102.未来に捧げる鎮魂
見学やら空戦シーンやらをオンスケジュールでこなしていったデシアス技師。
剣聖と言いつつ、実質騎士団の指揮までこなしていただけあって中々堂に入った指揮ぶりである。
「チーフ、これ、こんな風に飛行機って落っこちて来るものですかねえ?」
操演が質問してくる。
急降下爆撃の場面、手前の飛行機がやや下向きに垂直に落ちる様に見え、その後ろ、小さい飛行機が編隊を成して上へ昇っていくカットだ。
一瞬メラっとした殺気が放たれるが!
「下からこっちへ向かって来る飛行機を見るとな。
前に向かって来る動きはほぼ見えない。上下する動きだけ見えるから上から降って来る様に見えるんだ」
「へ…へ、いやハイ!!」
「お前も空軍基地を見学してこ!…来るといい。金はなんとかする」
緊張が解けた。
「よく説明するようになったよなあ剣聖様」
「つうかカメラ廻してるときより、イケてんじゃねえか?」
電気照明で気温が上がったスタジオから逃げて一息入れてたスタッフが涼みながら話す。
「そりゃそうよ。カメラ廻してるときはリッちゃんからカメラ預かってるだけだったけどよ、今はスタジオ全部を預かってんだ。
俺だったらカメラだけでもビビっちまうけどな!」
「俺たちも失敗は許されんぞ?赤ちゃん連れてスタジオ来て、失敗して大爆発なんて絶対あっちゃならんからな!」
「全くだ!」
そんな会話をデシアスは偶然聞いていた。
騎士団なら生死を共にする仲間だ、鉄拳飛ばしても生きて帰ればそれでいい。
映画は似てる様でそうでもない、命を国に捧げた騎士とは違う、映画の完成と成功を楽しみに勤しむ仲間だ。
「どうしたものだか…」
そうもやもやとした思いを整理できず、しかし悪くない気分であった。
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そこに思いもよらない追加注文が入った。
元々本作には数カット、3mモデルしか登場しない予定だった、ヒノデ国最大、いや設定上世界最大の戦艦マグナ・パクスの登場シーンが割り込んだ。
「機送艦って上が真っ平でしょ?
それじゃ折角デカくても何だありゃ、って思われるのが関の山じゃないですか。
どうせならこの一番見栄えがいい戦艦、コイツのデカい模型作って宣伝に出した方が一目引くでしょ?」
社長立ち合いの下、宣伝部の担当者が言う。
だが。
「その必要があえばリック監督は指示したでしょう。
その答えが3mのミニチュアと数カットの出番だ。
宣伝用にミニチュアを作るなら、それは映画とは別に行えばいい」
と、剣もほろろなデシアス。
「いえ折角なら映画に出して貰った方が」
「それは?
宣伝部は監督を越えて作品を支配する権限がある、という事か?!」
「いやいや!何もそこまでは…」
「そう言っているではないか!」
今までスタジオで自重していた何かが一瞬爆発した。
その殺意に、セシリア社長も助け船を出せずにいた。
重い空気を破ったのはオショさん。
「デシさん。何でそう思うかを説明せにゃ、宣伝サンも納得できんでしょ」
暫くデシアスが考えて、話した。
「私見を述べる。
1、2カット追加撮影するのであれば予定をこなした後に撮影できる。
問題はオショさん、あなたの思いが一つ。
もう一つは我が主、リックの思いだ」
「今リックさんはいません。あなたはどう思います?」
「この映画の教訓の一つ。
世界最強を誇る筈の戦艦が全く勝敗の役に立っていない。
飛行機の戦いの前に巨大な艦も砲も、機送艦の盾となる事も無かった。
物語の本質としては、戦艦は目立つべきではない」
「それだけですか?」
「あえて言うなら。
これは追悼の映画だ。
無論、見て貰わねばこの物語を書き上げたリックの思いは伝わらない。宣伝は必要だ。
しかし、監督の意を汲まぬ派手な宣伝合戦は…
現実に戦争で死んだ者への冒涜とならないか?
かつて死を命じた仲間を侮辱していないか?
俺には今やもういない仲間が見ている、そんな気がする。
しょせんは模型かも知れない、映画かも知れない。
しかしカメラの向こうに、そういう気持ちが常にあるのだ。
宣伝サンも、そういう気持ちを持ってもらえぬ者だろうか…」
オショさんが立ち上がった。
「私がリックさんに話しましょう」
「駄目よ!あの子は今アイディーさんのために必死になってるのよ?
