12.封切り興行、まさかの大行列!
もしお楽しみ頂けたら星を増やしていただけるとヤル気が満ちます。
またご感想を頂けると鼻血出る程嬉しく思います。
当時の人々にとって、映画は重要な娯楽ではあった。
ではあったが、その映画と言うのは…
あくまでも製作費の安上がりな劇場撮影の、喜劇や恋愛劇、英雄騎士の活劇、更にはそれらがごっちゃになって歌劇までねじ込んだ、支離滅裂なものまであった。
しかし低所得の庶民にとって、それは月に一度、或いは二ケ月に一度の、夢の様な体験だったのだ。
「キリエリア沖海戦」。
過去幾度も演劇になり、劇場撮影もされた。
ある時は英雄である提督への賛美、ある時は暴れ者士官の活劇、はたまた敵味方に分かれた貴族家美男美女の悲劇などという物まで創作された。
しかし魔王軍討伐戦以後、これらの軍記物は敬遠されてしまった。
そんな中、今更感がありつつも多くの新聞が
「歴史的傑作!」
「海の激戦は軍艦に乗っているかの様な迫力!」
「今まで見たことが無い映画!」
と宣伝するこの一作。
誰しもが「有名な話だし、そこまで言われてるなら見てみるか」と思い始めていた。
そこに
「国王陛下、海陸軍両卿を招いて御前試写」
「軍関係者、撮影所見学」
「声と音楽と映画が一体になった」
「国王陛下、海軍陸軍、王立学院、王立魔道協会絶賛!」
「製作費1億デナリ!空前の超大作!」
と、まるで戦争が再び始まったかの様な大げさな報道。
果たしてどんな映画だろう。
否応なく人々は「キリエリア沖海戦」に関心を抱いていた。
******
「ま、みんな見るでしょー?」
と気楽だったのはリック監督。
いつもの様に撮影所奥の自宅に英雄チームを招いて大宴会だ。
各々の家の竈はロクに火が入る事は無かった、使用人がいたデシアス卿邸を除けば。
何より、リック邸の宴会は、美味であった。
更に美酒であった。
これを美男美女が囲む、まさに理想の空間であった。
「もう!リックは飲みすぎちゃ駄目よ!」
リック少年は、飲酒による悪酔いの要素、後に「アセトアルデヒト」と呼ばれる毒物を高速で分解して悪影響を避けていたそうだ。
「水より安全でしょ?」
とは言うものの、当のリックが王都はじめ街や村で上下水道を劇的に改善したため、子供達がワインで酔っぱらう事もわずかずつ減っていった。
同時に水を原因とする病人死人も劇的に減っていった。
だが当人はそれを無視してワインを楽しんだ。
「あんたは悪酔いすんのよ!」
別に彼は見ず知らずの女性を誘ったりする悪癖は無かったが
「特撮語りがウザいのよ!」
…だそうだ。
アックスが弁護した。
「何言ってんだ!リックの特撮がこの大作を産んだんだぜ?
魔王軍を退けるわ歴史を再現するわ、ホント大した奴だぜ!」
いつもの通りセワーシャは負けない。
「その考え方が、もう飲み助なのよね!
アイラも厳しく叱ってやってね?」
「はい。知らない女の子にくどく絡む様な事があれば」
「無いよ!!」
馬鹿みたいな掛け合いを無視してデシアス卿が語る。
「国王陛下がご鑑賞された映画となれば、国民必見、興行的には成功はもう約束された様なものだな」
「おー!滅多に他人を褒めないデシアスもベタ褒めじゃねえか!」
「いや、呆れてるのだ。余りの事の大きさにな」
「ははっ!何言ってんのよ?ホントは褒めてるクセに!」
みんなで笑いつつ騒ぎつつ、飲んで喰って、彼らは撮影に失敗したフィルムを映しながら映画の完成を祝った。
「ぎゃああ!虫が映ってるうう!」
「あちゃあ!沈む船の後ろ!俺の手が映ってるなあ!」
「あはは!マストが甲板から上ごとスッとんじゃってるわね?」
「くそう!あん時ゃミニチュア作り直しだったんだぞー!」
「我が身の拙さを恥じ入るばかりだ!」
一同の意見は様々だ。
しかし、
「この仲間がいたから、この映画が出来た。
そもそも、この仲間がいなければ、この平和は無かったんだ!」
リック少年(酔っ払い)は思いが口に出てしまっていた。
「はは!
お前はそう言って、俺達の事も、敵の連中の事も。
それにアイラちゃんもしっかり助けてくれた。
本当の英雄って、お前みたいなヤツを言うんだぜ?」
「そうか?そう言われると嬉しいな、アニキ」
そして酔いが回ったデシアス卿も宣言した。
「リックの事だ、次の映画の構想もあるんだろう?
どこまでも付き合おう!」
第二夫人の座を狙うアイディーも。
「あ、あたしも、リックと一緒になるう~」
リック少年も、第一夫人?まだ婚約者だったアイラもまんざらでもなかった。
「あんたらちゃんと寝起き食事はしっかりしなさいよ?
