120.「ゴーダ」凱旋興行!
ロードショウ公開当日。
舞台挨拶にも表れなかったリック監督だが、報道陣は彼を見逃さなかった。
「本作の立役者はリック監督と聞きましたが!」
「ボウ帝国の汚職を暴き、神殿に乗り込んで上映の許可を取ったそうですが!」
「本作の特撮も、全部リック監督が考えたんでしょ?」
リック監督はむっとした。
「今!馬鹿な事言った!糞ッ垂れ共は誰だー!!」
一瞬王立大劇場のロビーが凍り付いた。
「この特撮は、ショーウェイのインスさんが限られた予算の中で知恵と経験と創造力を凝らして完成させたものだ!
彼を始めとするスタッフたちの努力を侮辱するヤツは!
同じ映画人として、特撮マンとして絶対許さない!
新聞社だかラジオ社だかしらんが、この手でブっ潰してやる!!」
色々あって怒りが迸ってしまったリック監督。
だが、どこかから拍手が起った。
拍手の輪が広がり、ホールは拍手に包まれた。
バツが悪そうに不届きな新聞記者は去って行った。
それに紛れてリック監督も劇場を後にした。
帰宅し、妻子の寝顔を見届けたリック監督は
「さて、国交回復の恩人様に恩返ししないとねえ。宿題宿題」
そう考え、工房で計画を書き出し始めた。
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「ゴーダ」は1週間のロードショーの後に35mm版が公開された。
ロードショーも連日満員となったが、35mm版もまた賑わった。
話題性と物珍しさから3億デナリのヒットを記録し、ショーウェイとしてはまずまずの成績だった。
ただ、制作費の按分と、70mm公開にかかる7百万デナリの追加、更には幾つかの主要館をヨーホー系劇場に頼り余計な支払いが増えたを考えると、そこまでの大ヒットとは言えない結果に終わった。
「自前の劇場を増やさなければ」
ショーウェイは決意を固めた。
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一方、ボウ帝国を始めとする大陸東側、無常教文化圏での反響はすさまじかった。
今だ庶民の所得ではキリエリアの数分の一、一説では五分の一とされている東国群での興行収入は金7千斤、7億デナリ相当にまでハネ上がった。
キリエリアの物価で言えば二桁億デナリを容に越す歴史的な記録である。
特に信仰の篤い南部諸国では、生活に困る世帯でも説法を授かりに行く気持ちで、相当な贅沢とも言える劇場に一家で向かったのであろう。
その結果、この記録的大ヒットとなった。
それを聞いたリック青年は、卒倒した。
「あなた!」「リックきゅ~ん!!」「ぱぱどうしたの?」「いやお~?」
この朗報に対し、彼は一瞬で真逆の事態を想定した。
宗教界を説得できずに公開に踏み切った場合の、最悪を想定したのだ。
上映禁止、劇場への暴行やサボタージュ。
南方諸国からのチョウ商会やショーウェイへの抗議活動。
ひいては大陸西側の映画の輸入禁止。
「よかった…大僧正を説得できて、よかった…」
その日の内にセシリア社長からお呼びがかかり、翌日。
ショーウェイの社長がインス監督とトレート課長、他本作の製作責任者を伴ってお礼を言いに来たのだ。
「いやーリックさん!あなたの活躍のお陰で、大変な事態が避けられました!
こちらでの興行成績はまあ何ですが、史上初の70mm映画公開という偉業と、ボウ帝国との連携強化という実績をなんとか維持できる事が出来ました!」
一応ショーウェイも最悪の事態について考えたんだなあ、と感心しつつ。
「はっはっはー俺も赤ちゃんの首が目の前で跳ね飛ばされるのを見せつけられるところでしたよー、そうならなくてヨカッタナー」
「ハイ?」
「アレ?報告入ってませんか~?チョウ兄弟も信用できねえなあ全く!」
そこでリック監督はボウ帝国での汚職と大僧正との顛末を説明。
想定される最大のリスク、通商停止、東国への映画禁輸等を話した。
「あぶぶぶ」
社長は気を失った。
(なんでぇ。最悪を想定してた訳じゃなかったかあ)
リック青年はいささかガッカリした。
しかし来客が気絶したままではどうしようもない。
トレート課長も、何も言わない。いや、どうにもならなければ社長を担いで帰社するだろう。
「リックさん、おやんなさい」
「念派感電力!」
「キェッ!!」
社長は正気を取り戻した。
「この貸し、高くつきますわよ?!
