117.70mm狂騒曲
※本作の内70mmに関する部分は完全なる創作で、何らの事実にも基づかない話です。
ヨーホー大プールでの試写の結果はトレート課長からショーウェイ社長へ報告され、社長はますます意欲を強めた。
反面、ショーウェイ社内での試写では、同じ大きさのスクリーンで見ても
「多少明るくなったかな?」
「鮮明さはやや違いますが、そんなド迫力って訳じゃあ」
そこにトレート課長が
「こんな小さい試写室じゃ、70mmの迫力は掴めないのではないですか?
アチラの大プールの壁面ですらその差は歴然でしたよ」
と抗議した。
「よし。それで行こう。我が社は歴史に名を残す偉業に取り組みます」
鼻息を荒くする社長。
(偉業に取り組んでるのはリックさんじゃないか)
と、トレート課長は内心不満に思った。
「え~、では私から、今回の試写について」
巨大な映写機を持ち込んで操作までしたリック監督が、ショーウェイ首脳部に説明した。
35mmオリジナルネガを70mmにブローアップ(拡大)して編集するのでは時間がかかりすぎる。
予定通り一旦35mm西国語4チャンネル版ネガを完成させ、これを70mmネガにプリントする、サウンドトラック部分も拡大複写し、変換機を介し既存の音響システムに接続し再生する。
今回の70mm特撮予告編集はこの技法で実現させた、との事だ。
「2ケ月と言う納期で、70mm大画面を実現する最短ルートはこれしかありません。
また予算ですが、1千万デナリの追加が無理であれば、70mm興行を王立中央劇場1館に限定。
2台の試作映写機を、所有権はトリック化学のまま、2週間または4週間の貸し出しとして興行。
この条件であれば、世界初の70mm大画面上映の記録を7百万デナリで実現できます」
満足はいかないが、ここで折れるべきか悩む重役たち。
リック監督は更に言葉を重ねた。
「これが私の出来る精一杯です」
社長は
「それでお願いします。色々ご無理を言って申し訳なかったですね。
でも、チャンスを逃したくなかったんですよ」
「私も同じ気持ちです。
今後新たに建設される劇場は、大画面化を前提にするでしょう。
映写システムも今回の試作品を皮切りに、妻の産休明けを待って改良を進めます」
「感謝します。
しかし、リックさんは、お人好しって言われませんか?」
(何を言ってるんだ?俺もそう思うけど!)
トレート課長は生きた気がしなかった。
「未来活劇や前の『快猿伝』でも色々助けてくれましたが、何故ライバルである私達にここまでするんです?」
リック監督は笑顔で答えた。
「ライバルだからです。
70mm映画という発想。
フォルティ・ステラの、低予算でも未来映画を撮りたいという夢。
御社ではありませんが、アニメーションだけで長編映画を作り上げたいというアラク・ウッコスタジオの様な新しい夢。
これらの夢を守りたいんです。頓挫させてしまいたくないんです。
ライバルが強くなれば、こっちもボヤボヤしていられない、もっと成長しなければいけない。尻に火が付きます。
それが、今よりもっと楽しい映画を実現させていくのです。
お客さんを楽しませ、次の映画を待ってくれる人を増やしてくれるんです!」
裏表のないリック監督の言葉に、社長以下一同は感じ入って聞いた。
「ところで、御社の内情に対して僭越ではありますが…
二点、確認する事をお勧めします」
リック監督は口調を変えた。
「一点は、70mm化ってチョウ兄弟商会の了承得てますか?
もう一点は、本作の内容、かなり経典と違ってますが、無常教団体の認可を受けてますか?」
理想を語っていたリック監督が一変して実に現実的な話をして、皆が驚いた。
製作担当者がいぶかし気に発言した。
「70mm化の話は、あくまでもキリエリア内の、我が社の話でしょう」
だが。
「いや、この話聞いたらウチにもヨコセって言ってきますよ?」
「そこまで非常識な事言いますかね?」
「私だったら、何かケチつけて契約違反って事にしてネガもプリントも渡さないでゴネますけど?」
「そこまでするか?」
「いや、あのチョウ社の代理人ならやりかねないなあ」
社長が悩みながら
「リックさん。むこうで70mmの上映は?」
「輸送費とレンタル料、保険で8百万デナリ、輸送と設置で3週間」
「社長、こちらの公開予定が完全に狂いますね」
「こっちで70mm公開が終わった後に、費用は向こう持ちでって条件付けるしかありませんねえ。
もし言って来たら、ですが」
一同は、そんなムチャ言ってこない事を願った。
「しかし後者は…」
「ヨーホーの話ですが、「聖典」も「天地開闢」も、神殿に検討用脚本送ってお伺いを立てているんですよ。
なにしろ権威を重んじる神殿です。
こういう問題は事前にキチンとお伺いを立てないと、尾を引きます」
「チョウ社がなんとかすると言っていたが」
「何もしてないですよ」
「神殿から派遣された何とかって祭司様が連絡してませんかね?」
「ゼネシス教の神殿開設の許可を取っただけで、映画の中身に何か言う事は無いと思いますよ?」
一同はイヤ~な予感に包まれた。
「一部でも撮り直しになれば、これも公開予定に差し障る」
「早速確認を取りなさい、いや、直接人を向かわそう!
