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十一月二十七日 午後三時十分
倉庫の床に倒れ込んだままで、京介はじっと倉庫の天井を見上げていた。残り少ない生命の残渣が、体温とともに冷たい床に吸い取られていく気がした。
寒気が止まらない。
人は死ぬとき、生まれてから現在までのできごとを走馬灯のように次々と思い出すものだと思っていた。しかし、冷たい床に横たわりながら、それは間違いだという事実に今、気づいた。
思考の速度が緩慢になり、薄れてゆく意識は混乱していた。生まれたときの記憶や幼い頃の思い出はもちろん、つい最近起こったできごとでさえ、時系列で思い出すことができなかった。
京介は、半ば諦めて結論を下した。
――走馬灯なんて、俺には端から縁のない代物だった。俺の人生なんて、この程度のものだったのだ。
最後の最後に思い出すほどの価値もない人生……。
京介は、こと切れそうになる息を懸命に吸い込み、吐き出しながら、傍らの女に視線を動かした。同じく床に倒れ込んだ莉子は、京介に背を向けたまま、苦しげに呻いていた。
遅かれ早かれ、この女も間もなく、生命の営みを終えるに違いない。自らの人生を走馬灯のように振り返る希望も叶わず、二十年ほどの人生に幕を下ろすのだ。
――皆、そうだ。
どんな人間の人生も、思い返すほどの価値はない。
たとえ人を殺してしまったとしても。
殺しそこなったとしても。
何の価値もない。みんな理解している。
――価値など、何もないのだ。
京介は、倉庫の天井を見上げたまま、そっと目を閉じる。
瞼の裏に、京介を蔑むように笑う父親の顔が浮かび上がった。
遠い記憶の彼方から、瀬田芳江の姿が現れた。
京介は、二人の姿をぼんやりと眺めた。
過去を振り切って年齢を重ねて、あの頃とは違う自分になることができた。今日まで、そう信じ込みながら生きてきた。しかし、実は何も変わってはいなかった。
そんな人生も、もう終わりだ。
――もうすぐ、楽になれる……。
いよいよ薄れゆく意識の境界線上で、京介はそんなことを考えた。