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夜籠の鳥(よごめのとり)  作者: 児島らせつ
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 田所は車の中で、坂上から聞いた莉子の電話番号に電話をかけてみた。

「もしもし」

 相手は、すぐに出た。

「ああ、よかった。私は新宿南警察署の田所という者ですが。実は、お兄さんのことで、後ほどお話を伺えないかと思いまして……。あと、人捜しの件についても、もしよろしければ……。今、どちらですか?」

 一瞬の沈黙の後、突然、電話が切れた。コミュニケーションの断絶を告げる冷たい音が、ツーツーとスピーカーから響いてきた。

 試しに、かけ直してみる。しかし、圏外を告げる自動音声が流れるだけで、電話は繋がらない。その後、何度かかけ直してみたが、莉子の電話が繋がることは二度となかった。

 ――電波状態が悪い場所だったのか。それとも、故意に切ったのか。

 田所には、判断できなかった。


          *


 今日は平日の金曜日、時刻は午後三時前である。池袋から稲城市へと向かう道は、予想通り、いや予想以上に混んでいた。途中、車の流れは少しずつゆっくりになると、やがて止まった。

 車が完全に止まったとき、小山内がハンドルを握りながら、田所に尋ねた。

「稲城まで行ったとして、どこに向かうんですか」

「稲城駅といえば確か、かつて被害者の母親が働いていた食品会社の近くだったな。その会社は今、どうなってるんだ?」

「確か、二年ほど前に倒産したって話だったと思いますよ」

 小山内は、車の列が動かない事実を確認すると、すかさず自前のタブレットを立ち上げる。地図アプリで現場周辺を拡大表示して、右下の黄色い人形マークをカーソルで移動させた。

 黄色い人形マークがゆらゆらと揺れながら、地図上を移動する。まるで、クレーンゲーム機のアームに吊り下げられた景品のような動きだ。その人形が地図の中央付近で突然、落下したかと思うと、現場周辺の画像が液晶画面いっぱいに表示された。

「何だ、それは」

「このアプリを使うと、どんな場所の風景も三百六十度のパノラマ画像で見ることができるんですよ」

 若い奴は、こういう訳のわからないものにばかり頼りたがる。田所が舌打ちしようとする間もなく、小山内が口を開いた。

「ああ、今は、廃墟になってますね。ほら」

 田所は、舌打ちをするのも忘れて覗き込む。画面には、立ち入り禁止を告げる看板の向こうに、朽ち果てつつある廃工場が映し出されていた。

 敷地の入り口付近には、無断で侵入されることを防ぐためか、鉄条網が幾重にも張られている。その一部が切り取られ、ちょうど人が通れそうなほどの穴が開いていた。

「これ、出入りするために誰かが無許可で開けた穴ですよ、多分」

 画面を二本の指で拡大しながら、小山内が呟いた。

「そういえば、先日もお話しした、去年の八月に鳥取県で起こった事件では、確か被害者にゆかりのある場所で第二の事件が起こりました……。その事件だけじゃありません。被害者にゆかりのある場所で事件が起こった例は、過去にいくつもあります」

 突然のオタク発動に、田所は眉根を寄せた。

 ――何が言いたい?

 そんな田所の苛立ちを気に留めるようすでもなく、小山内はやや早口で続ける。

「恐らく、犯行をおこなうにあたって、その犯罪を象徴する場所が選ばれることがあるんじゃないか。私は常々、そう考えてるんです」

 小山内は、画面から顔を上げて、田所を正面から見つめる。いつも呑気で、考えようによっては無責任にも思える小山内にしては珍しく、田所の心の中を確認するような強い視線だった。

「今回の事件も、ここで何かが起こるんじゃないでしょうか?」

 瞬間、田所の頭の中には、鈍い色を放ちながら閃光が走った。上手く説明できないが、何か不思議な力を秘めた光だった。

 ――小山内の言う通りだ。ここで、何かが起こる。

 いわゆる刑事の勘だ。しばらく忘れていた感覚だった。体中の細胞から、ふつふつと熱が沸き上がり、体中を熱くした。

 ――俺の脳みそも、まだまだ捨てたもんじゃない。

 普段、若者だから、女性だからと見下してきた後輩の一言がきっかけだった事実は、皮肉というほかなかった。しかも、その一言は、鋭い考察から生まれたものではなく、どう考えてもその場での単なる思いつきだった。

 だが、そのように些細なことなど、今の田所には関係なかった。

 ――犯人を捕まえる。その目的を達成するためには、過程などどうでもいい。

 田所は、頭で考えるよりも先に叫んでいた。

「ここだ! その会社跡地に向かうぞ!」

「はい!」

 小山内は、珍しく歯切れのいい返事をすると、膝の上に置いていたタブレットを手早く片づけて、ハンドルを握った。

 走り出した車の中で、田所は低い声で小山内に語りかける。

「俺は、お前をただの犯罪オタクだと思っている。今も、その思いは変わらん」

 小山内は、無言だ。

「だが、今回ばかりは、お前の読みもまんざらではないかもしれん」

 小さく、咳払いをした、そのとき。

「有り難うございます!」

 いつになく高揚した小山内の声が、車内に響いた。表情が気になって、視線だけで運転席の小山内の横顔を見る。心なしか、上気しているように見えた。

 ――お前の、おかげ……。

 言いかけたが、一瞬の逡巡の末にやめておいた。

 首都高速中央環状線から四号新宿線に入ると、車の列は一斉に流れはじめた。車窓を流れていく景色には目もくれず、田所は腕時計を見る。

 間もなく午後三時だ。恐らく、到着は午後三時三十分ぐらいだろう。

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