135.大地が動く?!トンデモ超大作始動!
「ハア~。随分寄り道したもんだなあ」
リック青年は溜息しつつも凄い勢いで筆を動かしていた。
「監督も色々あったし、それも順調じゃないですか」
「リっちゃんのやる事にゃ全部ムダはないんだよ!」
特美のキューちゃん、ポンさんが模型を仕上げつつ話す。
ボウ帝国から輸入された「快猿王」はヨーホー系列劇場で西側諸国で上映され、2億デナリを稼いだ。
「快猿伝」で人気が出た快猿大聖の巨大怪獣版であり、勧善懲悪で笑いあり、最後もハッピーエンドとあって子供達には大受けであった。
大人には…男性には美女に弱いが怒ると強い快猿王の気風の良さが受けた。
女性には、意外と強いヒロインの活躍と、ヌイグルミの中で奮闘していたアックス氏が最後領主として登場する場面が大受けであった様だ。
「カチン皇女殿下に頭が上がんないなあ」
まんざらでもないアックス氏。
「何言ってんだよ、兄貴は美味い事コキ使われただけだよ」
「コキ使うアイデアはリックが出したそうじゃない?」
後日顛末を知ったセワーシャからリック青年は怒られたそうだ。
更に、権利を得たトリック玩具は快猿大聖人形で小遣い稼ぎ。
子供達はゴドランと快猿王を戦わせて「どっちが強いかなあ~」と無邪気に遊んでいた。
「他にもいろいろあったしなあ~」
「デっちゃんとか?」「デっちゃん班長とかですよね」
やはりクラン祭りでのロマンあふれる結婚宣言は撮影所の話題をさらった。
特撮カメラマンとは言え、今や短い合成カットやミニチュア応用セット等で多くの監督と交渉し撮影に向かうデシアス技師は、元剣聖の肩書もありイケメンっぷりもあって、スターさん達と、特に女優陣との距離も近くなっていた。
「あの鉄拳剣聖様があんなロマンチックな宣言するなんてねえ~~」
「ダンちゃんもイカス計らいだったわよね~」
「あんな事貴族様に言われたら、アタシも絶頂しちゃうわ~!」
「あ~あ、英雄チームみんな結婚しちゃうのね~」
等と噂されるデシアス技師。
一見平静を装っているが、内心
(やっちまった~!!)
と思っていたそうだ。
スタッフが撮影準備しながら替え歌で冷やかす。
「帰~る日もあ~る、ミーヒャーちゃん。
泣くな~嘆くな~、ミーヒャーちゃん」
「コラ!」
「うひひ!」
だが、気恥ずかしさのせいか怒鳴り散らす事はなくなり、更に本編撮影中の女性陣の人気が上がったそうだ。
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この年の後半、ヨーホー映画は創立20周年を迎える。
かつてヨーホー王立公社の一部門として開業して20年、独立して10年ちょっとだ。しかしヨーホーの名を冠した映画の誕生以来、として創立年を1494と定めている。
中央劇場の拡大もその創立記念の一環であった。
映画製作本数も毎月1本を超え、月2本体制に入っている。
年末公開映画は創立記念映画として銘打たれる事になるが。
「その前に、コレねえ…」
セシリア社長の前には、宇宙に浮かぶ地球、そのうち部から炎を噴き出している。
その背後には地球に迫る、周囲が赤黒く、その真ん中は暗黒の、星?
「ゴドランも地球騎士団も最初は何を言ってるのか訳がわかりませんでしたけど、今度は地球を動かすって…ハア…」
「夢は大きく、宇宙を自由に描きましょうよ!」
「自由過ぎます!!」
「いいじゃないですか。
進んだ魔道技術や学術が世界を破滅させた映画の次です。
同じ人間の力が、世界を、地球そのものを救う映画だっていいじゃないですか」
「う~ん…」
「製作費5千万デナリ、赤字が出たって俺が何とかできますって」
大見得を切ったリック青年であったが。
「それはダメ!!」
セシリア社長が机をたたいて立ち上がった。
「はい?!」
「リック君!あなたはそんな風に思わないで!」
「え~…」
「ヨーホー映画はヨーホーみんなで作る者よ!
