13.この一作が齎した物
「キリエリア沖大海戦」封切り初日。
リック監督が見た大行列は、王都レイソンだけの現象ではなかった。
大劇場を持つ王国内の領都や地方都市も同じだった。
評判を聞きつけてフィルムと音盤を購入した諸外国の劇場もトーキーではなかったかが、それでも大行列だった。
更にはヨーホーに要請してトーキー装置を急ぎ設置した諸外国、各王都の大劇場は大盛況、音がずれない映画という宣伝文句で長蛇の列が生じた。
「キリエリア沖海戦」は、空前の国際的大ヒットであった。
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新たな娯楽である映画という、演劇界にとって脅威となる存在に、文芸評論家達は通常は辛口であった…筈だった。
公開される以前は
「所詮は国威高揚の宣伝道具」
「模型を使った貧困の所産、笑いものにならなければよいが」
などと辛口な予測を立てていたのだが。
公開と同時に
「映画の新時代来る!」
「国威高揚では無かった、歴史の再現と死者への鎮魂に満ち溢れた感動の名作!」
「模型か?実物か?迫力の一大海戦!」
と一斉に讃え、これも観客動員を大いに煽った。
手のひら大回転である。
記念日後、大聖堂で行われた鎮魂の祈祷では撮影に使われた3mモデルが奉納され、これまた大いに話題となった。
諸外国の海軍からも撮影所見学の打診があり、セシリア社長、リック監督、アイラ夫人、聖女セワーシャに加え、説明を聞いている内にすっかり技術を頭の中に入れてしまった英雄アックスに剣聖デシアスまでも案内役として活躍し、各国の海軍との深いつながりを作ってしまった。
なおアイディー夫人は、徹夜の研究の後寝ていた。
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この様な大盛況の中、セシリア社長は新聞各社に興奮気味に語った。
「やっと夢見ていた時代が来ました!
これからは貴族から平民まで皆等しく、平日は働き、週末は都市で映画を楽しみ外食を楽しむ時代が来たのです!」
女傑社長の宣言を裏付けるかの様に、映画は2週間の上映期間を延長して1ケ月のロングラン興行を記録した。
その間に、トーキー設備を急ぎ設置した劇場も動員して拡大興行され、音盤同時再生を過去の物としてしまった。
最終的な興行収入は3億デナリ(30億円)をはじき出した。
その1/3は他国からの収入であった。
これは映画のみならず演劇をも含んだ、劇場収入の記録をブチ破るものであった。
更に利益としては、製作費、パイロットフィルム「敵軍港撃砕」の買収費、トーキー映写システム購入費、更には宣伝費や劇場費用、果ては関係機関への出費等を差し引いても半分の1億5千万デナリ、15億円近い莫大な利益をヨーホー社に齎した。
セシリア社長はリック監督に追加の褒章を申し出たが、
「いっそ社員みんなに配っては?
いい作品、売れた作品が出る度に実入りが増えるとなりゃあ、社員の皆さんもやる気出すんじゃないですか?」
との申し出で、その恩恵はヨーホー社員全員で分配する事となった。
「ホントにこれでいいの?」
セシリア社長は無欲過ぎるリックと、英雄チームを案じた。
「ええ!
社員の皆さんも家族を劇場に連れて来て、外食を楽しめます。
これで、社長の夢がかないますね!!」
この時セシリア社長は、リック監督の笑顔の意味をよく理解できていなかった。
これは、「特殊撮影」という今までにない存在、平たく言えば「眉唾モノ」と思わがちなものを応援してもらうための、リック監督による社内営業だったのだ。
彼によれば、故郷の特撮映画の黎明期には、後年神様と呼ばれた監督もその頃は活躍の場がなく、陰口を恐れて撮影所の裏口から出入りせざるを得なかったという。
だが、狙い通り社員たちは「特撮様さま、リック様さまだ!」「これからは特撮の時代だ!」と大いに浮かれ、小さな英雄をほめ讃えた。
だが、彼の笑顔の意味は、もっと遠くを見ていた、それもあまりにも自然に。
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ある夜、セシリア社長、いやセシリア王妹は王宮でカンゲース国王と密談していた。
「英雄達、一人5百万デナリの追加報酬も断られてしまいましたわ!」
同席した、夫であるザナク公爵もこれには呆れていた。
「いやはや…たしかに彼等の資産なら大した問題ではないかも知れぬが、次なる新技術を試す資金はいくらあっても足りぬであろう?」
この夜は、国王と親族の、ごく私的な会食だった。
「それが、大魔導士アイディーの伝手でトーキーの技術を王立魔導士協会に公開する約束をしたのです」
「それはまた厄介なバックを手に入れたものだ…」
財務卿のザナク公爵ですら、奇人変人大集合の魔導士協会は思いのままにする事は出来ない様であった。
「今回の興行でも海外の商人を介して海外興行を行えたのも、リック君が信用できる商人をあっせんしてくれたからなのよ、もう」
リック少年が建設した鉄道は、王国内の有力貴族だけではなく、周辺諸国も喉から手が出るほど欲しい、「夢の輸送手段」だった。
馬車数台が数週間かけて往来していた各国との細々とした交易を、山をブチ抜き谷に鉄の橋を渡し、1日で馬車数十台分をホイホイ届けられるのである。
その熱烈な引き込み合戦を裁き、信頼できる国と商人を選んだのも、リック少年であった。
呆れつつも、どこか楽しんでいる様な妹の姿に、いつもこの女傑にやり込められている国王は思わず笑い出した。
「ははは!流石リック君だ!さしものお前ですら手玉に取られるとはなあ!」
「兄上、随分と楽しそうですわねぇ?」
優しそうな美女とは言え、その眼差しは鋭く、怖い。妹なのに。
「ななな!そんな事あるものか!」
「いいですか?あれだけの逸材が万一他国に、それこそ帝国の手に渡ってしまったら!
