110.人気双子歌手、妖精になる
社長からパイロット版の出資OKを貰い、リック監督は新作怪獣映画「マハラ」の製作に取り掛かった。
先ずは、双子の妖精役だが
「もう声かけてあるわよ」
と社長。
流行歌で続々ヒットを飛ばすマジェステック音盤商会から、ソラリエとメンシエの双子組の歌手「南国娘」が応諾してくれた。
先方から
「怪獣映画?いいですよ。
でも身長30cmの妖精?ヘンな映画だねえ」
と言われたそうだ。
「全く仰る通りヘンな映画だけどね」とリック監督は苦笑した。
先ずは主題歌をとナート師を訪ねようとしたところ、声を上げたのがエクリス師。
「いやいや、他人の剣で首印を上げるのは如何と思ったものだが、色々勉強させて頂きました」
どうやら「大西洋の嵐」の結果に満足しているかの様だ。
しかし映画のクレジットは消せないが海軍に公式採用された行進曲から自分の名は「編曲」に留めている。
そういう所は、誇り高いのであろう。
「今度は主題歌をメインにした歌劇的なものになるのでしょう?」
もうノリノリであった。
「前作とは違いますが、『天地開闢』よりは前作寄りでしょう」
「ではまたよろしくお願いします」
そう言われて主題歌の略譜を渡したものの。
「マハラ、ヤンマハラ、デンガンケサクティアンム…何語ですか?」
「南の言葉で、不滅の命マハラ、下僕の祈りに応えて願いを聞いてくれ、って歌です。
この歌が物語の主軸となります」
「打楽器が強いねえ」
「南の音楽ですから」
こうしてリック監督は「南の言葉」の主題歌と、普通の言葉の副主題歌、そしてタイトル曲、怪獣誕生時の祈りの合唱曲、怪獣襲撃の主題二種類を先ずチェンバロで演奏し、簡単に書きだしたパート譜をエクリス師へ託した。
「ゴドランみたいな悲壮感は全くありませんね。派手な舞曲みたいです」
「今回はこういう感じで行きます。レニス監督にもその線で打診するつもりです」
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南国娘の二人は、珍妙な歌詞に戸惑いつつも、美しい和音で歌い上げた。
演技については既に他社作品に出ていて、双子ならではか同じタイミングで同じセリフを話すのが絶妙に上手で、人気絶頂であった。
そしてヨーホーダンシングチームから振り付けが行われ、南国の姫の様な衣装をまとって歌と踊りがテスト撮影され、立体音響で録音された。
さらに劇中でも歌われる副主題歌も、グランテラ貴族風の衣装で収録された。
「これは…自分でオファーしといてなんだけど、いいわね!」
「このテスト撮影自体が貴重なモノになりますよ」
「マジェスティックにも持って行きましょう」
しかしかの音盤会社は
「この歌、みんなが簡単に歌えるもんじゃないよね?」
と若干難色を示した。
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社長の好感触も得て、双子の妖精、双妖精を悪徳興行師が見世物にする場面の撮影が行われた。
本当であればヨーホー中央劇場で行いたかったが、既に解体されている。
そのため、作りとしては簡略的だかクラン撮影所を臨時休館させて仕出しを頼んで超満員の絵を作り出した。
意気揚々と舞台の口上を述べるのは、本作の敵役、軍事大国から来た悪徳興行師。元テラニエ貴族の俳優、ジュエル・イットーが独特の貴族っぽさを強調した口調で得意気に話す。
「ミナサン、今は宇宙~に向かう時代デス!しかしミナサン、奇跡は昔の事デショカ?神秘は言葉だけデショカ?」
堂に入った前振りに一同が見入る。
「カーット!OK!」
レニス監督のチームが着実に撮影を進める。
笑顔でエキストラに応えるジュエル氏に場が盛り上がる。
悪役なのにノリノリである。
そして次は劇場の映写室から黄金の馬車がゆっくりと飛んで来る。
中には30cmの人形が、右に左に首を振っている。
そして南国の密林の様な舞台セットに、ヨーホーダンシングチームが南洋の原住民の様な姿、全身を黒く塗って、セット中央の小さな神殿に向かって平伏して馬車を迎える。
それから数カット中断が入り、いよいよ主題歌のシーン。
そこで馬車の模型がどかされ、代わりに小さな神殿の中に小さなスクリーンが現れた。
そこには南国娘の二人が映っていた。
これはプテロス等でも使われた、ダニングプロセスだ。
別室のセットで歌う演技を行う南国娘の姿を、鏡を反射させて神殿のスクリーンに映し出しているのだ。
「「「おおー!!!」」」
「「「南国娘だー!!!」」」
エキストラが沸き上がった!
「やったねえリッちゃん」
レニス監督が呟いた。
「出来れば本当の演技を、って言ったのはテンちゃんですからね?