軍に連絡して東に行く飛行機が無いか!
無ければ最速で、大陸横断高速鉄道で!」
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リック監督は発注を受けた。
王立大劇場では、70mm用スクリーンと映写機2台が運び込まれた。
とはいう物の、原価低減のため人払いして作業員っぽい人を集め、運び込むフリして、リック監督が空間魔法で「チャイよ~っ!」と設置したのだった。
そして、サウンドトラックコンバータを接続し、既存の立体音響システムに接続。
今までの劇場のスクリーンの倍近い面積の巨大スクリーンに映像が映ると、
「うほ~っ!」
とリック監督は踊り出した。
「これが見たかったんだよ~!カンパ~イ!」
空間魔法で酒を取り出して、中央の特等席で自作、もとい、異世界の記憶にあった特撮映画を、大画面、立体音響で満喫した。
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一方ショーウェイは大混乱であった。
やっぱり
「チョウ社からウチにもタダでよこすネ!と言ってきました!」
と来た。
「無視しましょう」
最近すっかりショーウェイに入り浸っているリック監督が言うも
「ネガの送付を止めるそうです」
と来た。
「あの代理人、信用できないな。
直接トップに訴えるか、やりたくないけど、もっと上を使うか」
リック監督の言葉に製作担当が慌てた。
「ちょっと待って下さい!
あまり大事にしては、例え今回なんとかなっても次回作の芽が摘まれてしまうかも知れません!何卒穏便に!」
「何言ってんですか?
今回こんなになったんですから、次なんてもう無い方がいいでしょう。
商売は舐められたら終わりですよ」
毅然とした態度のリック監督に、一同唖然とした。
すると今度は
「社長!無常教寺院から抗議が来たそうです!」
リック監督の指摘は二つとも当たった。
「やっぱりなあ~!一番最初に言ったのにね~」
「どうしましょう」
「がんばって折衝して下さいね~」
「そんな殺生な!」
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教団の主張は
「ゴーダの敵が、出家したゴーダの妻を強姦するのは経典に対する侮辱だ」
「時代がメチャクチャ」
「奇跡や天変地異は経典に書かれていない」
との事。
「ご尤もな内容だねえ」
と、完全に他人事のリック監督。
「え?わかるんですか?」
製作担当の質問に呆れたリック監督。
「え?皆さん経典読んでないんですか?」
誰も答えない。
「え~、誰か寺院側の主張を理解できる人、いませんか?」
社長の問いにも誰も答えない模様。
ついにショーウェイ社長が無茶振りして来た。
「リック君、交渉役お願いできないかね?」
「イヤですよ!俺、最初から言ってたじゃないですか。
もし俺に一任して、俺が言い負けたらですよ?
王子妃自害シーン撮り直し!
最後のスペクタクルシーン全削除!
それでもよければ言って謝ってその通りにしますけどね」
一同、沈黙していた。
トレート課長が申し訳なさそうな顔でリック監督を見ていた。
「むしろ俺からしてみれば、折角助言したのが無視されて、ちょっと腹が立っているんですけど」
一同は更に沈黙を続けた。
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キャピーちゃんの首が座り、セワーシャが安定期に入ってから、割と忙しくしていたリック監督。
自宅で「天地開闢」の音盤を聞きながらノンビリ呑みつつ、どこまで「ゴーダ」のゴダゴダに関わるべきか悩んで考えている。
「色々用意したのがムダになるかもねえ」
キャピーちゃんにお乳を飲ませながら、心の中を見透かす様にアイディー夫人が言って来る。
「それは不本意なのでしょう?」
今度はアイラ夫人が煽る様に言う。
「一発のりこみゃいいんじゃないの~」
「いってくゆの~?」
「ううお~?」
子供達は寂しがる風でもなく、何か期待しているかの様な眼差しを送っている。
「理解がある一家ねえ」
微笑ましいものを眺める様に、リック邸に来ているセワーシャ夫人もニコニコだ。
「よし!一丁暴れて来るか!」
立ち上がってガッツポーズをとるリック監督。
「くゆか~!」「ううあ~!」
マネするブライ君と、お手てを前に突き出すキャピーちゃん。
三人の夫人は、笑っていた。だが。
「「「浮気はダメ!!」」ですからね!」
「しませんよ~」
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ヨーホー本社。
「あの映画の上映権、一部ウチの劇場で奪いませんか?」
「どうしたの、珍しい」
普段あまり攻撃的な事を言わないリック監督の強気な発言に、セシリア社長は驚いた。
「ボウ帝国行ってケツ拭けって言われてハラ立ちましてね。
そんなら見返りに上映枠貰って小屋代せしめてやろうかと」
それを聞いたセシリア社長が、色々考え、笑顔になった。
「わかりました。例によってセプタニマ作品が遅れそうなので、その穴埋めに使わせてもらいましょう」
「またですか」
「またなのよー」
「全くあの人は!はっはっは~!」「おほほほほ~」
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リック監督は半ば嫌がらせの様な条件をショーウェイに呑ませ、ボウ帝国へ飛んだ。




