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夜籠の鳥(よごめのとり)  作者: 児島らせつ
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 実際、わからないことだらけだった。自分の将来も、世の中の何が正しいのかも、何が正しくないかも。

 そして、自分がサキのことをどう思っているのかも……。

「私、多分近いうちに親に見つけられて、また家に連れ戻されると思う。でも、あの人たち、私が心配で連れ戻すんじゃないんだよね」

 サキはそう言うと、自分で塗った黄色のマニキュアを見つめた。艶やかな黄色の中に、困惑する俺の顔が映り込む。

 ――あの人たち、私よりも世間体が大事なのよ。

 その数日後、親に居場所を突き止められたサキは、歌舞伎町を去っていった。親の知人に腕を掴まれたサキの後ろ姿と、振り返った瞬間の悲しそうな表情は、今でも忘れることができない。

 数週間後、彼女が自殺したと風の便りに聞いた。

 その報せを聞いたとき、俺は自分がサキを好きだった事実を、初めて自覚した。同時に、サキという名がどのような漢字なのか、知らないことにも気づいた。

 俺は、大久保公園の片隅で、ビルに囲まれた狭い空を見上げながら泣いた。

 そんな歌舞伎町での生活が続いていた、今年の春のことだった。

 俺は、歌舞伎町に事務所を構える、三十歳代半ばの一人のフリーライターと知り合った。彼は、小柳京介と名乗った。俺は、多くの若者に対して面倒見がいい彼のもとで、いつの間にか助手に近い仕事をするようになっていた。

 しかし、彼への信頼は、やがて裏切られることになる。

 彼は、“歌舞伎町の少女たちの実態に関する取材”と称して、大久保公園周辺の少女たちに近づいていた。さらに、少女たちが家出中であるという弱みにつけ込み、小遣い程度の少ない金で肉体関係を結んでいた。

 それだけではない。猥褻な行為を撮影した映像をもとに彼女たちを脅して、無報酬で取材相手に対するハニートラップ的な行為をさせることもあった。同時に、彼は少女たちに口止めを強いた。そのため、彼の周辺にいる多くの大人たちは、彼の裏の顔を知ることはなかった。

 彼のもう一つの顔を知る数少ない人物の一人となった俺は、いつしか彼に対して小さな殺意を抱くようになっていた。

 叔母に対して抱いて以来、十数年ぶりに抱いた殺意だった。


          *


 真っ暗な世界の向こう側から、甘えるような猫の声が聞こえた。

 瞼を開けると、ベッドの上に寝転んだ祐真の顔を、ミーが心配そうに覗き込んでいた。目の焦点を後方の壁に移動させる。安アパートの色褪せた壁紙が見えた。

 いつも通りの部屋の中だった。

 続いて、枕元のスマートフォンに目を遣る。

 画面には「十一月二十六日 午前十一時」と表示されていた。

 昨日、京介の取材につき合ってレンタカーを返却した後、自分の部屋に戻って、そのままベッドの上で熟睡してしまったらしい。

 徐々に覚醒する意識の中で、祐真は自分の感情を確認した。

 憂鬱だった。

 ここ数日、執拗に犯人捜しをしている京介の往生際の悪さに辟易していた。

 実を言うと、五反田のインターネットカフェに盗聴器をしかけていた。その盗聴器を通じて、京介が青戸出版をはじめとするさまざまな出版社に電話をかけている事実を把握していたのだ。

 小さな苛立ちとともに、寝返りを打つ。

 目の前で、ミーが体を丸めてまどろみはじめていた。幸せそうなミーの寝姿を見ながら、祐真は決意を新たにする。

 ――今度こそ、死をもって罪を償ってもらう。

 ただし、心がけなければならない事項が一つだけあった。

 ――焦りは禁物だ。

 重要なのは、余計な感情を排除した状態で、目の前のできごとに対してつねに冷静な判断を下しながら、適切に対処することだ。

 自分に、そう言い聞かせた。

 祐真は、ミーの頭を軽く撫でると、ベッドから体を起こす。布団が大きく動いたことに驚いたミーが、ベッドから飛び降りた。

 床に座り込んだミーを抱き上げた、そのときだった。

 枕元のスマートフォンが、静かに震えた。

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