とは言えこのダニングプロセスの舞台。ロングでなんとか使い物になるか。
カメラ3台で撮影して、湧き立つ観客やダンシングチームを撮影しつつ、後は別室で撮影中のアップショット、そして別撮りのブルーバック合成だなあ。
と二人は頭の中で計算していた。
しかし、別室にいる南国娘の歌う「マハラの歌」がホールの拡声器に響くと、観客の贈る眼差しは正に本物になる。
さらにダンシングチームが退場し、セットが貴族宮殿風に組み直される。
続いて哀愁漂う副主題歌「南国の娘」が響くと、観客はやや落ち着きつつも別室の二人の歌手に熱い思いを送っている。
「カーット!OK!お疲れ様でした!」
場内から万雷の拍手が沸き起こった。
それはまるで映画の成功を予告するかの様だった。
そして…
舞台袖から、南国娘、ソラリエとメンシエが最初の衣装で現れた。
「本日はみなさん」「撮影に協力頂き」
「「ありがとうございました」」
「「「うおー!!!」」」
熱い歓声が沸き起こった。
二人の声の掛け合いも、一緒に声をそろえるのもバッチリだった。
そして楽団がマハラの歌を演奏し始め、二人は歌い始めた。
「「マハラ、ヤンマハラ、デンガンケサクティアム、ヒドムプ」」
エキストラの皆さんにとっては思いもよらぬプレゼントであった。
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この噂は王都を駆け巡り、大人気の南国娘が何か凄い映画に出るという評判が高まり、南国娘の音盤の売上が上がった。
これにマジェスティ社の社長も気を良くした。
「ハマラの歌、音盤化しましょ!」
名前、間違っているのだが…社長は指摘もせず合意した。
これが今後の映画界の大きな商機になっていくのだが、それを考えていたのは社長とリック監督くらいであった。
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この本編シーンの撮影をパイロット版として優先したリック監督の目論見は見事に成功し、続いて最大の見せ場となるマハラが幼虫から成虫となるシーンの撮影に移った。
0番スタジオ内の高さ一杯に建てられた、建造中の筈のレイソン電波塔の「完成品」。何しろホンモノを設計したのがリック監督とアイディー夫人なので出来る裏技?だ。
そしてその周囲、かつて王都城壁外だった荒野に広がった家々や街道。
それらが広大なスタジオ一杯に再現されている。
気の遠くなるような物量だが。
ホリゾントの地平線の辺りには遥か遠景が絵で描かれている。
「特美倉庫からありったけの模型を並べて特徴的な建物に似せて改造してます」
との事。
「割と早くできちゃったなあ」
「ポンさんのお陰だよ」
「ロングはいいけどアップは大変だぞ?」
「そんだけ金をもぎ取って来ますって!」
「「はっはっはー!!」」
特技監督と美術班長の談笑に、ショーウェイから来たティーチュー、いやヨーホー風にインちゃんは戸惑っていた。
(こんなバカでかいセット、これで映画1本撮れるんじゃないか?
何カット使うんだ?なんて贅沢なんだ!)
照明が落とされ、
「電飾!」
特殊効果班が電気を繋ぐと街…ミニチュアの窓に光が灯される。
レイソン塔も照らされ、塔の鉄骨に仕込まれた灯も光っている。
これはまさに地上の星空だ。
「操演!垂直飛行機用意!」
翼の無い、プロペラが機体の上に付いた「垂直飛行機」の模型が、巨大なプロペラが動き出す。
高く持ち上げられたクレーンに据えられたカメラの手前にあり、その背景はこの広大な王都郊外、新興区域のミニチュアだ。
「クレーン移動用意!」
このカットは垂直飛行機を追う様に、この広大なミニチュアの街を撮る。
「総員ヨーイ!スターッ!!」
垂直飛行機が動き、煌めく街が、レイソン塔が、カメラに収められていく。
「カーット!OK!」
広大なミニチュアを囲むスタッフから安堵のため息が漏れる。
「次!レイソン塔照明切断カット!」
この後必要な数カットを撮影しつつ、マハラの幼虫がもそもそと動きつつ塔へと向かう。
「操演、マハラ用ー意!」
セット脇のマハラが、もちょもちょと動き始める。
そこに戦車や噴射砲からの攻撃による爆発、火事の炎が撮影され、いよいよマハラがレイソン塔に取り付く。
後から大縮尺のセットで戦車や自走噴射砲による攻撃カットが撮影される予定だ。
今度はカメラの手前に照明や電信柱等が置かれ、やや迫ったカットが撮影される。
そして砲火をものともせず、ついに幼虫が塔に取り付き…塔が折れる!
まだ完成もしていない未来の象徴が真ん中でへし折られ、マハラ幼虫も後ろに倒れた!
「カーット!OK!
次、蛹用意!」
デシアス技師の号令でマハラ幼虫の模型に管が取り付けられる。
「糸噴射用ー意!」
幼虫が口を開け、何かを噴射した。
「糊を使った糸は大丈夫みたいだねえ」
リック監督の言う先、噴き出された糸は空を描いたホリゾントに綺麗に飛んで行った。
(実際は液体ゴムを使って難儀したみたいだけどねえ)
こうして幼虫が蛹となる場面の撮影もその日の内に終わった。
蛹というより、完全に繭なのだけど。




