129.ボウ帝国初の怪獣映画
「世界最終戦争」は封切り前に、新装なったヨーホー新中央劇場にてロードショウ公開が行われた。
各地で行われた試写も大好評であったが、このロードショーにも王国の中枢、軍の中枢、他国の外交官始め多くの上層部が詰めかけた。
撮影から映写まで全て(合成カット等一部35mm横回し含む)70mm、更に世界初の6ch立体音響という話題性もあって、ロードショー公開は大変な人だかりとなった。
更に封切り、国内だけでなくアモルメ王都やマギカ・テラ王都のヨーホー直営館に設置された70mmが話題性に火をつけた。
高額な料金ながら各国貴族が押し寄せ、壮絶な核による破滅、悲痛な庶民の平和への叫び、全てが消え去った虚しく哀しいラストに打ちのめされた。
またもロングラン興行に入り、最終的にキリエリアで7億、北部諸国とマギカ・テラで3億。
更にボウ帝国始め東国群でも極大魔法の話題に関心が集まり、「ゴーダ」程の熱狂は無かったが2億のヒットを飛ばした。
大陸西側程ラジオやテレビが普及していない東国では、本当に最終戦争が起きるのかと思い悩む者まで現れたそうだ。
これには皇帝もビビり、極大魔法に反対する声明を出さない訳にはいかなくなった。
「禁止条約の締結を完全に否定はしない、継続協議する」
と日和った意見を発したのだ。
映画一本が、一つの不和に小さくはない楔を打ち込んだのだ。
早速カンゲース5世陛下はオーショー・リック両監督に騎士爵位授与を打診したがリック監督はいつもの通り断った。
それにならってオショさんも辞退する事となった。
結果「世界最終戦争」は興行収入12億、ついに億二桁超えの記録を打ち立てた。
会社は両監督始めスタッフ一同へ特別報酬を振舞った。
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一方のショーウェイ社では。
ヨーホーに遅れて終末戦争映画の企画は上がっていた。
しかし。
「あそこまでのものは三千万デナリでは撮れませんし、同じ物を撮っても話題性はありません」
と、流れてしまった。
しかしトレート氏は諦められず、
「もう少し知恵を働かせましょう。
ヨーホーさん、リックさんと別の観点で、ともに平和を訴え、戦争の恐ろしさ、虚しさを世に問う作品を考えましょう!」
そう考え、企画を練り直した。
その結果、「世界最終戦争」があえて描かなかった軍隊や政治の仮想的な現実をベテラン俳優が淡々と演じる映画が構想された。
こちらは復興し侵略精神をむき出しにした再興テラニエ対連合諸国、ボウ帝国対周辺異民族国家と実名を出し、各国の外交交渉が頓挫し、前線指揮官が先制攻撃を訴え、局地戦から戦術核兵器が使われる様が描かれる構想となった。
最後、各国の主要都市が粉砕されるのは「世界最終戦争」と同じだが、壊滅した軍司令部から自宅を訪ね、焼けただれた被災者の中に家族を見付けたり、生存者たちが集団発狂したり食料を奪い合い殺し合う地獄を描いている。
特撮で「世界最終戦争」に迫れるかと問われたインス監督は淡々と答えた。
「あの溶鉱炉みたいな世界の破滅までは描けませんが、未来兵器同士の戦争や主要建築が消え去るカットならもっとアップで撮れます。
ただ、この物語で、アチラさんに太刀打ちできるかは、皆様の判断にお任せします」
暫く考えた社長は
「やってみましょう」
と決意した。
こうして「世界最後の日 41日の恐怖」が製作されたが、「世界最終戦争」程の話題作にはならなかった。
「いやいや!あの無茶苦茶遠近法に拘ったミニチュアとか、爆発する寸前まで実景とかぶせて爆発する瞬間ミニチュアと切り替えるとか流石インスさんだよ!」
リック監督は興奮していたが。
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しかし物事は何がどう転ぶかわからないものだ。
本作の軍事的視点が各国の軍には感じ入る所があったらしく、またヨーホーにくらべ比較的安価で撮影された特撮シーンに、各国軍は新兵器である飛行機や鋼鉄艦の宣伝映画を依頼した。
一方でヨーホーの後追い企画に限界を感じたショーウェイ社長は独自路線の模索を始め、一つのフィルム、いや、一連のフィルム群に注目した。
「婚約破棄された追放令嬢、隣国の王子に見初められて幸せになります!」
「オッサン元富豪、荒野に夢の神殿を築いてスローライフを神に捧げます」
この二本の短編アニメーションから始まった子供向け、神殿向けアニメ群である。
かつてウッコスタジオがリック青年の指導の下売り込んだ作品は、
「歴史に残る人魚になるぞ 思わせぶり王子を捨てて海運女王に私はなる!」
「老いぼれジジイ、ボケた頭で姫を救い魔獣を撃つ!ってそれ、風車ですけど?」
「生まれてすぐ捨てられた俺、民を率いて国を捨ててやりました!追跡したってもう遅い!」
「外れスキル『石ブン廻し』から始まる建国下克上」
等々10作以上の有名な童話や聖典の話を、大人が見ても楽しめる作品に仕上げている。
なお製作に協力したリック青年は
「何だよこのヒデー題名!付けたの誰だよ!絶対転生者だろー!!」
と謎の絶叫を撒き散らしていたそうだが。
「一度彼らに長編映画を撮らせて見せようかな?」
社長の思い付きに、トレート氏は早速リック青年を介してウッコスタジオに打診した。
「やります!」
「待って!ちゃんと作品の方向性や予算、人員の確保を固めて!