本編も、特撮も、スターさんも大部屋さんもスタッフも!
皆が力を合わせて成功させるものなのよ!」
社長の剣幕は凄かった。
「は、はい」
「赤字は一人でおっ被ればいいなんて思い上がりよ!
そんな映画絶対失敗します!」
セシリア社長の目には、怒りは無かった。
しかし、熱い、愛があった。
軽い気持ちで思い上がった言葉を発した事に、リック青年は恥じた。
そして、仲間達を思って、頭を下げた。
「言葉が過ぎました。驕りがありました。
今の言葉を取り消します。
皆の力で撮る以上、必ず成功させます!」
「宜しい。役員会議で裁可を下しますが、先ずはパイロットフィルムの予算を算出して」
「はい!」
「70mmで!」
「はい…ええ~?!」
こうして次回作「地球大発進」の企画が始まった。
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「でもなあ。異世界じゃ失敗作だったんだよな。作品的っていうより内容的に」
「でも作るなら、みんなの力で作るなら、成功を願って取り組むべきですよ」
「上手くいかないかも、ってのは、わかるなあ~」
「社長の言う事は正しい。俺がどこか思い上がっていたんだ。
この映画、異世界ではアレだったけど、こっちでは成功させてやる!」
「そうですよ!その思いでいきましょうよ!」
「あ~、あれ?」
「どうしたの?ディー?」
「いつもだったらセワーシャが突っ込んでくるのに、家帰っちゃったからねえ」
「うふ!そうね」
ついこの間までセワーシャにハンマちゃん、アックス、デシアス、その上カチン殿下にコーラン嬢までいて無茶苦茶賑やかだったリック邸も、少し静かになっていた。
「お姉ちゃん達いなくなって、寂しいね」「さびしいね…」
今まで遊び相手になってくれた美女たちがいなくなって、子供二人は寂しそうである。
「そうね、少し寂しいかな?」
「でもね、ブライちゃんもキャピーちゃんもいて、5人。
賑やかだよね~」「ね~」「うひひ!」
まあ、みんな向こう三軒で暮らしている。
世は正に映画産業花盛りである。
ここクランの街は正に映画の街、知った顔が集まって暮らす街である。
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それから、昼はミニチュア製作、夜は…
「何ですかそれー?!」
デシアス技師を迎えに来たミーヒャー嬢は、巨大な筒からドバーっとあふれ出す煙に驚いた。
そして煙の柱の上で強烈な赤い光がともされ、まるでそれは炎の柱の様であった。
「ハイ!閉じて閉じて!」
「駄目かあ~」
「ああ。これを何十本とブチまけたら俺達みんなオダブツだ!」
「オダブツ?ひいいデシアスさまー!!」
「ミーヒャー!勝手に撮影所に入っちゃ…」
「俺が入館証発行したよ」
「おいリック!撮影所は危険もあるんだぞ!ここみたいに!」
「安全基準は満たす。大事なもう一人の兄貴分の大事な人だ。怪我はさせないよ」
「はあぁん…なんという男と男の愛情!」
「うへぇ」
一同は、地球を動かすという途方も無い物語のため、地球の回転軸である氷の極地に巨大なロケットを建築する場面の撮影をテストしていたのだ。
「まあ、主を信じる。
しかし、このガスでは有毒成分が含まれるし、ダメか…」
「やっぱり可燃ガスでやるしかないかあ~」
「よし!予定1番、南極セット!テスト撮影は、明日できるか?」
「出来ます!」「今日は土台作って終わり!」
テキパキと動くスタッフを見てミーヒャー嬢はデシアス技師に聞いた。
「あれって、一体何を作ってたんですか?」
「地球を、この大地を動かす巨大ロケットの一つだ。
色々な方法で試したが、どれもイマイチだった」
「あれが…あんな凄いのが、失敗なんですの?」
「スタジオにいるみんなが死んじまうからな」
「ひい…」
この時、未来のカメラマン夫人は特撮マンの苦労の僅か一端を垣間見たのだった。
