105.リック一家の墓参り
連合国が集まっての懇親会は大盛況。
翌日は庭園内のミニチュアの見学、自由形式の意見交換会を経て解散となった。
旧帝国及び破壊工作をしでかした有力貴族の領地には、各国持ち回りで代官を派遣。
統治は連合国会議の方針の通り厳格に行う。
当面は復興支援、減税の上住民の生活を守る事となり、帝都駅で共同宣言が読み上げられた。
支援物資が来ると知って、帝都民は歓喜した。
警備するキリエリアの英雄チームは安全を確認した。
「もう誰もいないよー」
「ええ。邪気や殺意は感じられないわ」
こうして一夜の帝都の賑わいは終わり、各国の王達は帰路へ就いた。
しかしその一夜の賑わいは、この後の復興の大きな起爆剤となった。
帝国の水利を生かした新しい陸海交通網の建設が始まったからだ。
キリエリアから、工事のための労働者がやって来た。彼らは元々帝都の住民だった。
彼らの稼ぎが元帝都に廻り、元帝都は徐々に賑わいを取り戻した。
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封切前の1週間、宣伝は過熱した。
ガソリン自動車に3m大の艦船ミニチュアを載せ、軍服を着た楽団を載せ王都や主要都市を走らせたり、主要都市に10m超のミニチュアを置いて宣伝ブースを設けたり、それらを川で走らせたりと、撮影のため作ったのか宣伝のため作ったのか(後者なのだが)という活用振りであった。
宣伝部の目論見の通り、やはり戦艦の方が人気があったのは「そりゃそうだよね、巨砲と艦橋はロマンだからね」とリック監督も納得していた。
繰り返し演奏される「海軍行進曲」「航空行進曲」「御召艦行進曲」。
海軍はこの三曲を公式行事に使用させてほしいとヨーホーに願い出て、またしてもリック監督は使用料金で稼ぐ事になった。
そして迎えた初日。例によって長蛇の列、超満員である。
既に億越えは確定し、後は一大国際的事業となってしまった「天地開闢」の8億にどこまで迫れるか、という点に経営陣の期待が移っていた。
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映画が終わった。熱意を失った主人公達の飛行機が去って、エンドマーク。
大喝采が沸き起こったものの、旧テラニエ程の燃え上がる様な反応ではない。
「戦勝国と敗戦国の違いですよ」とリック監督は事も無げに言って舞台挨拶に向かった。
壇上に登った社長、オショさん、リック監督、マイちゃん、デっちゃん。
「100年前は士官として走り回っていた小官も、300年かかって司令官まで出世しました!」
笑いと拍手に包まれるマイちゃん。
「自分はキリエリアに生まれて幸福です!カンゲース陛下は映画の様に自分達を見捨てられる事など無いからです!」
拍手の中、国王陛下に万歳を唱える者までいた。
その様子を受けて、オーショー監督が挨拶を始めた。
「ご覧頂きありがとうございます。
え~、街角を見ますと会社は派手に宣伝しておりますが」
笑いが巻き起こった。
「架空の物語とは言いましても、監督としては。
実際に戦いで死んでいったものと向き合わねば、そう思って撮りました」
一瞬、場が静まり返った。
「空想とは言え、ここまで歴史の事実であるかの様に多くの人が死ぬ戦争映画です。
これを、いわば見世物にする仕事を受けるべきか、迷いました。
しかし、ある晩、かつて最後を看取った皆さんが夢の中に現れまして、
『お前は死人に祈るしか能がない。俺達は戦って死ぬ。せめてその話を映画にでもして伝えてくれ』
そう言うのです。
皆様に彼らの無念が伝われば、戦場から生きて帰った甲斐があるという物です」
そう述べた。
一同は黙って挨拶を聞き、そして熱烈な拍手を捧げた。
続いてリック監督。
「本作は以前の『宇宙迎撃戦』以上に大量の模型、特に艦船の模型を必要としました。飛行機の数も数百を数えました。
頑張ったスタッフに支えられ、壮大な空想の話、ウソの物語を御見せできたかな、と自負しています」
先程の敬虔なオショさんの話から一変して現実的な話をするリック監督に、監修は首を傾げた。
「しかし、このウソの話が将来現実となり、もし本当にこれら兵器が実用化され、大国同士の戦争が起これば、この物語の続きはどれだけ悲惨な事になるでしょう。
飛行機は容赦なく大都市へ爆弾の雨を降らせ、敵民族の抹殺を狙ってくるかもしれません。
国が権威を守るため降伏しなければ、切り捨てられた将兵だけでなく、戦う力もない多くの平民が戦火に焼かれて死んでいくかも知れません。
この映画を見て、そんな事をちょっとでも気にして頂けたら、私としては撮ってよかったなと、そう思う次第です」
そう挨拶を終えた。
一瞬の沈黙の後、再び熱烈な拍手が沸き起こった。
