108.南の国のお話
ヨーホー本社…は移転している。
セプタニマ監督の「その陰にいる者」は、何と1億デナリの赤字を出していた。
しかし「天地開闢」に続く「大西洋の嵐」の大ヒットのお陰で会社としては黒字。
予定通り本社と中央劇場の敷地を広く生かした大劇場の計画が動き出していた。
新劇場は旧劇場の意匠や部材を生かし、倍の広さ、収容人員を誇り、本社機能としても拡充される予定だ。
映画だけでなく演劇や演奏会、国家的行事の集会場にも使える音響・照明設備、舞台装置が用意される。
庶民の生活が向上し、キリエリアだけでなく他国でも映画が娯楽として巨大な市場になり、花形産業のトップとなったヨーホー映画の象徴の様な劇場である。
音響、映写機、更には巨大なテレビ受信機等の設置にリック青年も駆り出されている。
大きな劇場でテレビの小さい映像を流す事には限界がある。
そこで彼は電気信号を電子銃とブラウン管で再生するのではなく、無数に並べられた電球を直接明滅させる事で大画面を実現したのである。
復帰したアイディー夫人の協力もあって開発は順調である。
さらにはクラン周辺の賑わいを利用して王都郊外駅の新設、テレビ放送のため高さ200mを越える大鉄塔の建設も始まっているのだ。
建設中のその巨大な鉄塔は、王都のどこからでも見えている。
今を生きる人々の、未来の象徴とでもいうべきモニュメントでもあった。
王都レイソンは大きく生まれ変わろうとしていた。
その工事現場の近くの仮本社で、セシリア社長は例によって呆れていた。
「またお節介を焼いて…」
「元は同じヨーホーの飯を食った仲間ですから」
「子供用の映画となると、ライバルになるかも知れないのよ?」
「むしろそうなって欲しいですね。市場に競争原理が働き、映画の質が全体的に向上しますよ」
「百万デナリもポンと放り投げてやる事かしら?」
「その価値は充分あります」
「はあ~。あなたの未来には何が見えている事やら…」
そう呆れつつも、次回作の企画は受け取ってしっかり見ていた。
「それで、次は南方観光映画、なのね」
「ええ。このところ悲劇的映画が続きましたから、明るいハッピーエンドな作品にしようかと」
確かに南洋調査艦隊の齎す情報や映像は人々に理想郷の夢を見せていた。
「提携先は、例によってダッチャー辺境伯領を予定しています」
「『大西洋の嵐』ではデンガナ領に先を越されたーって悔しがっていましたからねえ。
で、怪獣って言うより、これ蛾?」
「蝶ですよ。蛾じゃあみんな気味悪がるでしょ?」
広げられたデザイン画。
そこに描かれていたのは、半分羽根を閉じた、蝶。
その羽根はその先に蛾の様な目を思わせる丸い赤模様があり、赤、黒、黄色の毛様が入り交じり、夫々若干のグラデーションがついた美麗なものだった。
頭も本物の蝶より大きく、愛嬌のある顔?であった。
「これ、可愛いわね。色々考えてるのねえ」
「ブルーバックを使うんで、赤と黄色だけが基調なのが残念ですけどね」
そこからリック青年はピクトリアルスケッチを開いて説明した。
「最初は巨大な卵、そこから巨大な幼虫が生まれて王都郊外を蹂躙、レイソンテレビ塔に巨大な繭を作って、美しい蝶となって、悪徳興行師にさらわれた妖精を取り戻して南海に去ってゆく。
どうでしょ?」
「幼虫って、毛虫?それはイヤねえ」
「なので、こういう、長いパンみたいな感じで」
「これなら可愛く見えない事も…どうかしらねえ?」
妖精、として描かれたデザインは、双子の美女であった。
身の丈30cm。
「あらかわいい。
今までよりずっとおとぎ話っぽくていいと思うけど、ゴドランとはずいぶん毛色が違うわねえ」
「みんな生活が安定して、魔王軍討伐も随分前の話になりましたからね。
やはり明朗なドラマの方がいいかな~って」
「それに、立体音響を生かした、歌と踊りね」
「この妖精の双子が、悪徳興行師に命じられてショーで歌わされるんです。
でもその歌は、彼女達の住んでいた南洋の島に伝わる、守護神を呼ぶ祈りだったんです」
「…異世界の記憶に元歌があるのね」
「ええ。大人気でした」
「それを信じるわ。でもゴドランや天地開闢の音楽はちょっと異質だったわね」
「今度はもっと派手な感じになると思います」
「頼むわよ。劇半音盤も昔は珍しがられてたけど、今では多くの作品が生まれて大ヒットは難しくなってるから。
『その陰にいる者』みたいにね!」
セプタニマ作品の音盤も苦戦していた。
「勇敢なる7騎士」や「裏切り御免」の、旋律が明快な音盤は大層売れた。
しかし「死ぬべきか」の古典風音楽や、「その陰にいる者」の下町、しかも場末のうらぶれた雰囲気の音楽は流石に大貴族こそコレクションで買うであろうが、庶民が聞いて楽しいものではなかった。
まだ古代の雰囲気や異国情緒に浸れる「天地開闢」や「白蛇姫 愛の伝説」や、勇壮な「宇宙迎撃戦」「大西洋の嵐」の方が人気があった。
それでも「聖典」の頃の、映画の音楽を自宅で楽しむというインパクトは次第に薄れていったのだ。
むしろ流行歌を題材にした映画が相乗効果で売れ行きを伸ばしている状態だ。
「出来ればこの作品はその流れを映画主導に取り戻したいですね」
「期待してるわよ。
まずは5百万デナリでどこまで出来るか、検討をお願い」
こうして次回作「双子の妖精と大怪獣マハラ」の企画、パイロットフィルム製作が決定した。
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しかし同じころ、一人の男がレイソンに戻って来た。
彼は職場に戻ると訴えた。
「大陸西は聖典を映画に、大陸東は『経典』を映画に!」
「天地開闢」以来東国に赴いていたミゼレ祭司は、リック監督の作品を応援する余り「異なる宗教への関心」という禁断の扉を開けてしまった!
