつて「聖典」で神によって滅ぼされた、破滅の象徴の名である。
今度は宇宙の、星空のセット、背景でだ。
「真ん中が真っ黒、その周囲は真っ赤に燃え盛る…何で真っ黒なんですか?」
「ホントは全部真っ黒なんだよ。太陽が成長に成長を重ねて、今のあの太陽の何万倍もの大きさになって」
「なって?」
「しぼむ。地球より小さい位に。水素の核融合反応が燃えつきて、段々冷えて小さくなる。重さはそのままでね」
「それで、小さくて黒くて重い星になるんですか」
「ああ。あらゆるものを吸い込む重さ。光も吸い込んでしまうので真っ黒だ。
「でも、そんじゃなんで周り赤いの?」
「黒い宇宙で真っ黒だと何が何だかわからないから、星の真ん中だけ大変な事になってるって…映画的な記号だよ」
異世界で原典となる映画では、真っ赤な星だったのだが。
この星の模型は透明な樹脂の、二重の球を作り、外側に赤い樹脂の礫を貼り付け、内側の外周部に光源が灯る。そして回転する。
ギラギラと外側だけ回転しつつ、球の内側は黒い。
更に外周部に炎を合成し、周辺から重力で吸い込まれる流星と、それが爆発する閃光を合成するという手間のかかった撮影だ。
「本当に不吉ね、金環蝕みたい…」
周囲の隕石や小惑星を吸収しつつ迫るカット、その周囲は炎が燃え盛るが内部は万物を吸い込む暗黒の地獄という異形の天体がフィルムの向こうに現れたのだ。
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パイロットフィルム最後の撮影カットは、魔の星探査船がバベルに不用意に接近し、脱出を試みるもバベルの引力に引きずり込まれるカットだった。
この辺はほぼほぼ合成を経ての完成である。
こうして完成した5分のパイロットフィルムが上映された。
試写室には、「世界最終戦争」や「マハラ」とは異なる空気が流れた。
「太古の昔から、空から悪魔の星が降って来て地上を滅ぼすという話は幾度もあったが、どれも現実にはならなかったしなあ」
「ははは。そうなっていたら我々はここにいませんしな」
「「「ははは」」」
役員の反応はイマイチだ。
「悪魔の星がこの世の凶事を告げていたって話なら分かるけど…
世界が協力して悪魔の星から逃げるってのが荒唐無稽すぎてなあ」
「まだ異星人が星空から攻めて来て、それを未来の力で追い返す方が解り易い」
「そうだろうか?去年世界が戦争で滅びる話を撮ったんだ。
今度は世界が手を結んで災害から生き延びる話でもいいじゃないか」
「リック監督の狙い、いや願いもそこにあるんじゃないか?」
否定的な意見と肯定的な意見が飛び交い、一同が社長の意見を伺おうとした。
「リック君はどう思うかしら?」
意見を振られたリック監督が堂々と答えた。
「先程世界が手を結んで危機を救う、というご指摘がありましたが正にその通りです。
昨年の『世界最終戦争』という問いの一つの答えが、この『地球大発進』という企画です。
但しこの企画は過去にない、危険な賭けをはらんだものである事も事実です」
「「「賭け???」」」
「ほんの10年前まで、この世界に生きる多くの人達はこの大地が巨大な球であり、太陽の周りを回る星の一つだと知らされていませんでした。
ましてや星空へ向かうロケットも未だに実用化出来ていません。
今魔導士協会が小さな魔石と電波発信機を備えた人工衛星を飛ばす実験をしている最中です」
「なんと!」「あの連中そんな事してたのか?!」
「上手くいけば年内には地球を2、3周できる人工衛星を飛ばすでしょう」
役員一同は呆然とした。
「人が、月を…」「そんな時代になるのかあ」
「それを成し遂げたリックさんがここにいるのは、我々にとっては奇跡みたいなもんだなあ…」
「今は商売の話をしましょう。
俺は、人工衛星の実験が公表され実施されるあたりに公開できる様、この映画を完成させます。
しかし実験の成否は魔導士協会の中でも半々という評価です。
それもあって、今までの様な5億越えの大成功は約束できません。
数億、せめて製作費と間接費の数倍程度は回収する、それで製作開始の決断を頂きたい!」
一同は唖然とした。
10億を越えんとするヒットメーカー、リック監督の見積もる成績が、この驚異の映像を以てしても低すぎる。
いやそれ以前に、億のヒットを飛ばせる監督が少ない中、低く見積もって数倍と言い切るリック監督の発言が、自信なのか謙遜なのか。
役員一同の脳裏にはまさに黒色矮星が迫って来てるかのような謎宇宙が広がっていた。
「最低4億!」
「「「え???」」」
「その位は稼いで見せなさいよ!