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「南へ~南へ~
ウチのラバさん南方の娘、色が黒いから夜だとどっちが上だか下だかわからない」
ラジオからこんな阿呆な歌が流れる。
キリエリア海軍は目下、リック青年仕込みの観測術でキリエリア大陸沿岸調査に出向し、大陸西南部へ向かっているのであった。
艦隊から送られてくる天然色フィルムは、まるで南海の果てに楽園が広がっているかの様な幻想をキリエリアに齎した。
そんな空気を、一仕事終えたリック青年は家族と一緒にラジオから感じていた。
「ちょっとした南方ブームだね」
「キャピーちゃんが大きくなったらお出かけしましょうか」
「いきましょ~ね~」
お目目をひんむいてアイディー夫人のお乳を必死に吸うキャピーちゃん。
何故か寂しがっているブライちゃんを、アイディー夫人はギュっと抱き寄せる。
「その前に、連れて行きたいところがあるんだ」
リック青年が言うや否や
「行くよ~」
と即答するアイディー夫人。
「でも旅行にはまだ…」
「瞬間移動魔法を使うよ」
それであれば新生児にも負担は何もない。
次の言葉をアイラ夫人は待った。
「両親に会いに行きたいんだ」
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翌日、荒れ果てた村の跡に5人が移動した。
「もう極大魔法の放射線も半減を繰り返してる。
飛行機に乗るより被曝量は少ないよ」
「あなたが連れてってくれるところが危険な訳ありませんよ」
「そ~だよね~」
二人の夫人に何の心配もない。それぞれの子を抱きしめている。
「極大魔法に、帝国滅亡、モノホーリー派異端認定。
薄情だった村にも、偉そうにしてた神殿も、もう誰もいなさそうだね」
晴天の下、人の気配はなかった。
田舎の小ぢんまりとした神殿。雑草に埋もれ屋根は穴が開いている。
その裏の墓地もまた、低木と雑草に埋もれて立ち入るのも一苦労だ。
それらを重力魔法で引っこ抜くとアイディー夫人が燃やし尽くす。
「ふあ~!」「ぴゃ!ぴゃ!」子供二人が驚いて喜ぶ。
明らかになった墓地の一つ、トリートの名が刻まれた墓。
その前にリック青年は立って、荒れた地面を押し均し、墓前に花束を置いた。
祈祷文を三人で唱えた。
「親父、母さん。放っておいてゴメン。
俺の家族を連れて来たよ。子供も二人できた。
俺を産んでくれた母さんのお陰だよ。
ありがとう…ありがとう!」
そう言うと、リックは大声で泣き出した。
子供の様に泣きじゃくった。
両親が死んだときも泣かなかったのに。
泣いて、墓の前にうずくまった。
二人の夫人は、愛する夫のそんな姿を見たのは初めてだった。
落ち着いたリック青年を前にアイラ夫人が申し出た。
「お義父さんとお義母さんの命日には、ここへ来ましょうね」
「次はゆっくり、鉄道に乗って来ようねえ…」
二人は笑顔で、そして涙を流しながら言った。
「二人ともありがとう。俺は、とっても素敵な妻を親父と母さんに紹介出来たよ」
「おやじ?かあさん?」
「ああ。ブライちゃんの、おじいちゃんとおばあちゃんだよ。
もう死んじゃって、神様のところへ行っちゃったんだ」
「そうなの~」
ブライちゃんは不思議そうに墓石を見つめていた。
「みんなありがとうね。
さ、おうちへ戻ろうね」
5人はその場から姿を消した。
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家に戻り食事の用意をするリック青年。
ひざにブライちゃんを載せて本を読み聞かせているアイラ夫人をチラチラと見ている。
「私はみなさんを実家になんて連れて行きませんよ」
サラっと答える。
「あれは私を戦争に売り払った人でなしですから、リックさんをお連れする価値なんてありませんよ」
それ以上リック青年は聞かなかった。
結婚の時も、彼女は一切話題にしなかったのだ。
「ウチはまだまだ無理だよ~、防御魔法キッチリ展開できるまであと3ケ月かかるかな~」
アイディー夫人のご両親は元気に魔力全開で夫婦喧嘩の毎日らしい。
「ははは…」
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「大西洋の嵐」は上映全国でロングランに突入。
キリエリア内で興行収入6億、各国合わせて9億デナリ。
二作続けての特大ヒットに、ヨーホー社はオーショー監督、リック監督に1千万デナリの特別報酬を贈った。
「出産祝い込みよ。立派な教育を受けさせてあげなさい」
満面の笑顔でセシリア社長はリックを顕彰した。
「次もがんばってね」
「次はもうちょっと明るく楽しいヨーホー映画、で行きます。
怪獣映画に戻りますよ」
笑ってリック監督が答えた。