今のは社長失格だよ!」
ロクに話も聞かず飛びついたウッコ技師をリック青年が窘めた。
「ははは!リックさんはやっぱり面倒見がいいですなあ」
内容の検討に入ると。
「実は『快猿伝』や『ゴーダ』の制作中、あっちのスタッフから『白蛇姫』みたいな優美な作品がまた見たいって声がありましてね」
「「ふむふむ」」
「でもヨーホーとの合作は予算がかかるって、もっと安くできないかと」
「「なるほど」」
「そこで、まずは『白蛇姫』をアニメにできないかなと思いましてね。
最初の追放令嬢、聖女セワーシャ様をモデルにしてそりゃもう魅力的でしたし」
「洪水シーンは大変ですよ?ウッコさん出来ますか?」
「やり!…えー、先ずはスタッフと相談して見積もります。
想定予算はどの程度ですか?」
「1千万デナリであれば問題ないのですが…」
「やり!」
「待って!アニメは優れた技師が多数いなければ成立しません!
絵物語だから安いなんて思われてはアニメ技師は奴隷産業に成り下がります!
ウッコスタジオの見積もりを待って相談しましょう」
「しかしリックさん!折角の…」
「折角のチャンスを奴隷産業にしないで下さい!」
「やっぱり、面倒見がいいですね、リックさんは。
ウッコさん、お手柔らかに願いますよ?」
結局製作費3千万デナリという好条件で製作が開始された。
リック監督は「白蛇姫 愛の伝説」の制作時に集めた歴史資料、服飾や建築の資料を提供した。このため各種設定が短期で済み、仕上がった一部のフィルムを持ってトレート氏はボウ帝国へ。
そしてチョウ兄弟商会へ出資協力の話を取り付けて、世界初の長編アニメ「白蛇姫」は注目を浴びる事になったのだ。
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世の中は面白い事で、長編アニメ「白蛇姫」のお陰で話は思わぬ方向へ転がった。
チョウ兄弟は帰国したカチン姫に相談を持ち掛けた。
「『ゴーダ』上映の際、多々迷惑をかけ、その上あまたの難題を解決頂いた大恩人たるリック監督に何の恩も返せず、ショーウェイとの合作を続けるのは心苦しいのです」
「あの人ならアニメ映画とかにも歌って踊って喜んでいるでしょう。
気に病む事はないのではないですか?」
「我等商人としての気が済まないのです」
「じゃあ、ヨーホーと組んで怪獣映画でも撮れば宜しい。
それも、民が熱狂して見たくなる様な人気作を」
「どうするか兄者」
「すでに定番の『快猿伝』はショーウェイと製作してしまった」
「続編を撮るか」
「歴史大作を考えるか」
どうにも案がまとまらない会長社長兄弟。
「『マハラ』は美しくも楽しい映画じゃったぞ?」
何気なく思い出を語ったカチン姫であったが。
「快猿大聖を巨大化させて怪獣映画にするか?」
会長が思いついたが。
「待て兄者!民に長く慕われた快猿大聖を怪獣にしてしまったら…」
「ゴドランみたいな破壊者ではなく、例えば捕らわれた娘を助けに悪徳領主をなぎ倒しに城に迫る、みたいな?」
「ほうほう」
カチン姫が食い付いた。
「喋ったり魔術を使うのか?」
「それも突飛すぎるか…いっそ、巨大な白猿で、直接快猿大聖ではないが、皆が快猿王の様だ、と讃えるってのはどうだろうか?
皇帝陛下に反逆を企む悪領主が西の国から仕入れた戦車や戦闘機をものともせず、ひたすら娘を助ける為領城を叩き壊し…」
「大開祖塔に昇って飛行機と戦う、とかどうじゃ?」
「「流石皇女様!!」」
「そ、そうかそうか。ま、相手はリック殿じゃ。よく考え練った話を送るなり持って行くなりして、話せばよかろう。
面白いと思えば向こうが話を膨らませようぞ。
あの子は、そういう子である…」
そう呟く皇女殿下は、楽しかった、暖かく迎えられたリック邸の暮らしを思い出している様であった。
そしてチョウ兄弟商会はボウ帝国初の怪獣映画の企画を纏め、「快猿巨王」と題してヨーホーへ合作を持ちかける事とした。
その予算、折半で5千万デナリ。
「快猿伝」、そして「ゴーダ」の当初の予算と同じ額だ。