社長である私が許しません」
「この映画もリッちゃんの子供みたいなものです。
ちゃんと時間を頂いて会いに行きます」
「俺も行こう」
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こうして中庭の外でリック監督の意見を伺った。
「オショさん、面白くありませんよね?」
「そう来ましたか。
映画の物語で言えば、あのウドの大木は戦友を見捨てて逃げた奴だからねえ」
「あの戦艦も、海軍卿一人の言い訳の為に5千人を載せて、全員戦死の戦いに向かって沈むんだけどね」
設定に描かれた話をサラっとリック監督は言う。
その言葉に、二人は固まる。
「撮りますか…」
「そうしましょうか」
両監督が合意した。
「いつか、その全滅の戦いも撮るのか?」
「今作次第だねえ」
「先ずは今回を成功させねば」
「デシアス、スケジュール調整を頼むよ。上物は俺から工場に頼んでおくよ」
「大事な時にすまない!」
「いや。よくオショさんと一緒に来てくれた」
「剣聖様はあなたの代りをよく勤めてますよ。これから艦内爆発の撮影です」
敵の襲撃で4隻の機送艦が壊滅した後、残った主人公達の艦が敵の攻撃で大破する場面。
ここは、本編の演技、そして合成とのつなぎが要となる場面である。
「申し訳ないけど、宜しく頼みます」
リック監督はそう言ったが、これは本編監督との協議、演出プランの調整をデシアスに頼んだ事になる。
本来復帰後にリックがやるべき仕事を、デシアスに任せたのだ。
「全力を尽くす!」
「たのみますよ、監督代理」
オショさんも今回のやりとりでデシアスの熱意を、深い考えと心に負ったものを認めたのであった。
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大プールでの、3mミニチュアを使っての大艦隊出航シーン。
これは貴族子弟たちが見学に来た。
ガソリン自動車が動くと、これに曳かれた艦隊が動き出す。
ミニチュアの艦首水面上には波を蹴立てる様に水を噴き出す管が波を蹴立てる様に演技していた。
「うわー!!」
子供達は巨大なメカニズムが動く様に心奪われていた。
これは人間の本能である。
いや、巨大で強い者に憧れるのは、動物の本能かも知れない。
完成作品では、ここにこの物語での世界最大の戦艦、マグナ・パクスの巨大ミニチュアの場面が挿入される。
貴族子弟たちはその姿に憧れるだろう。
しかし、機送艦隊が誤った判断で壊滅し、巨大戦艦は何もせずに仲間を見捨てて帰るだけ。
その姿に何を思い、何を学ぶか。
それは彼ら次第だ。
いつもより撮影ペースを落としたデシアス「監督代理」は幼い次世代の国の舵取り役を見つめてそう思った。
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いよいよ敵の攻撃で艦内での爆発シーン、本編との連携が試される場面だ。
「ハイヨーイ、スターッ!!」
機送艦の格納庫が大爆発を起こす!
塊の様な炎が飛行機を包み、更に爆発を起こす!
撮影が終わったラッシュを本編班へ持って行く。
同時に合成班へ。スクリーンプロセスで整備兵が吹き飛ばされるシーンが撮影され、これも本編班へ。
この紅蓮の爆発に合わせ、主人公たち飛行兵の待機室に赤い照明と煙が、海上で撮影された、傾斜した機送艦のカットに併せて水が流し込まれた。
さらに混乱する艦橋、火災により脱出不能となる機関室の撮影が続いた。
続いて航行不能となった艦の最期。
艦橋では司令のマイちゃんと艦長のシレちゃんが羅針盤に自らの体をロープで括りつける。外の照明は赤い夕陽を映している。
「思って見れば、作戦の失敗の連続でしたな」
シレちゃんの自嘲にマイちゃんが答える
「もっと大きな、いや。わし等の知恵や力では問題が大きすぎる…」
死を覚悟し、既に半分あの世の人となった二人の会話がこの世に齎す者は何もない。
「カーット!OK!次、大丈夫ですか?」
「ああ」「続けてくれ」
そして海底を表すための照明が用意され、撮影再開。
海底に没し、溺死した二人は沈黙したまま、心の中で台詞を唱えていた。
「これからも、みんなこうして勇ましく、大西洋に墓場が増えるんでしょうなあ」
「もう、増やしたくはないがなあ」
「カーット!お疲れ様でした!!」
この二人はここで撮影終了。
スタッフの拍手と共に、花束を贈られた。
「なんだかホントにあの世に送られたみたいですなあ」
「まだ送られたくないがなあ」
「「「ハッハッハー!!!」」」
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本編最後の撮影は、空軍が協力を申し出てホンモノの飛行機を使って撮影する事となった。
物語では飛行機は北国やマギカ・テラで採取されるボーキサイトから精製されたアルミニウムを素材とした合金で作られているが、今は未だ繊維強化プラスチック製の飛行機しかない。
それをヒノデ国の緑色と赤丸塗装に変えてデっちゃんを載せて離陸する。
そこに、セットで撮影済の最後のカットが繋がる予定だ。
相棒が進言する。
「内地の見納めに旋回します」
デっちゃんは冷淡に応える。
「その必要なし、進路南南東良う候」
もう祖国への忠誠も、勝利への情熱も失ってしまった兵士の姿とともに、映画は終わる。
こうして「グランテラ大海空戦 大西洋の嵐」の撮影は終わった。