成功とか失敗じゃないの。
みんなあなたに期待してるのよ。
あなたが見せてくれる、新しい世界を見たいのよ!
見せてごらんなさいよ!」
「はい!」
「後、もひとつ」
「何でしょう社長?」
「子供の観客動員のため、怪獣出さない?南極の氷が全部溶けて、その中から…」
「出しません!!」
このセシリア社長の無茶振りを受けて、新作映画「地球大発進」改め「怪星バベル」の製作が始まった。
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「いいじゃないですか!今度は学術技術で世界を救う!」
テンさん、レニス監督が監督を応じてくれた。
「テンさんならそう言ってくれると思ってましたよ!お願いします!」
リック監督も特撮の立ち位置を理解してくれるレニス監督を信頼していた。
「またご一緒できますね!」「可愛いお仲間が増えてうれしいわ!」
とリック監督…ではなく、社員でもないのに特撮班の助手で奔走するアイラ、セワーシャ夫人、そして「噂の」婚約者、ミーヒャー嬢に詰め寄るのは、ヒロイン役のシンソー・レイジョ嬢にエクシア・コスマ嬢。
「地球騎士団」「天地開闢」でも出演している人気女優だ。
「あひゃひゃひゃ!あああ!がんばりまひゅ!」
「うふふ。私達なんて特撮班の皆様に水や濡れタオル配るだけですから」
「それをやってくれる人がいるのといないのじゃ現場の空気って大違いよ?」
「あ!アイディーさんは?」
「子守りとテレビと人工衛星にかかりっきりなのよ」
「まあ!」
「どれも、未来のための大事なお仕事ね」
「はああ…ここで、未来が動いてりゅう~」
「ちょっとミーヒャー様!」
ミーヒャー嬢には刺激が強い職場であった様だ。
そして国際会議の重鎮にスクさん、ゲオさん、更に往年の美男俳優プルス・スタヌム氏、騎士団長シリーズでスター街道驀進中のダン・ウェラー氏の父親も出演だ。
「ウッツリー伯爵令嬢様、先日はウチの息子が差し出がましい真似を…」
「あひ~!!ステキー!!きゅう~」
倒れた。
「ご令嬢!!」
やっぱり刺激が強かった。
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本編は王立学院で三度目のロケを行った。
巨大で未来的な講堂に各種モニターが並べられ、しかしその中央には黒板に無数の計算式が書かれていた。
この大地、地球を動かすために必要な力を求める計算だ。
その場にユーちゃんを中心に各国の俳優が集まった。
この計算式を見た、インテリ派として知られる他国の俳優が質問した。
「この計算、間違っていないか?そもそもどういう原理でこの計算が正しいと…」
その途端、
「儂の計算が間違っとると言うのかー!!」
エキストラで参加していた天文学の高位学士が怒鳴った!
まさかホンモノの学士が書いた計算式とは思わなかった俳優氏は面食らった。
「そもそも重力というものは地球の大きさから求められ!最新の観測艦隊の報告では…」
長い説教が始まったので撮影はちょっと押したのだった。
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スタジオ内にも連合条約を署名した宮殿をモデルにした広大なセットが組まれ、南極にジェットパイプを建設する計画、「南極計画」を説明する資料や模型が展示され、ユーちゃんが来場者に説明する場面が撮影された。
「地球は少なくとも40万km以上の大移動を完了させなければなりません。
これに要する推力は660億メガトン、加速度は1.10×10の-6乗G」
と流暢に説明する様は、正に本当の天文学士の様であった。
そしてさらに広大なセット、「南極計画」コントロールセンターのセットが組まれた。
これは「宇宙迎撃戦」の天文センター、「世界最終戦争」の核ミサイル発射管制室以上の広さと高さがあり、中央にジェットパイプの状況を示すパイロットランプの列、その周囲には無数のモニターが配され、大小の映像が映し出された。
この大小のモニターは過去の作品の流用である。
前作「世界最終戦争」が世界を破滅させるセットであり、今回は世界を救う舞台となる。
各モニターの裏側に小型映写機が映像を流し、セッティングが調整されるなか、俳優陣が撮影のため入場する。
世界の運命がこの場に託される、この映画の中の話ではあるが。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。