今迄順調だった復興もそれまでです!
あの子は絶対に手放してはならない金の卵を産む鶏なんですよ?!」
「それは違うぞ…」
頭の上がらぬ妹とは言え、この一言には納得いかなかった様だ。
「あら?違いますの?」
王は考え、そして口にした。
「ああ。彼は便利な道具なんかと思ってはいけない気がするのだ」
そして、国王としては国の利益に反する様な事を言った。
「あの子は、あの子の好きな様に振舞わせるのが一番だと、余は考えるぞ。
例えこの国を離れようとも」
「「な?!」」
「あの子は、相手の悪意を見抜く。
幸い我が国は。彼にそんな力があるとは知らずに、共に飲み食いし笑っていた。
彼と同じ夢を見て、魔族と和平を結び、被災者を第一に考えた復興策を建てた。
あの子は、この国を評価してくれた、だから力を貸してくれた。
彼にとってはその程度に過ぎないんじゃないかなあ?」
色々あって妹には気弱な兄の、固い想いを込めた応えに、思わずセシリア王妹は
『これで社長の夢も叶いますね!』
リック少年の笑顔を思い出していた。
鉄道事業がひと段落ついた後。
セシリア王妹の夢であった、誰もが楽しい休日を過ごせる国。
多くの人々をひきつけ楽しませ、繰り返し見たいと思わせる映画。
そんな映画が数多くその中に送り出されれば、制作費も観客数で頭割りすれば平民でも手が届く料金になる。
懐に余裕があれば、贅沢な外食、背伸びした買い物。
今ではなお光り輝く夢の様な終末を、王国民の生きる希望にしたい。
その自分の夢を讃えてくれたリック少年の笑顔を、王妹は思い出していた。
「余りの成果に、目がくらんでしまいましたわ。
あの子は、金の卵を産む鶏なんかじゃありません。
困った人を捨て置けないお人好し。
みんなの幸せを大事にする、とってもいい子。
婚約者と仲間達、そしてあの特殊撮影ってものを誰よりも愛する、リック・トリック君。
それ以上でもそれ以下でもない、そうですわよね」
「そうそう」
溢れる欲望を抑えてくれた妹に、安堵した国王だった。
「お前は、よき理解者を得たものだなあ」
夫である財務卿も妻を労った。
「彼はもう国のために大いに尽くした。
好きなことをさせるべきだ。
それも、この国でやってくれるだけでも我々にとって大変ありがたい事だ」
なんとなく場がいい感じになったものの、
「そう考えると、ちょっと困ったことがあるのです」
ため息を吐くセシリア王妹。
「何?!
他国からの引き抜きか何かか?
それとも、陸軍も宣伝の為映画撮れとか言い出したか?」
「後者が近いですわ」
「それがリック君にとってやる気がでる様な作品ならいいのだが…」
「神殿が聖典の映画を撮れないかと相談してきているのです」
「聖典?!」
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この大陸で一般的に信仰されているゼネシス教では、この世界は唯一神によって創造されたとされている。
最初に暗闇に光が灯り、混沌とした世界が天と地に別れ、海と陸に別れ、多くの命が創造され、最後に人間が作られた。
しかし知恵を持った人間は神に背き、人間同士の争いの歴史が始まる。
おごり高ぶった人間を諫めるため、神は天に届く大神殿を砕き、大洪水を以て世界を滅ぼし、善良な心の持ち主だけを選別した。
その創世の物語を映画で人々に体験させられないか、というのが神殿からの相談だった。
キリエリア沖海戦同様、過去に幾度も演劇の題目になったが、照明や暗幕を使った効果ばかりで、その迫力は程度が知れていた。
但し誰も見たことが無い、闇から光が生まれ、大地が別れ…という光景をどう描くのか、頼まれたセシリア社長も皆目見当がつかなかった。
そして頼みのリック少年も、
「次回作はドラゴンが現代の王都を蹂躙する大作だー!」
と、これまた一体どういった映画になるのか見当がつかない事を口走っていた。
「早速彼の夢が…」
国王とその妹、彼女の夫は、頭を抱え込んでしまった。




