103.アイディーの出産
撮影所がクランクアップの記念撮影をしている頃、リック監督は産婦人科にいた。
産気づいたアイディー夫人の付き添いで、アイラ夫人と交代で…結局交代したもののずっと産婦人科にいた。
「私達で対応します」
「いえいえ」
「それでは私達はずっとおんぶに抱っこです!」
「じゃあ後ろで見せて下さい」
院長を務める女医に拒まれつつ、様子が良くない妊婦への施術を見ては助言を書き残していた。
胎児の頭を吸引し、押し出す力の弱い母親を助ける機械は既に王国各地に行き渡っている。
後は、忌避感が大変強い、帝王切開。
それでも月に何人かはそれに頼らざるを得ない母親がいる。
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リック青年は監督業の傍ら、帝王切開の指南をセワーシャ夫人と協力して行った。
神から授かった人体を切断する事を神殿は忌避したので、この件はリック青年と元聖女セワーシャが勝手気ままに行った事とされた。
尚、同じ人体を切断し、サビやバイ菌を体内に押し込んで、出血多量死の原因となっている瀉血は未だに容認されている。
これにリック青年は何度も抗議したが、既得権益があって叶えられなかった。
そのため彼が私財を投じて病院を建設し、多くの民が救いを求めて病院に殺到している。
そして未だに瀉血を行っている神殿認定の診療所は訪れる人が失せ、次第に閉鎖されている。
「魔王討伐戦」終戦後は、そんな有様になっているのだ。
むしろ神殿はその流れに期待し、色々な事をリック青年に頼ってしまっている有様だ。
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こうして1週間産院に常駐して、難産を指導し、多くの赤ちゃんの誕生を見届けたリック監督。
ついにその日が来た。
「イギイッ!!」
入院中のアイディー夫人が破水。
「大丈夫だよ、キャピーちゃんはもう大きくなって、出て来るだけだよ!
もうちょっとだよ、ディー!俺の大事なディー!」
「あ、あがあ!リックう!リックうー!」
叫ぶアイディー夫人をリック監督は労わり続けた。
しかし、リック監督は知っていた。
彼女の体では大きく育ったキャピーちゃんを自然に産めない事を。
そして、逆子である事を。
「切開手術に入ります」
女医さんは宣告した。
「リックさん、執刀されますか?」
女医さんは、立ち合って欲しいとも施術して欲しいとも言わなかった。
国の要人であり、産科にとって大恩人であるリック青年の娘を、絶対に無事に取り上げる、その覚悟は出来ていたのだ。
「いいえ、お願いします」
殆ど自分がフォローしてはいるものの、既にこの産科であれば自力で帝王切開や産褥ケアは出来る様になっている、リック監督はそう判断した。
「奥様とお嬢さんは責任を持ってお守りします」
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背中から麻酔を打たれるが意識を持ったままのアイディー夫人。
リック監督は全身洗浄の上立ち合って夫人の手を取る。
アイディー夫人も戦場を経験した英雄チームの一員である。肝が据わっているせいか手術は順調に進む。
そして
「もきゃあ、もきゃあ」
小さいながらも元気な泣き声。
「元気な女の子ですよ」
と女医さん。
「リックきゅん、リックきゅん~!」
「よく頑張ったね!立派だよ!」
アイディー夫人は泣いていた。
隣で立ち合っているアイラ夫人も泣いていた。
「あかちゃん、うまれたよ?」
ブライちゃんは早く赤ちゃんに会いたそうだ。
それから縫合手術が行われた。
「はい、おめでとうございます」
待望のキャピーちゃんとの対面だ。
「ディーががんばったからこの子は生まれる事が出来たんだ。
凄いよ、ディー」
「あたしの赤ちゃん…キャピーちゃん…」
真っ赤な赤ちゃんを抱きしめて、またアイディー夫人は涙を流した。
「あかちゃん、まっかっかねー」
と、手を繋ごうとするブライちゃんを眺めて、アイラ夫人も涙を止められなかった。
一人病室を出たリック監督。
大きく溜息をつき、へたりこんだ。
「どうしました!」駆け付けた女医さんに、事も無げに手を振るが。
「正直、生きた心地がしませんでした」
と、青い顔をして冷や汗をびっしょりかいていた。
立ち合い時からの変わりように女医さんは驚いた。
「さっきは何事もなかったみたいにしっかりされていたのに…」
「ははは…気が抜けたら、こんなんですよ」
せめて出産中は毅然としていなければ。
その想いを果たし終えて、暫く彼は動けなかった。
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リック監督はひそかに二人の体調を最善にし、アイディー夫人の縫合痕も消し去ったため、二人はその日の内に一緒に過ごす事が出来た。
彼が病院に呼ばれる事は無かったが、やはり困難が伴う出産、命の危険がある出産を感知しては申し出てケアを行った。
今度はアイラ夫人も、酷い産褥がある妊婦の治癒に当たった。
