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124.特撮が描く世界の終局

 トリック光学社が、湾曲大スクリーンでの70mm映写実験に手ごたえを感じていたころ、0番スタジオでは早くも、いや正式に製作が決定した訳でもないのにクライマックスの撮影の準備が進められていた。


 核兵器が王都を灼熱地獄に変える場面だ。


 王都中央に聳える王城が、それに向かう大神殿が、壮麗な王都駅が、電波塔が、一瞬で消え去る。


 王家に「壊していい?」と不敬極まりない手紙を出したリック監督。

「核兵器の恐ろしさを訴える為なら、脅威と恐怖を以て描くべし。

 ハンパは許さんよ」

と心強い返事を得た。


 総本山から核禁止のお触れが下った王都大神殿も同様だった。


******


「よっしゃ!思いっきりブっ飛ばす!」

 いきりたつリック監督。


「でもなあ…」

 眉間にしわを寄せる特美の長、ポンさん。


「リック、これは前代未聞だぞ?」

 当然未だ人の見ぬ光景をカメラに収めるデシアス技師。


 彼らの眼前には、王城の…細部の装飾もなされていない簡単なミニチュア。

 それが、ホリゾント上辺ギリギリに吊るされている。


 サカサマに。


「作るのに苦労したぜ。お菓子の城なんざよぉ!」

 このミニチュア、何と食べられる、しかも口に入れたら溶ける様な軽い焼き菓子を張り合わせて作られているのだ。


 更にその下には、「大西洋の嵐」で敵艦が喫水線下で攻撃を受けた際に水柱を上げた、圧縮空気を噴出する装置が並び、その周りを大型の照明機器が囲んでいる。


「みんな、核兵器の、核融合兵器についての原理は解ってるよね」


 特撮は映画のウソである。

 しかしウソを吐くためには、限りなく本当の様な理論武装が必要である。

 これはリック監督の矜持である。


「キリエリア沖海戦」以来、考証は拘っている。

 リック監督やテンさん、レニス監督だけではない、各本編、特撮班には考証を説明した詳細なメモが印刷され配布されている。


「キリエリア沖海戦」では当時の軍艦、軍服だけでなく号令や用語、一般的な戦法に戦いの推移の記録を。


「聖典」では総本山の見解と遺跡調査結果の報告、壁画や彫刻に残る古代建築様式、生活様式のメモ、地震や洪水の発生する原因や過去の記録の数値まで。


「ゴドラン」の時は出土した化石やその復元図だけでなく、一緒の地層から発掘された植物や小動物までメモを渡し、更には化石発掘に対する神殿の見解まで。


 今回一同に配られたのは、映画の中で使用される核兵器の原理と威力について。

 もちろんかつて世間を恐怖させた極大魔法の詳細も書かれている。


 旧テラニエのアホ軍団、異世界から召喚された勇者たちが作ってしまった極大魔法は、低濃度圧縮で爆発的な連鎖反応が起きるか起きないかというレベルでの「核分裂」。

 これによる爆発規模、距離ごとの気温、風圧、建築や人体に与える影響。

 それだけでも充分吐き気を催す恐ろしい物であった。


 しかし本作では更に「地上の太陽」とでも言うべき「核融合」を題材にしている。

 その威力は、世界の心胆を寒からしめた核分裂の比ではない。

 威力は核分裂の、高性能火薬換算5K(千)tなどかすんで見える、20M(百万)t相当。

 発する瞬間的な熱量は最大10億度、爆圧5千t、その狂った熱と力が音速の10倍を超えて広がる。


「原理はわかってるよね」

と言われても、途方もない数字を感覚的に理解できるわけがない。

 一同はピクトリアルスケッチと検討用台本の描写だけで完成フィルムを想像するしかなかった。


「強烈な熱と爆発が地面に叩きつけられ、それが今度は周囲10kmに数秒で広がる。

 この威力を映画にするには、まず爆発の光、僅かに遅れて下から軽いミニチュアを吹き飛ばす空気の爆圧、そして四散した破片が下に落ちていく。

 これを上下逆に知れば、爆圧で下に叩きつけられてその後空中に吸い上げられていく破片、誰も見たことがない恐るべき爆発の威力を描ける。


 じゃあ、試しに35mmでやってみよう!!」


「「「試しって…」」」

 このテスト撮影だけで数十万デナリは消える。


 照明が落とされ、王城のミニチュアの窓に明かりが灯る。


「全員、閃光を直視しない事、いくぞー!ヨーイ!スターッ!」

 数秒後、閃光がスタジオを包んだ!

 次の瞬間、圧縮された空気が一斉に噴き出し、ミニチュアの王城を上へと吹き飛ばし、その破片と内側の粉塵が落ちて来た!