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翌日の0番スタジオは、熱気にあふれていた。
文字通り、気温は60度を超えていた。
「アツー!!」
またしても絶叫するミーヒャー嬢。
「なんですのこの熱気!」
「ご主人の撮影テストですよ」
迎えてくれた助監督が案内するが。
「消火!換気はじめ!全員外で給水!15分休憩」
デシアス技師の号令でスタッフが解散した。
「ミーヒャー!撮影所は危険だ、万一の時以外立ち入っちゃいけない!」
「デシアス様こそ、お肌がとても熱いですわ!お体に障ります!」
「俺はだい…いや、俺も休もう」
しかし何人かのスタッフは次の準備に取り掛かろうとしていた。
「おいお前達!っと…」
檄を飛ばそうとしたデシアス技師が言葉を止めた。
「デシアス様?」
「あ、いや。彼らを退去させないと」
「お任せ下さい!」「へ?」
「ちょっとそこのあなた!今は休憩時間ですわ!建物から出なさい!」
「え?あ?あのご令嬢?!」「デっちゃん班長の…」
「体に障るのです!あなた達が倒れたらどうなさるのです!」
「いえいえそうおっしゃるご令嬢こそ汗だくで」「うほ」
ミーヒャー嬢はドレスが汗で体にぴったり引っ付いていた。
「どうでもいーですわー!早く外へ!お水をお飲みなさーい!!」
「はいー!!」「うほ!」「うほじゃねー!あとご令嬢もですよー!」
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テスト撮影の結果、日中の撮影は高温のため禁止、夜間に撮影となった。
そして、夜間に前半のクライマックスとなる、前人未到の、いや南方探索艦隊による電波操作飛行機が齎した映像を参考にした南極のミニチュアが作られ、そこにいくつものロケット噴射口が綺麗に並ぶ様に作られた。
そのミニチュアの下には、魔導士協会と王立学院が作った、液化可燃ガスを閉じ込めた耐高圧ボンベが並んでいた。
万一爆発したら、クラン一体が吹き飛ぶかも知れない量である。
アイラ夫人、セワーシャ夫人、そして水魔法を使えるミーヒャー嬢が待機し、灼熱に包まれるスタジオを冷やすため待機した。
アイディー夫人はデシアス邸で子供達と留守番である。
広大なミニチュアに、70mmカメラを載せたクレーンが俯瞰撮影に備える。
「着火用意!」「用意よし!」「カメラスタート!」
高速度撮影のため高価な70mmフィルムが無駄に走り始める。
「ハイヨーイ、スターッ!!」
クレーンの上でカチンコが鳴った!
「点火ー!!」
噴射口が火を噴いた!!
「う熱ィっ!!」
「デシアス様っ!」
ミーヒャー嬢は水魔法を放とうとした、しかし思いとどまった。
もし今スタジオ内の空気をかき乱してしまっては、ミニチュアが噴き出す炎が大きく乱れてしまう。
カメラ、照明、特機陣は防熱装備をしている。
(どうか、どうかご無事で!!)
恐ろしい熱量と火炎をカメラは捕える。
70mm2台と35mm横回しでこの地球を動かす炎を捕えている。
「カーット!OK!消火ー!」
「デシアス様ー!!」
「止めろ!水を放つな!フィルムがダメになる!」
「あ…はい!」
クレーンから降りて来たデシアスは、準備万端で無傷だった。
「以前無茶して主に怒られてな。無茶はしない。早く外に出よう!」
そう言うや否や、デシアス技師はまたもミーヒャー嬢を抱きかかえてスタジオの外に出た!
「「「イェーイ!!!」」」
「男だぜー!デシアスー!!」
「かっこいいわー!」「ステキー!」
「主!お前ら!…チッ!」
色々な意味でアツアツの二人を冷やかす一同であった。
こうして、目玉となるシーンの一つはしっかりフィルムに焼き付けられた。
もし楽しんで頂けたら、またご感想等などお聞かせ頂けたら大変な励みとなりますのでよろしくお願いいたします。
なお、活動報告・近況ノートにてモデルとなった実在の作品についての解説を行っていますので、ご興味をお持ちの方はご参照下さい。