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短編小説

井の中の蛙、大海を知る

作者: 砂石 一獄

1000文字小説に投稿する予定だったはずのものですが、応募できていなかったので供養します。

なむあみだぶつ。

まるで、それは宝石が敷き詰められたタイルだった。

友達と訪れた沖縄の海は、とても美しいエメラルドグリーンに輝いていた。

そこには微生物が餌とする栄養源が殆ど流れ着かないこと。それによりプランクトンが殆ど生息せず、海底に潜む珊瑚礁が見えるほどにまで透き通って見えるらしい。

潮風が木々の隙間を縫うように突き抜けた。髪を撫でるそれは、まるで景色と一体化したような気分にさえさせる。

井の中の蛙、大海を知らず。

私が今まで見てきたどんな海よりも、その海は広大で綺麗だった。

けれど、私の求めている世界とはどこか違う気もしていた。

旅行を終えた私達は関西空港で友達と別れを告げる。キャリーバッグを引きながら駅のホームで待っていたところに、軽快なメロディと共に現実行きの電車が迎えに来た。

まるで三日間の短く――そして長い夢から引き戻すかのように、電車は私を乗せて揺れる。

やがて聞き慣れた駅名のアナウンスが聞こえた時、私の旅行は終わりを告げた。

「……帰ってきちゃった」

ぽろりとその言葉が口から零れ落ちる。ただ、その言葉を聞くものは私以外には誰も居なかった。

言霊は誰の耳に拾われることも無く、大気に溶け込んで消えていく。

旅路の終わりに、どこか寂しい気持ちはあった。でも、心のどこかで「待ってたよ」と思う私もそこにはいた。

『ご乗車有り難うございました。次は――。次は――。左出口のドアが開きます』

遂に旅路を終える最寄り駅のアナウンスが聞こえた。

欠伸をかみ殺しながら、私はえいやっと身体を起こして立ち上がる。

(そう言えば、明日の予定って何かあったかな)

などと、既にこれからの予定を思い返している自分がいることに気づき、思わず苦笑を漏らした。

やがて私は見慣れた住宅街の中にある自宅へと着いた。

鍵を開け、玄関にキャリーバッグを無造作に置く。片付けは再び帰ってきてからするから、と自分に言い訳をしてそれを放置した。軽くシャワーを浴び、汗に滲んだ衣類を脱ぎ捨てて清潔な衣類に着替えた。クロックスを雑に履き、私は再び家を出る。

そして辿り着いた先は、自宅からそう遠くない所にある浜辺。沖縄の海とは異なり、正直見栄えのしないどこにでもあるような藍色の海。

だけど、その海を見ていると私は思わず安心感に頬が緩むのを感じる。

井の中の蛙は、大海を知った。それでも、此処が良かった。

皆が居る、ずっと育ったこの場所が。


おしまい

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