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“厨二”は金木犀の香りに不覚の涙を落とす

 帰りの電車の中


 並んで座っているかつらなさんの頭がコツン!とオレの肩に当たる。


 寝てる??


 かつらなさん……電車に揺られオレの肩に頭を預けスヤスヤ……


 夜のとばりが車窓にオレたちの姿を映し出す。


 幽霊も寝るんだ……


 あれっ?!肩が温かい??


 オレは膝の上に置かれているカノジョの手にそっと触ってみる。


 そう!手は確かにそこにあるし……


 オレ、思わずその手をギューっと握ってしまった。

 だって!! 無い筈の体温があるから!!


 そしたら()()()()さんはうっすらと目を開けた。


「……どうしたの?……」


 オレ、一瞬、息を飲んで気持ちをそのまま言葉に乗せた。


「仲良くなりたくて……」


 かつらなさん、うふふと笑って甘える子猫のように、オレの肩に預けている頭をすりすりする。

 金木犀の香りがふわっと薫って、オレは『キュン!』となる。


 握り返してくれたかつらなさんの手は確かに温かで……


 それからオレの家に帰るまでずっと手は繋ぎっぱなしだった。


 オレの心の中で

『かつらなさんとずっと一緒に居たい』と言う“希望”と“期待”がどんどん膨らんでいく。


 ひょっとして、“この世の物”を摂取したから、かつらなさんは“生身”に近づいたのだろうか……

 だとしたら、このまま“ここ”にとどまればもう一度生きられる!!

 それは“希望”と“期待”……



 家に着くと真っ暗で……まだ誰も帰って来ていないようだ。


 鍵を開けて明かりを点け、かつらなさんを招き入れる。


 そう言えば今朝、窓から入って来た時、かつらなさんの足元は靴下履きだったけど……

 今は可愛い薄ピンクのスニーカーを脱いで土間にキチンと揃えている。

 背中越しに見ると靴にはちゃんとサイズが書かれてあってごくごく普通の市販品に違いない!!



 --------------------------------------------------------------------


 コップと麦茶のポットを提げて部屋に戻ると、かつらなさんはオレのベッドの上でお昼間にプレゼントしたつげ櫛で念入りに髪を梳かしていた。


「オトコの子のベッドの上で髪を梳かす私、ちょっと色っぽくない?」


「そうだなあ~自分からそれを言わなければね」

 オレは気にも留めない素振りで背中を向け、コップに麦茶を注いだのだけど……本当は手元がブレてしまうくらいドキドキだった。


「なんだあ~つまんないの!」と()()()()かつらなさんに……ひと呼吸置いて麦茶のコップを渡す。


「ありがと! ねっ! 昼間の“ローラーコースター”の写真、見せてもらってもいい?」


 リュックから写真を取り出して手渡すと


「あ!、ちょっと!角、折れてる!! 悠生はこういう所が雑なのよね~もっとちゃんとしようね!」


「……うん」


「あと、今日は会えなくて残念だったけど……真鈴ちゃんの事も、もう少し気遣ってやりなよ! お風呂掃除くらいササッ!とやってあげるとかさ!」


「そんな事したらアイツ調子に乗って付け上がるよ!」


「何を小っちゃい事言ってんのよ! そんなんじゃ女子モテしないゾ」


 そんな“他人事”を言うから、かつらなさんについつい言い返してしまう。


「それって、かつらなさんにも??」


「えっ?! 私? 私は…… いやいや私にモテても仕方ないだろ?……うん! この写真の笑顔!可愛い!」


「かつらなさんの?」


「アハハハ 私はそんなに()()()じゃないよ! 可愛いのは悠生の笑顔!」


「……オレは!! 可愛いのはかつらなさんの笑顔だと思う!!」


「へっ!? ここでそんなことを言うかぁ~めちゃめちゃ照れる!!!」


 かつらなさんの目元に赤みが差して、照れ困った表情をするので……オレはカノジョをギューっと抱きしめたくなる。


 かつらなさん、ふっ!とため息をついてカーペットの上で胡坐をかいているオレに声を掛けた。


「そこのキミ!両手を後ろについて股を開いて膝を立てなさい」


「えっ?!」


「いいから早く!」


 訳が分からないままオレがそうすると、かつらなさんは、ベッドから下りてオレに背を向けながら股の間にできた空間にストン!とお尻を落とした。


「キミは今から私のリクライニングチェアになるのだ」


 そう言ってオレの胸と腹に頭と背中を預けた。


「ん……かなり固めだけどいい感じだよ」


 そう言いながらかつらなさんは自分の髪をひと房取って三つに分け、細かい三つ編みを編み始めた。


「もう少しリクライニング下げてもらってもいい?」


 オレが両手の位置をずらすとかつらなさんはもっと体を預けて来た。


 色々柔らかいし……色々温かい


 そう!温かい!


「感じてる?」


 そう尋ねられてオレはドギマギした。


 必死に()()()()()最中だったから……


「私、今、体温あるみたい……だからエアコン付けよう!」


 オレは()()()()とエアコンを付けた。

 今こそチャンスだ!