アイラ夫人の出産から3年、病院は確実に進歩していた。
それでも危険な出産はあるもので、二人はサポートに徹して新しい命の誕生を手伝った。
再びリック監督と、更にアイラ夫人は神様扱いされる事となった。
そして1週間、自然分娩と同じ期間で二人は退院できた。
この間、アックス、セワーシャ夫婦にデシアス、セシリア社長らが入れ代わり立ち代わり見舞いに訪れた。
特にアックスが来た時は母親と一緒に来た子供達が大騒ぎとなった。
因みにアイディー夫人の両親、二人共魔導士協会員でご壮健なのだが、
「病院が壊されちゃうよ~」
との夫人立っての頼みで退院後に挨拶する事となった。
どうやらそれだけイロイロ危険な人たちらしい。
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リック監督が撮影所に戻ると、スタッフは花束を渡して出産を祝った。更に膨大なオムツまで。
今まで上がって来たラッシュ、特に特撮と本編のつなぎ部分を見て、リック監督は安堵した。
「監督のお仕事をお返しします」
「確かに。見事でした。後は他につぎ足す部分がないか、あれば追加撮影。
オショさんとの確認に立ち合って」
彼は内心、もうデシアスが監督でいいかな?とも思いつつ、いや自分は記憶にある映画の再現という使命があるんだったっけと思い直した。
途中、甲板上に飛行機が昇降機で昇って来るシーンがあるが、これを本編でも主人公と飛行機の実物大模型の足元から撮影し、セットの甲板に昇って繋げるカットに切り替えて臨場感を出す場面等を取り足した。
また空襲場面ではより低空で襲い掛かる敵飛行機を空軍に要請して追加撮影した。
その為臨場感はさらに増して行った。
例の巨大戦艦のカットも実際の海上でロングショットを、大プールでアップショットを撮影し、無理やり後半の出陣シーンに挿入し、画面の派手さを増やした。
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産休中に描いた楽譜を元にエクリス師によって大編成に編曲された音楽が、仕上がったラッシュに併せて演奏される。
勇壮な中にも、後に訪れるであろう惨劇を臭わせる、明朗一辺倒ではない行進曲。
機送艦の実物大セットとその甲板上に並ぶ多くの艦載機をワンカットで見せる壮大かつ緊迫感の漂う曲。
搭乗員たちが号令一下愛機に搭乗、次々発進する艦載機を描く抑揚感あふれるアレグロ。
まさかの敵襲撃により瞬く間に3隻が戦闘不能に陥る焦燥感を掻き立てる曲に続き、反撃の決意を固め、唯一残った主人公達一人ひとりに司令官が出動を命じる悲愴な曲。
今までの特撮映画とはまた違った、しかしどちらかと言えばエクリス師の作風に近い華やかな名曲が映像に新たな力を与える。
数日をかけ全曲の収録が終わった。
一仕事を終えた中、最後のアフレコ作業に入る前にオショさんがリック監督に言った。
「この映画、空想物語なら、こんな湿っぽい話にしなくても良かったのではないですか?」
全く持ってそもそもな話なのだが。
「宇宙を舞台に、異星人と戦う訳じゃありません。相手だって人間ですからね。
戦争なんてない方がいいんですよ。
親父も母さんも死なずに済んだろうし」
「そうでしたか」
リック監督は隠すわけでもなかったが、あまりテラニエ時代の話はしていなかった。
事情を知らなかったオショさんはリック監督の両親のために短く祈った。
「感謝します。
そろそろ向こうも落ち着いた事でしょう。
お墓参りに行こうかと思います」
「それが良いでしょう。
立派な映画を撮った事と、ご両親も褒めて下さる事でしょう」
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こうして「グランテラ大海空戦 大西洋の嵐」は完成した。
社内試写はもとより、軍関係者への試写も喝采を以て迎えられた。
特にラスト、沈んだ艦橋でマイちゃんとシレさんが死して嘆く場面、熱く闘志を燃やしていた主人公が故郷を一瞥する事もなく死地へと去っていく場面は、観客を虚無感へと陥れた。
それでもエンドマークとともに拍手喝采が起きた。
特に、軍部の、しかも現場に近い将兵程感じ入るものがあったのか、中には涙を流す物すらいた。
例によって軍から内部試写の希望が出された。「キリエリア沖海戦」での宣伝効果を体験しているセシリア社長はモノラル音声版であればと快諾し、軍の兵や家族までもがこれを見て、絶賛した。
「しかしこれは将兵の士気をくじくものではないか?」
そう危惧する将官もいたが。
「この映画のヒノデ軍の様に、作戦の本質を見誤り、現場の将兵を裏切ればそうなるだろうな」
と、三軍の卿は自戒を込める様に答えた。
機は熟したと見て、セシリア社長は海外支社へ探りを入れさせた。
その結果、どうも各国君主とも試写会に期待を込めている様だ。
特にマキウリア女王は軍の試写に忍び込んで既に鑑賞している模様。
「大々的に宣伝試写会をやりましょう。
一番集まりやすいのは…元テラニエ帝都の、軍人宮殿かしらねえ」