特にアックス!深酒酔い潰れ禁止!」
セワーシャは特にアックスのだらしなさを案じていた。
この幸福そうな光景は、彼らの友情と、特撮映画の歴史と共に不変であった。
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まるで彼らの乾杯を祝うかの様な知らせが相次いだ。
「海軍では各拠点で試写会を行っていますが、家族同伴での試写会を望む声が上がっています!」
「陸軍も同様で」
「遺族会でも!」
ヨーホー社に試写会の要請が相次いでいた。
重役がセシリア社長に助言するには
「あまり試写をやりすぎると、いざ興行となった時見に来る人がいなくなるのでは?」
それももっともだ。
「いえ。
陸海軍の常備軍など家族含めて計算したって国内の極一部です。
むしろ宣伝係になってもらってはどうでしょう?」
セシリア社長の決断で、全国の軍拠点で試写が再度行われた。
結果、再度の試写を望む声が挙げられた。
「ここから先は、封切り後の劇場で!おほほほほ!」
セシリア社長も成功を確信していた。
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そして海軍記念日をはるか前に、王都や領都各地の大劇場の予約券は売り切れた。
しかしそれでも貴族達から早く見たいとの希望が絶えない。
「トーキー上映装置、後50台作れない?」
「50…無理です!」
この時、セシリア社長に求められたリック少年は、上映決定済の全国70劇場分の外に、既に追加用に20台分を増産していた。
「せめて、15台!王国内の主要都市に1台以上を用意します!」
「いいえ、せめて40台!」
「一応地方の村落用の音盤も予備に100セット用意してますけど、それでカバーできませんか?」
「何言ってんの!あのバッチリなタイミングがズレちゃったら!
あなたが苦心して作り上げた世界が崩れちゃうじゃないの!!」
殺し文句ではある。
「じゃあ、休日返上で30セットが限界です。
後は興行期間を延ばすか、ですね」
実はこれもある程度リック少年の予想の範囲内だった。
密かに魔道具師や技術者に声をかけていたのだ。
そんなゴタゴタもこなしつつ、王国はついに海軍記念日を迎えた。
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その朝、リック監督は愛する婚約者の叫びで起こされたという。
「リックさん!大変です!
王都が、大行列です!!」
二人がクランの撮影所から王都へ向かえば…
目の前の行列は城門から郊外にまで延びていた!
「あ!英雄リック監督だ!」「リック様だ!」「聖女アイラ様までいるぞ!」
リック少年は国王から英雄の称号を得たが、アイラは聖女ではなかった。
しかしアイラ嬢の戦後の献身を知る者には、既に聖女として慕われていた。
そんな人々の声にご満悦のリック監督に聖女アイラが問いかけた。
「これ、全部『キリエリア沖海戦』の行列でしょうか?」
半信半疑で聞くアイラ。
まずはヨーホー社へと言うリック監督に、
「アイディーさんは?」と聞いた。
「あの子はいつも夜更かしでネボスケなので、寝かせてあげようよ」
「折角の封切りなのに、そんなの寂しいです!」
アイラ夫人は、アイディーを軽んじる事は決してなかった。
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ヨーホー本社…隣接するキリエリア大劇場まで行列が続いていた。
「リックく~ん!!」
ヨーホー本社でリック監督は公爵夫人の熱い抱擁を受けた。
リック監督が12歳でなければ一大スキャンダルだ。
しかし寝ぼけていたアイディーを背負っていたので、何ともマヌケな状況、もとい微笑ましい絵面となっていた。
「初日でこの大騒ぎ!間違いなく大ヒットよー!!
あなたは私の金の卵よ~!!」
更にキスされたが、12歳なので…
しかしアイラ嬢は黒いオーラを放っていた。
アイディーは寝ていた。
遅れて英雄チームも到着した。
「しかし凄い行列だな!みんなお前の映画を見に来てくれたんだ!」
「あなたが言った通りね!」
「いや、俺が言った通りだ!」
そう言いつつ、聖女セワーシャも剣聖デシアスも誇らしげだった。
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この大行列は王都数か所の劇場で起きていた。
王都だけに留まらず、劇場がある有力貴族の領都でも同じだった。
300万国民の内、20万人が1週間の内に見た。
その勢いは1週間を過ぎても止まらなかった。
それだけじゃない。
鉄道で運輸経路が結ばれた近隣諸国でも、噂を聞いて無音フィルムと音盤を買い付けた商人達が上映たのだ。
その結果、自国の物語でもないのに大ヒットした。
「凄い迫力だった!」「本当の海戦を撮ったんじゃないのか!」「怖かったわ!」
ミニチュア特撮とは言え、その迫力は誰もが本物と錯覚した。
しかし、繰り返し見る観客はやがて気付いた。
「勝ってバンザイ、それだけじゃないんだよな」
「ああ。戦いって、やっぱり人が沢山死んで、辛いものなんだよ」
「やっぱり戦いなんてない方がいいのよ」
リック監督が、いや過去の英雄達が後世に託した願いも、この映画を通して伝わった様だった。
戦いは無いに越した事はない。
しかし、無慈悲にも、向こうからやって来る。
そして犠牲者は出る。
「戦う責務を追うことになった責任者たちの姿が伝わってくれたら。
恐らく、その人たちが見た地獄の恐ろしさを感じてくれたら。
俺にとって特撮的にも作品的にも、この映画は成功なんだ」
と後に言ったリック監督の想いは、確かに伝わったのだった。




