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夜籠の鳥(よごめのとり)  作者: 児島らせつ
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十一月二十七日 午前八時二十分


 田所は、咥えていた煙草を右手の人差し指と親指でつまむと、静かに息を吐き出した。くすんだ灰色の煙が部屋の中に広がって、空気清浄機へと吸い込まれていく。田所は、その様子をただ黙って眺める。

 場所は、新宿南警察署の最上階にある喫煙所だ。

 間もなく、朝の捜査会議の時間だった。田所は、会議の前には、この場所で煙草を必ず三本吸うのが習慣になっていた。

 田所は、空気清浄機の中に幻のように消えていく煙を見つめながら、事件について考えを巡らせた。

 四日前から昨日にかけて、歌舞伎町のバーで吉田が名前を口にした三人との連絡を試みたが、そのうち二人とは連絡が取れなかった。他の刑事たちも懸命の聞き込みを続けていたが、二人の所在は不明のままだった。

 すっかり短くなった煙草の先端を、備えつけの灰皿に押しつける。すると、入口のドアが乱暴に開いた。くすんだ室内の空気と入れ替わるようにして、新鮮な酸素を豊富に含んだ外部の空気が田所の意識を包み込んだ。

「あ、いたいた。やっぱりここですか」

 振り向くと、小山内だった。

「何の用だ。煙草ぐらい、ゆっくり吸わせろ」

 眉間に皺を寄せるのにも構わず、小山内が必要以上に大声で告げる。

「間もなく会議が始まりますよ」

「ああ、わかってる」

 今しがた火を消したのは、最低限のノルマである三本めだった。田所はおもむろに立ち上がると、空気清浄機のスイッチを切った。

「昨日、捜査に大きな進展があったらしいですよ」

 小山内が、立ち上がった田所の耳元で囁いた。

「ああ、浅川から聞いている」

 そう、凶器の話だ。


          *


 捜査会議は、基本的に朝八時三十分から、一時間もしくは二時間ほどおこなわれる。おもな内容は各捜査員が手に入れた情報の共有で、捜査員たちはこの会議で情報の確認をおこなった後、捜査へと出発する。

 田所たちが会議室に入ったとき、すでにほとんどの捜査員たちは席についていた。二人は、ちょうど空いていた浅川の横の席に、並んで腰かけた。

 浅川は、三十歳代半ばの中堅刑事だ。外見は、無難なシルエットのダークブルーのスーツと、七三にきっちりと分けられた頭髪がサラリーマン然としている。しかし、見かけによらず権力や古い因習に対する反骨精神が強くて、その点ではサラリーマンとは対極にあるといっていいのかもしれない。偏屈を地で行く田所とは、不思議と馬が合った。

「凶器のDNA鑑定は、終わったのか」

 席に着いた田所は、胸ポケットから出した手帳を広げながら、浅川に小声で尋ねた。

「終わりました」

「結果は?」

 浅川が口を開きかけたとき、司会進行を担う本庁捜査一課長が、開会を告げる声を上げた。

 最初は、昨日までの捜査結果の確認と分析がおこなわれた後、各捜査員から新たな情報に関する報告がおこなわれる。数人の捜査員から、いくつかの小さな情報が報告されると、浅川が立ち上がり、口を開いた。

 浅川の情報は、昨日の午後四時過ぎ、犯人が使った凶器と見られるナイフが、新宿区のとある神社の境内で発見されたとの内容だった。

「発見された場所は、境内に植えられたケヤキの根元で、深さ十センチの土の中に埋められていました。発見者の話によると、散歩中の飼い犬が掘り返したようです」

 恐らく、嗅覚の敏感な犬が、残っていた血から出る微かな臭いに反応したのだろう。

「発見場所は、事件に関係していると疑われる二人の人物のうち、一人が住むマンションと目と鼻の先でした。そこで、ナイフの持ち手に付着していた僅かな血液についてDNA鑑定をおこなった結果、先ほど被害者のものと一致する事実が判明しました。残念ながら、凶器から犯人に繋がる直接的な証拠は発見されませんでしたが、都内近郊でそのナイフを扱っている店はそう多くないという話ですので、今後は販売店の売り上げ記録や防犯カメラの映像を重点的に調べるつもりです」

 田所の経験に照らし合わせると、ここまで捜査が進めば、購入者が特定できるのは時間の問題と思われた。

 ――間違いなく、そいつが真犯人だ。

 犯人を取り囲む輪は、着実に小さくなりつつある。後は、犯人が余計な行為に及ぶ前に、一刻も早く逮捕するだけだ。

 ――絶対に捕まえてやるからな。覚悟しておけよ。

 浅川の横顔を眺めながら、田所は静かに独り言ちた。

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