これはヨーホー映画の社長としてではなく、財務卿ザナク公爵夫人としての助言です」
「は、ははー!」
平伏する社長に、トレート課長もインス監督も続いた。
「お二人はいいのよ。リック君から始まった特撮の力を東国に広めてくれた事、一映画人として感謝します。本当にご苦労さまでした」
「そ!そんなもったいない!」「恐縮至極に存じます!」
「リックさん、宜しければ『お二人』をおもてなしされてはいかがですか?
もちろん、ここの貴賓室で。
私は社長同士でお話しがありますので、おほほ」
その未だ美しさを湛える笑顔に、三人は果てしない恐怖を感じた。
「ありがとござます、それいけー!」「「はいー!!」」
「え?あの~」
社長室には、社長二人が残った。
貴賓室では募る苦労を二人が語り、リック青年は聞き役に徹し、後日書き起こし記録として保存した。
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「さてと…
『本日キリエリアでの70mm公開終了。
西国語版の70mmフィルムの現像も完了。
機器破損を避けるため普通列車にて輸送開始、2週間後に到着予定。
上映予定地を指定請う』」
リック監督はチョウ商会社長親展で電波通信を送った。
すると当日中に
『上映場所は宮城天安門内側広場の城壁、期日は上映準備完了の翌日日没後にてお願いします。
必要経費の8百万デナリは金にて即日引き渡します』
との返信。
「早いねえ。最初からこうしてりゃよかったのに」
「中々悪いお顔してますよ?」「そう?」
「今度のはアッチが悪いっ!
リックきゅんは、とってもえらい、がんばったねぇ~」
「はっはっはー俺はガンバッタぞー!」
「ぱぱがんばった!」「あんぱっぱ!」
「「「あはははは!」」」
笑いの絶えない家であった。
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かくてリック青年は単身赴任…
いや移動中はしょっちゅう瞬間移動で自宅に戻っていた。
「お~、あの皇子殿下ちゃんと仕事してるな~。
なんか土産持ってかないとなあ」
道中一応鉄道の復興具合を確認しつつ、着いた先は西国にはありえない広大な宮殿。
巨大な貨物が、帝都駅から引き込み線で宮殿の脇に入れる様に延長されている。
その巨大な正面の楼門、天安門。
「ここで上映すれば、帝都民も楽しめるのになあ…ま、そこまで皇帝と民衆が近寄る訳にはいかないんだろなあ。
蛮族の密偵や暗殺者もウロウロしてるし」
皇帝の兵に貨物を引き渡し、リック監督はホイっと自宅に戻って休んだ。
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ボウ帝国での夕方。
荷物の搬入が終わった頃に宮城内に戻り、巨大な機材をセッティングする。
天安門脇の城壁は白い漆喰で塗り固められている。
観客席も即席とは思えない、快適そうな椅子が並べられている。
中央に特別な区画があり、その周囲は兵が既に待機している。
皇女や他の皇族の席か、と納得する。
音響は露天のため残響音など期待できない。幸い風はない。
しかし魔力を帯びた者達が待機している。見えない壁を作るのだろう。
「もっと吹っ掛けてやればよかったなあ~。
でもボッタクリがバレると面倒だし、ま、いっか」
テスト用のヨーホー特撮予告編集を流し、明暗や音場のチェックをリック青年はちゃっちゃと済ませた。
「よっしゃ、明日上映…おわ!」
予告編集を見に高位の貴族達が周囲の席に陣取って宴会を始めていた!
「いつのまにー!」
実は「キリエリア沖海戦」を流し始めてすぐに人が来ていたのだが、作業に没頭していたリック青年には徐々に集まって来た人々を把握できていなかった。
「世界に誇るヨーホー特殊撮影陣の誇る驚異の大スペクタクル、ゴドラン!