「カーット!」


 一瞬の出来事だった。


******


 ラッシュフィルムは、拙いミニチュアが地面に叩きつけられ、宙に舞い上がる姿が捕らえられていた。


「成功だ、これで行ける。

 今度は本番のミニチュアだよ!」

「言ってくれるぜ…」

「またネズミと格闘ですかあ」


 軽く話すリック監督にポンさんは苦笑いで答えた。

 キューちゃんが言う通り、素材が素材だけにネズミが齧りにくるのだ、この王宮。


******


 70mmカメラを据えて、各国の主要都市の有名な建築物の模型が逆さ吊にされて行く。


 キリエリア軍港の大灯台、アモルメ王城、各地の鉄道駅と隣接する大商店、古代帝国遺跡。

 魔王城と呼ばれたマギカ・テラ王城、もしかしたらカットさせられるかもしれないが、ボウ帝国風の巨大建築。


 全て四散して宙を舞って消えていく。


 だが、これは序章に過ぎない。本当に恐ろしいのはこの後だ。


******


 焼けて崩れた町の残骸を、油で練った炭で作る。

 真っ黒なセットに残骸のミニチュアを括りつけ、天井に吊るす。


 これを下から、油を噴き出して火を放つ、「火炎噴射機」であぶる。

 ミニチュアは簡単に焼け落ちない。炎だけがミニチュアの中や合間を走り回って下に落ちて来る。


 そんなカットを何度も撮る。


 そして今度は、70mmカメラを魔道車に乗せて、過去にお世話になった製鉄所へ向かう。


「今度はこっちで撮影ですか!用意は出来てますけど、大丈夫ですか?」

「はい、安全第一で。ねえデシアス?」

「あ、ああ。問題ない」


 核の威力によって、その中心が大きく削り取られた王都。

 その中央、王城の残骸のミニチュア。


「ハイヨーイ!スターッ!!!」


 ミニチュアの周囲から溶鉄が流し込まれる。

 物凄い光と熱だ。

 溶鉄が手前に、奥に、川のように流れ、王城の残骸を埋め尽くさんばかりに迸る。

「この世の地獄…」

 デシアス技師はファインダーの向こうに、世界の終局を見た。

 そしてハっと現実に戻って叫んだ。


「カットカット!退避ー!!」


 カメラとデシアス技師を載せた台車がミニチュアから遠ざけられた。


 製鉄所の皆さんが怒鳴った。

「危ねえよ!あそこで声かかんなかったら俺たちが引っぺがすところだったぞ!」

「すまない。また映像に引き込まれそうになった」

 デシアス技師は自嘲気味に詫びた。


「すみませんねえ。

 前あんなことあったんで、今回、ちょっとマシになったって、思いません?」

「う~ん、坊ちゃんよお!くれぐれもケガ人ださねえ様にな!

 お、もう親父になったんだっけ?悪ぃ悪ぃ!!」

「ええ、二人の子持ちですよ!かわいいんです!」

「はあ~、大ぇしたもんだ!」

「「「ははははー!!!」」」


 以前の、「天地開闢」の様な事は繰り返されずに済んだ。

 この後も溶鉄や高炉の中の撮影は続けられ、危険の無い様に留意され撮影は終わった。


******


 特撮カットのラッシュが編集されたのだが。

「「「うわああ!!!」」」

「凄ぇ」「これ、あのシーンだよなあ」「こんな風だったのか…」


「まだまだだよ!

 完成作品では、王都周辺が爆圧でなぎ飛ばされるカット、巨大な爆雲が立ち上るカット、他にも細かいカットを取って繋げるからね!」


「リっちゃん、70mmって大したもんだなあ」

「どっちかって言うと特撮より本編の大セットとかの方が凄くよく映るんだけどね」

「いやいや、この溶鉄、スゲェじゃねえか!目に焼き付く迫力だぜ!」

「ええ、正に地獄だ」

「悪魔の業火だ」

「ホントにこんなになっちまうのか」

 ポンさん以下がその仕上がりに驚く。


(でもなあ。本当の地獄は、生き残って絶望を抱えて生きる世の中なんだろうなあ)

 リック監督は内心そう思った。


******


 特撮班はとりあえずの締めとして、大陸間誘導核ロケット発射の場面を難なく撮り終え、5分のパイロットフィルムとして仕上げた。

「宇宙迎撃戦」と同じ技術だが、夜間シーンのためか噴射の火薬の光が妙に美しく映った。


 更に、本編で使うであろうシーンとして、王都をバルコニーから俯瞰した場面、孤児院学校の運動会の場面等を撮影した。


 あと本編テストとして「宇宙迎撃戦」のセットを塗り直したものをくみ上げて、アックスに要塞司令官として、核兵器の発射装置を起動させる演技を頼んだ。

 周囲の兵は仕出しに頼んだ。衣装も「宇宙迎撃戦」のものを簡単に改造した。


 撮影は70mmと同時に35mmでも撮影され、両者が比較され70mmの特性が記録され、イマイチだと思われるカットは撮り直された。


 懸念された合成カットだが、核ロケット基地のミニチュアと実景の合成や、ロケットの噴煙、超音速飛行機の銃撃等に留まり、怪獣映画程果敢な合成カットが無く、「無難に行けるかな?」程度の評価に収まった。


******


 こうしてパイロットフィルムは完成した。


 音楽はとりあえず伝統音楽の音盤から使用した。

 建国の英雄と死を悼む葬送行進曲だ。

 冒頭の追悼の曲をヨーホーマークに重ねた。

 核兵器要塞で誘導ロケットの発射点呼が行われる。


 アックス演じる司令官が悲痛な決意を固め、装置を起動させる。


 超音速飛行機が戦う。壮絶な空中戦が繰り広げられる。

 そしてついにロケットが次々と発射される。


 せめて何か手伝いたいと申し出たセワーシャが聖典の言葉を録音する。

「神は人を祝福して言った。産めよ、増やせよ、地に満ちよ」


 この、人を祝福する言葉に、撮影した実写場面が重なる。


 大音響!夜の王都が一瞬昼の様になり、消し飛ぶ!

 世界各国の象徴も消し飛び、宙を舞う。


 追悼の行進曲、ファンファーレが響き、あの製鉄所で撮影された地獄絵図が繰り広げられる。


 その大地を焼き尽くす姿の上に大きく字幕が現れる。


「私達は生きている

 その命を込めて

 平和の祈りを叫ぶ」


「世界最終戦争」の字幕と共に、恐怖の特撮映像は終わった。



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