「かつらなさん! お願いがあるんだ! 聴いて欲しい!!」


「……どんなお願い?」


「成仏しないで、ずっとずっとここに居て欲しい!キチンとご飯も食べて、生身にもっと近付いて欲しい!……オレの為に!!」


 オレの言葉にかつらなさんはビクン!とした。


「えっちな事をお願いされるのかとドキドキしたけど……これも凄いお願いだね……」


 それからかつらなさんは……長いため息をつき、オレの手を取って……まるで『スペースショット』の安全バーの様に、自分の両胸の上に置いたので……

 オレはどこもかしこも堅くなってしまう。



「こんな風にされると……私はとても幸せを感じるの……

 だから悠生から『成仏しないで』ってお願いされたら……成仏しないと思う……


 でも私は……死んでしまった“この身”は……キミとは距離があり過ぎる。 


 いつかキミが……私ではなく別の誰かと人生を歩く時には……

 私はどうすればいい? 


 よしんば“この身”が生身に近づけて……キミを受け入れ、キミに受け入れられたとしても……

 この世では、私は既に居ない筈の浮いた存在なの……

 キミは……

 私がそんな風になっても構わないと、思うの?」


 かつらなさんの言葉にオレは心を激しく抉られた。


 オレはガキで大バカだ!!


 かつらなさんの胸に置かれた両手に思わず力が入って……かつらなさんを強く抱きしめてしまう。


「かつらなさんが成仏できるように……オレ、何をすればいい?」


「うん……抱きしめられて……血の通った私は今、とても幸せ…… だからしばらくはこのまま抱いていて…… キミのこの腕はもっと太くなり……キミのこの胸はもっと逞しくなる事を私は知っているよ……その腕の中に居る事が……かつての私の願いだったから……」


 どのくらい時間がたったのだろうか……やがてかつらなさんはオレにハサミを取らせて、さっき編んだ三つ編みを切らせた。


 切った三つ編みは美しい黒の組み紐の様で……かつらなさんは、ほどけてしまわないように自分の髪を使ってその両端を綺麗に始末した。


「ここに来る前に聞いた事を話すね……

『もし成仏する前に恋に落ちて……お互いに離れがたく思ったのなら……

 自分の髪に命の残り香をすべて詰め込んで組み紐を編み、その紐で想い人と小指を重ねて結びなさい。 

 その祈りが叶うのなら、あなたが消えた跡、髪は真紅の紐となり相手の小指に残ります。 

 そしてあなたは転生した“誰か”となって、別の人生を歩んでいるはず……

 けれども、想い人がその紐とあなたとの思い出を持っていれば……

 カレはあなたを探し出してくれるでしょう。

 そしてふたりが出会った時……

 あなたはすべてを思い出します』と……

 “私達”は……

 以前はそれを知らずに……

 長い時を別々の人生を歩んできたのだけど……

 今度はきっと大丈夫だから……

 今度こそ離れてしまわないように……お互いを結びましょう」


 オレと()()()()()()は小指と小指を重ね、お互いが紐の端と端を片方ずつ持って、しっかりと結び合った。



「そろそろ行くね」

 頬に涙の筋をいっぱい付けてかつらなさんは笑う。


 オレは言葉の代わりに涙ばかりが溢れて来て………溢れて来て!!



「そういう悠生も私は好きだよ」

 こう囁いて……


 オレのくちびるに口づけした途端、

 その甘さを感じる間も与えられないまま

 綿菓子のくちどけより儚く

 かつらなさんは消えてしまった。


 後に温もりすら残さずに……



 オレはその場に泣き崩れた。



 --------------------------------------------------------------------


 あれほど泣いたのに

 どういうわけかオレはカーペットの上で眠り込んでいた。


 窓から照り付ける日差しに焼かれて目が覚めたんだ。


 長い夢を見ていたのだろうか……


 ハッと! 気がついて階段を駆け下りた。


 でも土間にはオレと真鈴のスニーカーしかない。


「やっと起きた」と顔を覗かせた真鈴に

「薄ピンクのスニーカーは?」と聞くと


「お兄ちゃんは黒しか持ってないじゃん」とバカにされた。


 全ては『厨二』の妄想??


 いや違う!!


 小指の“組紐”は真紅に輝き……『命のありか』を知らせていた。


 そしてオレが()()()()さんにプレゼントしたつげ櫛も、二人の写真も

 部屋にちゃんと残されていた。



 --------------------------------------------------------------------


<エピローグ>



 日曜の午後、オレは風呂掃除を済ませて自室へ戻った。


 けっこう汗だくだし……真鈴の後はオレもシャワーを浴びよう。


 ドアを開けると深まりゆく秋風が心地よい……


 ふと、懐かしい香りがしてオレは飛び上がり

 引き出しにしまって置いた真紅の組み紐を掴んで家を飛び出した。


 必死に香りを辿って行くと……


 金色の可愛い花をいっぱい抱えた金木犀の木がキラキラと秋の陽ざしを浴びている。


 だけど……カノジョはここには居なかった。


 それでも!!


 オレの“想い人”はきっとこの世界に居る!!


 待っていて!!


 必ず必ず


 探し出すから!!



 空の彼方にこう叫んだ時


 不覚にも涙が

 一条こぼれた。




                           おしまい









こうしてかつらなさんは転生の道を選びます。


その先の道筋は何本かあって、そのうちの1本のお話を次に書き、最終話とします。



ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!



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