ゴドランにご期待下さい!」
『『『オオー!!!』』』
もうなんか出来上がっている。
「このまま最後まで掛けるか~」
11作品、40分弱。まあ、これはテスト上映だから記録に残んないよね、と思ったリック監督だったが、その場は凄く盛り上がり、上映終了後も
『『『もう一回!!!もう一回!!!』』』
アンコールの声が上がった。
思わぬ反響にゴキゲンなリック青年。
「はっはっはー、しかたないなー」
「その位になされまし」
カチン皇女がやって来た。
『『『ハハーッ!!!』』』
今までドンチャンやってた貴族達も平伏して迎えた。
「明日こそ本番である故、今宵は程々になされまし」
「畏まりました。では、自宅へ戻ります」
リック青年が消えた。
『あ!…つれないお方ねえ』
『もう一回見て、その間にお話しすればよかったのではないでしょうか?』
『先に言ってよ!』
コーラン嬢の助言に、少女の様に怒ったカチン皇女であった。
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翌晩。
「こうなったかあ~」
特別席が一段と豪華になっていた。
皇帝臨席での上映会となったのだ。
比較用に「白蛇姫」「快猿伝」の35mmモノラル版予告編を上映し、70mm版「ゴーダ」が始まる。
皇帝の席は周囲が布で囲まれ、音響の入る部分だけ薄絹になっているが、その遥遠くから刺客が狙っている。
何故か映写席にいるカチン皇女とコーラン嬢。
「やっちゃっていいですか?」
「ご随意に」
数十人の刺客の動きが静止し、そのまま70mm版の上映が始まった。
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上映は無事終わった。
皇帝の拍手に続いて、宮中の貴族や役人、女官たちの拍手が続いた。
刺客は全て捕えられた。
「こりゃ開祖サマも出家したくなるわな」
「そういう世界もあるのですよ」
少々うつむいて皇女が答えた。
「この後宴が開かれます。リック殿もご出席なさる様」
「いいえ、私は機材を持ち帰る仕事があります」
皇帝の招聘を、平民であるリック監督が無碍に断る。
「皇帝陛下のご要望ですのよ?」
「事前にお伝え下さらないのはボウ帝国の流儀なのですか?」
「この国では皇帝陛下は絶対です」
またまたリック監督の勘気に障る事象が。
「私はキリエリアの人間です。
強制するなら、戦争ですよ?」
一礼してリック青年は機材の撤去を始めた。
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その夜、宴の招きに応じないリック青年に皇帝は暗殺命令を下したが、その姿は大陸横断鉄道にも、飛行場にもなかった。
機材と報酬諸共消えていた、東国語版70mmのネガとポジを残して。
そもそも皇帝は、その人となりを見て服属させようと考えていた。
そして従わねば暗殺を目論んでいた。
『あの者は帝国の脅威となる。早く殺さねば』
そう思い後宮の妃の寝所に就いた皇帝だが。
何故か寝つけず目を開けると…
『そう何でもテメェの思い通りになると思うなよ』
自分の体の真上にリック青年がいた!
『うわああああ!誰か!誰かいるか!!』
『陛下!どうかなさったのですか?』
妃が驚いて目を覚ますが、そこには誰もいなかった。
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キリエリア時間の夕方にリック青年は自宅に戻って温泉に直行。
またまた「ゴーダ」のシングル音盤用に録音された降魔の大合唱を聞きながら、発泡ワインを味わいつつ。
「ガナサ、ジャタ、ニバラナ!
オーハ、ニバラナ!オーハ、ニバラナ!
パリユナーダ!パリユナーダ!アー!
サームーヨージャーナー…」
何か奇妙な言葉、古代語で様々な煩悩の言葉を熱唱しつつワインを煽った。
「ありがたいお話しの映画の筈が、随分ありがたくない連中と係わっちまったな~。
もう宗教映画はコリゴリだ~!」
そう言いつつ、心配する夫人を他所に、一人盃を煽った。




