表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜籠の鳥(よごめのとり)  作者: 児島らせつ
7/45

7

十一月二十日 午後二時


 池袋の街中から少し離れた、とあるスタジオの一室に、数十人の少女たちが集まっていた。その顔には、一様に緊張感が漂っている。

「はい。じゃあ、最後に頭からエンディングまで通していくよー。集中してねー!」

 振付師である中川(なかがわ)ミナのかけ声とともに、少女たちは自分の立ち位置に小走りで走り寄る。壁一面に張られた鏡を見ながら、決められた立ち位置を確認すると、続けてそれぞれがポーズを決めた。

 一瞬の静寂。

 空間の緊張を切り裂くように、壁の前に置かれた巨大なスピーカーから突然、音楽が流れはじめた。聞く者の精神を掻き乱すように不安定な音符が羅列された八小節の後、歌は突然はじまる。


新しい時代 僕たちは走り続ける

見果てぬ夢を 叶えるために


 少女たちは、歌って踊れるお嬢様をコンセプトとして、五年前に結成されたアイドルグループのメンバーだ。

 当初は、小さな会場で細々と小規模なライブをおこなう、東京ではどこにでもありがちなマイナーなグループの一つに過ぎなかった。しかし、お嬢様というコンセプトが徐々にファンの間に浸透したことに加えて、そのコンセプトと完成度の高い楽曲が上手く結びついて、化学反応を起こした。

 その結果、最近は半地下で燻ぶる数多のマイナーグループとは明らかに異なる存在感を表しはじめていた。

 そして今、流れているのは、そんな新進気鋭のアイドルグループが、満を持して世に送り出す新曲だった。今まで、お嬢様感を前面に押し出してきたグループらしからぬ、激しい曲調、そして挑戦的な歌詞だ。既存の路線を打破して、グループの新しい世界観を生み出そうとする、野心に満ちた曲だった。

 だが、新しい試みだけに、生みの苦しみもある。

 メンバーに対しては、当然のように新しい表現力が、随所に求められた。突然、目の前に置かれた見慣れないハードルに、戸惑いを隠せないメンバーも少なくなかった。しかし、朝霧(あさぎり)莉子(りこ)にとっては、そのハードルこそが大きなチャンスだった。


          *


 今どきのアイドルグループにはありがちなことだが、莉子が所属しているグループ内にも、事務所によって決められたルールに則った階層があった。グッズの売り上げや、年に二回おこなわれる人気投票などによってポイントが加算されて、そのポイントで上位五人までに入れば、グループの顔として認定される。

 トップ五。いわば、一軍だ。

 トップ五に入れば、マスコミへの登場回数も、二軍以下とは比較にならないほど増え、収入も桁違いに増加する。当然だが、少しでも人気を集めてトップ五に入るのが、多くの“その他大勢”であるメンバーの夢であり、目標となっていた。

 激しいダンスが売りである今回の新曲には、高い身体能力とリズム感が要求される。幸い、莉子は運動神経とリズム感、そして歌には自信があった。莉子にとっては有利なはずだった。

 ――今度こそ順位を上げて、トップ五に近づくんだ。

 実際、ここ数週間のレッスンを通じて、莉子の評価は徐々に高まりつつあった。

「今回、莉子はなかなかいいんじゃないか」

 レッスン後に廊下を歩いていると、ミナとプロデューサーである坂上(さかがみ)(たい)(すけ)の声が、スタジオの事務室から漏れ聞こえてくるのを耳にした経験もあった。

 ――今度こそ。


          *


 気がついたとき、曲は終盤に差しかかっていた。

 間奏に合わせて上体を激しく揺らしながら中央付近に移動すると、右足を高く上げて開脚。長い髪が高く舞い上がる。汗の雫が額から空中に飛び散り、ライトに照らされて宝石のように光を反射した。

 やがて、潮が引くように音が遠ざかり、再び静寂が訪れた。

 ――完璧だ。

「はい、お疲れ様ー!」

 ミナの声とともに、メンバーの口から一斉に安堵の溜め息が漏れる。次に訪れたのは、緊張から解き放たれた喜びからくる喧噪だった。それぞれのメンバーが、自分たちなりの解放感を味わいながら、思い思いにレッスン室を後にしはじめる。

「あ、美沙(みさ)()(かえで)は残って。二人はサビの部分のステップをもうちょっと詰めましょう」

 ミナの声を後ろに聞きながら、莉子もドアに向かって歩きはじめた。

 目の前には、桜木(さくらぎ)(さく)()の姿があった。

 莉子と同い年で、身長や体格も莉子と似ている。しかし、咲良はグッズの売り上げでもファン投票の結果でも、莉子より一ランク上の存在だった。

 理由は、明らかだ。ルックスや立ち居振る舞いから醸し出される華やかさでは、咲良のほうが莉子のそれを圧倒していた。

 ――ダンスも歌も、私のほうがレベルが高いのに。

 莉子自身はそう考えているものの、現状のままでは咲良のいる場所に、手が届きそうで届いていなかった。莉子はその現実に、いや、その現実を生み出している自分自身に納得がいっていなかった。

 そんな莉子だけに、つねに咲良をライバルとして捉えて、強い対抗意識を燃やしていた。一方の咲良は、莉子の対抗意識を肌で感じていたのだろう。莉子に対しては、つねに冷めた態度で接していた。あからさまに無視することもあった。聞いた話では、陰で莉子に対する誹謗中傷を吹聴することもあるらしかった。

 敵意に近いライバル心を燃やしながら、咲良の横を通り過ぎようとしたときだった。咲良の右手が、莉子の左手に軽く触れた。

「痛い!」

 咲良は大きな声を上げると、顔をしかめながら右手を押さえて、莉子を睨みつけた。

「わざとやったでしょ」

 ――ぶつかってきたのは、そっちでしょ!

 一瞬、反論しようと思ったが、躊躇した。どう答えたところで、聞き入れてもらえないだろうと考えた。

 咲良の芝居がかった大声を聞きつけ、二人のメンバーが心配そうに咲良に駆け寄った。二人のうち一人が咲良の右手を心配そうに覗き込む横で、もう一人が鋭い目を莉子に向けた。

「いくら咲良に敵わないからって、逆恨みはやめてよ」

 敵を糾弾するとともに心から蔑む、冷ややかな目だった。拳を固く握り締めた莉子は、二人に支えられながら廊下の奥に消えていく咲良の後ろ姿を見ながら、改めて誓った。

 ――いつか追いついて、追い越してやる。私は、咲良なんか超えて、高く高く飛び立つんだ。

 唇を噛んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