…と思い込んでいた。
そのため「世界各国あちこちで色々な宗教が根を張っている以上、色々な国で映画作って出入りしも文句は言えないよね」とこの問題をなし崩しにしてしまおうと東西を何度も往復していたのだ。
「他国の文化、宗教への研究への情熱、頭が下がります」
と彼の努力を買うパクス枢機卿。
(よかった~!とりあえず異端認定されずに済みそうだ~)
顔色を変えることなくミゼレ祭司は安堵した。
「しかしその仕事、神殿が注力する必要あったかね?」
(へ?)
今まで往復しつつ他国の宗教事情や経典の翻訳抄本を神殿に提出してきた彼であったが。
「他国がどんな映画作ろうが、ゼネシス教を否定したり侮辱したりしない限り構わない、で良かったのではないかな?」
「へ?」
今度は声に出た。
「先の『天地開闢』も、各国外交を賑わせる良いイベントになった。
その『経典』の映画も外交的なイベントになるだろう。
しかし神殿が入れ込み過ぎるべき問題であろうかな?」
「いやいや!他国の宗教を理解する事は、逆に言えば我が聖典とどう違うか!矛盾はないか!信徒にどんな影響を及ぼすか!
それを予期して手を打てる知恵を齎す者では無いかと!」
「して、今まで君が報告してくれた内容だと…」
「善行を成し、悪事を否定する姿勢は問題ありませんが、一種の無神教です」
「そこなのだが、虚無に帰すと言いつつ開祖ゴーダを一種の神として崇めている。
難解であり、グランテラの民が理解し信仰する可能性は低いのではなかろうか?」
(だったらそう言って下さいよ!!)
祭司は心の中で叫んだ。
「君の言うとり、東国が『経典』の映画を撮る事に何かを言う資格は、我々にはありません」
(…結果よければすべてよし!そう思わないとやってられない!)
ミゼレ祭司はそう思うと同時に
(これでこっちの快適な暮らしに戻れる!あの発泡ワインを味わいながら聖女セワーシャの映画を眺めてノンビリ出来る!)
きわめて俗っぽい事を考えるのであった。聖女セワーシャ、人妻なのだが。
「しかし君が大陸を幾度も往復して学び、彼の地に築いたであろう人脈は貴重なものであり、各国の神殿は元より総本山も高く評価している」
「は!有難きお言葉!」
(これは出世の芽か?いやいやレイソンから離れてはリック殿からも聖女殿からも遠くなってしまう!)
またまた俗っぽさ100%である。
「引き続き東国に赴き、福音宣教の任に励み、異国での受容について報告を頼みたい」
…。
(は!尊い使命を果たします!)
「どうしてこうなったー!!あ…」
本音と建て前が逆転してしまった。
「え?どうかしたのかなミゼレ殿?」
「い!いえ!尊い使命を果たします!」
(そう言うしかないー!!)
こうして泣く泣く王都を離れたミゼレ祭司なのであった。
引っ越し間際に手に入れた、セワーシャ夫人が声の主演でありヒロインのモデルとなった「婚約破棄された追放令嬢(以下略)」のフィルムをせめてもの慰めとして。
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彼の(不本意な)努力は数か月後、ボウ帝国の映画会社からキリエリアに対し、幾度目かの合作の打診となって実った。
「ゴーダ」。
東国で広く信仰されている無常教の開祖の生涯を描く超大作の企画である。




